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「ネゲントロピー」って何?

2020.08.31 (Mon)

エントロピー小 ➡ エントロピー大

今回はこういうお題でいきます。少し前に「時間は逆に流れるか?」
という記事を書きましたが、それに関係する内容です。
さて、エントロピーについては概略を説明していますが、
おさらいすると、「乱雑さ」を表す量と考えていいでしょう。

部屋の例えを使いましたが、入居したばかりの新しい部屋は
どんどん物が増え、汚れていくわけです。これをエントロピーが
増大したと言います。ただし、入居者が掃除をすれば、
エントロピーの増大を低く抑えることができます。

これは、部屋と入居者を合わせて一つの系と見ているからです。
熱力学の第二法則は、「閉じた系においては、エントロピーは
必ず増大する方向に向かう」というものです。
例えば、ビーカーに100℃のお湯を入れてほうっておけば、
普通は温度はどんどん下がっていきます。

外から熱を加え続けると、お湯の温度は一定に保たれる
キャプチャggggggg

まあ、ビーカーの外の気温が200℃だった場合、逆に温度は
上がるでしょうが、それは考えません。つまりエントロピーの
増大は防げないということです。で、エントロピーが増大する
ということは、時間がたつということでもあります。ですから、
時間が逆に流れるのは、熱力学の第二法則に反する。

さて、みなさんは「ネゲントロピー negentropy」という言葉を
ご存知でしょうか。「ネガティブ・エントロピー」の略語で、
1943年、エルヴィン・シュレーディンガーが著書で
その概念を提唱しています。シュレディンガーは猫の
思考実験で有名な、オーストリアの理論物理学者ですね。

エルヴィン・シュレーディンガー
キャプチャhj

ネゲントロピーをネット辞書でひくと、「生命などの系が、
エントロピーの増大の法則に逆らうように、エントロピーの
低い状態が保たれていることを指す用語」と出てきます。
ここで注意してほしいのは、エントロピーを減少させるのではなく、
あくまでも、「大きく増大させない」という意味で使われることです。

みなさんが生まれて、このときが最も秩序ある、エントロピー
最小の状態としましょう。また、みなさんが死に、
体が腐ってバラバラになり、水分も抜けて、拡散していくのが
エントロピー最大の状態と考えてもいいと思います。

「九相図」の死体


みなさんは生きているので、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出し、
食物を取り入れてウンコを排出します。これによって、
水分を保ちながら、細胞の構造が維持され、エネルギーを凝縮して
生活しているわけです。そのため、エントロピー増大が低く
抑えられている。人間一人を単独の系とみることはできないんですね。

人間においてエントロピーが減少するというのは、一言で言えば
若返ることです。しかし上記したように、熱力学の面からはそれは不可能と
考えられます。生命は環境に対して開かれており、呼吸などの代謝を
通して環境にエントロピーを排出することで、その補償により、
自己の低エントロピーを保つことができるだけなんです。

では、外の環境のほうはどうでしょうか。今年の夏は暑いですよね。
これ地球温暖化の影響もあるでしょう。人間が排出する二酸化炭素
(呼吸だけではなく工業的なものも含めて)により、
どんどん平均気温が上がっていく。(地球温暖化はフェイクという
話もありますが、ここでは取り上げません。)

食肉加工工場のライン
キャプチャggggjkkl

食物にしてもそうです。みなさんが食べる野菜は、畑を開墾して
作られたもので、日本では多くを輸入に頼ってます。
また肉類などにしても、畜産業で飼育された牛や豚が工場で
加工され、食卓に上がってきます。つまり、地球全体としてみれば

人間が生命としてエントロピーを低く抑えている代償として、
地球全体のエントロピーが増大する。そして、人口はどんどん
増えてますよね。国連機関の報告では、世界人口は現在の
77億人から2050年の97億人へと、今後30年で20億人
増加すると予測されています。

『ソイレント・グリーン』
キャプチャgh

では、人類としてエントロピー増大を抑えるにはどうすればよいか。
簡単な方法としては、人間が人間を食料として食べればいいわけです。
そういうSF映画もありましたが、現実として、倫理的に
不可能ですよね。また、死体の燃料化もできないでしょう。

さて、最初のほうのビーカーの中の100℃のお湯の話にもどって、
お湯はガラスのビーカーの温度を上げ、それが置かれている部屋の
温度をわずかに上げ、建物全体の温度もごくわずかに上げるでしょうが、
お湯そのものはどんどん冷えていき、やがて室温とほぼ同じになります。

エントロピーの増大した部屋
キャプチャf

宇宙全体でこれと同じことが起きるのが「宇宙の熱的死」です。
長い年月の後、あらゆるものの温度が同じになり、運動するものは
なくなります。ただし、これはあくまでも、われわわれの宇宙が
一つの系として閉じていた場合です。もしかしたら、ブラックホール
などで、無数の別の宇宙とつながっているかもしれません。

さてさて、ということで、若返り(時間を逆行させること)が
難しいことを熱力学の面からみてきました。ただ、熱力学は
情報と深い関係があることがわかっています。もしかしたら、
将来的にはみなさんの脳の全情報をコピーして働かせるような
技術が出てくるのかもしれません。では、今回はこのへんで。






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アーカイブ 色のオカルト

2020.08.30 (Sun)
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今回はこういうお題でいきます。これは「色っぽい」の色ではなく、
赤、黄、青・・・などの色彩のことです。どんなことが書けます
でしょうか。さて、物の質量や体積などは「物理量」と言います。
これに対し、色は「心理的物理量」と呼ばれてるんです。

心理という語が使われていますが、心があるのは人間だけと一般的には
考えられてますよね。(動物にも心があるという議論もありますが、
今回はふれません)つまり、人間がいてこそはじめて成り立つ
物理量なので、心理的物理量という言い方をするんです。

光の波長
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みなさんは現在、何色の服を着ておられるでしょうか。青? 赤?
でも、もし部屋の電気を完全に消してしまうと、服の色は
すべて黒になります。「そりゃ光がなければ見えないんだから、
黒になるのは当然だろ」と思われるかもしれません。たしかにその
とおりで「光がない」 「見えない」は重要なキーワードになります。

「物には色はない」という考え方があります。ただ、その表面が
ザラザラしていたり、ギザギザ、つるつるしてたりというミクロの
特性を持っています。その違いによって、ある波長の光は反射され、
ある波長の光は吸収されます。そして、反射された光が
青だった場合、われわれの目にはその物体が青い色に見える。

色を認識する仕組み
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「じゃあ、色があるのは物じゃなく光なんだ」こう考えられる
かもしれません。たしかに、空には虹がかかりますし、あれは光が
作り出しているものです。白色光をプリズムに通せば、虹の7色に
分かれます。光の波長の違いによってできるんですね。
では、光が色を持っているかというと、これも難しい。

赤外線、紫外線などという言葉がありますが、人間の目には見えない、
長い波長の光が赤外線、逆に、短い波長が紫外線です。
ですが、例えば鳥なんかは紫外線が見える種類が多いんです。
生物は、物から反射した光の波長を視神経でとらえ、信号に変えて
脳に送ります。そして、最終的に脳がみなさんに色として認識させる。

人によって違った色の組み合わせに見える不思議な画像
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人間の中でも、「色覚異常」を持つ人がいます。(この言葉は、
以前は色盲とされていました)視細胞の先天的異常からくるもので、
日本人男性の5%に先天赤緑色覚異常があるとされます。
ここまでのことをまとめると、光と視覚があって、
はじめてわれわれは色を認識することができるんです。

あ、一般論を書いているうちに半分まできてしまいました。
さて、みなさんはどんな色が怖いですか。まず最初に、黒か赤がくるん
じゃないかと思います。黒は光のない闇、夜の色です。
人間がまだ文明以前だった頃、夜はたいへん危険なものでした。
物が見えませんし、眠りについて無防備になります。

ですから、洞窟にこもって火を焚いたりしました。われわれの無意識の
中に、「夜は危険」ということが刷り込まれているのかもしれません。
われわれは危険に襲われたとき、脳が高速で働いて回避の手段を
考えますが、周囲が見えなければそれもできません。

ホラー映画の基調は青い色
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赤はわかりますね。血の色です。例えば、狩りで獲物の血を見ると
興奮しますし、逆に自分が血を流した場合、命の危険が迫っています。
ホラー映画のポスターや、実話怪談の表紙には、
ひじょうに高い確率で黒と赤が使われています。

それから白でしょうか。幽霊の一般的なイメージは、長い黒髪と       
白い服、『リング』の貞子みたいな感じですよね。
これ、不思議なことに、金髪の人もいる外国でもそうなんです。
英語で、「White Lady」を検索してもらえればわかりますが、
世界各地に白い服を着た幽霊の話があり、その多くは黒髪です。

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では、どうしてパステルカラーの服を着た幽霊って少ないんでしょうか。
これは、色が人間の心理に影響を与え、感情を刺激するところから
きていると思われます。暖色、寒色という言葉がありますが、
一般的には、赤系は興奮、青系は沈静とされます。また、
軽い色ー重い色、固い色ー柔らかい色 などという分類もできます。

もし、幽霊がうすいピンクの服を着ていた場合、パステルピンクは
軽い、柔らかい、幸福、愛情などのイメージを喚起するとされ、
怪談にはまったく不向きです。もっとも、心温まる幽霊の話なども
ありますので、そういうときにはいいかもしれません。

あと、柄物も怪談に不向きなんですが、和服の場合はそうでもない
んですね。白地に大きな青い牡丹の柄の浴衣の幽霊なんてのは
かなり怖い気がします。ということで、怪談には、特に効果をねらった
のでないかぎり、ドラえもんのTシャツを着た幽霊は出てこないんです。

和服は柄物でも怖い
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さてさて、じつはハリウッド映画では、画面の色や明るさが観客の心理に
与える影響は深く研究されています。これには、映画がモノクロから
カラーに変わって以来の数十年のノウハウの蓄積があるんです。
映画が便利なのは、画面全体の色調を変えられるところで、青を主体に
すれば、それだけで怖く感じてしまいます。空気感を操作できる。

で、この色調や明度は細かく変化しています。例えばスプラッタ映画で、
ドバっと血が出るシーンでは、それを強調するために全体の色調も
白く変わる。自分なんかは画面の変化で、次にどんなシーンがくるか
だいたい予測できます。このあたりのことに注意してホラー映画を見ると、
新たな発見があるかもしれません。では、今回はこのへんで。

赤黒のホラービデオパッケージ
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肉が切れる話

2020.08.30 (Sun)
あ、僕、山本と言いまして、大阪の清涼飲料水の会社で営業を
やってます。短い話ですけど、いいんですよね。
僕ね、こう見えても神社仏閣に興味がありまして、休みのたびに
京都や奈良を見て回ってるんです。いやいや、もちろん一人ですよ。
安月給ですし、出会いの少ない職場なんで。でもね、これでも
けっこう歴史は勉強してるんです。寺社以外にも、古墳や
幕末の頃の旧跡なんかも訪問してるんです。あ、スミマセン、
よけいな話をしてしまって。それで、こないだの日曜のことです。

京都を訪れまして、・・・名前は言わないほうがいいですよね。
ある、さほど有名でないお寺を拝観して、
ご住職がいろいろ説明してくれたんです。お茶もっごちそうになり、
満足して出ようとしたとき、「あの、もし」後ろから呼びとめ
られたんです。「はい」とふり向くと、若いお坊さんでした。
「何でしょうか?」そう聞くと、お坊さんは少し口ごもってから、
「住職から、あたなを追いかけろって言われたんです。

 肉が切れる相が出ているから気をつけなさい、ってお伝えしろと」
「肉が・・・切れる? どういうことですか」 「わかりません。
 私はただ、住職の言葉をそのままお伝えしただけで」
「肉が切れる・・・事故か何かに遭うんでしょうか」 
「わかりません、もうしわけありません」 「ご住職にもう一度
 お会いして、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」

「それが・・・住職は午後の勤行に入ってしまいまして、
 終わるまで3時間ほどかかります」ということだったんです。 
気になりますよね。でも3時間は待ってられない。それで、
とりあえず次に予定していた神社に行くことにしました。
そこも、あまり観光客は来ないようなところで、せまい参道を
ゆっくり歩いていると、掃き掃除をしていた神職が
私のほうを見ていて、「えっ!」と言ったんです。

「は、何か?」 「いや・・・こう言ってもお信じになるか
 わかりませんが、今ね、あなたの姿を見たとき、頭の中に、
 肉が切れるって声が響いたんです」 「ええ?」 それで、
さっきのお寺での話をしたんです。そしたら、「うーん、
 おそらくですが、そのご住職も、私と同じに肉が切れるという
 声を聞いただけで、詳細はわからないんじゃないでしょうか」 

「そんな、気味が悪いなあ。そういうことってよくあるんですか」 
「いえいえ、あなたが、今回が初めてです。だからきっと、
 とても重要なことなのではないかと」ねえ、どう思いますか。
お寺さんと神社、別々のところで「肉が切れる」ってお告げが
あるなんて、信じられないですよね。でも、実際そうだったんです。
それで、喫茶店などで時間をつぶしてから、最初のお寺を再訪し、
住職とお話したんですが、神職の方と同じで詳細はわかりませんでした。
ただ、私を見たとたん、どこからともなく「肉が切れる」という声を聞いた・・・

「肉が切れる」で、一番考えられるのは交通事故とかですよね。
僕は工場勤務でじゃないんで、機械に巻き込まれるとかはないし、
営業課にも裁断機なんかはありますけど、触ったこともないです。
あと、食事はいつも外食で、包丁なんかも持ったことはありません。
夕方になったので、とにかく大阪の自分の部屋に戻りました。
電車の事故とかなら、どうしようもないじゃないですか。それでも、
ホームの先端には近づかないようにしてましたよ。

それから、特に何事もなく12時を過ぎたので寝たんです。
月曜日から仕事ですから。翌朝、早く起きて、電車には乗らず
自転車で会社に行きました。30分くらいなんで、
たまにやってるんです。営業課では、他の人の机のペン立てにある
カッターなんかが気になりましたね。自分では絶対さわらないように
してました。で、その日は外回りはなかったので、
たまった事務仕事を処理してるうちに昼になったんです。

昼はいつも社食で食べてます。うちの社食は、ボリュームたっぷりで
しかも安い。味はそこそこですけど、まあそんなもんですよね。
やや遅めに入ったんで、ずらっと人が並んだ後ろにつきました。
食券とかはないんです。セルフなんでトレイを持って列に並び、
自分の番がきたんで、おばちゃんに「焼き肉定食」って言いました。
そしたら「あ、ごめんなさい。ちょうど前の人でお肉切れちゃったの」
って・・・ しかたなく塩サバ定食にしたんです。
その後は何も起きませんでした。

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神農と漢方

2020.08.29 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。さて、みなさんは漢方薬などを
お使いになられてるでしょうか。自分は今、ジム通いで首を
痛めてしまったので、「疎経活血湯」というのを飲んでます。
血の巡りをよくすることで、関節の痛みを和らげるという
効能があるようです。

ちなみに、「漢方医学」というのは、中国から渡ってきた医術が
日本で発展したものを指すことが多く、中国の伝統医学そのものは
「中医学」と言います。漢方薬だけでなく、鍼やお灸も日本独自の
方法論ができ、逆に中医学に影響を与えたりしています。

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漢方では「証」ということを重視します。複雑な概念なので
詳しくはふれませんが、一言で言えばその人の体質のことです。
この体質の人にはこの薬という処方があって、これが合わない場合、
むしろ害になったりすると言われますね。

また、西洋医学が病気とその症状を診るのに対し、漢方では
体全体を診ます。西洋医学の薬は飲んですぐ効く場合が多いですが、
漢方は長く続けることが大切です。それと、以前は漢方薬には
副作用はないなどと言われてましたが、そんなことはなく、
中には命に関わる重篤なものもあります。

神農氏
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現在、ドラッグストアに行けば さまざまな漢方薬が売られており、
ネットにもたくさんの情報が出ていますが、やはり素人処方は
危険で、きちんと医師の診断を受けるのが望ましいでしょう。
健康保険がきくケースも多くなっています。

さて、この中医学の元祖と言われるのが、神農(炎帝神農)です。
古代中国の伝承に登場する三皇の一人で、盤古は別として、
女媧、伏羲に次いで古い神です。大きな業績が3つあり、一つは、
土地を耕作して五穀の種をまき、農耕をすることを人々に
伝えたこと。ここから、農という語が名前についてるんですね。

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2つ目は、人々に物々交換の交易を教えたこと。これは後の
商業につながります。3つ目が、たくさんの植物を自ら食して、
薬と毒を見定めたことです。一説では、神農の体は頭部と四肢を
のぞいてガラスのように透明で、内臓が外からはっきりと見えたとされ、
毒があれば内臓が黒くなり、影響の出る部分がわかりました。

うーん、たいへん便利な体ですね。『神農本草経』は、後漢から
三国頃に成立した中国最古の本草・薬学書ですが、神農の名が
冠されています。365種の薬物を分類しており、それが後に
730種あまりにつけ足して増やされています。

断腸草?
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また、神農には五絃の琴をこしらえたという伝説もあり、
同じく三皇の一人女媧が笙の笛をつくったとされ、古代中国では
楽器は神からの贈り物とみなされていたようです。それが日本に
伝わって、平安時代の笛や琵琶の不思議な話となりました。

さて、神農の最期ですが、戦いで破れたわけではなく、あまりに
たくさんの薬物を自分の体で試したので、毒素が蓄積してしまい、
最後は罌子(ケシ)を服用して亡くなったとも、断腸草という
植物で腸がちぎれて亡くなったとも言われます。

瑤姫
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断腸草について少し調べてみましたら、ゲルセミウム・エレガンス
という、ゲルセミウム科またはマチン科ゲルセミウム属のつる性
常緑低木で、世界最強の植物毒を持つとまで言われてるんですね。
中医学では、根を水洗いして乾燥させたものを「鉤吻」と呼ぶ
ようですが、「服用は厳禁」というただし書きがついています。

さて、日本神話に少名毘古那神(すくなびこな)という神がいて、
波の彼方より来訪し、大国主命に協力して国造りを行ったことに
なっています。この少名毘古那神が神農と同一視され、
少名毘古那神を祭る神社は「神農さん」と呼ばれたりします。

精衛
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で、この神農ですが、あまりに古い神なので、具体的なエピソードが
少ないんですよね。そのかわりというか、息子や娘たちの話が
多く残ってるんです。例えば娘の一人、瑤姫(ようき)は、
まだ嫁がないうちに若くして亡くなり巫山に葬られましたが、
瑤草(ようそう)という神仙草になったと言われます。

瑤草が何かというのは、調べるといろんなものが出てきて
よくわかりませんでした。また、瑤姫の妹に女娃(じょあ)という
娘がいて、『山海経』では、海で溺れ死んで鳥に生まれ変わったと
されています。その鳥は海を憎み、埋め立ててやろうと、周囲の山から
枝や石を運んで海中に投下するようになります。

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姿はカラスに似て、嘴は白く足は赤く、「セイエイ、セイエイ」と
鳴くので精衛(せいえい)と名づけられました。これも現代の
なんという鳥かわかりませんが、中国語で検索したら上の
図のようなのが出てきました。まあ、海の近くにいる鳥なんでしょう。

さてさて、ということで、神農についてみてきましたが、前に
加上説というのをご紹介しています。古い段階の神ほど新しい時代に
つくられるという考え方で、神農は『史記』の司馬遷が書いた部分
には出てこず、戦国時代頃にできたのではないかという説が
あります。では、今回はこのへんで。

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早笑いのじいさんの話

2020.08.29 (Sat)
アーカイブ383

この間、高校の同級生と飲む機会がありまして、そのときに聞いた話です。
ただしこれも、また聞きのまた聞きなので真偽のほどは保証しかねます。
自分は関東某県の出身なんですが、今は大阪在住で、
そいつらと飲むのはかなり久しぶりでした。その席で、「怖い話のブログ
 やってるが、なかなかネタがなくて困ってる。怖い話知らんか?」
って話題を振ったら、みな「いい歳こいて何を・・・」って顔をしてましたが、
そのうちの一人、Kってやつが、「そんなに怖いわけでもないけどな、
 俺の地元じゃたいがい知ってるんじゃないか」
そう言って聞かせてくれたものです。
ちなみに母校は県庁所在地にあり、Kは郡部から出てきて寮暮らしでした。
Kの地元の町には自分は行ったことがないんです。

Kが中学生のとき、夜に家族でテレビを見てたんだそうです。
ちょうど夏休みの時期で、心霊特集のような番組をやってたんですが、
どれも作りもの臭い写真や動画ばっかりで、
Kにはそういうことがあるとは思えませんでした。それで家族に、
「ねえ、こんなことって本当にあるのかなあ?」と疑問を発したんです。
そしたらKのじいさんが「うーん、死んでからのことはわからんが、
 死ぬ前の夢ってのはあるらしいぞ」こう言ったんですが、
Kには意味がわかりませんでした。
「それまだ死なないうちの、危篤とか臨終って段階の話のこと?
 だったらまだ死んでないんだから、夢を見るのも当然ありじゃないの?」
そしたらじいさんは「まあな、だけどそれが現実に起きたらどうする」

こうつけ加えました。ますます意味がわからなくなったKに
父親が助け舟を出して、「じいちゃんが言ってるのは、いわゆる
 虫の知らせってやつのことだ。ほら、死ぬ間際で病院に寝たきりの人が、
 親戚や友人など遠く離れた場所に姿を現して別れを告げるって話、
 聞いたことないか?」 Kが、「ああ、それはある」と答えると、
父親は今度はじいさんに向かって、「早笑のじいさんの話だろ」って
言ったそうです。この「早笑」というのはその町の地区名で、
「さわらい」って読みます。そこに住んでいるじいさんってことですね。
当時から3年ほど前のことだったそうです。早笑のじいさんは70代でしたが、
長い間病気していて、市の病院で寝たきり。しかも容態が悪くなって、
今日明日かもしれないということで、家族や親戚が詰めかけていました。

それが、その早笑地区の氏神神社へ行く道で、
何人もの人がじいさんの姿を見かけたんです。
早笑のじいさんは帝国陸軍の軍服を着て、にっこにこ満面の笑顔で、
大きくて足を振り立てて、行進でもするかのように神社へ向かってたそうです。
このじいさんは、戦争で南方へ行ったそうなんですけど、
戦友がほとんど死んだ部隊から、奇跡的に生還してきたんです。
道端で農作業していた人たちが何人もその姿を目撃したんですが、
あまりの異様な様子と、あとは入院している事情を知っていたので、
誰も声をかけたりはしませんでした。ただ、一人物好きな若い衆が、
じいさんのあとをついていったんだそうです。この後は、その若い衆の話です。
じいさんは砂利道の参道までくると、急に四つん這いになり、

そのままの姿勢で、犬みたいに舌を出しながら鳥居をくぐり、拝殿の前まで
駆けていきました。若者の足でも追いつけないくらいの早さだったそうです。
で、拝殿の前へくると手水鉢のまわりを何度も回り、それから、
拝殿の鈴についた紐に飛びつくようにして、するするっと軒のあたりまで登り、
そこでぱっと消えました。若い衆が見ると、軒下には戦前に奉納された、
軍服姿の出生兵が描かれた絵馬が何枚も並んでいたんだそうです。この後は
お定まりの、じいさんがその後すぐ病院で亡くなったという知らせが届いた、
ってわけです。親戚や友人らの元へは現れなかったということでした。
おかしな行動ですが、じいさんはそういう末期の夢を見ていたんだろうって
話になったんです。この話が広まって、氏神神社の神主は得意そうな顔で、
葬式を出した寺の住職は苦い顔をしていたそうです。






磯女(いそめ)の話

2020.08.29 (Sat)
アーカイブ382

小6のときだな。夏休みに海辺にある親戚の家に滞在してた。そのときの話。
高校に行かず17で漁師になった近所のあんちゃん、良男さんって人に
午後から浜に連れてってもらった。そこらの漁師は朝早く出て、
昼前には戻ってくるから。良男さんは、親方に殴られたって言って、
目のまわりを青く腫らしてたのを覚えてるよ。
俺は当時、あんまり泳げなくてね、学校のプールでも25mがやっとくらい。
だから良男さんはバチャバチャ泳ぎに付き合うのに退屈したみたいで、
4時頃には、もう帰ろうかってことになった。そこらは岩浜で魚もカニも
たくさんいたけど、ちょっと転んだりすると鋭い岩で皮膚がぱっくりと裂けた。
注意してたんだが、帰るってことで気が緩だんだろう。
海から上がるときに、膝をぶつけて割ってしまった。

血がかなり出て、潮が傷口にしみた。良男さんに見せると笑って、
「ここらじゃよくあることだ。タオルで傷口を押さえてな。
 海の家にいって傷バンもらってくるから」そう言って堤防を越えていき、
俺は顔をしかめて膝横を押さえてたんだよ。で、見るともなく近くの海面を見てた。
そしたら大きな岩と岩の間の海藻の上を、スッと黒い影が横切って、
魚としか考えられなかったが、いやにでかい。
こういう岩浜というのは、岩礁が切り立った崖のようになっているんで、
そのあたりはもう足の立たない深さなんだ。
それっきり姿が見えなくなったので、足の傷を押さえるのに集中した。
厚手のバスタオルを何重にも折っているので、そこまで血は染みてこなかったし、
痛みも薄らいできた気がした。したら、波とは違うばしゃんという音がしたんだ。

もう一度さっきのところを見た。やはり何か黒い影・・・いや、青っぽく見える影が、
前より海面に近いところを動いて、大きさは1m以上あるように思えた。
魚というより、アシカなどの海獣に近い印象があった。
「何だこれ、何かすごいものが近くにいる」立ち上がってみた。
また影は見えなくなっていたが、回遊しているのだとしたら戻ってくる
かもしれない。で、10数秒後、ほぼ同じところにそれが来たんだ。
立っているから全体の姿がわかった。海の中にいるからではなく、
はっきりとした青い色。背中に流れている黒いものは髪だろうか。
俺の背丈くらいの青い人間。きゃしゃな体つきと長い髪で、女に見えた。
しかし足のほうはどうなってるかわからなかった。
やっぱりオットセイ類の、尾びれのような形である気もしたんだよ。

「おーい、大丈夫か。べそかいてないか?」良男さんの声がした。
近くまでくるのが待ちきれなくて「でかいものがいる!」大声で叫んだ。
「あー魚か?」良男さんが応じて、岩の上を跳び伝うようにして近くまで来た。
「今見えなくなったけど、また来ると思う。このあたりをグルグル回ってるみたい」
「でかいってどんくらい」 「俺の体くらい」
「うーんサメか? いるんだろうけど、浅いとこではまず見ないぞ」
こう言い合っているうちに、またそれが戻ってきた。「来たよ」 「どこだ?」 
「あの大きい岩の間」 「あー・・・」良男さんが声を飲むのがわかった。
それはこっちの存在に気がついたのか、数mに広がる黒い海藻の上で動きを止めた。
「人に見えるでしょ。何あれ、このあたりにいる生き物?」 「・・・いや」
良男さんが俺の手首をつかみ、「このまま少しずつ下がって堤防まで行く。走るなよ」

かなり緊張しているのがわかった。「何? 危険なものなの」 「しっ」
俺らはそろそろと後じさりするようにして5mほど離れ、
すると海面が見えなくなった。「足痛いか?」 良男さんが聞いたので
バスタオルをどけてみると、傷口は白くふやけて、血は止まっていた。
「あれはたぶん、磯女(いそめ)だろ。俺もはじめて見た」
「磯女って?」 良男さんはやや間を置いてこう言った。「亡者だよ。死んだ人、
 女だ。でもよ、ここらの人間には危険はないって言われてる。
 漁協に知らせなならん」 「俺はここらの人じゃないから危なかんたん?」
「・・・引かれるって言われてるな」 「どういうもんなの」
「夜に訪ねていって教えるよ」こんな会話をしながら堤防まで出たんだ。
そこまでくるとさすがに怖いという気はしなかったな。

夜9時過ぎ、お世話になっている親戚の家の夕食がすんで、
縁側で涼んでいると、土産のサザエをいくつか持って良男さんが訪ねてきた。
そこで、こんな話を聞いた。「磯女っていうのは、海で亡くなった女のタマシイだ。
 男はならない。ここらの男は漁師でなくても泳ぎは達者だから、
 浜近辺で溺れることはないし、それに漁師は覚悟があるから。中には
 北極海まで出る人もいるし、凍った海に落ちて死んだらそれはそれって覚悟は、
 みんな持ってる。磯女になるのは、浜で死んだ地元の女で、
 まだ遺骸があがっていない人なんだよ。漁協で、3年前に11歳の女の子が、
 船着場付近で海に落ちて行方が知れてないからそれだろうって、聞いてきたな」
「俺と同じ歳じだな、その子知ってる?」 「顔を見たことがあるくらいだ」
「どうするの」 「そこの家の人ったちと坊さんで浜に上げる。明日やるみたいだ」

「見に行ってもいいん?」 「まあ、かまわんと思うぞ。前葬式みたいなもんで、
 参会してはダメっていう決まりはない。別に隠し事でもないしな」
ということで、翌日の夕方、海水浴客があらかた帰った5時過ぎに
昨日の場所に出てみた。そしたら、あれがいた岩礁付近に大勢人が集まってた。
多くは漁協の関係者で似合わない背広を着てるものが多かったが、足元はゴム長。
4重5重に人が取り巻いて、そこの岩礁には近寄れそうもなかった。
地元の子どもも何人も出てたが、みな人の輪の最外にいた。
俺のことをどうこう言う大人はいなかったな。
人の背で何も見えず、ただうろうろしてると、「おい」と呼びかけられ、
振り向くと良男さんだった。「中にいかないの?」
「俺はまだ見習い漁師だしな。背広も持ってない。あっちの突き出た岩にいこう。

 遠くなるけど見えるだろ」こう言われて、2人で50mほど離れた、
磯女の出た岩とは平行な形で海に突き出た場所にいった。向こうの
海に面した場所が少し見え、人が半円を描いて海面を取り囲んでるのがわかった。
全面に出てる人はみな手に花束を持ってたな。白木でできたお盆の祭壇の
ようなものが築かれてあった。ずっとそのまま20分ほどたち、
堤防の向こうから袈裟を着た坊さんに先導され、喪服を来た年配の男女が
歩いてきた。「亡くなった娘さんの両親だ」良男さんが言った。
「その女の子はもう来てるの?」 「わからん、が、親が呼べば来る」
「どうして3年前、海で見えなくなってすぐのときに呼ばなかったの」
「その頃は、うまく説明できんが、まだ普通に死んだ人なんだ。
 自分を見つけてもらいたくてしかたなくなったときに、磯女になって来る」

長くなったんで、ここからは簡単に話すよ。坊さんが最前に出てお経を唱え始め、
両親が大声で叫んでいるようだった。祭壇の上のもの、人形や学用品だったけど、
それらが次々に海に投げ込まれた。赤いランドセルまで。
やがて人の輪が大きくざわつき、漁師が3人出てきて、海面に投網を投げたんだ。
海面にしぶきがあがって、一瞬だけ、真っ青な手が突き出されるのが見えた。
それだけ。網があげられて、両親がしゃがみ込んで泣き崩れていた。
坊さんがまた大声でお経を唱えだし、それが、風に乗って俺らのいるところまで
聞こえてきた。これで終わりだったよ。後に聞いたところでは、
投網で上がったのは頭の骨のかけらが石ころほどくっついた
髪の毛の束だけだったらしい。しかしそれだけでも、あれば、
行方不明状態で葬式もあげられなかった子の供養ができることになる。

「あの青い人に見えた姿はどうして?」良男さんに聞いてみた。
「俺もよくはわからないが、念というか、タマシイというか。
 陸に戻りたい、見つけてほしいって亡くなった人の気持が形を持ったもの、
 って言われてる。だから実際の体はないんだ」
「あのときに、よその者は引かれるって言ったよね」 「うーん、そうだな。
 磯女を見るのはたいがい、亡くなった人の肉親とか知人なんだ。
 そういう人は縁があるから、特に危険なことはない。
 向こうは見つけてほしいわけだからな。けども今回の場合は珍しいようだ。
 縁者でないお前に見えたわけだから。坊さんは、同じ年くらいの子どもだから
 近寄ってきたんじゃないかって言ってた」遺体の一部が上がった磯の近辺は、
ロープを張り回され、その夏中、漁も遊泳も禁止されたよ。

キャプチャ




テンプル騎士団とバフォメット

2020.08.28 (Fri)
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今回はこういうお題でいきます。悪魔学の一環なんですが、
これをまともに書くとたいへん長くなってしまうので、
ほんの概略だけにとどめたいと思ってます。さて、テンプル騎士団は
ダン・ブラウン原作、2006年のアメリカ映画『ダ・ヴィンチ・コード』で
取り上げられ、改めて話題になりました。

まず、これから説明していきましょう。ヨーロッパ中世、第一回の
十字軍が1096年に行われ、イスラム勢力からの聖地エルサレム
奪回に成功します。ですが、軍のほとんどは自国に帰還してしまい、
せっかく取り戻したエルサレムは戦力不足でした。

そこで、エルサレムへの巡礼に向かうキリスト教徒を保護するため、
1119年に設立されます。テンプル騎士団の構成員は
正式な修道士であり、ロールプレイングゲームに出てくる
神官戦士のような性格を持っていました。ただし、
直接戦うのではなく、当初は あくまで予備軍的な存在でした。

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ですが、第2回十字軍ではフランス王、ルイ7世を助けて奮戦。
王は広大な土地を騎士団に寄進します。これで財政的な基盤ができた
騎士団は、寄進された土地や物をすべて金銭に変え、国際金融機関的な
役割を持っていきます。ヨーロッパで預金した金を、

エルサレムでテンプル騎士団から受け取ることができるなど、
現在の銀行のような役割を担ったわけですね。騎士団は、一切の課税を
免除され、自前の艦隊まで有して商業活動や金融活動を行うようになり、
莫大な財をなしましたが、商人たちの敵意を受けるようになります。

フィリップ4世
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13世紀に入って、聖地エルサレムがイスラムの手に落ち、ここで     
テンプル騎士団はその存在意義を失うんですが、騎士団の蓄財は
最盛期を迎え、フランス王に対する財政援助を行うまでになります。
この金に目をつけたのが、フランス王フィリップ4世。

フィリップ4世は、整った顔立ちから「美男王、端麗王」などと
呼ばれましたが、フランスの財政は最悪の状況でした。そこでまず、
フランス国内のユダヤ人をいっせいに拘束、資産を没収して
追放するという暴挙に出ます。これに味をしめ、1307年、
フランス全土においてテンプル騎士団の会員を一斉に逮捕。

その罪状は、男色行為、反キリストの誓い、悪魔崇拝など。
団員は激しい拷問によって無理やり罪を自白させられ、
異端審問で有罪とされた後、教皇クレメンス5世に働きかけ、
テンプル騎士団は解散、フランス国内の資産を没収されます。
1314年、騎士団総長ジャック・ド・モレーら幹部を火刑。

ジャック・ド・モレー
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その際、モレーはフィリップ4世と教皇クレメンス5世に
呪いの言葉を発したと言われます。同じ年、フィリップ4世は
狩りの最中に脳梗塞で倒れ死去。46歳でした。
また同年、クレメンス5世も亡くなっています。
これは当然、モレーの呪いと言われました。

さて、テンプル騎士団の罪状は、現在ではまったくのでっちあげと
判明していますが、その最も大きなものは、悪魔バフォメットを
崇拝していたことで、騎士団の本部にはバフォメットの偶像が
あったとされました。(これももちろん嘘です)

悪魔バフォメット
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悪魔バフォメットは、山羊の頭、黒い翼を持つ両性具有の悪魔ですが、
古い文献には登場せず、イスラム教の創始者にして預言者、
ムハンマド(フランス語読みはマホメット)を貶めたものであると
みられています。つまり、テンプル騎士団は、十字軍遠征の敵で
あったイスラムを信奉していたとされたわけですね。

さて、ここで『ダ・ヴィンチ・コード』の聖杯伝説が出てきます。
聖杯とは、最後の晩餐に使われた杯、あるいは磔にされた
キリストの血を受けた杯と言われますが、それをテンプル騎士団が
所有しており、弾圧の際に騎士団の一部はスコットランドに逃れ、

聖杯
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そのおよそ100年後、騎士団の子孫「ヘンリー・シンクレア」
という人物が、大西洋を西に向かって謎の航海をしたという記録があり、
このとき、テンプル騎士団の遺された財産と聖杯を、カナダの東海岸、
ノバスコシアなどに隠したという伝説が残ってるんです。
自分も少し調べたんですが、どこまで本当かはわかりません。

そもそも聖杯の存在自体がきわめて怪しいものですし、それが
新大陸に渡ったとなれば、話としては面白いですが、実体はないでしょう。
『ダ・ヴィンチ・コード』では、最終的に、聖杯とは独身であった
はずのイエス・キリストの血をひく子孫ということになってましたね。

火刑にされる騎士団員
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悪魔バフォメットは、19世紀、イギリスでテンプル騎士団が本当に
異端であったかどうかに関する論争が起きた際、改めて注目を浴びます。
19世紀以後、オカルティズムやサタニズムの世界でバフォメットは
有名となり、魔術師エリファス・レヴィによって初めて姿絵が描かれました。
イスラムですので、偶像は禁じられ、具体的なイメージがなかったんですね。

さてさて、ということで、どうにか字数内で説明できたようです。
ここまでの自分の感想は、信仰心などと言っても、世の中を動かす
力として、やはり金銭というものは大きいなあという身もフタもない
ものです。では、今回はこのへんで。

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ばあちゃんの湯呑の話

2020.08.27 (Thu)
あ、どうも。俺、山本っていいます。高校を中退してから、
ずっとプー太郎をしてたんだけど、最近、就職したんです。
といっても、自動車会社の期間工だから、いつまで仕事あるか
わかんないですけどね。まあでも、俺ももう25過ぎたんで、
そろそろ真面目にやんなきゃマズいと思い始めて。
気持ちが変化したきかっけですか。この間、同居してた
じいちゃんが亡くなったんです。死因は肺炎でしたけど、
86歳でしたから大往生って言っていいかと思います。
はい、入院してた先の病院で。それでね・・・これから話を
するのは じいちゃんのことじゃなく、その連れ合いだった
ばちゃんのことです。ただ、ばあちゃんは、俺が生まれる前、

30代で病気で他界してるんですけどね。だから顔は遺影でしか、
見たことがありません。昔の白黒写真だけど、きれいな人だった
ってことはわかります。和裁の先生をしてたんです。
もう壊しちゃったけど、じいちゃんが建てた家の一間に
お弟子さんを集めて。あ、じいちゃんは大工でした。
ほら、大工仕事は安定しないから、ばあちゃんの収入でずいぶん
家計の助けになったみたいです。それで、話はね、ばあちゃんの
湯呑のことなんです。どこにでもあるような白地に花の模様の
ついた湯呑。いつもそれでお茶飲んでたみたいです。
この湯呑、ばあちゃんが急死して、葬式なんかのどさくさのときに
見えなくなっちゃったんです。ひと段落してから探したけど、

どっからも出てこない。だから、ばあちゃんがあの世へ持って
いったんじゃないかって、当時は話してたそうです。
けどね、それ、ときどき出てくるんです。はい、俺も見てます。
恥ずかしい話だけど、そのことも後で言いますよ。
最初に湯呑のことが出てきたのは、ばあちゃんの弟子の
お針子さんのところからです。その人、いき遅れたっていうか、
30歳過ぎても独身だったんですが、縁談が来たんです。
で、飛びついちゃったんだけど、それね、結婚詐欺だったんですよ。
恋愛結婚が少ない昔のほうが多かったみたいですね。
相手の詐欺師の男が、お弟子さんの家に来て両親にあいさつした。
そのとき、ガラスコップでサイダーかなんかを出したのに、

見ると白い湯呑を持ってる。でほら、そのお弟子さん、
通いだったから、家でばあちゃんがそれでお茶飲んでるのを何度も
見てるんです。「え、あれ?」と思ってるうち、
男は中のものを飲み干し、そしたらトロンとした目になって
呂律が回らなくなり、そのまま家を飛び出していったそうなんです。
それからどうなったと思います? そいつ、駅前で路面電車に
飛び込んだんです。まあ、死ぬまではいかなかったみたいですけど、
それまでの悪事が露見して、警察病院に入院です。
その後、湯呑は、どこを探しても見つからなかったということです。
うちの母親は、この話をお弟子さんから聞いても信じなかったそうです。
まあ、そんなことがあるわけはないと思いますよね。

なんかの間違いだろうと。ところが、次にその湯呑を見たのは
母親自身なんです。今の自宅になってからのことです。
その日はじいちゃんも父親も仕事で、俺はまだ生まれてまもなかった。
母親が赤ん坊の俺と家にいた午後に、訪問販売が来たんです。
当時はまだ押し売りって言葉があって、風体が悪い相手なら
母親も警戒したんでしょうが、びしっとスーツを着たサラリーマンで、
居間に上げてしまった。言葉もすごい巧みで、催眠術にかかったように
高価い仏具を買わされそうになったって言ってました。
でね、お茶は出してたんです。でも、そういう訪問販売は
出されたものに手はつけないですよね。ところが、ふっと見ると、
白い湯呑を持ってる。母親はすぐにばあちゃんのだって思ったそうです。

青い水仙の花の模様でわかったって。で、訪問販売はのものを
一口飲むなり、ぎょっとしたような顔になって、パンフレットだけじゃなく、
自分のバッグまで置いたままにして、急に出ていったんだそうです。
いや、その後どうなったかまではわかりません。ただ、その会社は
ひじょうに評判の悪いとこだってのが判明しました。それで、しばらく
間があって、次が俺です。最初にずっとプー太郎をやってたって言ったでしょ。
高校中退してから、たちのよくない仲間とつき合ってました。
ほら、定職についてないもんだから、みんな金なくてピーピーしてて。
で、ある日ね、俺と仲間の数人が金融業者から高いクラブに誘われたんです。
金融業者っても、筋者です。そこで出た話が、オレオレ詐欺メンバーの勧誘。
俺、そんなとこに来たことなくて、きれいなオネーチャンはいるし、

ぼうっとなって話に乗ってしまうとこだったんです。もちろん仲間も
同じですよ。筋者もそのときは愛想がよかったし。で、グラスで
シャンパンを飲んでたんですけど、ぐっと飲んだら味が変わってたんです。
なんと言えばいいかなあ、あの世を覗いたような味って言えば
わかってもらえるか。いや、変な例えだけど、そうとしか表現できないです。
「ええ?!」と思って手の中を見ると、青い花の模様のついた茶碗。
その後のことは記憶にないです。俺、ぶっ倒れたみたいですから。
タクシーで家に送られて、それから3日くらい気分悪かったです。
オレオレ詐欺の会社は俺が寝込んでる間に発足して、結局、
メンバーにはならなかったんです。よかったですよ。1年たたないうちに
摘発されましたから。ああいう犯罪は判決が厳しいんですよね。

で、そんときは俺、あの湯呑がばあちゃんのだって知らなかったんです。
だんだん話を聞いてるうちに、ああ、あれがそうだったんだなって
納得したっていうか。これが最後の話になります。3ヶ月前、
じいちゃんが起きてこなかったんです。いつもは朝早くに新聞を
取りに行ってたのに。母親が見に行くと、大汗をかいててすごい熱。
意識もなかったんで、救急車を呼びました。肺炎はかなり進んでて、
年も年だし、危ないってことだったんですが、一時は回復して
意識が戻ったんです。それで最初に言った言葉が、
「俺の湯呑を持ってきてくれ」・・・最初、言い忘れてましたけど、
ばあちゃんの湯呑って、夫婦湯呑だったんです。模様が同じで
大ぶりなのをじいちゃんは持ってて、ふだん使わずしまってたんです。

それで、病院にじいちゃんの湯呑を持ってたんですが、
やはり使わないで病室のテレビ台に置いてたんです。俺が見舞いに
行ったとき、「じいちゃん、これ使わないのか」って聞いたら、
「いや、まあ、準備しとく」みたいなことを言いました。
意味わからなかったけど、酸素の管つけてるし、それ以上は
聞けなかったんです。で、俺が帰るとき、じいちゃんはボソッと、
「俺が浮気しようとすれば、民子の湯呑が出てきてなあ」って。
民子ってのはばあちゃんの名前ですよ。ただ、浮気と言っても、
ばあちゃんは亡くなってるわけだし、じいちゃんが再婚しなかったのは
そのためかって、これも後になって考えたことです。
じいちゃんはそれから、お粥を食べられるようになって

退院が見えてきたんですけど、ある晩、胃液を誤嚥しちゃったんです。
それで肺炎がもっとひどくぶり返して親族が呼ばれ、
翌日亡くなったんです。入院の荷物を整理してて、一番最初に
気がついたのは母親でした。「あっ!」って。もうわかりますよね。
テレビ台の上に夫婦湯呑が2つ揃ってあったんです。
はい、ばあちゃんの湯呑はもう消えたりしませんでした。それでね、
じいちゃんの火葬のとき、陶器だからいいだろうってことで、
セットで棺に入れてもらったんです。お骨上げのときには、
どっちもほぼ灰になってました。まあ、こういう話なんですよ。
で、家に戻る途中の車の中で母親が、「お義母さまは情の
 強(こわ)い人だったから・・・」ぽつりとこう言ったんです。






アーカイブ 引っぱる話

2020.08.27 (Thu)
漫画家の水木しげるが書いた「のんのんばあ」の話に、
「引っぱる」というのが出てくるが、数十年前まで俺の住んでいた地方でも
これに似たことがあったんで書いてみる。
当時自分はまだ小学生だった。
「引っぱる」というのは今まさに死んでいく人間は、
その死のまぎわに生きた人を道づれにして,
冥土に旅立ってゆくことができるというような話。

うちは四国の山奥の集落だったんだが、
当時90過ぎのひいばあさんが肺炎になった。
ひいばあさんくらいの年代は意地の強い人が多くて、
前日まで腰を曲げて畑に出ていた年寄りが、
明くる日ぱたっと倒れて亡くなってしまうなどということがよくあったらしい。
長く寝たきりになって家族の世話を受けるという人は不思議と少なかったという。
当時は自宅療養と往診が当たり前で、
入院先で亡くなるということも年寄りでは珍しかった。

ひいばあさんも肺炎と診断されてから1週間もたたずに死んでしまったが、
寝ついたという話を聞いて、近隣のばあさん連中がわらわらと訪ねてくる。
それも夜陰にまぎれるという感じで、
ばあさんらは普段は夕飯を食うともうひっこんで寝てしまうんだが、
夜の9時過ぎ頃に見舞いと称して野菜などを持ってきては、
病人の枕元で長いこと話し込んでいく。

ひいばあさんは熱も咳もあって話ができるような容態ではないんだけど、
それもかまわず病人に向かって「下の郷の◯◯婆を引っぱってくれ」
のようなことをくどくどと頼み込む。
そ◯◯婆にどんなひどい仕打ちをされたかなどのこともいっしょに。
これらの声はひいばあさんが寝かされてる部屋から逐一聞こえてくるんだが、
頼む方はそういうことも気にしてられないというくらい熱心だった。

その頃はまだ一家を仕切っていた自分のじいさんは、
あまりいい顔はしてなかったが、
ここらの集落の風習みたいなもんだから仕方がないという感じだった。
ひいばあさんの葬式を出して3ヶ月以内に、
集落の年寄りが2人亡くなった。そのうちの1人は間違いなく、
ひいばあさんが引っぱってくれと頼まれていた対象だった。
ただしその人は70過ぎだったんでたまたまなのかもしれず、
引っぱりの効果かどうかは何とも言えない。








アーカイブ 住職の話

2020.08.27 (Thu)
ここでは、よく寺の和尚や神主に霊感や祓う力があるかどうかが
話題になるんで、そのことについて俺が寺生まれで、
住職をしている友人から聞いた話を書いてみる。

俺の生まれた地域は田舎だけど、町で一番大きな友人の家の寺は、
けっこう敷地が広くて立派な作りをしてる。
ただ宗派の総本山から住職が派遣されてくるほどの格式ではなくて、
明治以降は長男が代々世襲で住職を務めている。
友人は小学校前くらいの時分に、よく祖父である大(おお)和尚に
連れられて墓域の片付けと掃除に行ったそうだ。
ここらでは寺の住職に定年はないので基本的に死ぬまで僧職にあるけど、
大和尚はその頃で七十歳前後だったはず。
お祖母さんはもう亡くなっていた。友人の父は四十代だったが、
ちょっと離れた市の同じ宗派の寺で修行していた。

掃除についていくとカラスが集まっている。
これはお供え物を持って帰らない人がいるんで、
それを狙ってくるんだけど、そのカラスの中に、
どうも他とは違う感じのが混じっているように友人には思えた。
どう違うのか確かめようと二三歩近づいてみると、十羽ちかくいるうちの二羽が、
カラスの黒い丸い目ではなく白目のある人間の目をしていた。
ただし、人の目よりはずっと小さいけど。

友人がそれを気にしているのに気づいた大和尚は、
「ほう、お前あれらが見えるか」と言って、
「お前の母親を拝み屋筋から嫁にもらったのは正解だったようだな。
残念ながらお前の父親はまったく見る力がないから」そのようなことを言って、
数珠を出してそのカラスのいるほうに向かって短くお経を唱えると、
人の目をしたカラスはぼんやりとにじむようになって消えた。

「あれは何?」と友人が聞くと、
「なーにたいしたものではない。人の魂などではなく、
 ちょっとした悪い気が凝ったものだよ」と教えられた。
大和尚は続けて、「別にあれらが見えなくても、
 寺の仕事に支障があるわけでもないし、立派に勤めることができる。
ただ、こういう力が途絶えてしまうのは残念だから」
というような意味のことを言ったらしい。
友人にはその当時は何のことかわからなかったが、
友人の母親はその地域のお寺とは違う民間信仰を司る家の娘だった人で、
ずいぶん無理をいってお寺に嫁に入ってもらったという。
それで、俺ら一般人からみれば不思議な力が、
友人にも受け継がれたということのようだ。

友人にそういう力がこれまで役立ったことがあるかと聞いたら、
葬式のときに引導をわたした後に、
まだ霊魂がこの世にとどまっている気配というのが何となくわかるんだそうだ。
それで、その後の儀式の力の入れ方を調節する。
たいがいは仏教でいわれる四十九日までとどまっていることは少なくて、
三十日前後で気配は消える。いわゆる成仏するということか。
ただ恨みを飲んで亡くなった人などは強い念が残っている。
狭い町なので亡くなる前後の事情はだいたいわかっているから、
自殺者などは特に念入りに儀式を行うことにしているという。

それから、ここらではよほどの大家でなければ、
遺体を寺に安置して通夜を行うんだが、
(ただし交通事故などで損傷した場合は先に火葬してしまう)
この地方独特の風習として、北枕にした遺体の枕元に小さい
黒い屏風を立てる。遺体は魂が抜け出した空の状態にあるので、
そこをねらって悪い気が入り込んでくることがごくたまにある。
それを防ぐための黒屏風で、風などで倒れないよう、
しっかりした台座がついている。

一度だけ、強い風で屏風が倒れたのに小一時間ばかり気づかない
ことがあって、そのときは白布の下で閉じられていたはずの
遺体の目が、かっと見開かれていたそうだ。
それに気づいたのがもう僧籍に入って修行していた友人で、
長い時間特別なお経を唱えるとひとりでに目が閉じて、
悪い気が抜けていくのがわかったという。

友人に、悪い霊が憑いた人を祓ったことがあるかどうかを聞くと、
そういうことはないと言ってた。もしそういう人が尋ねてきたとしても、
気を感じることはできるかもしれないが、
どこの誰の霊が憑いているかなんて絶対わからない。
自分よりずっとずっと上の能力がある人ならわかるのかもしれないと言ってた。
こういう力というのは修行で身につくものではなく、
ほとんど生まれつき決まるんだそうだ。
実際に、子どもの頃と比べれば今は力はずっと落ちてきてるらしい。

そういう相談を受けた場合は、宗教関係ではなく、
医療機関を受診するように勧めているそうだ。
なぜなら、道行く人を見ても多かれ少なかれ何かの気が取り憑いていて、
それらにいちいちお経を唱えてもきりがないし、
変な例えだが、寄生虫が体内にいると肥満にならず健康な場合もあるように、
何かが憑いていても悪いことばかり起きるわけではないと笑ってた。

それから、心霊写真は大部分がただの紙だから気にすることはない
と言ってた。もちろん気になる人が持ってくれば寺で預かってもいいが、
そもそも見間違いのような場合がほとんどだそうだ。ただし、古道具、骨董類は
人間よりずっと長くこの世に存在してるものが多いので、
何らかの気が凝ってることもあるらしい。
ただ特別に儀式をするまでもなく、しばらく本堂に置いておくと気は抜ける。
「漂白剤に浸けるようなもんだね」と言ってた。
 
まとまらない怖くもない長文でスマンかった。
これらは全部、俺が酒の席で友人から直接聞いた話だが、もしかしたら
違う宗派や宗教の人には別のように見えるのかもしれないとも言ってた。
色眼鏡をかけるとレンズの色にものが染まって見えるように、
その地域の習慣や宗派の教えに影響されるということのようだ。

キャプチャ





狐狸とお寺

2020.08.26 (Wed)
xx (4)

今回はこういうお題でいきます。オカルト論と迷ったんですが、
妖怪談義のほうに入れておきますね。さて、日本では、
狐や狸、それに狢(むじな)も加えて、人を化かす動物とされて
きました。平安時代にはすでにそういう話ができあがっています。

『今昔物語』には、頼光四天王の一人 卜部季武が、深夜、
肝試しのために一人で産女が出るという川を馬で渡る話が
載っています。勇敢な季武は、産女が渡した赤ん坊を返さずに
もどってきましたが、袖の中の赤ん坊は木の葉に変じていました。
産女はおそらく狐だろうと推測されて話は終わります。

卜部季武と産女
xx (3)

では、なぜ狐狸が人を化かすと言われるようになったか。
まず一つには、狐狸は山と里の中間にいたからでしょう。
村人によく目撃される身近な動物であったわけです。それと、
これは意外に思われるかもしれませんが、密造酒。

ま、ドブロクなどのことですが、こっそり作っている家は
多かったと思います。で、飲みすぎて酔っぱらい、
肥溜に落ちたり、山に迷い込んでしまう。そういう失態を
狐狸のせいにすれば、八方まるく収まるというわけです。
ただ、すべてのケースがそうだったわけでもないでしょう。

さて、狐狸は神社よりもお寺関連の話が多いんですね。これは、
神社では動物を神の御使い、眷属としていたせいもあるでしょうし、
江戸時代は、すべての人がどこかの寺の檀家にならなくてはならず、
お寺のほうが日常のつき合いが深く、住職の人柄なども
よく知っていたせいかもしれません。

白蔵主
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ここからは狐狸とお寺についてのエピソードを羅列していきます。
まずは狐の「白蔵主 はくぞうす」。マイナーな妖怪だったんですが、
推理小説家の京極夏彦氏が著書で取り上げて有名になりました。
さまざまなパターンの話が残ってるんですが、一番怖いのは
甲斐(現在の山梨県)に伝わるものでしょう。

白蔵主とは、宝塔寺という寺の僧の名で、甥の猟師がキツネを
捕えて皮を売って生活していた。近くの山に老いた白狐がいて、
多くの子ギツネを猟師に捕られたため、深く怨んでいた。
そこで白狐は伯父の白蔵主に化けて猟師を訪ね、殺生の罪を
説いて狐捕りをやめさせ、かわりに金を渡して罠を持ち去った。

しかし猟師は金を使い果たし、また金を乞いに伯父の寺を訪ねようと
したので、キツネは寺に先回りして本物の白蔵主を食い殺し、自分が
白蔵主に成りすまし猟師を追い返す。それから50年以上も
住職を務め上げたが、あるときに鹿狩りが行なわれ、白蔵主も見物
していたところ、狐の正体を見抜いた犬に噛み殺されてしまった・・・

xx (6)

狸のほうは「分福茶釜」が有名ですよね。こんな話です。
上野の茂林寺で、茶の湯が趣味である和尚さんが茶釜を買って寺に
持ち帰る。和尚の居眠り中、茶釜は頭や尻尾、足を生やし、
小坊主たちに見つかり騒動となるが、最初、和尚は信じない。
しかし湯を沸かそうと茶釜を炉にかけると、足の生えた正体を現す。

怪しい釜なので出入りの屑屋に売るが、その夜、茶釜はみずから
狸の化けたものだと正体をあかし、文福茶釜と名のる。狸は、
寺での扱いに文句を言い、屑屋には丁重に養ってもらいたい、
そのかわり軽業の芸を披露すると もちかける。屑屋は見世物
小屋を立ち上げ、茶釜の曲にあわせた綱渡り芸は大人気を博す・・・

xx (7)

「証城寺の狸囃子」もよく知られています。木更津の証城寺では、
化け物が出るので住職が長く居つかない。そこにある日、新しい
和尚がやって来る。その晩から噂に違わず、一つ目小僧やら
ろくろ首などが現れるのだが、和尚はそれを見ても全く驚かない。
じつは化け物の正体は、この森を住処とする狸たちで、

一つ目小僧やろくろ首に化けては、訪れる人間たちを驚かして
楽しんでいた。ところが新しくやってきた和尚はまったく驚かず
平然としているので、狸たちのしゃくにさわり、親分の大狸は、
「ぜひとも和尚を驚かせてやろう」とあることを思いつく。
ある秋の晩、何者かが寺の庭で大騒ぎしている。

xx (1)

寝ていた和尚は目を覚まし、外の様子に耳を凝らしてみると、それは
お囃子であった。不思議に思いこっそり庭をのぞくと、庭の真ん中で
大狸が腹を叩いてポンポコ調子を取り、それを囲むように何十匹もの
狸が楽しそうに唄い踊っていた。その様子を見ていた和尚もつい
浮かれて、自慢の三味線を持って庭に出てしまう・・・

「多聞寺の狸」現墨田区、多聞寺では、参詣の客が化け物に襲われる
ことが続いてたいへん困っていた。和尚は、近くの森にすむ狸の
しわざと疑っていて、そこに新しいお堂を建てようと、木を伐り、
池を埋め、狸の穴もふさいでしまった。すると大入道が寺の庭に
現れ、寺が立ち退かないと村人を食い殺すと和尚をおどす。

多聞寺の狸塚
xx (8)

困った和尚が仏に救いを求めると、天から童子が降ってきて大入道を
叩きのめした。翌朝、お堂の前に行くと2匹の狸がそろって死んでいた。
多門寺では不動尊から毘沙門天に本尊を替えようとしていたところで、
狸夫婦は古くからいる自分たちが本尊にならないのを怒って
悪さをしていたのだ・・・ こういった話。

さてさて、あっという間にスペースがなくなってしまいました。
まだまだ話はあるんですが、またいつか機会があると思います。
オカルト的には、さすがに現在では、狐狸が化かすなんてことを信じる
子どもはいなくなってしまいましたね。では、今回はこのへんで。

xx (2)




アーカイブ 棟梁の話

2020.08.25 (Tue)
俺らの棟梁・・・元棟梁の話なんスけどね。俺ら大工なんス。
棟梁ってのは家の棟と梁って意味で、一番高いとこにある
一番重要な部分なんス。すげえおっかねえ人だったんス。
俺はないけど、叩かれたってやつも何人もいたんス。
ただ、厳しいのは仕事に関してだけで、
それ以外はどんな下請けも公平に扱ってくれたから、
陰に回って悪口言うやつなんていなかったんじゃねえかな。
あと俺らは棟梁の大工時代の頃はわかんないけど、先輩の話だと
すげえ無口で、やっぱりちゃんとした仕事をする人だったって話っス。
特にカンナかけは名人級だったって。そんな人だから棟梁にまでなれたんス。

で、息子さんが2人いるんだけど、どっちもサラリーマンになっちゃって、
大工の跡は継がなかったんすね。
それは棟梁も承知で大学まで出して、むしろ望んでたみたいなんスけど。
だからよく言ってたんス、「この工務店も俺一代限り」って。
ところがね、奥さんが50代でガンで亡くなってすぐ、
60過ぎたあたりからボケが来ちまって、
指図やなんかがおかしくなってきた。息子さんらは
別の土地に出てるんで、それがわかったとたん棟梁を引退させて、
老人ホームに入れちまったんだ。

いや介護施設とかじゃなくて、ウン千万もかかる有料老人ホーム。
だから個室だし、食事もサービスもすごくいいんだけど、
やっぱ孤独だから、専門のリハビリとかがあっても、
ボケが進むのが早かったんじゃないかと思うんスよ。
これでもね、世話になったと思ってるから仲間と何回も面会に行ってるんス。
最初車イスを押されて出てきたときは、驚いたっスよ。
俺らのことがわかんなかったんス。いや、それだけじゃなくてね、
あんだけ厳しく怖かった人の顔に表情がないんス。
目もドローンと曇っちまって、すげえ悲しくなったのを覚えてるっス。

会話も何もできなかったんで、土産を置いて30分くらいで
おいとましたっス。そのときの介護士さんと少し話たんス。
足腰にはまだ力があって自分で歩けるんだけど、心のほうがね、
気力がまったくなくなって、
このままだと寝たきりになってしまうかもしれないって、言ってました。
あとこれは噂なんだけど、息子さんらは忙しいらしく、
月に一回くらいしか行ってないらしいんス。
まあね、あんな反応で顔見ても身内もわかんないんだとしたら、
そういうものかもしれないスね。

それでも俺は2月に一遍くらいの割で面会には行ってたんスよ。
雨降った日とかやることもないし。でね、何回か行くうちに
気がついたんスけど。その老人ホームね、なんか変なんス。
介護士さんの雰囲気が暗くて、メンバーもしょっちゅう入れ替わってるんス。
有料ホームは普通のとこに比べて給料もいいって話も聞くし、
どうしたもんかって思ってたら・・・
これも噂なんスが、どうやら幽霊が出るらしいんス。
いやあ・・・信じたわけじゃないんスけど、
ただこんな話がすぐに耳に入ってくるってあんまりないと思うんス。
だから何事かはあるんじゃないかって。

でね、今年の春のことっス。夕方の7時過ぎ、夕食後に面会に行ったんス。
3ヶ月ぶりくらいスね。そしたら、棟梁の両隣の個室が
空きになってたんスよ。どうやら亡くなったらしいっス。
でもね、有料でも老人ホームってどこも入所希望が溢れてるし、
そもそも、その両隣の人ってボケてもなかったし、
自分で歩けるくらい元気だったんス。ね、なんか嫌な感じっしょ。
幽霊の噂と関係があるのかもとか、ちょっと勘ぐっちゃったんスよ。ホームは
どの部屋もね、電気はケチってないんだけど、なんか薄暗い感じがしたし。

で、いつものようにベッドに体を起こした棟梁と向き合って、
まあこっちが一方的に仕事の話をして、
棟梁はうつろな目をして聞いているって感じだったんスけど、
付いていた介護士さんがちょっと席を外したんスよ。
そしたら棟梁の両手がぶるぶる震え始めて、
急に部屋の蛍光灯がついたり消えたりし始めたんス。
接触のせいだと思って、一回スイッチを切ってまたつけたんス。
そしたら蛍光灯はついたんだけども、棟梁がベッドに起きた体を
横に向けてね、部屋の後ろ側の一隅をじっと見つめてたんス・・・。

そこにね、黒い煙がたまってたんスよ。こう言っても想像つかないと
思うスけど、水にね、黒インクをポタッと垂らしたような感じでぐるぐる
渦まいてたんス。4月だったんで、エアコンは入ってなかったと思うけど、
部屋の中がびっくりするくらい冷えてね。
でね、その煙の中に顔だけ見えたんス。婆さんだと思いましたね。
知らない婆さんが、いかにも憎々しいというように棟梁を見てたんス。
もちろん胆をつぶしたし、介護士さんに知らせに走ろうとしたんスよ。
そのとき、棟梁の手が動いてるのに気がついたんス。
その婆さんをにらみながら、手で俺らには見慣れた仕草を・・・

で、部屋を出て、受け付け前で「棟梁の部屋に行ってください」
と叫んで、自分の車まで走ったんス。
たまたまそのとき、仕事道具持ってきてたんスよ。
もちろん棟梁が現役時代に使ってたようないいもんじゃないけど。
大急ぎで部屋に戻ると、介護士さんが2人、呆然とつっ立って
部屋の隅を見てたんス。霊の黒い煙はますます大きくなって、
その中で婆さんの顔が大きく口を開けて回転してたんス。
でね、俺は棟梁に、持ってきたカンナを手渡したんス。
そしたら、今まで自分の足で立ったとこなんか見たことがなかったのに、
棟梁はベッドの上に立ち上がって、大きな声で「けえれ!」と叫んだんス。

そして手に持ったカンナで、黒煙の中の婆さんの顔をがりりと削った・・・
でっけえ、魂消るような悲鳴があがって、部屋が大きく振動したんス。
婆さんの霊は爆発したように四方に散らばって消えたんスよ。
いや嘘じゃねえって。なんならそんときの介護士2人に
聞いてみてくださいよ。俺と同んなじこと言うから。
・・・でね、それ以来幽霊は出なくなったらしいスよ。
ホームの皆に感謝されて、棟梁は一躍ヒーローっス。といって、
ボケが治ったわけでもないんスけど、自分で歩く気力は出てきたみたいっス。
面会には行ってるっスよ、もちろん今でもね。尊敬してるっスから。






「TBS」って何?

2020.08.25 (Tue)
キャプチャgh

今回はこういうお題でいきます。これは全国ネットのテレビ・
ラジオ局のことではなく、「トゥルー・ビリーバー・シンドローム」
(true-believer syndrome)を略したものです。ただし、
正式にそういう略語があるわけではなく、あまり長いので
自分が勝手に縮めさせてもらいました。

さて、この言葉を聞いたことのある人はどのくらいおられる
でしょうか。オカルト知識の深い方ならご存知かもしれません。
初めて出てきたのは、アメリカで1976年に発売された書籍、
『The Psychic Mafia』でのことです。

日本では、翻訳書が2001年に発刊され、その邦題が
「サイキック・マフィア―われわれ霊能者はいかにしてイカサマを
行ない、大金を稼ぎ、客をレイプしていたか」という
センセーショナルなものでした。ただ、あんまり評判にはならなかった
ですね。古書としてアマゾンで買えますが1万円くらいします。

xx (5)

著者は、M・ラマー・キーン。アメリカの霊媒師、いわゆるミディアム
(Medium)と呼ばれる人物です。内容は、簡単に言えば、
霊媒師が依頼者をどうやって騙すか、降霊会ではどのような
トリックが使われるか、ということをかなり詳しく語った暴露本です。

さて、アメリカには霊媒師がたくさんいます。はっきりした人数は
わかりませんが、全米で数千人は間違いないでしょう。活動は、
依頼者との面談での霊視の他に、行方不明者の捜索、降霊会や
セミナーの開催などです。このあたりは日本と似た面があるんですが、
日本よりもはるかに霊媒師どうしの横のつながりがあります。

霊媒師に依頼する人物は、一人だけではなく、複数の霊媒師に
接触していることが多く、各霊媒師はその人物の情報をこまめに
集め、霊媒師どうしのネットワークで共有します。そうすると、
初対面の場合でも、霊媒師は依頼者の個人情報をズバズバ当てる
ことができるわけです。

M・ラマー・キーン
xx (4)

また、上記した霊媒師を頼る傾向が強い人物についても、名簿が
作成され、回覧されています。これは日本でも、訪問販売や
悪徳商法で行われていますね。怖いですね。知らないうちに
リストに名前が載っているかもしれませんよ。

この他、イカサマのさまざまな手口が赤裸々に公開されているんですが、
全部を紹介するスペースはありません。一例をあげると、降霊会の
会場に来た客のバッグから、手下が何かをスり取ります。
で、霊媒師が「これは霊からのプレゼントです」と言って、
空中からそれを取り出して客に渡す。

xx (3)

もっと大がかりな場合は、手下を使って客の自宅からネックレスなどを
窃盗させます。そして、どこかにしまい忘れたと思った客が
霊媒師のもとを尋ねると、「冷蔵庫のケーキの中にあります」
などと言う。それも手下が、あらかじめ入れておくわけです。
これで、その客は完全に信じ込んでしまうんですね。

ま、はっきり言って手品のトリックであり、しかもけして高度な
テクニックではありません。で、トゥルー・ビリーバー・シンドロームの
話に戻って、「何らかの超常現象や超自然現象について真実であると
信じ込んだ人が、その超能力者からトリックであったことを告白される

などの非常に明確なインチキの証拠を示されてもなお、その超常現象、
超自然現象を信じ続けてしまうこと」という意味で使われています。
著者のキーン自身が、この効果に驚いており、「科学的に解明する価値の
あることだと思う」と述べてるんですね。

xx (1)

心理学的には、読み解くのは難しくありません。その超常現象を信じて
多くの他人に広めてしまったり、自分や家族の人生を賭けてしまっている
という状況では、今さら、自分が信じていたこの超常現象は誤りだったと
認めてすべてをリセットするより、そのまま信じ続けているほうが
のりこえるべき心理的ハードルは低い、などと説明されます。

これ、投資詐欺などでもよく言われることです。詐欺にあった人の
多くは、途中でこれは怪しい、自分は騙されていると薄々気づいて
るんですが、そこで止めてしまうと大金を損したことが確定します。
ですから、無理やり信じ続けて、ずるずると深みにはまる。

民間療法みたいなのもそうですよね。末期がんなどで、標準的な
治療法がなくなり、あるいはそれを拒否して民間療法にすがる。
でも、容態はどんどん悪化していくんですが、死ぬ間際までそれを
止めない人も多いんです。また家族も、その手のものにはまった
世間体の悪さから、ダンマリ口を閉じてしまうことが多い。

xx (6)

カリフォルニア大学の心理学研修室の実験では、最初に超能力者と
紹介された手品師が、学生の前でいくつか能力を披露する。
その後、じつは手品師であるとネタをバラし、トリックを種明かし
してみせても、なんと50%以上の学生はその人物を本物の
超能力者と信じていたという結果が残っています。

さてさて、ここまで読まれて、みなさんはどう思われたでしょうか。
そんなの知ってると答えられる方も多いと思います。ただ、引っかかって
しまう人もたくさんおり、何度ニュースで報道されてもくり返されます。
十分お気をつけください。では、今回はこのへんで。

xx (2)




地震あれこれ

2020.08.25 (Tue)
アーカイブ378

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今回はこのお題でいきます。ただ、地震とオカルトというと、
「人工地震説」というのが出てきますよね。ある国が、秘密裏に開発された
特殊兵器を使って、実験的に地震を引き起こしているみたいな。
オカルトの中でも陰謀論というカテゴリに入る内容ですが、今回は取り上げません。

さて、地震が最初に史書に出てくるのは、『日本書紀』の允恭紀です。
允恭天皇の5年(416年?)に、ただ「地震があった」という記述が出て、
すぐに別の記事になっています。次が、推古天皇7年(599年)4月27日。
ここには、「地動 舎屋悉破 則令四方 俾祭地震神」と書かれています。

推古天皇
fdsjiuid (3)

「地が揺れ、建物はことごとく壊れ、全国に勅令を出して、地震神を祭らせた」
注意しなくてはならないのは、日本神話では地震の神というのは、
名前が特定されていないことです。ここに出てくる「地震神」というのは、
海の神や山の神と同じく、一般的な名称なんですね。

古くは地震のことを「なゐ」と言ったので、「地震神」は「なゐのかみ」と
読むんだと思います。で、面白いなあと思うのは、この記事の直後に、
「秋に百済の使節が来日し、ラクダ、ロバ、羊、白い雉を献上した」
と出てくることです。『日本書紀』は中国の「天命説」の影響を受けているので、

天変地異が起きるのは、その天皇の徳が至らないため。また、外国から
使節が来て珍物を献じるのは、天皇の徳が周囲に満ちていることを
表すことになります。ですから、相反する内容が続けて
出てくるんですよね。これには何か意味があるのか、
それともたんに事実を列挙しただけなんでしょうか?

キャプチャ

あと、天武紀には地震の記事が十数回出てきます。小さな地震も、
すべて細かく記録されているようです。これは一つには、天武天皇が
中国式の天文遁甲に通じていて、自ら式盤をとって占いを行っていたため、
特に地震などの天変地異が重視されているんだと思います。

また、天武13年(684年)には、「白鳳地震」と呼ばれる巨大地震が
起きていて、これは、マグニチュード8~9クラスの南海トラフ地震と
考えられ、甚大な被害があったことが記されています。
ですから、天武紀に地震の記述が多いのは、地殻変動の
活性期に入っていたためかもしれません。

さて、古代において地震はどのように捉えられていたのか?
これがよくわからないんですね。日本では、地震は「地中にいる巨大な
ナマズが暴れ動くため地震が発生する」という話もありますが、
天武天皇の頃に、そういう考え方があったとは、自分は思いません。 

香取神宮の要石
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話変わって、現在の茨城県には鹿島神宮、千葉県には香取神宮があり、
両者は中央構造線をはさんで向かい合うようにして建っていますね。
鹿島神宮の主祭神は武甕槌神(タケミカズチ)、
香取神宮は経津主神(フツヌシ)です。どちらも、国譲りの際に
活躍した武神で、剣を擬人化した神格と言われます。

で、この両神宮には「要石(かなめいし)」があります。これは、もともと、
日本列島を「金輪(こんりん)」につなぎとめておくためのものと考えられて
いました。金輪は仏教の宇宙観で、この世界の底となる部分のことで、
「金輪際(こんりんざい)=地の底の底」という語の語源になっています。
この話は、神仏習合した平安時代以降に出てきたものでしょう。

仏教的宇宙観


それがいつからか、鹿島神宮の要石は地中の大ナマズの頭を押さえ、
香取神宮の要石はしっぽを押さえているというように伝承が変化して
いきました。余談ですが、水戸藩主の徳川光圀が、鹿島神宮の
要石の下を掘らせてみたところ、7日7晩掘っても、
石は地下に広がっていたという話があります。

さて、では、いつから「地震は大ナマズが起こしている」という
考えが出てきたのか。これはおそらく、室町後期頃ではないかと
思います。豊臣秀吉の手紙に、「なまつ大事=ナマズ大事」と
出てきますが、天正13(1585年)の大地震を受けて、部下に地震対策を
指示したもので、地震とナマズが結びつけられている最古の文献です。

豊臣秀吉
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この後、江戸時代には、地震とナマズの関係が一般庶民にも広がり、
「鯰絵」が大流行しました。鯰絵は地震から身を守るための護符ですが、
天然痘を防ぐためのものに変化していきます。下図は、鹿島神宮の
武甕槌神が、ナマズの頭に剣を突き刺して押さえている様子を表しています。

「鯰絵」
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ここまでをまとめると、古代には、地震は地震神(なゐのかみ)によって、
起こされるものと考えられていたのが、中世には、仏教や中国からの
影響で、地中にいる竜や亀などが暴れ、金輪を揺るがして
起きるものとなり、さらに江戸時代以前に、ナマスが地震を
引き起こすという形に変化したようです。

さてさて、ナマズが地震を起こすというのは俗信ですが、ナマズは
地震の発生を予知できるんでしょうか。ナマズは水中の泥に
潜んでいるので、微弱な振動や電気的な変化を感知できる可能性は
あります。かといって、ナマズが暴れたから近々地震が起きる・・・と、
そこまでは言えないようですね。ということで、今回はこのへんで。





霊能者とは、の話

2020.08.24 (Mon)
※ このお話はフィクションです。

bigbossmanです。最近、多くなってしまって申しわけないですけど、
今回もKさんとの話です。この間は石垣島の新居へおじゃました
わけですが、今回はいつもの大阪市内のホテルのバーでした。
「いやKさん、それにしてもこの間の聖痕事件は大変でしたね」
「俺もまさか、あんな大事になるとは思ってなかった」 「途中から
 インチキ霊能者が割り込んできて、ますます混乱しましたし」
「bossman、この話、ブログに書いちゃダメだからな」 
「わかってますよ。ところでKさん、今夜は霊能者というものについて
 お話をお伺いしたいんですが」 「いいけど、話せないこともあるぞ」
「職業上の秘密ってことですか」 「俺は職業にしてるわけじゃないが、
 お前ら占い師だって部外者に言えないことはあるだろ」

「・・・まあそうです」 「それと同じ」 「じゃあ、話せる範囲で
 けっこうですが、霊能者ってのは他の霊能者のことをどう
 思ってるんです? こいつはインチキだ、ってわかるもんなんですか」
「ほう、最初から鋭い質問だな。それはわかるときもあれば、
 わからないこともあるさ。まあ、初見ではわからんほうが多いか」
「それはどうして」 「だってほら、霊能ってのは誰でも生まれつき
 ある程度は身に備えてるものだから。その濃い、薄いはあるがね」
「ははあ、じゃあ自分なんかはどうですか」 「あ、bossman、
 お前はまったくダメだ。かぎりなくゼロに近い」 「・・・そうだと
 思ってましたよ。これだけあちこちの心霊スポットに行ったり、
 霊障事件に関わっても、1度も霊を目撃したことはないんですから」

「そのかわり前はオカルト知識があるだろ。新興宗教なんかにも詳しいし、
 それで助かってる面もあるんだ」 「そう言っていただけると
 うれしいです。あ、さっき、霊能は生まれつきみんな持ってるが、
 濃い、薄いがあるって言いましたよね。具体的にはどんなふうにです?」
「うーん、そうだな。例えば、どこかの高原に夜に行ったとする」
「はい」 「で、空を見上げるだろ。そうすると、人によって見える星の
 数が違う」 「それはまあ視力が違いますから・・・あっ、なるほど、
 なんとなくわかってきました」 「霊能について、こんな話があるのを
 知ってるか。霊能者を複数人集め、幽霊目撃談の多い、ある心霊スポットに、
 一人ひとり連れていく。そして視えたものについて、やはりバラバラに
 書いてもらう。で、もし証言が一致してれば霊能の証明になる」

「ああ、ネットでそんなことを言う人もいましたね。それって成功する
 ものなんですか」 「多くの場合上手くいかないだろうな。
 中にはまったく0感のニセモノが混じってるかもしれないし、
 さっきから言ってるように能力の差もあるから」 「というと」
「能力の低い霊能者には、ぼんやりした白いモヤしか視えない。
 中程度の能力だったら、男の霊か女かくらいはわかる。
 力のある霊能者なら、その霊の生前の名前や、どうしてそこに出てきて
 るのかの理由までわかることもある。さっきの星の例えといっしょ」
「うーん、なるほど。じゃあKさん、もしこの間のようなインチキ霊能者に
 出会ったらどうしてます?」 「それは、霊能のあるなしというより、
 そいつが世の中の役に立ってるかどうかで判断してるよ」

「どういうことですか」 「例えば、ほとんど霊能がなくても、
 依頼者の話をよく聞いて、カウンセラーみたいに悩みを和らげてやる
 ことができる者もいる。それで、心ばかりの報謝を取っているようなら、
 まあ文句をいう筋合いはないな。だが、中には明らかに詐欺のようなことを
 してるやつもいるから、そういう場合は表から裏から、さまざまな手を
 使って仕事ができないようにする」 「ああ、Kさんは公安とか、
 神社本庁にも知り合いがたくさんいますから」 「まあな。
 そのあたりのことは、その霊能者の言動をよく見て判断してからじゃないと
 動けないし」 「よくわかりました。ところで、霊能者同士の関係って
 どんなものなんです」 「普通は、互いにあまり関わらないようにしてるな。
 これもさっき言ったように、人によって視えているものが違うから」

「ああ。じゃあ、霊能者どうしで戦うことってあるんですか」 
「それは昔からよくあることだよ。そういうの、お前のほうが詳しいんじゃ
 ないか」 「というと」 「ほら、霊能とは少し違うが、平安時代に
 東寺の弘法大師空海と西寺の守敏僧都が法力くらべをしたり、
 陰陽師安倍晴明と播磨の蘆屋道満が対立したりなんて話が伝わってるだろ。
 まあ伝説で、どこまで本当かはわからんが」 「知ってます。晴明の場合は、
 ときの帝が、ミカンを15個入れた箱を両者の前に出し、何が入ってるか
 当てろと言ったんですよね。道満が最初にミカンが15と答え、遅れて晴明が
 ネズミが15と答える。帝は晴明が外れたのを知ってるので困ったが、
 箱を開けてみると、ネズミが15匹走り出て散っていった・・・
 晴明の勝ちになったわけですけど、これを恨んだ道満が晴明を殺す」

「そうそう、最終的に晴明は復活して、道満のほうが滅んでしまうんだが、
 霊能者同士の本気の戦いは、両者共倒れになることも多いんだよ」
「現代のそういう話、ご存知なんですか。聞かせてくださいよ。ぜひぜひ」
「現代というわけではないが、昔の拝み屋の話だな。拝み屋って知ってるか」
「もちろんです。江戸時代から昭和の20年代ころまでは、町々に
 拝み屋と称する人がいました。名称は地域によって違いますけど。
 その当時は庶民が簡単に医者にかかれるわけじゃなかったので、
 民間療法みたいなことをしてたんですよね。赤ん坊の疳の虫を取る、
 失せ物を見つけ出すとか、縁談が良縁かどうかを判断するとか」
「うん、お前、長南年恵って知ってるか」 「知ってますよ。明治時代の
 山形県の霊能者ですよね。物を食べなかったとか、

 空中から万病に効く神水を取り出したなどの伝説が残ってます」
「あの人の場合、逮捕、裁判になったから有名になったが、ああいう拝み屋は
 当時はたくさんいたんだよ。でな、AとBという拝み屋がいてな、
 どっちも女。拝み屋っていうと、今だと婆さんのイメージが強いが、
 昔はむしろ若い女性のほうが多かった」 「ああ、千里眼事件の
 御船千鶴子や長尾郁子もそうですよね」 「で、そのA、Bがひどく
 仲違いして、お互いに地域の支持者がついてるもんだから、相手を殺す
 呪い合戦になった」 「うわ、それで」 「2人のとった方法がそれぞれ
 違ってて、Aは、裏山にある何を祀ってるかもわからないさびれた
 祠(ほこら)に、Bが死ぬように願掛けをした。で、毎夜そこに
 通ったんだな」 「それで」 「Bのほうはもっと手が込んでる。

 当時は結核などの感染症で若死にする人が多かっただろ」 「はい」
「そういう末期の人のところに出かけてって、極楽往生を祈ってやるから
 Aを引っぱってくれって言ったんだ」 「うう、嫌ですねそれ、
 引っぱるというのは、道連れにしてくれってことですよね」
「そうだ」 「なんかワクワクします。で、どうなったんですか」
「それから49日後の同日、ほぼ同時刻に両者ともに亡くなったんだよ。
 Aは原因不明の腹下し、Bは馬に引っかけられた」
「・・・本当のことなんですか」 「いや、もちろん聞いた話だが、
 信頼できる俺の師匠筋の人からだよ」 「うーん」 「おそらく
 両者の呪いが相乗効果で増幅したみたいになったんだろう。
 だから、昔から穴二つって言うじゃないか」 「ああ、たしかにねえ」

キャプチャ
 
 
 
 
 

「地球平面説」について

2020.08.23 (Sun)
アーカイブ377

米ノースカロライナ州で今月9日、「地球は平ら国際会議」初の年次総会が開かれた。
地球は球形ではなく、丸くて平らな円形だと信じる数百人が参加した。
(11月21日)

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短い記事ですが、今日はこれを取り上げてみます。
このように、地球は球ではなく平らな円盤だと考える説を、
地球平面説(Flat Earth Theory)といいます。
これ、世界の古代の文明では、そう考えてたところが多いんですよね。

日本も『古事記』や『日本書紀』をみれば、この世界は水の中に浮いている
島のような形で考えられていたようです。ただし、古代ギリシアでは
天文学の発達により、紀元前4世紀ころ、アリストテレスあたりから
地球球体説が広まり始めます。今は経済破綻がいろいろ
言われていますが、古代のギリシア人はすごかったんですね。

余談ですが、「コロンブスが世界一周の航海に出て、
地球が球体であることを証明した」という逸話は嘘です。コロンブスのころ、
15世紀のヨーロッパでは、知識人の間で、地球は球体である
という説がすでに一般的になっていました。

ですから、話を面白くするためにつくられたものなんですね。
また、地球平面説はよく、天動説ー地動説と混同されるんですが、
それとはまったく別の話です。地球は球体と考えても、
天動説をとることに特に問題は生じていなかったようです。

xc (2)

この地球平面説を支持する団体が、地球平面協会(Flat Earth Society)で、
1956年にイギリス人のサミュエル・シェーントンという人が立ち上げたんですが、
いったん休眠状態になり、最近、ダニエル・シェーントン
(上記のシェーントンとは血縁ではない)が新会長となって復活しました。

協会の話では、地球平面説を支持する人はだんだん増加しており、
今後も活発に活動していくつもりだということです。
うーん、でもこれ、どうなんでしょうねえ。地球平面説を支持すると
表明している人の中に、ガチで本気の人はどのくらいいるのか?

ジョークとして参加してる人が多いんじゃないかという気がするんですけども。
まあ、それはともかく、協会の主張の大筋をまとめたのがこれです。

① 地球は平面、かつ円盤状である ② 円盤の中心は北極である。
③ 円盤の周囲はぐるりと氷の壁で縁取られており、これが南極である。
④ 太陽と月の直径はともに51kmほどであり、約4.800km上空の天球上を
  24時間周期で移動している。(その他の星は約5.000km上空を移動している)

xc (1)

⑤ 重力は幻覚。自由落下運動の加速度(g=9.8m/s2)は誤りであり、
  実際は地球がその速さで上昇している。
 (原因は不明だが、おそらく謎の「暗黒エネルギー」によるもの)
⑥ 地面の下に何があるのかは不明、しかしおそらく岩で構成されている。

⑦ 衛星写真などで見る丸い地球は、すべて加工されたもの。
  NASAや政府などの陰謀により、地球は球体と信じ込まされている。
⑧ 南極で自由に活動できない理由は、円盤の縁から人間が落下する
 事故を防ぐため。 ⑨ 国連旗は、地球が平面であることを暗に示すものである。

国連旗


あと、現在、地球球体説が一般的になっているのは、
フリーメーソンやイルミナティの陰謀である、という話もあるようです。
でも、もし陰謀だとしたら何のためにやってるのか疑問ですよね。
この主張をそれぞれみていくと、

④の太陽と月の直径が同じくらいだというのは、
地球からの見た目がほぼ同じ大きさだからなんでしょうね。
平面説では地球の自転を否定しているので、太陽と月は地球から
等距離にあって、同じように動いてないとマズいわけです。

⑤は面白いですねえ。地球球体説では、重力がないと人はパラパラ
地球から落ちていってしまうわけですが、平面説では落ちることはありません。
そして、たしかにリンゴが木から離れたとき、平面の地球が
重力と同じ加速度で上昇しているのなら、重力があるのと
見た目は同じ現象になりますよね。よく考えたなあと思います。

xc (3)

ただし、これだとこの宇宙には上下の区別があることになってしまいます。
地球球体説だと、とくに宇宙に上下を設定する理由はありません。
ただ便宜上、地球儀は北極を上にしているだけのことです。(ここでちょっと
疑問に思ったので、南半球の地球儀はどうなっているか検索してみました。
これは北半球と同じで、南極を上にしているということはないようです)

⑦は、地球が球体であると人々に信じ込ませるために、
NASAが積極的に加工した写真をばらまいているという主張です。
また、アメリカのアポロ計画による人類の月着陸は、
すべてスタジオ撮影されたフェイクなのだとされています。

⑧は、南極の氷を突破していけば、平面の地球の端に出られることに
なるわけですが、地球平面協会では、南極に調査隊を派遣して、
そのあたりを明らかにしようとする計画が立てられているんだそうです。
あと、地球が球体である証拠は、オーロラとか白夜とか船のマストとか、
いくらでもあるわけですが、それらの一つ一つに、
(かなり無理な)反論が用意されているようです。

さてさて、これがオカルト分野に入るのかわかりませんが、
自分はこういうのはけっこう好きです。おそらく、偏屈ではあるものの、
ユニークで楽しい人たちが参加しているんだと思いますよ。
ということで、今回はこのへんで。







宇宙の形が揺らいでいる?

2020.08.23 (Sun)
アーカイブ376

ある科学者グループが、消滅した衛星のデータを分析していたんですが、
その中で、「もしかして、宇宙ってまるいんじゃない?」
という説が出てきました。もしそうなら、ちょっとヤバいことに
なるかも、と彼らは最新の論文に詳細を記しています。

現在、宇宙の年齢やサイズ、進化の過程などにまつわる定説は
いくつもありますが、それを構築する前提になっているのが、
「宇宙は平面時空」と考え。しかし最新の論文では、
「人工衛星プランクが収集したデータは、宇宙がまるいと考えた方が
つじつまが合う」と何度もくり返されています。

もちろんこの見解には賛否両論ありますが、この論文の著者は、
「もし宇宙が本当はまるいなら、平面であると仮定することで
悲惨な結果を招く恐れがある」と記しています。
(GIZMODO)

fdfb (3)
インフレーション・ビッグバン理論

今回は科学ニュースから、こういうお題でいきます。うーん。
まず、今回この説を出したグループですが、欧州宇宙機関(ESA)が
打ち上げた、宇宙背景放射の観測に特化した人工衛星「プランク」の
計画にたずさわる研究者たちのようですね。

では、宇宙の形について少し一般論を書いてみたいと思います。
古代において、地球は平面と考えられた時期がありました。
平らな地面がどこまでも続いて、端が崖のようになっていて、
そっから海の水が流れ落ちている。地球そのものは宇宙に
浮いてるんです。これを「地球平面説」といいます。

「地球平面説」のイメージ


ですが、時代が進むにつれて、例えば港に近づいてくる船は、
マストの先端から見えてくることなどから、地球は球体であると
考えられるようになりました。これ、よく誤解されるんですが、
地動説、天動説とは関係ありません。天動説が盛んな頃でも、
知識人は地球が球体であることを知っていました。

やがて近代になり、宇宙についての知識が深まるにつれ、
われわれの宇宙はどんな形なんだろうと考えられるようになります。
そこで使われたのが、ドイツの天才数学者ガウスによる
曲面上の幾何学での「曲率」の考え方です。

人工衛星「プランク」
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みなさんは平面上に書いた三角形の内角の和が180°になることは
ご存知でしょうが、曲面上では必ずしもそうはなりません。
内角の和は180°以上にも180°以下にもなりえるんです。
この曲率を利用して、3つの宇宙の形の候補がつくられました。
こっからは一つずつ説明していきます。

まずは、三角形の内角の和=180°のモデル。「平坦な宇宙」です。
平らな紙がどこまでも広がってるイメージですが、もちろん2次元
ではなく3次元です。これだと、宇宙には端があるので、
どこまでも広がっていくことができます。つまり、いつまでも膨張が続く。

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次が、「開いた宇宙」です。この場合、三角形の内角の和<180°。
よく「馬の鞍のような形」と形容されます。この場合も宇宙には
端があるので膨張は続くものの、空間のゆがみも大きくなります。
で、この2つのモデルですが、もし宇宙空間内にある物質の量が一定だと、
宇宙は「熱的死」を迎えるという予測があります。

それはそうですよね。中の物の量が一定で、空間だけが広がって
スカスカになっていくわけですから、どんどん温度が下がり、
最終的には光が消え、何も動くものがなくなってしまうでしょう。
怖い未来ですが、それははるか遠い先のことで、人類はその前に
とっくに絶滅してるでしょうから、心配はいりません。

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3番めのモデルが、「閉じた宇宙」で、三角形の内角の和>180°。
ちょうど地球の表面のような球面状の宇宙です。上の2つとの大きな違いは、
空間が閉じているので、宇宙をずっと進んでいくと、いつかは出発点に
戻ってくることができます。なんかよさそうなモデルに見えますが、

球面ということは端がありません。つまり膨張はいつまでも続かない。
いつかは膨張が収縮に転じる(ビッグクランチ)という予測があります。
SF小説だと、ビッグクランチになれば時間が逆向きに流れるなどという
作品もありますが、実際にはどんなことが起きるのかはよくわかりません。
われわれの想像がおよばないんですね。

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さて、この3つの候補のうち、現在は、最初に出てきた「平坦な宇宙」が、
われわれの宇宙と考えられるようになりました。いつからですかねえ、     
COBE(コービー)衛星が宇宙背景放射を観測した1980年代の
終わり頃からでしょうか。で、平坦な宇宙を前提として、
いろんな理論が立てられるようになっています。

宇宙が平坦になった理由は、1981年に発表された
「インフレーション仮説」で説明されます。ビッグバンが起きた最初期に、
宇宙は指数関数的な急速膨張をとげた。これがあまりに爆発的だったので、
宇宙はひきのばされて凸凹のない平坦な形になった。

宇宙背景放射
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ですから、もし今回のニュースにある「宇宙は閉じている(球形)」
という観測結果が正しいとすると、たいへん困った事態になってしまいます。
インフレーション仮説も見直しになるかもしれません。
しかし、この観測結果、ほんとうに正しいんでしょうか。

これまでにも、2011年だったかな、ニュートリノが光よりも速い、
という実験結果が世界をかけ巡りましたが、間違いとわかって撤回されたり
してますよね。あのときはたしか、光ケーブルの接触不良という
ひじょうにお粗末な理由でした。今回もその可能性はあるように思います。

宇宙背景放射から宇宙の曲率を割り出す方法
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というのは、人工衛星プランクも宇宙背景放射の測定から
宇宙の曲率を割り出していて、これまでの測定と基本的に同じ方法を
とっているからです。どのように観測しているかは、
上の図をごらんいただければわかると思いますが、
これはかなり測定誤差の出やすい方法です。

さてさて、ということで、あれこれみてきましたが、自分は
インフレーション仮説はたいへんなスグレモノで、まず間違いないだろうと
考えています。ですから、もし今回宇宙の曲率に多少の新事実が
発見されたとしても、大勢は崩れないんじゃないかと思いますね。
では、今回はこのへんで。

開いた宇宙と閉じた宇宙の行く末
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雲外鏡と照魔鏡

2020.08.23 (Sun)
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『妖怪大戦争』

今回はこういうお題でいきます。妖怪談義ですね。
さて、雲外鏡(うんがいきょう)は、鳥山石燕の『百器徒然袋』に
出てくる妖怪で、「百鬼」ではなく「百器」となっているとおり、
器物の妖怪が多く描かれています。いわゆる付喪神です。

全国の伝承には、雲外鏡という名前は出てこないので、石燕が
創作した妖怪と考えられています。また、雲外鏡はしばしば
大狸の腹に鏡がついたような妖怪として描かれることがありますが、
これは1968年の映画『妖怪大戦争』のデザインが
そうなっていたためで、石燕との関係はありません。

ちなみに、『妖怪大戦争』の場合、腹が鏡というかテレビの
ブラウン管のようになってて、敵の西洋妖怪などを映し出すことが
できました。石燕のこの絵自体を読み解くのはそう難しくは
ありません。雲外鏡は雲の外に出た鏡、つまり月のことを表して
るんでしょう。絵を見ても下部が雲形ですよね。

「雲外鏡」
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では、詞書があるので読んでみましょう。「照魔鏡(しやうまきやう)
と言へるは、もろもろの怪しき物の形をうつすよしなれば、その影の
うつれるにやとおもひしに、動き出るままにこの鏡の妖怪なりと、
夢の中におもひぬ」うーん、わかるようでわからないです。

何か日本語として変な気がします。あえて訳せば、「照魔鏡は、
さまざまな怪しいものの(真の)形を写すということなので、
その影が写ってるのかと思ったが、動き出るまま、この鏡の妖怪
なのだと夢の中で思った」やはりわかりにくい。照魔鏡が妖怪の
影を写して妖怪化したということなんでしょうか?

狐の姿を写す照魔鏡
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まあ、ここはあまりこだわらないことにします。照魔鏡というのは、
その名のとおり、魔の姿を写し出す鏡のことです。中国の古伝説では、
周の軍師 太公望が、商の紂王を惑わせた悪女 妲己の正体を
見破るために使ったという鏡のこととされています。

『封神演義』によれば、妲己の正体は千年生きた九尾の狐で、
商から周への易姓革命を達成させるため、女神 女媧が送り込んだと
されます。また日本の伝説では、この後、妲己は日本へと渡り、
玉藻前という女に化けて鳥羽上皇をたぶらかし、

最終的には退治されて殺生石になったと語られます。そして
その殺生石を法力で叩き壊したのが玄翁(げんのう)和尚。
ここから大きな金づちのことを玄能(げんのう)と言うようになった
などの話もあります。玄翁和尚は実在の禅僧です。

金毛九尾の狐
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ところで、みなさんは映画の『霊幻道士』のシリーズはご覧に
なってるでしょうか。あの中に出てくる道士は、鏡を使って
魔を見破るという術を使っていました。あれは、晋代に葛洪という
道士が書いた『抱朴子 ほうぼくし』という書物の記述が
もとになっています。やや長いので要約します。

「何であれ、物の老いたものは人の形をとって現れ、幻惑しようとする。
しかし鏡の中では本当の形を変えることはできない。そこで昔、
山に入る道士は、直径9寸以上の鏡を背中に背負った。
そうすれば老いた魍魎も近づいてはこないのである」こういう
記述が出てきます。晋代の9寸は21cm強で、当時としては

三角縁神獣鏡
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かなり大型になります。日用品として使われる鏡はもっと小さい
ものでした。で、この『抱朴子』の記述と、日本の古墳時代の鏡、
三角縁神獣鏡を結びつける説があるんですね。これも径20cmを超え、
さらに『抱朴子』には、「日月の文字を書けば、白刃の難から
逃れることができる」といった記述もあるんです。

おっと、また余談が過ぎてしまいました。鏡には呪具として、
辟邪(へきじゃ)、辟聖(へきせい)といった考え方もあります。
副葬品の鏡を棺の外に鏡面を外向きにして置けば、これは辟邪で、
外から来る魔を追い払うためのもの。逆に内向きにすれば、
棺の中の被葬者を畏れて復活を妨げるためのものとなるんです。

道教の八卦鏡

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『封神演義』では、仙人 雲中子の所持していた宝貝として,
妖怪の正体を映し出す照妖鑑という鏡が出てきますが、
これも照魔鏡の伝説がもとになってのものでしょう。あとまあ、
西洋でも、ヴァンパイアは鏡に写らないので見破ることができる
といった話もありますね。

あとはそうですね。石燕の絵の鏡の中の顔が舌を出してるのは、
地獄にあるという浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)との関係も
あるのかもしれません。これは地獄の閻魔庁の裁きの場に
置かれていて、亡者の生前の行いのすべて、
特に悪事をはっきりと写し出すとされます。

地獄の浄玻璃鏡
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強力な嘘発見器と言ってもいいかもしれません。もし嘘を
ついていることが判明した場合、獄卒たちにヤットコで舌を
抜かれてしまうという話もあります。このあたりのこともふまえ、
石燕の絵では、鏡の妖怪が舌を出してるのかもしれません。
いくら深読みしても、しすぎることはないんですね。

さてさて、ということで、だいたい読み解けたんじゃないかと
思いますが、もしかしたら月に何か関係ある意味が隠れている
のかもしれません。それは今後の課題としておきましょう。
では、今回はこのへんで。

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時間は逆に流れるか?

2020.08.22 (Sat)
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自然界の多くは対称性をもっているのに、なぜ時間は一方向にしか
流れないのか? それは古来、物理学者たちを悩ませてきた
究極の問いです。ケンブリッジ大学宇宙理論センターで
ホーキング博士に師事し、薫陶を受けた若き物理学者が、
理論物理学の最新知見を駆使して、この難問に挑む思考の旅へと

発ちました。前回では、「時間の矢」を生むエントロピーという
概念に対抗して天才マクスウェルが送り出した悪魔が、
150年かけてついに敗れ去ったところまでをお話ししました。
今回は、なんと「倒されたはずの悪魔が復活!」という
驚きの最新トピックをご紹介します。
(現代ビジネス)

今回は科学ニュースから、こういうお題でいきます。このところ
科学ニュースはコロナ関連の話題ばかりで敬遠してたんですが、
ひさびさに興味のわく話です。ただ、自分の手にはあまる内容なので、
あれこれと間違いがあるかもしれません。その場合はコメントで
指摘していただければ幸いです。

ジェームズ・マクスウェル
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さて、「時間の矢」という言葉があります。1927年、英国の
天文学者アーサー・エディントンが提唱した概念で、
時間の 一方向性または 非対称性を表します。われわれはこの瞬間、
現在にいますが、時間は過去から未来へと流れ、
けっして逆転することはないように思えます。

矢を弓につがえて放つと、必ず射た方向へ飛んでいきますよね。
いったん飛び出した矢が、弓のほうに戻ってくることはありません。
どうしてなんでしょうか。このことについて、古代ギリシアの頃から
哲学的に議論されてきたんですが、納得できるような結論は出ていません。



それが近代になって、「エントロピー」という概念が導入され、
なんとか時間の矢についての説明ができるようになりました。
エントロピーとは、熱力学に始まり、最近では情報理論でよく使われる
ようになった概念で、一言でいえば「乱雑さ」を表す量です。

じゃあ、乱雑さって何でしょうか。よく使われる例えで説明します。
みなさんが、新築の新しいアパートの部屋に入居したとしましょう。
何も荷物はなく、床も壁もピカピカです。これが最も秩序ある状態と
考えて下さい。で、みなさんが生活を始めます。テレビやクローゼット
などの家具が置かれ、壁にはカレンダーがかけられました。

休日に窓を開けると、クモが入ってきて天井の隅に巣をつくります。
布団には汗がしみ出し、そこにダニがわくかもしれません。
床にはワタボコリがたまり、カップ麺のカラが置かれ、部屋の中は
どんどん乱雑になっていきます。これを、エントロピーが増大したと
言います。そして、乱雑になった部屋は最初の状態には戻りません。

ロルフ・ランダウアー
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こう書くと「部屋を掃除すればいいじゃないか」と返されそうですが、
掃除をするにはエネルギーが必要ですよね。ここでちょっと難しくなります。
「ランダウアーの原理」というのをご存知でしょうか。「情報の消去など
論理的に非可逆な計算は熱力学的にも非可逆であり、環境での相応する
熱力学的エントロピーの上昇を必要とする」というもので、

1961年、IBMのロルフ・ランダウアーによって唱えられました。
簡単に言えば「情報の消去という仕事をする際に使われるエネルギーに
よってエントロピーは増大する」ということです。これを上記の
部屋の例にあてはめると、みなさんが掃除をするたびにエントロピーが
増大するということになります。(ちょっと違いますが、まあ例えとして)

「マクスウェルの悪魔」
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さて、では時間を逆転すること、つまりエントロピーを減少させることは
できないものなんでしょうか。その思考実験として考え出されたのが、
「マクスウェルの悪魔」。1867年ごろ、スコットランドの
物理学者ジェームズ・マクスウェルが提唱した思考実験です。
ご存知と思いますが、簡単に概要を説明すると、

「 同じ温度の気体で満たされた容器を用意する。 このとき、温度は
均一でも個々の分子の速度はバラバラです。この容器を、小さな穴の
空いたしきりで2つの部分 AとB に区切り、個々の分子を見ることの
できる悪魔がいて、この穴を開け閉めできるとする。

タイムマシン「デロリアン」
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この悪魔は、速い分子だけを A から B へ、遅い分子を B から A へ
通り抜けさせるように穴を開閉する。この過程をくり返すことで、
悪魔は仕事をすることなしに、 A の温度を下げ、 B の温度を
上げることができる。 これは熱力学第二法則と矛盾する。
だいたいこんな内容です。温度は必ず高いほうから低いほうへ移って

いきますよね。ところがこの悪魔がいれば、温度の高い気体と
低い気体ができる。また、悪魔が仕切りを開閉するのは
気体の分子運動とは別の系(直接気体分子に対して仕事はしていない)
のものです。そうすると、エントロピーは自然に減少することになり、
熱力学の第二法則に反します。

xxxx (4)

あ、もうスペースがなくなってきました。引用のニュースに戻って、
モスクワ物理工科大学(MIPT)の量子情報物理学研究員、
ゴーディ・レソビク博士は、量子コンピュータを用いて、
生物の進化プログラムを計算していました。進化プログラムとは、
コンピュータ上に2つの仮想の「性」をつくり、双方の性から

受け継いだ遺伝子を合体(交配)させ、さらに数%以下の確率で
突然変異も起こるように設定して、自然界の遺伝子集団の動きを
シミュレーションするものです。遺伝子は0と1だけで表現され、
その動きを解析することで、進化の正体を探ろうというわけです。
この研究自体もきわめて興味深いものですが、今回はふれません。

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で、この0と1の動きは、「マクスウェルの悪魔」における
気体の分子のようにエントロピー増大の法則にしたがうことが、
情報熱力学からわかっていました。プログラムが進むにつれ、
最初は整然としていた0と1の秩序はどんどん失われ(図A)、
乱雑になっていきます(図B)。ところが、ある瞬間から逆に、

0と1の配置がそろいはじめ、一定の秩序が生まれたことを観測した
というんですね(図C)。乱雑から秩序へという変化は、「時間の矢」が
逆戻りしたことを示すように思えます。博士らがこの結果を
電子ジャーナル誌「Scientific Reports」で発表するや、
大きな反響が起こりました。うーん、たしかにスゴイんですが・・・

さてさて、こういう現象が起きたのは、おそらく、量子コンピュータの
特性である、量子ビットの重ね合わせに起因してるんでしょう。
ただ、これで「時間が逆戻りした」とまで言えるかは疑問です。
エントロピー減少が、時間の逆転と必ずつながるかも確定はして
ないんですね。続報を待ちたいと思います。では、このへんで。

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パワースポット小考

2020.08.22 (Sat)
アーカイブ375

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今回はこのお話です。自分は、旅行関係の雑誌に雑文なども
書いているんですが、ここ10年ほどは、パワースポットに関連した
原稿を書いてくれと依頼されることが、たいへん多かったんです。
パワースポットブームがあり、今でも続いていると言っていいと思います。

で、神社仏閣、自然を紹介するといった記事なら、さほど苦しまずに
書けるんですが、「パワースポットとは何か?」みたいな論考は、
ものすごく難しいんです。なぜかというと、パワースポットという概念には、
神道や仏教、古代のアニミズム的自然崇拝、中国由来の風水、

スピリチュアルなど、さまざまな宗教、オカルト系の考え方が
混じり合っており、さらには地磁気などの科学的な要素もあって、
とても一口で説明できるようなものではないからです。
まあそれでも、3つほどに観点を絞って述べてみようと思います。

キャプチャfggfkkkkkk

まず、一つには、雄大な自然に対する畏敬の念、
というのがあると思います。日本のパワースポットでいえば、
富士山、三輪山、高野山、御嶽山、華厳の滝、秋芳洞、などなどです。
これは、現代人の目から見て威厳を感じるような場所は、
当然ながら、古代人にとっても同じような感情を呼び起こしたでしょう。

ですから、そのような場所には、古代の磐座や祭祀遺跡が見られる
ことが多いです。高野山などは、真言宗の開祖である弘法大師 空海が、
前々から優れたパワースポットであるその地に目をつけていて、
当時の都である京都から離れているにもかかわらず、
自らの宗教的基盤の地として、金剛峯寺を開いたと考えられます。

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奈良県の三輪山の麓には、日本最古級と言われる
大神(おおみわ)神社がありますが、それは拝殿であって、
本殿はありません。本殿は山そのものなんですね。山中には下方、
中域、山上に3ヶ所の磐座があり、古代の祭祀遺跡と考えられています。

入山するためには社務所の許可が必要で、3時間以内に下山するという
時間制限もあります。また山中では、水分補給をのぞいて、飲食、喫煙、
写真撮影はいっさい禁止で、木の葉一枚といえども、山中のものを
持ち出すことも禁じられています。自分は何度か登ったことがありますが、
たしかに下山の後には、気分がすがしがしく感じられました。

二つ目のパワースポットの要件として、偉大な神の力が宿っている場所、
というのがあります。これは、伊勢神宮、出雲大社、諏訪神社、
貴船神社など神社系の場所が多いですね。寺院はどちらかと言えば
少ない。これは神社と寺院の性格の違いが大きいでしょう。

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神社は神そのものを祀る場所であるのに対し、
寺院は、多くの僧侶が集まって学問を研鑽する場所だったんです。
今でいえば、学校の役割を果たしていたわけですね。
三つ目は科学的なパワーを持つ場所。ガウスメーターで

パワースポットの地磁気が計測され、長野県の分杭峠には
ゼロ磁場がある、といった形で紹介されることが多いですね。
他にも、地下にある活断層から空気中に電磁波が放出されている、
火山岩盤に豊富に鉄が含まれていて方位磁針が狂ってしまう、
などといった話もあります。

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これ系で有名なのは、日本じゃないんですが、アメリカ、
アリゾナ州のセドナです。ここには、 ボルテックス(渦)と呼ばれる
パワースポットが10カ所ほどあり、地磁気の渦が人間の脳波に
よい影響を与える、などと言われます。

自分はアメリカに住んでいたことがあるんですが、
残念ながらここには行ったことはありません。ぜひいつか訪れて
みたいんですが、日本からのアクセスはなかなか大変そうです。
(その後、行く機会がありました。けっこう期待はずれでしたね)

キャプチャgghh

さて、パワースポットブームには批判もあります。
まず、パワースポットを訪れることそのものが目的になってしまって、
信仰心が置き去りにされているといったものです。
例えば、京都の貴船神社などはたいへんに賑わっていますが、

では、貴船神社の御祭神について、どれくらい知識があるでしょうか。
主な御祭神は磐長(いわなが)姫命で、長寿および縁結びの神様です。
たしかに、磐長姫命に対する信仰心を持たずにここを訪れたとして、
どれほどのご利益があるか疑問に思いますね。

キャプチャ

さらに、神社の場合、あまりにもあちこちにお参りして、
その場所ごとに願い事をするのも問題があります。神社にお参りするのは、
そこの神様と一種の契約を結ぶことでもあります。神様同士の相性が
悪い場合もありますし、たくさんの契約がこんがらがってしまって、
かえってよくない結果を招いたりする、などとも言われることがあるんです。

さてさて、最後に、自分が神社を訪れた場合にやっていることが一つあります。
それは神社の向き、方位を確認することです。本殿がどちらの方角に
向いているかを、方位磁石を使って調べ、メモしておきます。
これまで調べたのでは、南向き、東向きが多かったですね。

ただし、神社の社殿は近代に建てかえられている場合もあり、
注意が必要です。あと、地図を用意し、定規を使って神社の場所から
あちこちに線を伸ばして、線の先に何があるかを調べます。
これはレイ・ライン研究などと言われますが、費用もかからず
簡単にでき、なかなか面白いですよ。では、このへんで。

関連記事 『忌み地』







聖痕の話

2020.08.21 (Fri)
bigbossmanです。今回もまたまた実業家にして霊能者、Kさんとの
話です。ただし、いつもの大阪のホテルのバーではなく、
前々から招待されていた石垣島の新居にうかがってのこと。
手作りのマンゴー酒をいただきながらの会話となりました。
「いやいや、このたびはご招待いただきありがとうございます」
「どうだ、感想は?」 「うーん、そうですね、沖縄本島には
 何度か来てるので、わかってるつもりでしたが、暑くないですね」
「まあな、今日も気温は30℃いかなかった。これが大阪だと
 36℃とかになるだろ」 「そうです。エアコンなしの生活は
 絶対不可能です」 「沖縄は暑いってのは先入観で、夏場は
 本土よりも気温は低いことが多い。まあ、湿度は高いが」

「いや、風が気持ちよかったですよ」 「それから?」
「・・・こう言っちゃなんですが、もっと豪邸かと思ってました」
「ははは、俺と家内の2人ぐらしだから、部屋数があれば
 掃除が大変だよ」 「ああ、そうですよね」 「ところで bossman、
 お前、聖痕現象って知ってるよな」 「あ、もちろんですけど、
 何か最近かかわってる事件に関係ある話ですか」 「うんまあ」
「聖痕というのは、基本的にはキリスト教、カトリックで使われる言葉
 ですね。ラテン語でスティグマータ。人の体から、特に原因は
 ないのに急に血が流れ出る。血液は分析された例も多く、
 おおかたは本人の血ですが、そうじゃない、誰のともわからない場合も
 あります」 「さすがオカルト研究家、なかなか詳しいじゃないか」

「いえいえ」 「聖痕が現れる場所は?」 「基本は5ヶ所とされます。
 イエス・キリストが磔刑に処せられた際、十字架に釘で打ちつけられた
 両手足、それと、ロンギヌスの槍で止めを刺さされた脇腹。
 ただ、それ以外にも、茨の冠を被せられたとされる頭部や、十字架を
 背負った背中に現れる場合もあるようです」 「なるほど。
 傷はどうなんだ」 「それがですね。医師が診察して、実際に
 傷が見つかる場合と、まったくない場合があります」
「ふうん、どう違うんだ」 「それは自分にはわかりません。ただね、
 聖痕現象が起きるのは、聖職者かキリスト教の熱心な信者がほとんど
 なんです。ですから、こう言っちゃなんですが、傷がある場合は
 自分でつけたんじゃないかって疑われたりします」

「うん、小さなカッターの刃なんかを持ってればできないことはないな」
「はい、それと、傷がまったくない場合はトリックを疑われますね」
「プロレス式か」 「ええ・・・ただ、作り物の血糊じゃなく、
 本人の血液をあらかじめ取っておき、凝固させたものを手の中に握って、
 体温で溶かすとか」 「それだと、簡単な分析では本人の血液と
 なるだろうな。じゃあ、本物の聖痕ってないのか」 「いやあ、
 思い込みというか、宗教的な熱情が高まった場合、人体に影響を
 与えて出血するといった仮説はありますよ。例えが適切かわからないけど、
 俳優の中には、悲しむシーンを演じる場合、実際に涙を流せる人が
 いるって話じゃないですか」 「そうだな。ただ、涙腺と違って、
 出血は無理があるように思うが」 「はい、だからバチカンに正式に

 奇跡と認定されたものは多くないんです。それより事件の話を
 してくださいよ」 「それが、今、調査中の事件はまだとっかかった
 ばかりで、目鼻も何もついてないんだ」 「そうですか」
「またブログネタなんだろ。じゃあ、過去の聖痕現象と関係がありそうな
 ケースをいくつか話してやろう」 「ぜひぜひ」 「これは10年くらい
 前かな。もう亡くなったけど、60代の男性の受刑者がいてな」
「受刑者?」 「ああ、知り合いの刑務所長から依頼が来たんだ」
「それで」 「その人、殺人で懲役20年だったが、真面目に勤めて
 仮出所が近づいたとき、右腕から出血するようになった。それもかなりの量」
「で」 「ところが医務室に連れてって確認しても、傷がない」 「ははあ」 
「でな、同じことが何度かくり返されて俺が呼ばれたんだ」 「はい」

「さっきな、傷がないって言ったろ。けど、腕の同じ箇所に古傷があるんだ」
「どういうことですか」 「殺人のときについた傷だよ。殺された相手が
 抵抗して噛んだ」 「え?」 「もちろん傷自体はとっくに治ってて、
 出血はするが新しい傷はない。で、これは被害者の霊がやってるの
 かもってなった。けど、俺が霊視しても、な~んにも悪いものは
 ないんだ。霊なんていない」 「じゃあ」 「そう。娑婆に出る日が近づいて、
 精神が不安定になり、聖痕現象みたいなことが起きてると思ったわけ」
「どうしました」 「いちおう除霊の真似事をしてやった」 「刑務所で
 よくそんなことができましたね」 「いやほら、俺は僧侶やカウンセラーの
 資格も持ってるから」 「ああ、そうでした。この話、まだ続きが
 あるんでしょ」 「ああ。本人は喜んで出所していったんだが・・・

 3日後に自殺した」 「う」 「簡易宿泊所で首を吊ったんだよ。
 腕が血まみれになってて、警察が調べたが、やはり傷はなかった。
 口から吐いた血か、鼻血がかかったってなったみたいだが」 
「うーん、まだありますか」 「ああ。30代はじめの若い奥さんが、
 ある日家族とショッピングモールに行った。旦那とまだ小さい子ども2人で」
「はい」 「その店に行くのは初めてで、当日は体の具合が悪いことも
 なかった。それが急に、足の間から床に血溜まりができるほど出血した」
「で」 「店が救急車を呼んで大病院の婦人科に見てもらったものの・・・
 なんら異常はなかった。念のためということで2日入院したが、
 特に何もなし。けどな、その奥さん、退院して数日後、家族には内緒で
 俺のとこに来た。知り合いに俺を知ってる人がいたみたいだ」

「どういうことです」 「そのショッピングモールな、できてからまだ1年、
 その前も別のビルで、さらにその前は私鉄の駅だったんだよ、
 廃線になった」 「で」 「奥さんな、高校生のときに、その駅の
 女子トイレで赤ん坊を死産してるんだ」 「う」 「まあ、未熟児での
 死産だし、未成年だったから罪にはならなかったし、親もそのことを
 ひた隠しにしたから」 「うーん、その場所の記憶が血を呼んだって
 ことなんでしょうか」 「わからん。わからんけど、本人の心理的な
 ものだと思う。これも軽~い除霊をしてやったけどね」
「なるほどねえ、何か見えてくるものがありますね。ところで、現在も
 聖痕にかかわりそうな事件を扱ってるって、さっき言ってましたよね」
「まだ手を染めたばかり、情報収集の段階だよ」

「途中でもいいのでお聞かせ下さい」 「お前、天使園って知ってるか」
「あ、はい。キリスト教系の児童福祉施設ですよね。孤児、あるいは
 親がいても育てられない子どもを養育し、学校に通わせてる」
「そう。名前は必ずしも天使園ってわけじゃなく、施設によって
 バラバラだが、まあそういったとこの神父さんから依頼があってな」
「あ、今までの話で一番、聖痕に近いですよね」 「そこの卒園生、
 ふつうは18歳の高校卒業の時点で就職して自立するんだが、
 去年から、その子らが19歳になった誕生日に、両方の手のひらの
 真ん中から血が出るようになった。けど、やはり傷はない」
「全員がですか?」 「いや、ここまでで4人、内訳は男3、女1」
「どういうことなんでしょう」 「だから今、それを調査中なんだよ」

「あ、スミマセン。それで」 「そこの施設はキリスト教系だから、
 ミサやクリスマスの会なんかもあったけど、必ずしも生徒には
 信仰を強要してはいなかった。実際、その4人も、宗教的な
 行事には、そこまで熱心なほうではなかったということだ」
「興味深いですねえ。場所はどこですか」 「東北のほう」
「まだ、依頼者の神父さんに話を聞いただけなんでしょ」
「そうだ。これから一人一人をあたるつもりだよ」 「ねえKさん、
 自分も休みを取るので、同行させてもらってもいいですか」
「・・・まあいいけど、結果によってはブログネタにはならんぞ」
「お願いします」ということで、その日は夜遅くまでマンゴー酒を
飲んだため、翌日、せっかくの好天なのに泳ぎに行けませんでした。

ぽぽぽ
 
 
 
 

アーカイブ 鉄道のオカルト

2020.08.21 (Fri)
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今回はこういうお題でいきたいと思います。鉄道というと、
怪談話の舞台になることが多い施設ですよね。電車の中、駅構内、
トンネルなど、いろんな怪異が語られています。自分も「阪急宝塚線」
というシリーズを書いていますので、よろしければごらんください。

関連記事 『阪急宝塚線』 『阪急宝塚線2』 『阪急宝塚線3』

さて、日本の鉄道の歴史は明治維新から始まりました。
最初に鉄道が敷かれたのは明治5年(1872年)新橋駅 ー 横浜駅間。
唱歌に「汽笛一声 新橋を~」とあるとおりです。
この鉄道施設は、全面的にイギリスの技術が使われていました。

当時の人々にとっては、鉄の塊が黒い煙をあげて走る姿は驚異であり、
西洋文明の象徴と感じられたと思います。
ですが、開通から10年ほどたった明治15年ころから、
鉄道にまつわる最初の怪異が語られるようになります。

「偽汽車」という話です。偽汽車の話は全国各地にありますが、
ほぼどれも同じ内容で、当時の汽車は本数が少なく、沿線で働く人たちは
時計がわりにしたりしていました。ところが、運行予定のない時間に
走ってくる列車がある。この列車は「幽霊機関車」などとも呼ばれました。
ただまあ、時刻表にない回送列車というのはあったでしょう。

この本の話は面白いので、いつか記事に書いてみたいです
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だいたいこんな感じです。夜のありえない時間に電車が走っていたので、
翌朝見にいったら、線路脇に大きな狸が轢断されて死んでいた。
これは電車に化けて走っていた狸が、始発の本物の電車に跳ね飛ばされた
ものにちがいない。また、こんな話もあります。

猟師が山の中を歩いていたら突然汽笛が聞こえ、線路も何もない場所なのに、
前から機関車が自分に向かって突進してくる。ぶつかるよりはと思って
鉄砲を撃ったら、汽車の姿はかき消えて、そこに大きな狸が倒れていた。
つまり、どの話も偽汽車の正体は狸だったということです。

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この話について、なんと日本民俗学の創始者である柳田國男と佐々木喜善が
調査を行ってるんですね。喜善の場合、偽汽車の噂がある地域に行って
聞き込みをすると、現地の人は誰もそんな話は知らない、
別の地域で起きたということなら聞いたことがあると言う。現代の怪談と
同じで、いつまでも噂の源にたどりつけなかったんです。

そこで喜善は、当時、ひんぱんに怪談話を取り上げていた新聞の
影響ではないかと分析しています。あと、明治初期の鉄道は
イギリス人が運転していましたが、そのときは偽汽車の話はなく、
明治12年以降、汽車の運転手が日本人に代わってから、
そういう噂がじょじょに出てくるようになったとも言われます。

キャプチャ

さて、現代の鉄道怪談では、やはり飛び込み自殺の話が多いですね。
日本の年間自殺者数は3万人前後ですが、鉄道への飛び込み自殺は
そのうち約2%ほど、人数でいうと1000人以下で、
けっして多いというわけではありません。ちなみに1位は縊死で66%、
2位がガスで13%、3位が高所からの飛び降りで7%となっています。

これは一つには、鉄道自殺は、ラッシュ時に電車を停めたことで、
遺族が電鉄会社から多額の賠償請求をされる可能性があるせいでしょう。
ただ、実際に鉄道会社が損害賠償を行った例はほとんどありません。
本人が亡くなっているので、もし賠償請求されたら
遺族は相続放棄ができるということも大きんでしょうね。

キャプチャ

この鉄道自殺にまつわる怪異としては、大勢の乗客や運転士が
はっきりと飛び込みを目撃しているのに、電車が急停止した後、
いくら調べても遺体が見つからないというケース。有名なのが、
平成8年にJR御徒町の山手線3番ホームで起きた事例です。

女性の服装はグレー。年齢は25歳ぐらい。髪型はオカッパで首が長かった。
ここまで大勢の証言が一致しているので、飛び込み者がいたのは
間違いないと考えられますが、これはおそらく死亡にいたらず、
バツが悪いので、その場を逃げ出したということなんじゃないでしょうか。

飛び込み自殺の現場
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まあ、この手のことはタイミングがあります。自動車事故でも、
助手席の乗員は即死してるのに、運転者は軽傷や無傷というのも
けっして珍しくはないんですね。また、実際に自殺者と電車がぶつかった場合、
遺体の一部がかなり遠くまで飛んで発見されたり、
ホームにいる人を直撃したなんて話もあります。

平成29年、大田区、京急線の雑色駅で男性の飛び込み自殺があり、
飛び散った遺体の一部がぶつかった女性がケガをしたというニュースが
ありました。これは鉄道会社が賠償するんでしょうが、なんか理不尽です。
あと、その女性は肉体的なダメージとともに、
精神的なショックも大きかったでしょうねえ。

自殺者の多い路線
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それから、ある路線の駅で自殺者が出ると、その場所での飛び込みが
続くという話もあり、これは事実です。そこのホームで現場を目撃したり、
ニュース報道で知った人が後追い的に自殺してしまうんでしょう。
また、こういう飛び込みが多い駅に設置されている飲料の自動販売機は、
中に遺体が入らないよう、取り出し口にフタがあるタイプが多いとも言われます。

さてさて、鉄道自殺のことを書いているうちに枚数がつきてしまいました。
鉄道自殺自体は、ホームドアの設置をすることで防げるかもしれませんが、
それで自殺者の全体数が減るわけでもないでしょうしねえ。
遺体を片づける駅員さんもたいへんな思いをしているでしょう。
では、今回はこのへんで。

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明智光秀と「かごめ歌」の謎

2020.08.20 (Thu)
アーカイブ373

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本項は明智光秀についてで、カテゴリは怖い日本史に入るんですが、
特に怖いという内容でもないです。それと、ちゃんと書くとすれば
本一冊分にもなってしまう話なので、できるだけ端折って
述べていきます。後半でなかなか面白いオカルトが出てきますよ。

さて、みなさんは光秀の名前を聞けば、おそらく「本能寺の変」
という語を思い浮かべる方が多いでしょう。主君信長に対する下克上。
これによって、日本の歴史は大きく変わってしまっただろうと思われます。
それは、後継が秀吉になり、最終的に家康になったということより、

信長の天下が目前まできていたのに実現しなかったのが大きいと
自分なんかは思いますね。信長は世界の知識が豊富な、古い因習に
とらわれない開明的な人物だったので、おそらくは国の形が
変わるような、大きな改革を実行したのではないかという気がします。

明智光秀
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光秀の話に戻りまして、まず出自が不明です。名門である、
美濃源氏土岐氏出身と言われますが、実は父親の名も、
よくわかってはいません。さらに、青年期に何をしてたのかも
不明なんですね。歴史に登場してくるのは、朝倉義景に鉄砲の

腕を認められたためですが、45mの距離から的を撃って、
ほとんど外さなかったということで、これ、当時としては驚異的な
命中率です。これにより100人の鉄砲隊を率いる将となりますが、
この頃すでに40歳近かったと考えられます。人間五十年と

言われていた頃ですから、もう晩年と言ってもさしつかえないですね。
この鉄砲の腕はどこで身につけたものでしょう。関係する資料の中には、
光秀は名門でも美濃出身でもなく、若狭の鍛冶屋の次男であった、
とするものまであって、これが何か関係しているかもしれません。

織田信長
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ともかく、多芸の人であったのは間違いなく、
この後は、将軍足利義昭と信長の両属の家臣となり、
両家を結ぶ役割を果たしますが、やがて信長の家臣に専念し、
活躍がさまざまに歴史の表舞台に現れてきます。

さて、本能寺の変が起きたのは天正10年(1582年)、光秀が
54歳のときです。日本史最大のミステリーとも言われたりします。
事件の詳細はよくわかっているんですが、光秀の動機が不明です。
それと、陰で光秀を操っていた黒幕がいたのではないかという説。
動機については大きく、野望説、怨恨説、不安説などに分かれます。

本能寺の変 信長の最期
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まあこの手のことは、一つに絞るのはあまり意味はなく、
いくつもの要因が複合されていたと見るべきでしょうが、
もしどれか一つというなら、自分は不安説を取ります。
爆発的な激情型であった信長に、いつ放逐されたり、殺されたり

するかわからないという恐怖から反乱を起こした。黒幕説に関しては、
かつての主人の足利将軍説、正親町天皇説、堺の商人説などが
ありますが、下克上があたり前であった世の中で、一人の武将が
決断したことですし、あまり詮索してもしょうがないという気がしますね。

どんどん話を進めます。本能寺のわずか13日後、光秀は山崎の戦いで
秀吉に敗れ、「三日天下」の語を残して惨死します。京都伏見の藪で、
土民の落ち武者狩りに遭い、そこで竹槍に刺されて絶命したと伝えられ、
首も遺骸も探し出されて、さらされています。

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で、こっからがオカルトで、実はそこで死んだのはそっくりの影武者で、
本人は西洞寺というお寺に逃れ、さらに比叡山に上って、延暦寺東
塔南光坊に入り、天海という僧になったというものです。そして、
慶長年間に家康を駿府に訪ね、相談役として信頼を集めるようになった。

・・・これしかし、時期がかなり離れていますよね。光秀が生まれた
のは1528年頃、天海が亡くなったのは1643年ですから、
116年も生きたことになります。絶対ありえないとは言えないでしょうが、
まず考えにくい。しかし、天海の出自も若い頃の経歴もほぼ不明ですので、
生年を偽っていたというのは考えられなくもないかもです。

天海大僧正の木像
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光秀=天海説の根拠としてよく出されるのは、
○日光東照宮の多くの建物に光秀の家紋である桔梗紋が象られていること。
○日光に明智平と呼ばれる区域があり、天海がそう名づけたという伝承が
あること。○学僧であるはずの天海の鎧が残っていること。○比叡山に、
1615年に「願主光秀」が寄進した、と刻まれた石灯籠があること。

などです。もっと眉唾なものも含めれば、まだたくさんあります。
天海の家康側近としての功績は、江戸城府の霊的設計、
家康死後の神号を「東照大権現」と決定し、遺体を久能山から
日光山に改葬したことなどがあげられますが、このとき設計した

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日光東照宮に、家康、家光らの御用金を隠したとする話があります。
いつか徳川家の危機が訪れたときに掘り出して使え、
ということでしょうか。そして、そのありかを暗号にして「かごめ歌」
を作ってその中に隠した・・・「籠目、籠目、籠のなかの鳥は、
いついつ出やる。夜明けの晩に、鶴と亀がすべった。後ろの正面だあれ」

籠目は上記の明智家の桔梗紋を暗示するとされ、これは実際に
日光東照宮にいくつもあります。「籠の中の鳥」が徳川埋蔵金を表し、
「夜明けの晩に、鶴と亀がすべった」の部分は、
東照宮にある鶴と亀の像に朝日があたってできた影のこと。
影の先には有名な、「見ざる言わざる聞かざる」の三猿の彫刻があり、

三猿の視線の方向に眠り猫の門があります。その先は徳川家の
墓所で、「後ろの正面だあれ」これは墓の後ろに塚があって、
その上には六芒星の印が・・・ どう思われますでしょうか。
しかしこれ、結局は墓の後ろというあたり前すぎる隠し場所なら、
わざわざ手の込んだ暗号にする意味があるんでしょうか。

明智家の桔梗紋
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誰だって、まず最初にそのあたりを探しますよね。お遊びで
やったのならともかく、本気で隠すつもりだったのなら
馬鹿げてると思うのは自分だけでしょうか。まあ、そもそも、
かごめ歌を天海が作ったという確証なんてないんですが。
ただ、地中レーダーの調査では、そこには高確率で土や石
ではない何かが埋まっている、という話もあるようです。

さてさて、TBS系列『日立 世界・ふしぎ発見!』という2000年の
テレビ番組で天海と光秀の書状の筆跡鑑定を行い、それによると、
天海と光秀は別人であるが、類似した文字がいくつかあり、2人は
頻繁に接していた親子のような近親者ではないかと推定できる
ということでした。ここから、光秀の従弟、あるいは
娘婿ではないかという説が出されていましたね。では、このへんで。

日光東照宮奥の院の鶴亀の像





アーカイブ 時空デートの話

2020.08.20 (Thu)
先週の金曜の夜のことなんです。彼氏とデートの約束をしてました。
お互い仕事があったんで、ある駅前の小公園のベンチで待ち合わせをしたんです。
時間は7時だったんですけど・・・それが、私がベンチ前で待ってても、
約束の時間を20分過ぎても彼がやってこなかったんです。
ええ、そういうことには几帳面な人で、それまで時間に遅れるなんてなかったし、
もしあったとしても、事前に連絡をくれるはずです。
それで、こっちから彼のスマホに連絡してみました。
そしたらすぐ彼が出て「どうしたの?何か用事があって遅れてるの?」
って逆に聞いてきたんです。「えー、私は遅れてない。今、ベンチのとこにいるよ」
「いや、俺もいるんだけど」こんな感じで話がぜんぜん噛み合わなくて。
「それって場所間違えてるんじゃない、○○駅だよ」 「いや、○○駅にいる」

それで、スマホで話しながら小公園の中をぐるっと回ってみました。
でもやっぱり見つかりません。それで少しムッとした気持ちになって、
「遅れるんだったらちゃんと正直に言ってよ。べつに怒んないから」
すると彼のほうも少しイラだったような声で、
「だっているんだよ。いないのは△△ちゃんのほうだ」って。
「いるから。じゃあここの公園のベンチの写真を撮ってメールでそっちに送る」
「あ、じゃあ俺も送るよ」で、こっちが写メールを送ると、
彼からのもすぐにやってきました。それ見てみると、たしかに○○駅の
公園のベンチで、私が撮ったのと同んなじものだったんです。
変だなーって思いました。ここでちょっと気味が悪くなってきたんです。
彼からすぐまた電話がきて「ほんとだ。△△ちゃんが撮ったのもこの駅のベンチだね、

 おっかしいなー、どうなってるんだいったい」って。
「そんなの、わかんないよー」ちょっと泣きそうな声になってしまいました。
そしたら少し間があって、彼が「駅前ビルの電光掲示あるよね。それなんて出てる?」
って聞いてきたんで「広告が出てるよ。・・・・・・・」今 出てる文字を読み上げました。
すると彼は「同んなじだなあ、おっかしいなあ、どうして会えないんだ・・・ 
 うーん、わからんなあ」それからまた間があって、「あ、いいこと思いついた。
 じゃあ今、合図するから2人で同時に駅の改札口まで行こう。
 場所を移動したら、もしかして会えるかもしれない」こんなふうに言ったんです。
「あ、それいいかも。じゃ今から行くよ」 「俺も」
ということで、同時に改札口を目指したんです。でも・・・
改札口まできても、やっぱり彼の姿はどこにもなくて。

スマホは切らずにいました。「改札口にきたよ」 「俺もきた」
「いないよね」 「うん、いない」 「これって、普通じゃないよね」
「・・・もしかして、もしかしてなんだけど、今 起きてることって、
 俺と△△ちゃんのいる時空が分かれちゃったのかもしれない」 「時空?」
「うん、俺もよくはわかんないけど、この世界は一つじゃなくて、
 似たような世界がいくつも重なり合ってるって説があるんだよ。だから、
 もしかして、俺の現在いる世界と△△ちゃんがいる世界は、
 よく似てるんだけど別ものなのかもしれない」
「えー、わけわかんない。実際にそんなことってあるの?」
「いや、ないと思うけど・・・ この状態を説明するにはそれしか思いつかない」
「じゃあ、もう会えないってことなの?」ホントに泣きそうな気持ちになってきました。

「○○駅にくるまで何か変わったことあった?」 
「ないよ、6時20分ころに会社を出て、時間があったからすこしブラブラしてから、
 普通に電車できた」 「うーん・・・・」彼は考え込んでましたが、
「とにかくいろいろやってみよう。そっから右手のほうの壁にビールの
 広告あるよね」 「ある」 「じゃあその前に行ってみて」 「どうするの?」
「今、ペン持ってるから、そのはしっこのほうに字を書いてみる。
 写真の女の人のちょうどビールの缶を持ってる下のあたり」
それで、そこに行って見てたんです。そしたら・・・
私が見ている目の前で、広告の紙にに文字が1字ずつ浮き出してきたんです。
「会 い た い よ」って。 「あー、字が出てきた。会いたいよって
 書いたんでしょ」 「合ってる」 「どういうことなの?」

「わかんないけど、スマホが通じてるんだから、
 もしかしたらそっちに字も送れるんじゃないかって考えたんだ。
 スマホの声も字も情報だろ。けど、こっからどうすればいいかわからない。
 ちょっと考えるから少し待ってて」
「うん、がんばって!」そっからまたしばらく間があって、
「うん、いちおう思いついた。けど、うまくいくかどうか・・・
 △△ちゃん、男子トイレには入れないよね」 「・・・それ、さすがに無理」 
「だよね。じゃあどっかこの近くに鏡ってないかな。本物の鏡でなくても
 いいんだけど、ガラスで人の姿がはっきり映るようなもの」
「えー鏡?・・・あ、そうだ、向かいのビッグエコーが入ってるビルのエレベーターって、
 壁が鏡じゃなかったっけ。前に行ったことあったでしょ」

「ああ、そうだった。じゃあね、俺も行くからそのエレベーターに乗ってみて」
ということで、道路を横切ってビルに入りエレベーターに乗ったんです。
私の外に人は入ってませんでした。「今、乗ったよ」
「ああ、俺ももうすぐ乗る。今入った」そしたらです、
鏡張りになってるエレベーターの壁に、彼の姿が映ったんですよ。
「あ、いる。映ったよ!!」 「俺のほうでも△△ちゃんが見える!!」
私の姿はもちろん鏡に映ってるんですが、その横に、
スマホを耳にあてながら、びっくりしたような顔の彼の姿が・・・
うれしくて泣き出してしまいました。「ああ、鏡の情報もそっちに送れるんだな。
 でも、この後どうすれば・・・」という彼の声。
私は「とにかく並ぼう、鏡の中でいっしょに腕組んでみよ!」

それで、2人がそれぞれ鏡を見ながら位置を合わせて、
それからお互いの腕が重なるようにしてみたんですよ。そしたら・・・
うまく言葉で言い表せないんですが、目の前の空気がグニャっと歪んだ
気がしたんです。透明なゼリーを上からギュッと押しつぶしたような。
そして、腕が何かにつかまっている感触があって、横を見上げると
彼の顔があったんです。はい、鏡の中じゃなくて本物の彼の顔です。
「あ、いた!」 「やった、会えた!!」思わず抱き合ってしまいました。
そのままかたく抱き合っていると、どかどかっと年配のサラリーマンの人が数人、
乗り込んできました。でも、うれしかったんでずっとそのままでいたんです。
いったん上の階に行ってから、また下に降りてきました。
「やった、やった、世界が一つに戻ったんだ」彼が言いました。

はい、この後はおかしなことはなく、予定どおりデートのコースを終えたんです。
この後2回彼とは会ったんですが、何も変なことは起こっていません。
でも、待ち合わせでは、金曜日のようなことになったらどうしようかって、
やっぱりハラハラしました。あんなことになった理由については、
彼もよくわからないみたいでした。ただ、こんなことを言ってましたね。
「うーん、世界が分かれちゃった原因ね。あれから考えてみたんだけど、
 俺ほら、電力会社のエンジニアだろ。ここ1週間ばかり、
 仕事であちこちの変圧器の点検整備をしてたんだよ。だからそれで、
 ずっと強い電磁波を受けてたことと関係があるのかもしれない。
 あと、分かれてた世界が一つに戻った原因もよくわからないけど、
 きっと愛の力なんじゃないかな。ま、そういうことにしておこうよ」って。
 






悪魔学「マモンと冨」

2020.08.20 (Thu)
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冨と強欲の悪魔 マモン

今回はこういうお題でいきます。悪魔学の一環なんですが、
これねえ、かなり難しい話になると思います。スルー推奨かも
しれません。どっから話していきましょうか。もともと
古代イスラエルの宗教はユダヤ教でしたよね。

それに異を唱えたイエス・キリストは、ユダヤ教の聖職者から
讒訴を受け、当時かの地を統治していたローマ帝国によって
処刑されます。が、死後に復活し、改めて昇天したとされます。
ここまではみなさんもよくご存知だと思います。

マモンに金貨で釣られる人


さて、では、ユダヤ教では冨についてどう考えられていたか。
ユダヤ教にはタルムードと呼ばれる教典があり、それに従って
生活を送らなくてはなりません。これがまあ、じつに
細かいんです。ありとらゆることが規定されています。
たぶん一般的な日本人では、守るのは不可能でしょう。

そのかわり、律法さえきちんと守っていれば、冨を築くのは
まったく問題にならないというか、むしろ称賛されるべき
ことだったんです。人が財産を築き上げたのは、神がそう為した
からであり、富とは恩寵の顕れと考えられていたんですね。

ユダヤ系の成功者


現代でも、ユダヤ人陰謀論というのがあります。世界の大富豪には
ユダヤ人が多く、陰でさまざまなことを牛耳っているのだ、
みたいな話です。このイメージはヨーロッパにはずっとあって、
シェークスピアの戯曲、『ベニスの商人』に出てくる金貸しの
シャイロックは、ユダヤ人という設定になっています。

この筋はご存知でしょう。指定された日付までにシャイロックに
借りた金を返すことができないと、胸の肉1ポンドを与えなければ
ならないという契約書を取り交わした主人公が、結局 返せず
裁判になる。判決は、胸の肉を与えなくてはならないが、
契約書にはない血は一滴も流してはならないというものでした。

『ベニスの商人』 ちなみに商人はシャイロックではなく主人公のこと
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こんな感じでユダヤ人は嫌われることが多く、ナチスドイツの
ホロコーストにもつながっていくんですね。イエス・キリストは
そういったユダヤ教の考え方を批判し、有名な『新約聖書』の
「山上の垂訓」にそれが表されています。「山上の垂訓」は、
ガラリアの丘でイエスが弟子たちに語った神の言葉で、

「心貧しい人は幸いである」から始まり、あの有名な「右の頬を
打たれたら左の頬も出しなさい」のフレーズも出てきます。
この中の一節に、「あなたがたは神とマモンに同時に仕えることは
できない」というのがあって、マモンとはシリア語で「冨」
という意味だったんです。

「山上の垂訓」
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それが後世になって、キリスト教の神学者たちが、マモンを
悪魔の名であると解釈しました。ぶっちゃけ、誤解なんですが、
こうしてマモンは金銭の悪魔となったわけです。他の堕天使、
異教の神などからきた悪魔とは、成立のしかたがかなり違うんですね。

さて、悪魔としてのマモンの姿は、古代イスラエルのソロモン王に
仕えていた悪魔アモンと混同され、鳥の頭を持つ姿で描かれる
ことが多いんです。鳥の種類はフクロウだったり
ワタリガラスだったりします。また、マモンが人間の前に現れる
ときは狼の姿をとると記されている文献もあります。

召喚したマモンに騙され、金貨を吐き続ける人
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またマモンは、エジプト神話の神アメンとも同一視され、アメンが
ガチョウの姿をとることとも関係しているようです。
マモンは、神が定めた「七つの大罪」のうち、「強欲 greed」を
担当しています。前にご紹介した映画の『セブン』では、

2番めの被害者である強欲な弁護士が、自室で血まみれになって殺され、
死体はちょうど腹の贅肉の部分を1ポンド分切り落とされていて、
状況から、犯人は2日間かけて被害者にどこの肉を切るか選ばせて
いたと推定されました。上記シェークスピア作品にかけてあるわけです。

『セブン』
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金銭を求めてマモンを召喚した人間は、金貨などを与えられるかわり、
神に背く悪事を為さなくてはならず、冨を築いたとしても
最終的には破滅し、魂は永遠に地獄の業火で焼かれてしまいます。
それだと、一時的に裕福になったとしても大損じゃないかという
気がしますよね。

さて、初期のカトリックでは清貧が尊ばれていましたが、
十字軍遠征で財政が厳しくなり、また教会が権威主義化するとともに、
だんだんおかしくなっていきます。免罪符(贖宥状)の発行などが
マルチン・ルターらに批判され、宗教改革が起こるんです。

教会への公開質問状を打ちつけるマルチン・ルター
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いっぽう、宗教改革から始まったプロテスタントには さまざまな
宗派があり、冨に対する考え方も多様です。冨は信仰を妨げるものと
考える一派もあれば、勤勉な労働と質素な生活の結果であるとする
派もあって、なかなか難しいんですね。ただ、チャリティなどの
喜捨が奨められる点は同じです。

さてさて、ローマ教皇庁は2008年に新たな「七つの大罪」を発表し、
その中の一つに「過度な裕福さ(大富豪)」が含まれます。
アメリカでは、50億円のクルーザーをぽんと買える大金持ちも
いれば、医療保険なしの貧困者も数千万人いて、そのあたりの社会の
ゆがみがコロナ禍によって浮き彫りになりました。では、このへんで。





どうなるアメリカ宇宙軍

2020.08.19 (Wed)
キャプチャ

米国防総省は14日、「未確認飛行物体」(UFO)について
タスクフォース(特別チーム)を新たに設け、実態解明に向けた
調査に乗り出すことを明らかにした。声明によると、

特別チームは米海軍が主導し、未確認の空中現象への
理解を深めるために設立されたという。任務は「米国の安全保障に
脅威を及ぼす可能性がある未確認の空中現象を
探知、分析、分類すること」としている。
(朝日新聞)

今回はこういうお題でいきます。さて、引用のニュースですが、
みなさんはこれを読んでどのように思われたでしょう。
「おお、アメリカもついに本気になってUFO対策に取り組むのか」
このように考えられたでしょうか。

「宇宙人が地球を侵略してきたら怖い」なんて感想はあんまり
多くはないと思います。UFOとは、記事にあるとおり「未確認飛行物体」
のことで、アメリカ軍の公式用語ですが、アメリカ国防総省としては、
宇宙人の乗り物というより、まずは中国、ロシアなどの未知の
航空戦力を警戒してるんだろうと思います。

アメリカ軍が公開したUFO画像
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それと、自分なんかが考えるのは、昨年12月に創設された、
アメリカ宇宙軍との関係です。UFO特別チームは、海軍を
主体にして編成されるようですが、ぶっちゃけた話をすれば、
お金の問題がからんでるんでしょう。宇宙軍との予算の
引っ張りあいということです。

宇宙軍に予算を回すため、自分とこのが削られたんじゃたまらない。
そういう思惑があるように思いますね。さて、アメリカ宇宙軍ですが、
これに世界で注目していた人は多いと思います。じつは自分も
その一人なんですが、軍事的な興味というより、
ファッション面での話なんです。

『トップガン』 着ているのはCWUジャケット
キャプチャhhhhh

自分は自由業なので、毎日スーツを着て出社する必要はありません。
いい歳をしてと思われるかもしれませんが、ふだんはMA-1ジャケットと
カーゴパンツ、タクティカルブーツなどのミリタリーファッションを
好んで着てるんです。ですから、アメリカ宇宙軍のロゴマークが

どんなものになるか。制服はどんなか、注目してたんですね。
世界的にもそういう人はかなりいるはずです。宇宙軍の創設で、
これまでアメリカ5軍と言われていたものが6軍になりました。
いちおう簡単に説明しますと、それらを軍種と言うんですが、

アメリカ宇宙軍初代司令官
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陸軍(Army) 海軍(Navy) 空軍(Air Force)
海兵隊(Marine Corps) 沿岸警備隊(Coast Guard)これに新しく
宇宙軍(Space Force)が加わったわけです。海軍と海兵隊の
違いはわかりにくいですが、基本的に海軍は軍艦等に乗って海で
戦いますし、海兵隊は敵国の沿岸に上陸して陸で戦うものです。

ミリタリーファッションの面から見れば、同じフライトジャケットでも
MA-1は空軍の開発ですし、A-2の革ジャケットは陸軍でした。
あ、あんまりマニアックな内容になってもいけませんね。
アメリカ宇宙軍は、初代司令官にはレイモンド大将が就任し
87人体制でスタートしたようです。

公開されたアメリカ宇宙軍の制服の一部
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え、たった87人で何ができるのか? と思われるかもしれませんが、
今後はじょじょに編成を増やしていくことになるでしょう。ただし、
他の軍種のように大規模、大人数になることはないと考えられます。
では、アメリカ宇宙軍は、どんな戦闘を想定してるんでしょうか。

よくSF映画に出てくるような、軍事衛星に搭載されたレーザー砲が、
敵国の衛星を破壊する宇宙戦争的なイメージを持たれる方も
多いと思いますが、そうなることはないでしょうね。
これは一つには、スペースデブリ(宇宙ゴミ)の問題があります。

アメリカ宇宙軍の記章
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2017年時において、10cm以上のスペースデブリが約2万個
確認されており、1m以上の宇宙ゴミも5000個あると言われます。
これらが地球軌道上のさまざまな高度に散らばっていて、
中には大型バス以上の大きさのものもあります。このままいくと、
人工衛星が打ち上げられなくなる可能性が取りざたされてるんです。

2009年、1997年に打ち上げられ、運用中だったアメリカの
イリジウム社の通信衛星イリジウム33号と、1993年に
打ち上げられ、すでに廃用になっていたロシアの軍事用通信衛星
コスモス2251号が衝突し、少なくとも数百個のスペースデブリが
発生したと見られ、これは宇宙的大惨事と言われてるんです。

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ですから、上記したような宇宙戦争は無理なんですね。むしろ、
どうやってスペースデブリを回収するか、各国の協力が求められて
いる現状です。それと、もし衛星にレーザー兵器、核兵器などを
積んで運用するとなれば、途方もない予算がかかりますよね。

考えてみれば、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」などもそうですが、
地上からコンピュータ制御されています。ということは、例えば
相手国の軍事衛星を無力化したいのであれば、そのコントロールを
失わせるハッキングが最も低予算かつ効果的ということになります。

ハッキングのイメージ
zxcxzczxc (1)

つまり、宇宙戦争とは、結局、電磁妨害等を含めた地上での
サイバー戦争になるだろうということです。相手国のミサイルを無力化
すればいい。ですから、アメリカ宇宙軍と言っても、実際に宇宙空間に
出ての華々しい活動というのは、当面はないものと考えられます。
これはちょっと残念な気もしますが、まあ。

さてさて、アメリカはもちろん、中国、ロシアのサイバー攻撃は、
専門の部署があってかなりのお金をかけてますし、その威力も
相当なものです。これに対し日本は、もちろん防御はやってますが、
はっきり言って世界の弱小国です。怖いなあと思いますね。
では、今回はこのへんで。





中国の幽霊について

2020.08.19 (Wed)
アーカイブ371

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今回はこういうお題でいきます。なんか最近、中国の話が続きますが、
特に他意はありません。2016年、リメイクされたアメリカ映画、
『ゴーストバスターズ』が、中国で公開を禁じられて話題となりました。
理由は、「幽霊が出ているから」です。

共産党の一党独裁下の中国では、思想統制があります。
それにはいろんな内容が含まれるんですが、その一つに、
「幽霊の話を流布することの禁止」があるんです。ですから、
中国国内でつくられる映画やテレビドラマでも、当然、幽霊は禁止です。

中国にもホラー映画はありますが、明確な形で幽霊は出ません


理由としては、「幽霊話は、人間の心理をおかしくしたり、
幻覚を起こしたり、夢に働きかけたりするから」という、
まあ、これだけ見れば納得できそうな気もする内容です。ですが、
『ゴーストバスターズ』は本格的ホラーではなく、コメディですよね。
でも、それでも原則に照らして禁止されてしまうんです。

では、中国にホラー映画はないかというと、あることはあります。
ストーリーの最初のほうで、幽霊らしきものが出てきたりもするんですが、
最後の謎解きで、それは生きた人間が扮装していたものだったり、
心理的な錯覚だったことが種明かしされてしまう作品が多いんです。
ですから、厳密にはサスペンス映画、スリラー映画なんですね。

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これ、自分は、すごく残念なことだなあと思っています。
東洋の幽霊に対する感覚は独特で、アメリカのハリウッド製ホラーとは
かなり違っています。ジャパニーズホラーは怖いと言われて、
アメリカでも有名になりましたが、東洋のホラーには独特の怖さがあります。

このことは、韓国やタイのホラー映画にも言えます。
中国にも、才能のある映画監督はたくさんいますので、
そういう人たちが、自由に幽霊をあつかった作品をつくったら、
かなりのものができると思うのに、じつにもったいない話です。

あと、中国の映画では、超能力も禁止されているみたいですね。
以前の記事で、「キョンシー」の話をしましたが、あれは香港でつくられた
イギリス映画です。『チャイニーズ・ゴーストストーリ』もそうですね。
これからは、香港でも幽霊の映画はつくられなくなるのかもしれません。

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ただ、幽霊はダメでも、「妖怪」はかまわないみたいです。
中国では『西遊記』がアニメ化されていますが、あれに出てくる
牛魔王とか白骨夫人は妖怪なんです。孫悟空は中国の一大ヒーローで、
たしか北京オリンピックの広報映像にも出てきてました。
あれ、もしかしてキョンシーは妖怪に入る?

さて、中国では、1966年から、毛沢東による文化大革命が行われ、
「横掃一切牛鬼蛇神 (一切の牛鬼蛇神を一掃せよ)」のスローガンのもと、
長い歴史を持っていた精神文化の多くが、迷信として破壊されてしまいました。
現在、文化大革命は共産党によって批判されていますが、
そのときの思想統制が、幽霊などでは、いまだに続いているのかもしれません。

「人民日報」の文化大革命スローガン
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うがった見方をすれば、幽霊がいるということは、
人間には魂があり、死後の世界があるということになります。
そういう精神世界を完全に否定してしまうと、信じることができるのは
この世だけ、お金と権力だけということになってしまわないでしょうか。
ですから、現在の中国では拝金主義が横行しているわけです。

では、中国の古代の幽霊の概念はどうだったでしょうか。
4世紀晋代の『捜神記』から、17世紀の清代の『聊斎志異』まで、
ふつうに幽霊の話が出てきますし、『三国志演義』では、
死んだ関羽が幽霊になって、自分を殺した相手にとり憑いたりしています。
ああいう古典作品まで否定されてしまうんでしょうかねえ。

中国の「鬼節」(お盆)
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さて、中国では「幽霊」という言葉は一般的ではありません。
歴史的には、「鬼 キ」という語がそれにあたりますが、
ただ、「鬼」という言葉を直接口に出すのは縁起が悪いとされ、
かわりに「好兄弟」と呼ばれたりしていました。

あと、古典に出てくる中国の幽霊は、大部分が若い娘なんです。
病気で亡くなった美しい娘が、恋人とふたたび会うために幽霊となって出てくる、
「牡丹燈籠」みたいな話が多いんです。まあでも、これは日本でも、
ハゲたおっさんの幽霊なんかは出てこないのと同じなんでしょうね。

若い娘の幽霊
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さてさて、ということで、まとまらない話になってしまいましたが、
現代の中国人に幽霊の話をすると、「何をバカバカしい」みたいな顔を
されます。「夜道や墓地を一人で歩くのは怖くないか」と聞けば、
「犯罪の被害に遭うのが怖い」と返されてしまいます。

これ、自分はある種の実験みたいなものじゃないかと思ってます。
魂や地獄・極楽、人の怨念などの霊的なものを一切信じない国家が、
いったいどこへ向かっていくのか。行く末を注目していきたいですね。
では、今回はこのへんで。

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Uの双子の妹の話

2020.08.18 (Tue)
今晩は、三村ともうします、よろしくお願いします。神戸市内で
タウン誌の編集をしています。これからお話するのは、私の小、中学校で
同じ学校だったUという子のことです。私は、四国のある県の生まれで、
もちろんUも同じです。そこの市は、それは大阪や神戸とは
比べものにはなりませんが、四国内ではそこそこ大きなところでした。
Uと初めて同じクラスになったのが、たしか小4のときだったと
思います。私はその当時から、本の好きな地味目の子どもでした。
はい、目立つようなことが苦手で、あまり友だちも多くなかったんです。
その性格は今もあまり変わらないんですが。
それで、Uもまた、友だちのあんまりいない子だったんです。
ただ、その理由は私とは違っていました。じつは、Uの父親が、

地元の組の、なんというかわかりませんが、No,2だったんです。
といっても、本土の大きな組織に比べればたかが知れてたんで
しょうけど。いつも部下に運転させた黒塗りの外車を乗り回してて、
登校時、ときどきUはそれに乗ってくることもあったんです。
ですから、お金はあったんだと思います。Uの服装も、小学生が
学校に着てくるようなのとはかなり違ってました。
派手で高価なんですが、品がないと言えばわかってもらえますか。
母親の趣味だったんだろうと思います。その頃のUは、
とにかくしゃべらない子でした。誰とも会話をしないし、
授業でたまに当てられても、ただ立ってるだけなんです。
場面緘黙って言うみたいですね。でも、頭は悪いわけじゃなくて。

もちろんいいわけでもないけど、テストなんかの点数は普通でしたね。
そんな子だから、当然友だちもいないわけで。あ、それと、
他の子の保護者はUの親のことを知ってますから、遊ぶな、みたいに
家で言ってたのかもしれません。それで、私がUと仲良くなったのは
学校の図書館です。私は両親が共働きだったもので、小3まで
学童保育にいたんです。4年生からは、図書館で本を読んで
時間をつぶして帰るようにしてました。本も好きでしたし。
ある日、私が一心に読書してると、横に人の気配を感じ、見上げると
Uがいたんです。「な、何、読んでるの?」と聞かれたんですが、
Uの声を聞いたのはそのときが初めてでした。それから、放課後、
Uも図書館に来るようになって、いっしょに過ごすようになったんです。

Uが読むのは、絵本や、マンガの偉人の伝記みたいなのが多かったです。
その合間に、ぽつりぽつりと話をするようになって。
で、あるときですね、私が「おちゃめなふたご」というイギリスの
児童小説を読んでいると、Uが「ああ、双子の話。じつはね、私にも
 双子の妹がいるの」こんなことを言い出したんです。でも、変だと
思いますよね。双子なんだから同じ年のはずだし、どうして
小学校に来ないのか。はい、同じ学年には実際に双子の子もいましたから。
「えー、その子、学校はどうしてるの」そう聞いたら、Uは少し
黙ってから、「病気で家にずっといて、家庭教師がついてる」って。
そのときは「病気ならそうなのかも」と思ったりしたんですが、
後になって、Uは兄弟もいない一人っ子だってわかったんです。

それから、Uからその双子の妹の話もいろいろ聞かされました。
心臓が悪くて、体は起こせるけどベッドから出られないとか、
たくさん本を読んでて自分よりずっと頭がいいとか。家庭教師に習って
英語がペラペラだとか・・・5年生になってクラス替えがあり、
Uとは別のクラスになり、Uは図書館に来なくなったんです。
6年生も別のクラスでしたが、ときおり廊下や行事のときに見るUは
普通にしゃべれるようになり、友だちも多くなってたんです。
それ見て、ああよかったなとは思ってたんです。中学校も同じ市の
公立に入学しました。その2年の頃から、Uは不良っぽい仲間の
グループに入ったんです。ほら、家が組関係ですから、
誰も逆らえないバックがついてるってことですよね。

たちまちグループのリーダー格になり、制服をすごい着崩して、
先生方に逆らったり、数々の問題行動を起こしたんです。先生方も、
U本人よりも親のほうを気にして、強くは言えなかったみたいです。
学校に呼んだUの父親が大暴れしたという話もありましたし。
そんなだから、相変わらず地味な私とは、もう話をすることは
なかったんです。私も、Uから聞いた双子の妹の話は忘れてました。
高校は、私は市の公立、Uは大阪に出て私立に入ったんです。
一度だけ、駅前でUの姿を見かけたことがあります。ありえないような
髪の色とスカートの丈でした。そういうのが許される学校だったのか。
向こうは私には気づいてない様子でした。それで・・・
高2のときです。抗争があって、Uの父親が射殺されたんです。

これは全国ニュースになったので、ご存知かもしれません。車から
降りたところを何発も撃たれて即死。その後もいろいろとあって
組は解散し、Uの実家もなくなっちゃったんです。それから
Uがどうなったかはわかりません。風俗にいるという噂を耳にした
こともありましたけど、もう興味がありませんでした。
その後、私は親が大阪の大学に行かせてくれたので、そこで
文学を専攻して出版社に就職しました。はい、今のタウン誌の編集部に
なったのが2年前で、高校卒業から10年が過ぎてました。
その仕事で去年、京都に住んでる新進気鋭の工芸作家のインタビューに
行ったんです。すごい繊細なアクセサリーで、日本より海外で評判が
高いという。もちろん事前に電話でアポをとりましたが、

そのときはわからなかったんですね。いえ、会ってもしばらく
気がつきませんでした。作家としての名前を使っていたので。
それ、Uだったんです。向こうから「しばらくぶり、小学校のときに
 図書館でよくしてくれた」そう言われて初めて気がついたんです。
Uが趣味のいい和服を着て、黒髪を長く伸ばしていたせいもあるかと
思います。私の記憶の中では、高校のときにちらっと見たときの姿で
止まってましたから。ただ、Uにこんな才能があったなんて、
気がつかなかった自分を少し恥ずかしく思いました。組が解散してから、
いろんな苦労があったんだろうなと考えました。インタビューは
予定時間をオーバーし、スマホのアドレスを交換して、それから
親しくおつき合いをさせていただくようになったんです。

それで、Uと話をしているうち、小学校のときの双子の話を
思い出したんですが、そのことは言い出しませんでした。
2ヶ月くらいして、Uから「結婚することになった」と聞かされました。
相手はベンチャー系の若社長で、一度お会いしましたが、背が高く
すごいやり手に見えました。はい、結婚式にも招待されました。
そのとき私、U、幸せになったんだな、うらやましいなって思ったんです。
私はこのとおり縁遠いままで、いまだに独身ですので。結婚式は、
東京の大きなホテルが会場でした。盛大な式で、参会者も多かったん
ですが、ほら、Uの父親はあの事件で死亡してますし、母親もどうやら
その後に亡くなっていたみたいで、親族のほとんどが新郎側の方
だったんです。もちろん、新郎側ではUの生い立ちは知ってたんだと

思いますが、そんなの気にしなかったんでしょうね。芸術家らしいセンスの
よい結婚式だと思いましたが、定番のウエディングケーキ入刀もあったんです。
そのときですね、みなの注目がステージに集まり、カメラのフラッシュが
焚かれる中で、テーブル間の通路を動くものが目に入ったんです。もう一人の
Uでした。まったく同じ顔ですが、髪型や服装は違ってて、水商売を思わせる
下品なけばけばしい姿。それがよろよろした足取りで通路を歩いていく。
ステージの前まで来ても、誰も反応しなかったんです。これ、もしかして
見えてるのは私だけ? 本人にも見えない?? 司会者が大きな声を出し、
音楽が高まった入刀の瞬間、そのもう一人のUは、倒れ込むようにして笑顔の
Uと重なり・・・一つになったUは急に苦悶の顔になって、胸を押さえて倒れました。
はい、救急車が呼ばれましたが、心臓発作ですでに事切れていたんです。

キャプチャ




ドッペルゲンガーの話 2題

2020.08.18 (Tue)
アーカイブ370

オカルトフアンの方ならご存知だと思いますが、ドッペルゲンガーは
ドイツ語ですね。日本語では「自己像幻視」と訳されますが、
こちらの言葉はほとんど見たことがありません。
基本的に、ドッペルゲンガーを見るのは本人だけなんですが、
最近の怪談では、自分の知らないところで他人がもう一人の自分を
目撃した場合も、ドッペルゲンガーと呼ばれたりするようです。
ドッペルゲンガーは死の予兆であり、これを見た人はごく近いうちに
亡くなるとされます。アメリカ大統領エイブラハム・リンカーンが
見たという話は有名ですし、日本では芥川龍之介が見たと言われますね。
ただ、リンカーンはともかく、つねに大量の睡眠薬を常用していた
芥川の場合は、幻覚であっても不思議はない気がします。

では、ドッペルゲンガーとは何なのか? これはもちろんわかりませんが、
ジークムント・フロイトが発見した「無意識」がその正体ではないか、
とはよく言われます。ドッペルゲンガーを見たとされる人は、
たいへんなストレス環境下にあることが多く、自分の精神から
無意識が分離してしまったという解釈です。ですから、
他人には見えないわけです。あとまあ、日本でも、姿形がそっくりの
人物が2人出てきて、互いに自分が本物だと主張するような話があり、
古典の説話集にも載ってますが、この場合、一方は狐狸が化けている
ケースが多いようです。ドッペルゲンガーとはちょっと違いますね。
さて、今回は、自分のところに集まってきた話の中から
それに関したものをご紹介したいと思います。

IT企業勤務 村田洋次さんの話
じゃあ話していきますけど、これ、全部夢かもしれないんですよ。
何も不思議なことはなくて、ただ全部、僕が見た夢というか幻覚というか、
そういうものなのかもしれません。それでもかまわないんですよね。
あれは、つい3日前の話でもあり、10年も前のことでもあるんです。
え、意味がわからないって? そうでしょうね。
僕自身がわかってないですから。うちは経理ソフトを開発をする
会社なんです。まあ、IT企業はブラックと言われることが多いけど、
たしかに残業は多かったです。週に20時間はあったと思います。
ただ、すべてがサービスではなく、ある程度まで残業代は出てました。
それと、強制させられるわけじゃなくて、仕事が興に乗ってくると
やめられなくなるって面もあったんです。

さっき言ったように、3日前です。その日もね、残業になりまして、
10時ころまではたくさん人が残ってましたが、みなぼつぼつ帰り出して、
オフィスに僕一人だけになったんです。うちの会社は貸しビルの玄関に
警備員が24時間常駐してますので、いくら遅くなっても
問題はありません。で、午前2時を過ぎた頃でした。
もう少しで仕事の目処がつきそうなので、朝までやろうと思ってたんです。
ブースになってるデスクを離れてコーヒーメーカーのとこまで行きましたが、
その日は朝から胃の調子がよくなかったんで、給湯室にある冷蔵庫から
ヨーグルトを出しました。で、ブースに戻ってきたら人が座っる背中が
見えたんです。最初、場所を間違えたかと思ったんですけど、
自分以外残ってる人はいないはず。そこで怖くなりました。

あとね、うちは服装はカジュアルでもOKなんだけど、その人の着てる
ポロシャツが僕と同じだったんです。髪型も同じ。
後じさりしてブースから出ようとしたら、その人はくるっとイスを
回してこっちを見ました。やっぱり・・・自分だったんです。
いつも鏡で見る自分の顔。無精髭が生えて目の下に隈ができてました。
「・・・」声にならない声をあげた僕に向かって、もう一人の自分が、
「お前なあ、こんなことしてたら死ぬぞ」そう言ったんです。
はい、声も自分の声です。逃げ出そうとしましたが、そのとき急に、
今まで感じたことがないような激痛が胃にあったんです。
思わず手で押さえ、吐き気がこみ上げてきて膝をついたところ
までは覚えてるんですが、そこで失神しちゃったんです。

次に気がついたら、病院のベッドにいました。脇にいたのは
会社の直属の上司一人だけ。これは後で聞いたことだけど、
俺が倒れてるのを発見したのが巡回に来た警備員で、
そのまま救急車を呼んでくれ、病院では出血性の胃潰瘍という
診断がついて、とりあえず内視鏡で出血を止めたということでした。
上司は、お前の実家には連絡してあると言って、ほっとしたような
顔で帰っていき、その後、母親が来て看病してくれて、
20日ほどで退院しました。それで、入院してる間にいろいろ考えて、
会社を辞めたんですよ。命あっての物ダネじゃないですか。
田舎に帰って少しのんびりして、それから何か仕事しなくちゃと
思って、アフィリまとめってのを始めたんです。

いろんな記事をまとめてネットにアップし、その広告収入で
食っていくっていう。いや、最初はほんとボツボツとしかお金は入って
こなかったんです。それでも少しずつ仕事を拡大してって、
ホームページ作りやネットシステムの管理なんかもやるようになってね。
軌道に乗り、人を何人か雇い、オフィスを借りて本格的に会社として
始めました。実家のある田舎だと、そういうのやってるとこ少なかったんです。
それでね、規模は小さいとはいえ、一国一城の主じゃないですか。
面白かったんですよ。無我夢中で突っ走り始め、会社のビルができ、
結婚して子どもも産まれました。で、10年たったころです。
ウエブだけじゃ何かのときに困ると思って、別事業を立ち上げたんです。
始めはセフティーネットのつもりだったんですが・・・ そっちで大きな穴が

開いちゃったんです。もう従業員は50人近くなってましたので、
会社はつぶせない。資金繰りに奔走しました。でね、ヘトヘトになって
夜に会社に戻ったんですよ。遅い時間なので誰も残ってなくて、社長室に入ると、
イスに僕が座ってたんです。そのときにすぐ、10年前のことを思い出したんです。
もう一人の僕は、真っ青な顔にうすら笑いを浮かべてました。「お前、
こりないやつだな。でも、もう終わりだよ」その瞬間、気分が悪くなって床に倒れ、
強く頭を打って・・・ で、気がついたら病院です。不思議なことに、前のIT会社の
上司がいたんです、10年たってるのに当時のままで。僕もね、まだ若い自分で。
えっ、あの10年間は全部夢なのか・・・信じられませんでしたが、
そうだったんですよ。ただ一つ、前と違ったのは、診断が胃潰瘍じゃなく、
末期の胃癌だったことです。腹膜全体に散らばってて、余命半年なんだそうです。

タレント事務所勤務 内田幸治さんの話
俺ね、仕事はうちの会社に所属してるタレントさんのマネージャーやってるんです。
ものすごく忙しいし、公私の区別もありません。タレントさんの送り迎えから、
スケジュール管理、売り込みから何から、1日14、5時間は働いてます。
まあでもね、忙しいのはある意味、幸せなことだと思うようにしてました。
だってそれは、自分が担当してるタレントさんが売れたってことですから。
その日も、社用車でタレントさんを自宅まで送り届け、社に戻ってから
帰宅でしたが、まだぎりぎり終電が残ってました。で、疲れ切って
ホームのベンチにへたり込んでたら、ふーっと体から、何かが抜け出すような
気がしたんです。思わず目をつぶってから開けると、すぐ目の前に背中が
見えたんです。俺の背中だってひと目でわかりました。
特徴のあるコート着てましたから。そのもう一人の俺は、どんどん線路のほうに

歩いていき、俺自身はそれ見てるだけで体が動かないんです。
金縛り・・・というんでしょうか。初めて経験しました。そのうちに、
列車が入るっていうアナウンスがあって、もう一人の俺はホームの端ぎりぎりに
立ったんです。ああ、あいつ飛び込むんだな、他人事のように思いました、
自分なのにね。電車が来て、そいつは不格好に宙を舞い、でも、電車が
ブレーキを掛けることもなかったし、アナウンスもありません。やっぱり実体じゃ
ないんだ。そう思ったとき、ずらっと並んだ駅のベンチの下から、黒い犬のような
ものが何十匹とすごい速さで飛び出してきて、停車してる電車の下に入って
いったんです。そのうちの一匹が近くを通ったとき、幼稚園児くらいの大きさだけど、
大人の顔をしていて、裸で腹が出てるのがわかりました。餓鬼って言うんでしょうか。
飛び込んだもう一人の俺を食うんだな、そう考えたとき、体が動いたんですよ。







「若返り」あれこれ

2020.08.18 (Tue)
アーカイブ369

今月7日付の英紙「The Daily Mail」によると、加齢が原因となる
病で苦しむ患者に、若者の血液を輸血する例が増えているという。
まるでヴァンパイアが若さを保つために乙女の血を求めるかのような
野蛮な行為にも思えるが、最近の科学的な研究でも、
次第にその効果のほどが明らかになりつつあるという。

英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの遺伝学者リンダ・パートリッジ氏らが
今月、科学誌「Nature」に発表した論文によると、
若者の血液の輸血によって、ガンや認知症、心疾患などの病に
苦しむことなく人生を送れることを示唆するデータが出ているそうだ。

パートリッジ氏らによるマウス実験では、若い個体の血液を輸血された
老齢のマウスは、加齢による病気を発症せず、認知機能を高く維持して
いたのに対し、逆に老いた個体の血液を与えられた若いマウスは、
老化して病気になりやすくなったという。
(Rakutenニュース)

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今回はこのお題でいきます。「若返り」というのは難しい概念です。
何をもって「若返り」というのか? 多くの人は、外形的なことを頭に浮かべる
んじゃないでしょうか。つまり、白髪がなくなり、しわやシミが消え、
みなさんが20歳のときのようなみずみずしい外見に戻る。

しかし、若さ、というのはそれだけではありませんよね。
体力面のこともあります。例えば、20歳の頃はいくら動いても疲れず、
100mを11秒台で走れた。徹夜もできたし、お酒も強かった。
あの頃に戻りたいなあ みたいなことは、自分もときどき考えます。

不老不死? サンジェルマン伯爵
キャプチャmmmm,

それから、「気持ちが若い」という言葉に見るように、
精神的な若さというのもあるでしょう。若いときは失敗を怖れず、
何に対してもチャレンジできた。今は老成して、冒険ができなくなった。
ジジ臭くなってしまった、なんてことですね。

「若返り」を求める心境には、「齢をとるのはよくないことだ」という、
老化を否定する考え方があるんだと思います。これは無理のないことで、
歳をとるほど、できないことが増えてきます。関節が痛んだり、
生活習慣病になったりして、どんどん死に近づいてくいくわけですね。

「血の伯爵夫人」バートリ・エルジェーベト(エリザベート・バートリー)
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さて、上記のニュースですが、オカルトフアンなら、「血の伯爵夫人」の
異名を持つ、16世紀のハンガリー貴族、バートリ・エルジェーベトの事例を
思い浮かべる方が多いんじゃないでしょうか。彼女は後に告発され、
死刑を宣告されましたが、高い身分のために刑は実施されず、
塔に幽閉された後、1日1回だけ食事が与えられて3年半で死亡しています。

裁判で確認された殺人件数は80人ほどでしたが、実際には300人以上を
殺したと見られており、その多くは領地の若い娘で、拷問により
惨殺されています。肉体を切断したり、処刑具「鉄の処女」を使って集めた
若い娘の血を満たした風呂に入り、その肉を食べたりしたのは、
永遠の若さを保つためであったとも言われますね。

鉄の処女
キャプチャ

さて、若者の血を輸血するだけで、本当に若返り効果があるものでしょうか。
自分はこれ、かなり怪しいんじゃないかと思います。日本でも、
「アンチエイジング」ということが言われるようになって久しいですが、
世界的に、ある物質に若返り効果が発見されたというニュースは、
毎年、いくつもが大々的に発表されます。

これって、すごいお金になるんですよね。少しでも若返り効果がありそうな
研究には、飛びついて高いお金を支払う富裕層が、世界中にたくさんいます。
ですから、大手製薬会社からベンチャー企業まで、かなりの研究費をかけて
若返り研究を行っているところがあちこちにあります。

ですが、画期的な効果があったという事例は、いまだに見られてはいません。
世界のセレブを思い浮かべてみてください。彼ら彼女らは、
若返り医薬や整形手術に多額のお金をつぎ込んでいますが、
いくつになっても化物のように若いという人はいないですよね。

プエルトリコのポンセ・デ・レオン像
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実際、上記の「若者の血の輸血」についても、科学ニュースメディア、
「Science Daily」によると、高齢者(平均66歳)に、17~20歳から
提供された血液が輸血された場合、40~50歳から提供された血液の
場合に比べ、輸血単位あたりで8%、死亡のリスクが高かった
という調査結果が報告されたりもしているんです。

さて、話変わって、「若返りの泉」の伝説は世界各地にあります。
最も有名なものは、16世紀、スペイン人の征服者の一人、
ファン・ポンセ・デ・レオンが探したとされるものでしょう。この人物、
日本ではあまり知られていませんが、彼が現在のプエルトリコを征服した際、
現地の人々から、北アメリカにあるという若返りの泉の話を耳にしました。

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征服を重ねるたび、どんどん物質的に豊かになっていったポンセですが、
肉体の衰えを感じ、泉を探し求めてフロリダ半島に初上陸します。伝説では、
彼はついに泉を見つけることはできず、先住民族との戦いで毒矢を受けて
死亡します。彼が最初に上陸したフロリダ州セントオーガスティンには、
それを記念し、「若返りの泉 国立遺跡公園」が作られました。
この話、アメリカではかなり有名なんです。

この他、世界の「若返りの泉」伝説ですが、じつは、若返ることによって
幸せになったという話ってあんまりないんですよね。日本の
「若返りの水」の民話では、最初にじいさんが若返りの泉を山中で見つけ、
20歳の青年になって家に戻ってきた。そこで、ばあさんが
場所を聞いて山に出かけるものの、いつまでも帰ってこない。

松尾芭蕉
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じいさんが探しに行くと、泉のほとりで赤ん坊の泣き声がした。
ばあさんが、もっともっと若くなりたいと泉の水を飲み続けた結果、
とうとう赤ちゃんに戻ってしまったんですね。しかたなく、若者のじいさんは、
赤ん坊を一人で育てなければならなくなった・・・こういう結末でした。

さてさて、「老いを受け入れる」というのは、大切なことだと思います。
それは、自然の摂理を受け入れることでもあります。江戸時代は
平均寿命が短く、俳聖、松尾芭蕉は50歳で亡くなっていますが、
40代で「翁 おきな」と門人から呼ばれました。

まあそれは、尊敬の意味が強かったんでしょうが。芭蕉は老境の中で
「わび・さび」の美意識を構築していきましたが、齢を重ねることによって、
自意識を消して自然と一体になれるなど、見えてくることもあるんだと
思いますね。では、今回はこのへんで。

『若返りの泉』部分 ルーカス・クラナッハ 
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