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新年のごあいさつ

2020.12.31 (Thu)
謹んで新春のお慶びを申し上げます

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本年もどうぞよろしくお願いします   bigbossman













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アーカイブ 大晦日の話

2020.12.31 (Thu)
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今回はこういうお題でいきます。早いもので明日は大晦日。
明後日は元旦になります。みなさんのご予定はいかがでしょうか。
家でゆっくりテレビを見て、それから年越しそばを食べて・・・
という方もおられるでしょうし、中には、

富士登山に行って、初日の出を見るなどという方もおられるかも
しれません。富士登山は自分も10年ほど前に行ったことが
ありますが、すごい混雑で、山頂まで人が連なっていました。
現在もあんな感じなんでしょうか。

富士山 初日の出登山の行列
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さて、前に5ちゃんねる掲示板の怖い話のスレに、
「年の変わる瞬間に鏡を見てはいけない」といった内容の話が
投稿されていました。先祖代々、そういう言い伝えがあるという
設定になっていましたが、でも、12月31日が大晦日とされる
ようになったのは、明治以後、太陽暦が採用されてからのことです。

大晦日、あるいは元旦というのは、江戸時代までの太陰太陽暦
でないと、本来は意味をなしません。太陰太陽暦では、
30日の大の月、29日の小の月があり、その年によって、
12月29日または30日が大晦日になっていました。

また、実際の時期も1ヶ月ほどズレていて、来年2020年の
旧正月は1月25日の土曜日で、中国をはじめ、中華文化の強い
国では、こちらのほうを大々的に祝う風習が今でも残っています。
さて、大晦日は新しい「年神様」をお迎えするための準備の
日なんですが、年神様っていったい何なんでしょうか。

江戸時代の歳徳神
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これは、毎年、正月に各家にやってくる来訪神としての性格を
持っていて、日本神話では本来、男性の神様でした。それが、
中世ころからでしょうかね、年神様は女性ということにされ、
江戸時代には女性の絵姿がつくられるようになりました。
なぜそうなったかの理由はだいたいわかってるんですが、

説明すると長くなるので今回は割愛させてください。年神様は、
「歳徳神 としとくじん」とも呼ばれ、「頗梨采女 はりさいじょ」
という女性神と考えられることが多いですね。
頗梨采女は、牛頭天王のお后の母親で、龍神の娘です。

素戔嗚命と櫛名田姫
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また、牛頭天王の正体が素戔嗚命であることから、
「櫛名田比売 くしなだひめ」とも考えられています。
櫛名田比売はご存知と思います。出雲の国で八岐大蛇の生贄に
されそうになっていたのを、素戔嗚命が助け、自分の妃としました。
大晦日までに、この年神様をお迎えするための準備をするんです。

大掃除(大祓)をするのもこのためですし、大晦日当日は「除夜」
といって、朝まで起きている習わしでした。また、年神様が来る
方角は毎年決まっていて、それを「恵方 えほう」と言います。
2020年の恵方は西南西の方角ですが、これは太陰太陽暦で
計算されたものなので、現代でどれほど意味があるかは疑問です。

追儺の方相氏
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平安時代ころには、宮中では大晦日の日に「追儺 ついな」の
儀式が行われました。追儺は「鬼儺 おにやらい」とも言い、
手に戈を持った四つ目の「方相氏 ほうそうし」が
四方八方を回って魑魅魍魎を追い祓います。これが、
民間では大掃除になったと言ってもいいかと思います。

さて、大晦日は「おおつごもり」とも言い、江戸時代の庶民に
とっては大変な日でした。当時の生活必需品の米、薪、炭などは
掛売り、つまり借金で、支払い方法は盆と暮れの二季払い。
特に大晦日は一年の総決算で、貸したほうも返すほうも
走り回って、悲喜こもごもの話が生まれました。

2020年の恵方(64方位のため 西南西やや西より)
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井原西鶴の浮世草子『世間胸算用』はお読みになったでしょうか。
ある年の大晦日の1日を年末の風物とともに描いていて、
貸し手と借り手との駆け引きが20話の短編になっています。
内容はきわめて面白く、また江戸の風俗もよくわかるので、
もっと教科書などで取り上げられてもいいと思いますね。

さて、古典落語でも大晦日をあつかったものは多く、「芝浜」
「掛取万歳」 「尻餅」なんかが有名ですね。「掛取万歳」は
大晦日に来た借金取りを、借金取りの好きな歌舞伎、狂歌、義太夫、
三河万歳などを使って煙に巻き、追い返そうとする筋で、
落語家が音曲につうじてないと演ずることができません。

江戸時代の餅屋
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「尻餅」は、貧乏所帯の亭主がおかみさんに「あそこの家は貧乏で
餅屋も呼べないと思われてる。何とかしておくれ」と言われ、
夜半になって餅屋のまねを始める。やがて興が乗ってきて、
おかみさんの尻をぺったんぺったんと叩き始める・・・という
かなりバレた内容でした。

さてさて、現代では、25日にクリスマス、大晦日に仏教の除夜の
鐘を聞いてから、神道の初詣に出かけるというように、
いろんなものがごちゃまぜになっているとはよく言われますが、
自分はその原因の一つには、太陰太陽暦が西洋式の
太陽暦に変わったことがあるんじゃないかと思ってます。

七夕をはじめ、太陰太陽暦でやる年中行事を太陽暦でやると、
形だけになってしまって、天文的、暦的な呪力が
失われてしまうんですね。以前は旧暦でやるところも
ありましたが、どんどん新暦に変わっていっています。
では、今回はこのへんで。

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アーカイブ もちのオカルト

2020.12.31 (Thu)
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東京都内で1日から2日にかけ、餅をのどに詰まらせて
27~99歳の男女17人が搬送され、このうち80代男性と
90代女性の2人が死亡したことが2日、東京消防庁のまとめで
分かった。17人のうち、60代以上が12人だった。
同庁によると、1日、昭島市の80代の男性が雑煮の餅をのどに

詰まらせ、搬送先の病院で死亡。2日には品川区の90代女性が
餅をのどに詰まらせて心肺停止となり死亡した。東京消防庁は、
「餅は小さく切って、食べやすい大きさに。乳幼児や高齢者と
一緒に食べる際は様子を見るなど注意を払ってほしい」
と呼びかけている。
(産経新聞)

今回はこういうお題でいきます。これ、じつは去年のニュース
なんですね。正月の1、2日で、東京都だけで17人が
もちをのどに詰まらせて救急搬送され、そのうち2人が死亡。
今年のニュースは明日あたりに出るんじゃないでしょうか。

ちなみに、不慮の事故のうち「窒息」が原因となる死亡者は、
年々増加していて、現在は約1万人。2006年に交通事故の
死者数を追い抜いています。右肩上がりの原因は、もちろん
高齢化によるものですが、それにしても1万人は多いですね。
ただし、このすべてがもちによるというわけではありません。

さて、のどにもちを詰まらせた場合、掃除機で吸い出せばいい
などと言われますが、これって正しいんでしょうか。
じつは、医療関係者はこの方法は勧めてないんですね。
こういう場合、本人はもちろん、周囲の家族もあわてていて、
逆にノズルで押し込んでしまうことがある。

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また、ノズルで舌を吸い込んでしまったり、気管や食道に
傷をつけて出血したり、ホコリなどのために肺炎を起こしたり
などのケースが考えられ、二次被害を起こしてしまう。
ただし、最後の手段として、細くなった吸引専用ノズルを
使って救命するのはありかもしれません。

一般的に勧められているのは「腹部突き上げ法」。両こぶしを
みぞおちにあてて押し込み、そこから上に向かって突き上げる
方法です。あとは「背中叩き法」などが推奨されています。
もちろん、救急車を呼ぶのも並行して行いましょう。

とち餅 現代のものはもち米も使われています
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さて、もちの歴史ですが、なかなか難しいんです。というのは、
例によって、もちの定義がきわめてあいまいだからです。
狭義のもちは、日本の場合「もち米を蒸し、杵などで搗きあげて
粘り気を出したもの」ですが、現在のこの形になったのは、
早くても古墳時代と見られています。

それ以前には、あわ餅、ひえ餅、とち餅など、雑穀や木の実を
原料にしたもちが食べられていました。ドングリ、トチなどを
もち状にして食べるのは、縄文時代にはすでにあったようです。
トチの実を煮てからアク抜きをし、粉にしたものを練ればとち餅に
なりますが、このアク抜きにすごい手間と時間がかかります。

きびだんご これももちの一種
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それでも縄文時代にあっては貴重な食料で、クリ、ナラ、トチ   
クルミなどの落葉広葉樹林が多かった東日本のほうが
縄文時代には食料が豊かで、人口も多かった。それが
水稲耕作の伝播によって弥生時代に逆転します。

さて、もちは神道では「ハレ」の場で食されるものとされ、
正月などの節句、あるいはめでたい式のときに飾って神に
ささげられ、参会者に配られるようになりましたが、
これも、起源はそれほど古いものではないようです。

上記したことと関係があるのかもしれませんが、ハレの場で
餅を食べる習慣は西日本で始まり、関東では正月には、サトイモ、
ヤマイモなどが食べられていました。芥川龍之介の短編
『芋粥』は、『今昔物語』から着想を得たものですが、

神道でもちが飾られるのは、そう古いことではありません
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あのような形で、関東ではイモ類が食べられていたようです。また、
もちの形も、西日本が丸いのに対して、東日本は四角いとされます。
あと、もちの語源としては諸説あり、一つは、狩猟用のトリモチ
の原料となるモチノキという植物がありますが、粘り気があって
モチモチしたものをもちと言うようになったという説。

もう一つは、日持ちがし、保存食になるのでもちと言うようになった
という説で、よくはわかりませんが、自分的には前者かなと思います。
さて、日本は中国から多くの文化を取り入れていて、中国では、
もち米を使ったもちはありましたが、主流ではなかったんですね。

月餅という中国のお菓子がありますね。あの原料は小麦粉です。
小麦粉などの粉を使ったもちは「練り餅」と呼ばれ、
お月見をする中秋節では、中国では大量の月餅を積み上げて
お供えします。これが日本に入って、米や米粉を使った
月見団子に変化していきます。

月餅 中国でもちと言えばこちら系
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さて、ぜんぜん怖い話にならないうちに終わってしまいそうです。
「月ではウサギがもちを搗いている」という話があり、
地球から見える月の地形をそのように表現しているんですが、
これも中国由来です。中国では、古代から月にはウサギが
住んでいると考えられ、これを玉兎と言います。

ただ、一般的にはヒキガエルのほうが有名です。「嫦娥奔月」
という中国の古話があり、嫦娥(じょうが)という女の仙人が
西王母から不老不死の薬を盗んで月に逃げたが、不老不死には
なったものの、体がヒキガエルに変わってしまい、
一人寂しく月宮殿で暮らしているという伝承です。

中国古代のもちを搗く月のうさぎ
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さてさて、陰陽道の最高の奥義書に「金烏玉兎(きんうぎょくと)集」
があり、インドで文殊菩薩が書いたものとされます。日本では
安倍晴明が秘蔵しており、晴明は道摩法師に殺されてしまいますが、
この書物の呪力でよみがえったことになっています。
書名の金鳥は太陽、玉兎が月を表しています。

ということで、もちから月の話になってしまいました。
当ブログの読者の年齢層がどのへんかはよくわかりませんが、
もちの事故には十分お気をつけください。もち米をそのまま搗いた
もちより、もち米粉でつくったもちのほうが噛み切りやすく、
喉に詰まらないとも言われますね。では、今回はこのへんで。

「金鳥玉兎集」
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緑の芋虫の話

2020.12.30 (Wed)
※ ナンセンス話です。

今晩は、俺、右田と言って、都内の某大学の2年です。
これからする話なんですが、現在進行中で、友だちが一人行方不明中
なんです。あ、そいつの名前、今のところ佐々木ってことにしときます。
もし見つかったら、もう一度ここに来て本名とかも話しますよ。
あれは2週間前の月曜ですね。俺と佐々木は同じ学部で、授業が
ほとんどいっしょなんで、いつも隣に座って、たまに代返して
もらったりもしてるんです。いや、実際に返事するわけじゃなく、
回ってくる出席簿に丸つけるだけですけど。で、その日、昼に
学食に行ったとき、佐々木がこんなことを言い出したんです。
「なあ、星を見る会って聞いたことあるか」 「いや、全然、けど、
 星を見るんだから天体観察とかする会なんじゃね」 

「ああ、最初は俺もそう思ったんだけど、何か違ったんだよな・・・」
「気になる言い方だな。最初から話してみろよ」 「うん。先週の
 日曜だ。夕方5時ころ、バイトに行こうとしてアパートの廊下に
 出たんだよ。でほら、俺のとこって、廊下から外が見えるだろ。
 何気に下を見ると、若い女の子が前の道を遠ざかってくとこでな、
 そうだな、電柱2本分くらい離れてたけど、その子、ふっと立ちどまって
 ふり向き、こっちを見上げるようにしてお辞儀したんだよ」
「ふうん、じゃ知り合いなのか」 「それが、離れてて顔ははっきり
 しなかったけど知らない子だと思った」でね、俺らの学部って
 核物理学が専門なんで、女子ってほとんどいないんですよ。
「じゃあそれ、お前がバイトしてる居酒屋のお客さんなんじゃないか」

「俺も最初はそう考えたんだけど・・・ でな、そんときは見なかったが、
 10時過ぎにバイトが終わってアパートに持ったとき、自分の集合ポストを
 見たら、チラシっていうか、厚紙のカードが一枚入ってたんだ」
「今 持ってきてるか」 「ああ」ということで見せてもらったのが、
ハガキより少し大きいくらいのカードで、片側は1面の星空の写真。
その裏に、たぶんクレヨンの手書きで「星を見る会へのお誘い」と
大きく書かれてて、その下に日付と場所があったんです。
「全部手書きだな。日時は水曜の夜9時、場所は〇〇運動公園のジョギング
 ロード右手の林・・・」この〇〇運動公園というのは、一つの丘全体を
 区で開発して、メインが陸上競技場で、その回りにジムやら、
 ジョギングのコース、ドッグランなんかがあるところです。

あと、そのカード、俺の見たところ全部パステルカラーのクレヨンの手書きで、
マンガ字っていうか、女の子が書いたもののように思えました。
でね、一番下に奇妙な絵がついてて・・・黄緑と青の細長い生き物。
触手が何本も出た、芋虫か、ウミウシっていうのかな、それに見えたんです。
「うーん、怪しさ爆発だよな。新興宗教かなんかのカルトの会にも思える。
 お前、これ行ったのか?」 「ああ。気味悪い感じもしたけど、
 あの公園は街灯がたくさんあって夜も明るいだろ。だからちょっと
 様子を見て、変だったら戻ってくればいいと思って。その日はバイトも
 なかったし」 「で、どうだった」 「バイクで坂を上って駐車場に入ると
 車はほとんどなかったし、もちろん競技場は閉まってた。ジョギングロードは、
 前はその時間でも走ってる人がいたけど、寒くなったせいか誰もいなかった。

 で、ジョギングロードに入ってコースの半分くらいまで行くと、
 右手の林の中がぼうっと緑色に明るかったんだ。芝生の中に人が
 10何人か立ってるのが見えた」 「んで」 「そっと近づいて
 木の陰から見てたんだよ。そしたら、怪しい感じの人には思えなかったんだ。
 品のいい感じの老夫婦とか、スーツ着た真面目そうな人とか、
 新興宗教とは思えなかった。それで、4人に一つくらい、三脚のついた
 天体望遠鏡があって、小声で話しながら かわりばんこにそれをのぞいてた」
「やっぱ、天体観測の会じゃん」 「ああ、けど、俺はぜんぜんそんな趣味は
 ないし、場違いだと思ってそっと帰ろうとしたんだ。で、ふり向いたとき
 背中をトントンと叩かれた」 「で」 「若い、高校生、いや中学生くらいに
 見える、白いダウンジャケットを着た女の子だった」

「お前のアパートに着た子か」 「そんときははっきりしなかったが、
 後で聞いたら、俺んとこのポストにカードを入れたのはやっぱその子
 だった」 「で」 「それから、その子に連れられて、芝生の奥にある
 ベンチに座って話したんだ」 「で」 「大ざっぱに言うと、この会は
 ネットで知り合った天文観測愛好者の集まりで、季節ごとに1回
 集まって星を見て、その後ファミレスで食事をして終わる、
 それだけの会だって」 「カルトってわけでもないんだな」
「ああ、そのときはそんな様子じゃなかった。で、何で俺んとこに
 カード持ってきたか聞いたら、その子は笑って、あなたは命の恩人だから
 なんて言うんだよ」 「えー、その子を助けた心あたりとかあるのか?」
「いや、全然。だから、どういうことですかって聞いた。そしたら」

「そしたら?」 「そっからがわけわからない内容で。俺が小学校
 2年のときだって言うんだ。そんな子どものときのことなんか、 
 ふつう覚えちゃいないよな。だから、どう助けたのかさらに聞いたら、
 その子が着地に失敗してひっくり返ってたとこを俺が見つけて
 起こしたらしいんだ。・・・まあここまでなら、木登りから
 落ちたとかと思うだろ。ところが、私たちの種族は仰向けになると
 自力では起きれないで、そのまま死んでしまうこともある。
 助けてもらえたのは、あなたが私たちと同じ血を引いてるからって。
 どう考えてもおかしいだろ。それで、適当なことを言って帰ろうと
 した。したら、その子は真剣な顔になって、これ見てと言って、
 自分の右手の人差指を上にかざした。すると、

 その指全体が緑、蛍光グリーンに光ったんだよ。コンサートとかで
 使うペンライトみたいに」 「実際にペンライト持ってたんじゃないか」
「いや、指だった。で、その指で俺の右手の人差指に触ったら、俺の指も
 同じ色に光りだしたんだよ」 「まさか! お前ちょっと指見せてみろ」
でも、どっからどう見ても普通の指だったんです。「それでどうなった」
「俺が呆然としてると、その場にいた人たちは望遠鏡をのぞくのをやめ、
 上を見上げ、右手を高く上げて指をふり出した。そしたら若い人も
 年寄りも、みな同じように指先が光ってて・・・」
「ありえねえ、嘘つくなよ」 「ほんとうなんだよ。で、その子が
 さあ、と言って俺の手を取って上にあげさせ、ゆっくりと横に
 動かした。そしたら、全員の視線が集まってる夜空の方向に、
 
 一瞬だけ巨大なものが見えた」 「宇宙船とかか」これはもちろん
バカにした口調で言ったんです。そんなの信じてないぞって。けど、
佐々木は真面目な顔で「いや、宇宙船じゃない。でかい、電車ほども
 ある芋虫・・・カードの絵についてるやつ」 「いいかげんいしろよ!」
だってねえ、そんなのありえないし、C級のSF映画の筋みたいじゃないですか。
ただ・・・佐々木はふだんから、その手の冗談は言わないやつだったん
ですけども。で、佐々木は立ち上がって、「やっぱ信じないか。
 じゃあいいよ」そう言って、まだほとんど食べてない学食のお盆を
持って、返却口に向かったんです。「おい、待てよ」そう呼んでも、
佐々木は乱暴な調子で食ってないカレーを生ゴミ口にぶちまけて、
足早に出てっちゃったんです。でね、それが佐々木を見た最後で、

以来ずっと行方不明のままなんです。やつの両親が上京してきて、
警察に捜索願を出したってことです。あとね、こっからは後日譚なんですが、
ほら、俺ら核物理学やってるって言ったでしょ。ガイガーカウンターを
借り出して、佐々木の指をつかんだ俺の手を測定してみました。
そしたらごくかすかだけど反応があったんです。それと、
運動公園の芝生、そこにも行ってみました。カウンターは反応しません
でしたけど・・・短い草がジグザグに同じ方向に倒れてて、
信じられないですが、何か巨大なものが這った跡にも思えました。
それと、ところどころ草に緑色の粘液みたいなのがこびりついてて・・・
これ、どういうことなんですか。とにかく不気味で。
佐々木はいったい どこへ行っちゃったんでしょうか。

スペースクリッター

 





タバコとオカルト

2020.12.30 (Wed)
アーカイブ533

『マルタの鷹』ハンフリー・ボガート
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今回はこういうお題でいきます。みなさんはタバコを吸われるでしょうか。
自分は以前は吸ってたんですが、2年半前に大病をしまして、
それ以来、禁煙中です。いったん止めてみると、他人が吸ってる臭いに
すごく敏感になりますね。で、そのときの体調によって、
「ああ嫌だ」と思うときも、「また吸いたい」と思うときもあります。

タバコを吸う人は、以前にくらべてずいぶん少なくなりました。
喫煙率の推移を見ますと、1965年に男性で82%の人が吸ってたのが、
2018年では28%にまで減少しています。昔は、電車やバス、
病院にも灰皿があったので、隔世の感がありますね。

さて、タバコをあつかったホラー小説や映画は少ないんです。
パッと思い浮かんできません。というか、映画やテレビは、かなり前から
タバコを吸うシーンが出てきませんよね。もし出てきても、
「何だお前、まだそんなことやってるのか!?」みたいな感じで、
肯定的にあつかわれることはありません。

『The Long goodbye』


特に、ハリウッド映画は徹底してます。まあ、訴訟社会のアメリカですから、
肺癌になった人から、「あの映画の影響でタバコを吸い始めた」とか、
ありえないイチャモンをつけられる可能性も、なくはないんでしょう。
フランス映画も、今はタバコに関してはかなり厳しいですね。
その他の国の映画では、ときおり喫煙のシーンも出てきます。

さて、少しだけタバコの歴史をふり返ってみると、南米のアンデス山脈地方が
原産地で、7世紀のマヤ文明には、すでに、噛みタバコ、嗅ぎタバコ、喫煙の
どれもがあったようです。それが15世紀、コロンブスらスペイン、
ポルトガル人によって、世界にあっという間に広がりました。

クリストファー・コロンブス
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これは間違いのない歴史なんですが、このときタバコといっしょに
性病の梅毒も世界に広まったという話があります。
ただ、こちらはタバコと違って議論があります。
日本には16世紀、豊臣秀吉の時代、ポルトガル商人によってもたらされた
と考えられています。わずか100年で日本まで到達したわけです。

ちなみに、これは鉄砲の伝来と同時期なんですが、その後、
日本の現在までの、タバコと鉄砲を原因とする死亡者数を比較すると、
タバコによる死者のほうが圧倒的に多いというような話もあります。
これなんかも、なかなか面白い視点だと思います。

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江戸時代に入って、タバコには何度も幕府からの禁令が出ています。
まず一番には、失火の原因になるということです。江戸の町は木と紙でできて
ましたから、火は大敵です。また、農民に対しても、タバコの作付は
米作りの妨げになるとして禁じられたんですが、すべてなし崩しになって
しまいました。それだけ中毒性が強いということですね。

さて、この日本へのタバコの伝来を小説にしたのが、
芥川龍之介の『煙草と悪魔』です。原稿用紙数枚の短い話で、有名なので
ご存知の方も多いと思います。いちおう簡単にご紹介すると、
宣教師フランシスコ・ザビエルの後について、悪魔が日本にやってきました。

悪魔は畑を借り、耳の中から取り出した種を蒔いて熱心に世話を始めた。
やがてその植物は紫のきれいな花を咲かせた。
そこへ牛商人が通りかかり、悪魔に花の名を尋ねました。
悪魔は、「それは教えられないが、一つ賭けをしないか。
もしお前がこの名を当てられたら、何でも望むものをやろう」

芥川龍之介
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商人が承知すると、悪魔は恐ろしい正体を現し「そのかわり、当てられない
場合はお前の魂をもらう」。この後、商人は知恵を絞って植物の名を当て、
悪魔からその植物を得ます。一見、悪魔が敗北したように見えますが、
実は悪魔の本当のねらいは、日本にタバコという害悪を広めることであった・・・

だいたいこんなお話です。芥川龍之介は超の字がつくヘビースモーカーで、
当時の、両切りでニコチンもタールも今とは比較にならないほどきつい
ゴールデンバットを、1日180本も吸っていたそうです。9箱ということですね。
自殺しなかったら、何らかの肺疾患になっていた可能性が高いでしょう。

さて、ここまででだいぶ字数を使ってしまいました。もともと、喫煙は
宗教・神事と深い関係があります。マヤ文明などでは、儀式のときにタバコを吸い、
コカの葉を噛み、カカオ(チョコレート)を飲んでいたようです。
アルゼンチンで発見された、インカ文明の子どものミイラはからは、
大量のコカの成分が発見されています。

インカの生贄少女のミイラ
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このミイラは生贄として生き埋めにされたんですが、恐怖心をまぎらわせ、
神への信仰を高めるために、薬漬けにされていたようです。
このように、タバコをはじめとする植物アルカロイドは、
幻覚、幻視、変性意識を獲得するための手段だったんですね。

さてさて、タバコの健康への害が立証されたのは20世紀の後半です。
それまで、タバコと健康の関連性は、それほど考えられていませんでした。
宮沢賢治の父親が書いた文章に、「賢治が隠れてタバコを再開した。
結核が再発したに違いない」というものが残っています。

宮沢賢治


当時は、タバコは結核の薬になるという認識があったんでしょう。
やはり隔世の感があります。あと、賢治の作品には、狐が出てくるものが
数編ありますが、狐や狸に化かされないためには、
タバコをふかして煙を吹きつけるとよい、なんて話もありますね。
では、今回はこのへんで。

パイプタバコを吸うマヤの神
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西洋魔術の3つのルーツ

2020.12.30 (Wed)
アーカイブ532

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今回はこういうお題でいきます。カテゴリはオカルト論です。
西洋魔術は、映画や小説、ゲームによく登場しますが、
日本で西洋魔術の成り立ちについて理解している人って、
じつはあんまりいないんですね。なぜかというと、
これには西洋の歴史の大きな流れが深く関連しているからです。

さて、どれからいきましょうか。まず西洋魔術の一つ目のルーツは、
キリスト教以前の土着宗教です。最盛期には、
西ヨーロッパと中央ヨーロッパの大部分に広がっていたケルト民族は、
ローマ帝国による征服とキリスト教への改宗により、
だんだんに結束力を失って、それぞれの地域に同化していきました。

古代ケルトのイメージの強い、トールキンの『指輪物語』
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古代ケルト宗教については、残念ながら文字資料が残っていません。
そのため、考古学的な遺物から推測するしかないんですが、
ドルイド教は古代ケルト宗教の一つで、イギリスにあるストーンヘンジ
などは、ドルイド教のモニュメントです。

ストーンヘンジ
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1812年、ドイツのグリム兄弟が民間伝承を採集して
『グリム童話』にまとめましたが、あれに出てくる魔術のほとんどは
この土着宗教由来のものです。魔女の呪いによって王子がヒキガエルに
変えられたり、お姫様が永遠の眠りについたりするような内容ですね。

関連記事 『怖い童話について』

実際は、ここに出てくる魔女は民間療法師のようなもので、
村の外れに住んでいて、病気になった村人に薬草を処方したり、
失せ物を探したり、転居や結婚の吉凶を占ったりしていました。
この形の拝み屋はアフリカや南北アメリカ大陸など、
世界各地に存在し、日本でも昭和初期まで残っていたんです。

グリム童話の魔女のイメージ
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この、いわゆる「魔女」たちは、キリスト教によって
大弾圧を受けます。悪魔の力を借りて術を使っているとされたんですね。
そして悪名高い魔女狩りが始まり、一説には、全ヨーロッパで
推定4万人から6万人が処刑されたと言われています。

ですが、魔女たちはもちろんキリスト教の悪魔の力を借りていた
のではなく、上記のように古代から伝わる民間治療を行っていただけでした。
魔女の集会「サバト」があり、そこに悪魔が降臨して乱交するなどと
いうのは、魔女たちに濡れ衣を着せるため、
キリスト教によってつくられたイメージなんです。

魔女の宴「サバト」
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次、2つ目は古代ギリシアの自然哲学に由来するものです。
みなさんも、アリストテレス、プラトン、アルキメデス、ピタゴラス等々、
ギリシャ哲学者についてご存知だと思いますが、
その知識は古代ローマに受け継がれました。

関連記事 『サバトと黒ミサ』

ところが、392年、ローマ帝国のテオドシウス帝がアタナシウス派
キリスト教を国教とし、それ以外の宗教、宗派を禁止したため、
それらの知識は失われてしまったんですね。ギリシャ哲学者の著書の
中には、禁書になってしまったものもあります。そのあたりのことを
描いたのが、ウンベルト・エーコの歴史推理小説『薔薇の名前』です。

それらの叡智は完全に消え去ってしまったかというと、そうではなく、
中東やエジプトなどのオリエント地域に残り、
独自の発展をとげていました。それが、聖地エルサレム奪還のために
12世紀から始まった十字軍遠征により、
ヨーロッパ社会に再発見されることになります。

錬金術師のイメージ
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天文学、占星術、錬金術、医術、数学などの知識が、
キリスト教によって、自然科学的には暗黒社会となっていた
西ヨーロッパに、どっとばかりに流れ込んだんですね。ですが、
錬金術で卑金属を金に変えるのは不可能ですので、錬金術師は
貴族に取り入るため、さまざまなイカサマ手口を発明しました。

現在に残る「魔導書」と言われるものの多くは、そういった錬金術師が、
王侯貴族をだまくらかすために書いたものなんです。
最初に書いた土着宗教由来の魔術が民衆のものだとすれば、
2つ目のルーツは、当時の知識層がつくりだしたものということです。

さて、最後の3つ目ですが、これはキリスト教で信じられた悪魔の力を
借りて行うもので、神に反抗する行為です。
「召喚魔術」などとも言いますね。ある特定の悪魔を呼び出し、
その力を使って自らの目的を達成しようとするものです。

ファウスト博士と悪魔メフィスト・フェレス
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ゲーテが書いた有名な戯曲『ファウスト』は、典型的な悪魔召喚の物語で、
年老いた学者で、学問しかしてこなかったファウスト博士のもとに
悪魔が現れ、現世で人生のあらゆる快楽や悲哀を体験させると
約束します。そのかわりに魂をささげなくてはなりません。

悪魔との契約は悲劇的な結末で終わることが多いんですね。
ちなみに、ファウスト博士は実在した錬金術師で、実験中に爆死し、
五体がバラバラになってしまったため、悪魔の力を借りて
研究を行っていたため破滅したのだと噂されました。

さてさて、ということで、ここまでのまとめをすると、西洋魔術のルーツは、
① 古代から伝わる民間信仰に由来するもの
② 古代ギリシア、ローマ時代の自然哲学に由来するもの
③ キリスト教の悪魔の概念から派生したもの
  となりますが、

この3つのことは、それぞれに影響を与え合っています。
まあ実際には、西洋魔術はこれ以外にも、ロマ(ジプシー)のものや、
ロシア・東欧系のものもあるんですが、この3つの基本を押さえておけば、
大きく間違えることはないんじゃないでしょうか。

西洋魔術の世界を見事に再構築した『ハリー・ポッター』シリーズ
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例えば『ハリー・ポッター』シリーズを見ても、暖炉を使って移動するなど、
ほとんどは①ですし、「賢者の石」なんかは②からのものです。
ただ、作者のJ・K・ローリングが慧眼だったのは、③を注意深く排除して、
キリスト教側からの非難を最小限にとどめたことです。
やはり成功する人は頭がいいですね。では、今回はこのへんで。

『関連記事 『ハリー・ポッターとキリスト教』





「ヌシ」の話

2020.12.29 (Tue)
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石ノ森章太郎 『龍神沼』

今回はこういうお題でいきます。オカルト論で民俗学的な
内容なんですが、これについてのまとまった研究ってほとんど
ないんですよね。Wikiにも本項で取り上げる意味での項目は
ありませんでした。ですから、どんなことが書けるか、
いまいち不安です。

さて、「ヌシ 主」ですが、もともとは「大人 うし」という
言葉で、それが短縮されたもののようです。日本の神の名前には、
この主がつくものが多いです。例えば「大国主命」、
この場合の主は「ある領域を支配する者」という意味で、
大国主は、広い領域の支配者、王であったことがわかります。

で、今回取り上げるのは神様の話ではなく、「池のヌシ」
などと呼ばれるものについてです。例えば、ある池で巨大な鯉が
釣れた場合、「これはこの池のヌシだな。祟りがあるかもしれない
から逃してやれ」などと言われたりします。

仏教の善女龍王
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自分が考えるヌシの特徴ですが、まず一つめは、水との関係が
深いことです。もちろん、山のヌシの大百足とか大猪といった
話もないわけではないんですが、自分が見聞きしたところでは、
やはり、湖、池、沼、淵、井戸など、水域にヌシがいる場合が多い。

これはどうしてなんでしょうかね。やはり山だと、岸に囲まれている
水域よりも、境界がはっきりしにくいということが
あるかもしれません。山の場合、ヌシというより神が支配している
場合が多いでしょう。倭健命は、白い大猪の姿をとった伊吹山の
神と戦って敗れ、それがもとで亡くなります。

伊吹山の神と倭健命
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で、その水域の広さによって、ヌシのグレードも違ってきます。
大きな湖だと、ヌシは龍や大蛇などの大物になります。
それに対し、沼や井戸のヌシは蛙なんかの小物の場合が多い
ようです。後で実例をあげてみます。

二つめの特徴としては、ヌシは女性の場合も多いということです。
有名なのが、秋田県に伝わる「辰子姫伝説」ですね。日本一
水深があるカルデラ湖、田沢湖がまだ田沢潟と呼ばれていたころ、
近くの村に、まれにみる美しい娘、辰子がいました。

田沢湖と辰子像
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辰子はその美しさと若さを永久にたもちたいと考え、ひそかに
大蔵観音に百日百夜の願いをかけます。満願の夜、「北に湧く泉の
水を飲めば願いがかなうであろう」とお告げがあり、辰子は、
わらびを摘むと言ってひとりで家を出て、峠を越え、

深い森の道をたどって行くと、岩の間に清い泉がわいているのを
見つけます。喜び、手にすくい飲むと、なぜかますます喉が渇き、
ついに腹ばいになり泉が枯れるほど飲み続け、
ふと気がつくと、辰子は大きな龍になっていました。龍になった
辰子は、田沢潟の主となって湖底深くに沈んだ・・・

ヌシは亀やカニなどの場合も
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だいたいこんな話です。ちなみに、干拓された八郎潟のヌシは
八郎太郎という男です。龍(蛇)の場合、人間が見ても
齢をとってるかどうかはよくわからないので、辰子の
永遠の若さをたもちたいという願いはかなったことになります。

あと、サムネイルになっている画像は、漫画家の石ノ森章太郎氏、
初期の代表作『龍神沼』からのもので、龍神沼は森の中の
小さな沼ですが、少女の姿をとる龍が棲んでいて、
悪巧みをした村長らに罰を与えようとします。

大鳥池で捕獲された岩魚?の魚拓 70cm
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さて、次に井戸のヌシの話。江戸時代のこと、ある旗本が、
屋敷の敷地にあった、さわってはいけないと昔から封印されている
井戸を、禁を破って用人に水を浚わせました。すると、
泥に混じって幼児ほどもある蛙と、それより小さい蛙3匹が
出てきたので、旗本は用人に殺させます。

すると、その晩のうちに、用人は自分の舌を噛み切って死亡。
また次の夜、旗本は布団の中で短刀で喉を突いて死亡。
どちらも自害に見えましたが、死ぬ理由がないので、これは
井戸のヌシの蛙の祟りだろうと人々が噂した・・・
こういう内容が『藤岡屋日記』という商人の日記に出てきます。

さて、最後に、実際にいるかもしれないヌシの話。先日、漫画家の
矢口高雄氏の訃報が入ってきましたが、氏の『釣りキチ三平』には、
夜泣谷の怪物、 O池の滝太郎、古沼の大怪魚などの巨大魚、
怪魚が登場します。O池というのは山形県鶴岡市の大鳥池のことで、
タキタロウはイワナの仲間と推測されています。

巨大両生類 オオサンショウウオ
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自分は以前は渓流釣りをやってましたが、今は忙しくて
ほとんど行けません。その前、中学校のときは鮒釣りなどをしてて、
家の近くの三日月湖に行くと、大きな鯉の回りに小魚が集まって
群れのようになり、回遊してるんですね。そういうのが
ヌシ伝説につながっているのかもしれません。

さてさて、ということで、ヌシについて見てきました。これは
UMAとも関係がある内容で、富士五湖のうち河口湖、本栖湖には
数mにもなる巨大魚がいるとも、魚ではなくオオサンショウウオ
だという話もあります。では、今回はこのへんで。

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妖怪博士はどんな人?

2020.12.28 (Mon)
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今回はこういうお題でいきます。オカルト論です。
さて、みなさんは「妖怪博士」と聞くと、何を思い浮かべられ
ますでしょうか。ホラーに詳しい方なら、イギリスの小説家にして
魔術師であった、アルジャノン・ブラックウッドの作品に登場する
妖怪博士ジョン・サイレンスかもしれませんね。

短編シリーズの主人公です。ブラックウッドが慧眼だったのは、
当時イギリスで大流行していたシャーロック・ホームズ物の
スタイルをホラーに取り入れたことです。一人の知的な人物を
中心に置いて、さまざまな怪奇な事件を解決していくんですが、
ミステリではないので、合理的に謎が解けるわけではありません。

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この形は後代の作品に大きな影響を与え、現在でも小説や
マンガで見られますよね。例えば、古くは楳図かずお氏の『おろち』
などがそうでしたし、最近の『地獄先生ぬ〜べ〜』なんかも
その系譜を受け継いでいます。

さて、本項で取り上げるのは、このジョン・サイレンス博士ではなく、
日本の実在の人物である井上円了博士です。この名前は
聞かれたことがある方も多いでしょう。江戸時代最末期
(1858年 安政5年)生まれの日本の仏教哲学者、教育者です。

井上円了博士
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東京帝国大学卒で、現在の東洋大学の前身を設立しています。
で、円了博士が研究の中心に置いたのが妖怪なんです。そこで、
「お化け博士、妖怪博士」などと呼ばれました。
本人がこのアダ名をどう思っていたかは よくわかりません。

円了博士の研究については、後のほうで触れますが、重要なのは
頭で考えただけの内容ではなく、徹底したフィールドワークを
行っていることです。ではまず、なぜ円了博士が妖怪を研究する
ようになったのか。円了博士はお寺生まれでしたが、物心が
ついた頃には、どーっと西洋文明が流れ込んできていました。

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ですが、西洋科学は優れたもので受け入れるしかないが、
キリスト教は進化論や地動説を認めない間違ったものである、
と博士は考えます。また、明治維新により国家神道ができ、
仏教が顧みられなくなったことにも反発しました。

博士は寺生まれであることに誇りを持ち、仏教こそが
科学的な真理と最もよく合致する宗教であると考えたんですね。
そこで、日本全国にある妖怪話を調査し、それらがなぜ
出てきたのかを研究し、迷信を打破することによって、
真理に近づこうとしたわけです。

柳田國男
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調査はまず、噂や文献を集めるところから始まりましたが、
それだけではダメとしました。実地にその場に行き、
フィールドワークすることが大切。このあたりは民俗学の
柳田國男の活動とも重なっています。

博士が行った現地調査は250ヶ所にも及びんだとされ、
幽霊汽車(運行表に載っていない汽車、狸が化けたとされる
ことが多い)などについても調べています。ちなみに、これは
自分が学んだ考古学でも大切なことで、資料を読むだけでなく、
実際に現場を訪れることで見えてくるものがあるんですね。

球電現象
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さて、円了博士は怪奇現象をまず、「実怪」と「虚怪」とに
分類します。実怪は実際にある怪奇現象のことで、さらにそれを
真怪と仮怪に分けます。このあたりは難しいんですが、
仮怪は燐が燃えたり、球電現象や静電気などの自然現象のこと。

また虚怪は、偽怪と誤怪に分けられ、偽怪は人間が自らの利益の
ためにつくりあげた嘘の妖怪。例えば「この山には化け物が出る」
などと言って、人を入らせないようにしたりするもの。
誤怪は錯覚や誤認、つまり、干してある衣類を幽霊だと
思ったような「幽霊の正体見たり枯尾花」的なもの。

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博士の調査では、世間で言う妖怪現象のうちの5割が偽怪。
3割が誤怪、2割が仮怪となっています。で、最初に出てきた
真怪ですが、これはほんのわずかしかない本物の怪奇現象のことで、
その時代の科学では解明できないものであるとしました。この真怪を
研究することが、宇宙的な真理に近づく道であると述べられています。

さてさて、円了博士の業績の一つとして、東京都中野区に
「哲学堂公園」を造ったことがあげられます。ソクラテス、カント、
孔子、釈迦を祀った「四聖堂」がその始まりなんですが、
じつはこの哲学堂公園には、幽霊が出るという噂があるんですね。
夜に木々の間を歩くと女のすすり泣きの声が聞こえる。

哲学堂公園 四聖堂
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哲学堂前の電話ボックスに人がいるのを見て、もう一度見直したら
消えていた。哲学堂の前の道をバイクで走っていると、ミラーに
後ろに乗っている女の姿が映る、などなどの噂が過去に流れています。
これ、もし円了博士が生きていたら何怪に分類したんでしょうね。
では、今回はこのへんで。

哲学堂公園マップ クリックで拡大できます
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死形の話2

2020.12.27 (Sun)
こんばんは、じゃあお話させてもらいます。私、主婦を
しておりまして、現在の名字は言うのを控えさせていただきたいと
思います。旧姓は高橋です。私の父は、全国規模の信用金庫に
勤めていて、3、4年に一度転勤がありました。ですから私、
小中学校で3度の転校を経験しています。私の家は2人兄妹で、
兄は6歳年上でしたので、高校からは父の出身地の都市で
一人暮らしをしました。私の3回の転校は、どこも地方都市でしたが、
その県の県庁所在地で、学校も大規模校ばかりでした。
私は、自分で言うのもなんですが、ごく普通の子どもでしたので、
すぐに大人数に溶け込むことができ、イジメられたりはしませんでした。
それで、2回めの転校、私が小学校4年から6年までの

3年間を過ごした学校での話です。そこは誰でも知ってる有名な
お城のある、歴史の古い城下町でした。転校したのは学年4クラスの
大規模校。転校生は珍しくはないようでしたが、最初はやはり
好気の目で見られました。でも、すぐにクラスの人たちと
うちとけることができたんです。一番仲よくなったのが、西村さん
という女の子で、髪を背中まで伸ばし、いつもブランド物の高価な洋服を
着ていて、ごくたまにですが、下校時に大きな高級車がお迎えにきて
いました。その地方は台風被害の多いところで、台風上陸の予報が
出ていて、風が強まっているときなどですね。なんでも、西村さんの家は
江戸時代にその県の藩主だった血筋の分家で、そのときは広く
スーパーマーケットチェーンを経営していて、

つまりお金持ちだったんです。また、西村さんの祖父は県知事で、
親戚にも県会議員などがたくさんいたんです。でも、西村さん本人は、
そういうことを鼻にかけることもなく、とてもおっとりした、
いかにも育ちがいいというのがわかる子でした。派閥グループを
つくったりすることもなかったです。今にして思えば、成績は
中から下だったと思いますが、図工の絵が得意で、県の展覧会に
毎年入選していました。それと、小さい頃からピアノを習っていて
音楽専科の先生が感心するほどの腕前、合唱祭などでは
いつも伴奏を弾いていたんです。このときの3年間の小学校生活は
とても平穏で、特別にお話するようなことはなかったと思います。
あ、一つだけあるかな。5年生の夏休み後の9月のことです。

放課後、途中まで西村さんといっしょに帰ってたんですが、その日は
台風接近中で風が強く、いつもなら西村さんは車が迎えにくるはずなのに、
それがなかったんです。雨は降ってなかったものの、ゴウゴウと
風の音が上空でして、電線が揺れてました。私と西村さんは、
歩道の端、塀の陰などを歩いてましたが、もう少しで西村さんと
わかれる場所というところで、強風ではがされ大きな看板が、
ガランガランと私たちのほうに転がってきたんです。私は動けないでいる
西村さんの手を引っぱり、なんとかよけたんですが、看板の端で
二の腕に切り傷ができちゃったんです。たいしたものではなく、
今は傷跡も残ってないんですが、血が出てるのを見た西村さんが
驚いて「あ、大変、手当しないと。私の家に来て」そう言ったんです。

それまで、私は西村さんの家に行ったことはありませんでした。
というか、クラスの誰もなかったんじゃないかと思います。西村さんが
誘わなかったので。そこの場所は、私の家まではまだ距離がありましたので、
ハンカチで腕を押さえ、西村さんについていきました。家というか
お屋敷は通りを2つほど中に入ったところで、高い木の塀がぐるりと
回されていました。西村さんは自分の家なのにインターホンを使い、
「あ、私、お友だちがケガしてるので手当して」と言いました。
すると使用人らしき人が出てきて、私は中に案内され、小部屋で
消毒と包帯をしてもらったんです。もう血は止まっていましたが、
使用人の人が「跡が残ると大変だから、これから病院に行かれたほうが
 いいですよ」と言い、それで、私の家に電話して

迎えに来てくれるようにしたんです。母を待ってる間、西村さんに
人形の部屋を見せてもらいました。いくつ部屋があるかもわからない
お屋敷の一角に比較的小さな部屋があり、白いアンティークの棚の上に
数百もの人形が並んでいたんです。ガラスケースに入ってるのも
多かったです。西村さんが少し恥ずかしそうに、「小さい頃から
 お人形が好きで、お年玉で買ってたの。そしたら、それを知った親戚
 なんかの人が人形を贈ってくれるようになって、こんなに増えちゃった」
そう言ってました。ああ、いいなうらやましい、とそのときは思いました。
家はすぐ近くなので時間をおかず母が車で到着し、西村さんたちにお礼を言って、
その足で外科の病院に行きました。包帯を解いて傷を見た医師は「ああ、これは
 縫うまでもありません」で終わりでしたね。そんなことがあったんです。

6年生の3月、卒業式が過ぎてからのことでした。私は父の転勤のため、
別の都市に引っ越しが決まっており、また、西村さんは中学から私立の
学校に入ることになってました。西村さんから家に電話が来て、
「うちでお別れの食事会をしたい。そのとき、あなたの持ってる人形と
 私ののどれかを交換しましょう」そんな話でした。母にお土産を持たされて
行ってみると、招待されたのは私一人だけで、豪華なお食事が出たんです。
このときには西村さんの両親も顔を見せられ、「あたたは娘の恩人だから」
みたいなことを言ってた記憶があります。あの風の日のことかな、でも、
たいしたことじゃないのに、と思いました。私が持っていったのは、
どこにでもあるオモチャのリカちゃんでしたが、西村さんは喜んで、
「あなただと思って大事にするから」と言いました。そして人形部屋で、

「好きなのを選んで、もらって」と言ったんですが、私は遠慮したというか、
人形はそこまで好きではなかったので、あまり高そうではない、金髪の外国の
赤ちゃん人形を選んだんです。強く握手をしてお別れしましたが、これが
生きている西村さんと会った最後だったと思います。その後、私は
遠く離れた県の中学校に入学し、そこでバレー部に入って忙しい生活に
なりました。西村さんとは、互いに1回だけ手紙を出し合いましたが、
それだけでした。私が中2のときですね。母が朝、新聞を見ながら、
「○○というスーパチェーンが倒産したみたいね。ほら、前の学校であんたが
 お友だちだった西村さんの家が経営してるとこ」こう言ってきたんです。
私は「ああ、大変だろうな」とは思ったものの、じつはそこまで気には
ならなかったんです。学校の成績を上げたい、バレーでレギュラーになりたい。

もうそっちの思いのほうが強かったんです。それと・・・ 西村さんと
交換した人形ですが、自分の部屋の棚の上に置いたまま、手にとったりすることは
ありませんでした。そして、中学を卒業した後、兄と同じ高校に行くために
転居するどさくさで なくしてしまったんです。その後、私は大学に進学し、
そこで出会った今の主人と結婚しました。すぐに長男が生まれ、まずまず幸せな
生活をしてると思ってます。もう西村さんのことは頭の片隅にも残ってませんでした。
それで、つい1週間前のことです。子どもを夫の実家に預かってもらい、大学の
ときの同級生と集まったんです。お酒も飲み、終わったのが8時ころでした。
タクシーで帰り、マンションに入ろうとしたところ、玄関脇の暗い植え込みから
何かが立ち上がりました。髪を短く金髪に染めた、派手な服の女の人でした。
その人はうつ向いたまま、後ろに回していた両手を前に出し、突き出すように、
持っているものを見せたんです。そのときは、それが誰かも、その人形が何かも

わかりませんでした。後になって気づいたんです。私が持ってって西村さんと
交換したリカちゃん人形。女の人はボソボソした声で「〇〇ちゃん、私の
 お人形は・・・」そう言うと、ふっとかき消えたんです。そのとき、背中に冷水を
浴びせられたように思いました。今のは・・・西村さん? そうだ、ずいぶん外見が
違ってたけど、面影は残ってる。それから少し調べたんです。スーパーの破産で、
西村さんの一家は離散、あの広大なお屋敷は売却され、西村さんの父親は亡くなって
いました。西村さんは私立の中学をやめて引っ越してしまい、その後の消息は、
東京へ出ているという噂はありましたが、はっきりしたことは誰も知らなかったんです。
混乱しました。あれは西村さんの幽霊? 怖くなり、落ち着こうとベビーベッドを
見に行くと、息子は起きていて、機嫌よく笑いながら片手に持つかんだものを
私に見せたんです。あの、なくしたはずの西村さんの人形でした。

関連記事 『死形の話』

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アーカイブ トンデモ日本史

2020.12.27 (Sun)
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えー今日も怖い話ではありません。オカルトには、「トンデモ歴史」と
自分が呼んでいる分野がありまして、超古代文明と陰謀論という
既存のオカルト分野を混ぜあわせたようなものなのですが、
それだけで説明しきれるわけではありません。

日本史の分野だけでもかなりありますし、世界史を含めれば
膨大な数になります。まあ、今日は日本史にとどめておきますが、
いつか世界史のほうもやってみたいです。
トンデモ歴史と一口に言ってもレベルがあります。

はじゃっっこう

まず、絶対ありえないとしか考えられないもの。そうですね、例えば、
「大和朝廷はモーゼの失われた十支族が作った(日ユ同祖論)」とか、
これは考えられないでしょう。信憑性0%としたいところですが、
オカルトブログですので、2~3%とかにしておきましょうか。

ただしこういうのは調べていく過程で、「なぜ伊勢神宮にはダビデの
星紋があるのか」など、本筋とは関係のない面白い話を見つけてしまう
場合もあります。・・・いざ書いてみようとリストアップしたら、
かなりの数のトンデモがありますね。全部はとうてい無理なので、
人物関係にしぼることにします。

伊勢神宮のダビデの星 近代に寄進されたもの

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「源義経=ジンギスカン説」なども、さすがにないでしょう。
高木彬光氏の『成吉思汗の秘密』は、自分はあまり感心しませんでしたが、
最後のエピソードは興味深かったです。「成吉思汗」を「なすよしもがな」
と読み、白拍子の静御前が作ったとされる、

「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」の歌との
関連性を論じているところですね。これは偶然なんだと思いますが、
読んだときにはロマンを感じました。これらと比較すれば、
「松尾芭蕉=忍者説」などは、けっこう信憑性が高いです。
50%近くはあるんじゃないかと自分は見ています。

源義経とジンギスカン
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芭蕉の出自を考えれば、伊賀の下級武士出身ですから、
少なくとも忍者の子孫であったとは言えるんじゃないでしょうか。
ただしこれも、「幕府の隠密であった」というのをつけ加えると、
信憑性は20%くらいにまで下がるんじゃないかな。

さらに、「奥の細道は東北諸藩の事情を伝えるために暗号で書かれている」
とまでいくと、「源義経=ジンギスカン説」とそう変わりはないような
気がします。あと、有名なところとしては「天海僧正=明智光秀説」
なんかですか。こういうのを、「同一人物説」と言います。

徳川家康
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南光坊天海は家康の側近として、初期江戸幕府のさまざまな政策に
かかわっており、風水によって江戸の守りも築いたと言われていますね。
「日光東照宮 徳川埋蔵金 かごめ唄」などで検索すれば、
じつに興味深い話が出てきます。うーん、自分的には
信憑度10%ほどとしておきましょう。

この、「◯◯はじつは☓☓であった」説というのは、☓☓が、死なせるには
惜しい歴史上好感を持たれる人物の場合が多いんですね。
悲劇的な最期と考えられていたのが、じつは生き延びていてさらに活躍した、
というような時代の願望が根底にあるんでしょう。

芭蕉忍者説は真面目に検討してもよさそう
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ここまであげた他にも、「天草四郎=秀頼の子孫説」などもあります。
これから派生したのが、「生存説」です。これは、本能寺の変の後も
信長は生きていた、西南戦争後も西郷隆盛は・・・といったものです。
しかし信長の場合なら、もし生きていたら必ず本名で再起するでしょう。

「替え玉説」というのはまた別種のものですね。有名な史上の人物が、
じつは替え玉であり、名も無き影武者などの別人であるとする説で、
これもまた世の願望が説の形成に影響を与えているのかもしれません。
「徳川家康=世良田二郎三郎説」なんかがそうです。
世良田二郎三郎は当時の賤民であった願人とされ、

特徴を強調した、似顔絵的な車楽の作品
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このように、身分の貴賤が入れ替わったように思える説は、
出した人の意図に注意する必要があります。もちろん、入れ替わりが
あったとされる信頼すべき根拠は存在しません。あと、「明治天皇=
大室寅之祐説」とか。これも信頼度は低いですね。3%もないでしょう。
かなり真面目に研究された、「孝明天皇暗殺説」などとはちょっと違います。

最後に、「正体説」というのをつけ加えておきましょう。
これは「同一人物説」とやや似ていますが、同一人物説の場合は、
ある有名人物が死後に別の有名人物に成り代わったとするもので
あるのに対し、正体説は、一時期だけ活躍した詳細不明の人物が、

じつは何らかの理由で正体を隠していた、当時のもっと別の有名人で
あったとするものです。日本では「東洲斎写楽」についての論が多いです。
正体については、初代歌川豊国、葛飾北斎、喜多川歌麿、司馬江漢、
蔦屋重三郎、山東京伝・・・等々、十指にあまる人物が提起されています。

明治天皇はすり替えられていた?
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写楽は浮世絵としては特異な画風ですし、世に出たのも一定期間だけであり、
詳細の伝わらない謎の人物ではあるので、こういう話が出ても
おかしくはないんですが、どれも決定打がありません。むしろ現在では、
「阿州侯の能役者、斎藤十郎兵衛説」が有力とみなされてきています。
ただしこれは実在も疑われていた無名の人物ですので、

謎解きの興味を考えればつまらないのでしょうね。「正体説」では、
世界史でも、ウイリアム・シェークスピアに関するものが有名です。
これも作品以外の資料が少ない人物ですので、哲学者の
フランシス・ベーコンなどが正体として挙げられています。
では、今回はこのへんで。

関連記事 『人物伝説と天草四郎』

経歴に不明な点が多いウイリアム・シェークスピア
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「点粒子」の不思議

2020.12.26 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。物理学的なお話です。
ただこれ、現在の研究者の間でも結論が出ていない問題で、
自分の理解がおよばない内容をかなり含んでいます。
ですから、間違いや妄想のような部分があることを
あらかじめお断りしておきます。

みなさんは小学校の算数で、点と線(線分)について勉強
されたでしょう。まず紙にシャーペンの先でぐりぐりと点をつけ、
その2つを定規で結ぶと線ができます。さらに中学校に入って
座標を学ぶと、点Aは A(2,3)のように書きますよね。
また、直線の式は y=ax+bと表されます。

っっっsd (2)

ここまでは問題ないようですが、座標上の点には位置がありますが、
じゃあ大きさってあるんでしょうか。実際問題、シャーペンで
つけた点は面積があります。ルーペなどで拡大すればそれが
わかります。線もそうですね。もし線の太さが一定ならば、
それは長方形になってしまわないでしょうか。

ですが、数学においては、点とは大きさのない位置だけの存在、
線分は太さのない長さ(距離)だけの存在、ということになっています。
まあ、世界で数学を学ぶ人の共通ルールと言っていいかもしれません。
自分はこれまで、このことをあんまり意識してませんでした。

水の分子
っっっsd (1)

さて、「点粒子」とは、「物理学においてよく用いられる、理想化された、
大きさを持たず、空間上のある一点だけに分布する粒子」とWikiには
出てきています。物理学の標準理論において、物質を構成する元とされる
素粒子は、大きさを持たない点粒子と考えられています。ただし、
中には質量や電荷があるものもあります。

これ、理解しにくいですよね。大きさがないのに、なぜ質量があるのか。
まあ、質量はエネルギーと等価であると相対性理論で説明されているので
そうなのかもしれませんが、ちょっと感覚的につかめないです。
ちなみに、質量がゼロではない点粒子のことを「質点」とも言います。
また、電荷がゼロではない点粒子は「点電荷」。

っっっsd (1)

ここで少し話を変えて、私たち人間の体を含め、あらゆる物体は原子で
できていると理科で勉強しました。原子は1mmの1000万分の1ほどの
大きさで、これがくっつき合って分子を作っています。
水分子はH2O、つまり水素原子が2個に酸素原子が1個。

で、20世紀になり、じつは原子が最小の単位ではないことがわかって
きました。原子をさらに分割すると、中心に原子核があり、その周囲を
電子が回っています。(電子が存在確率の雲として広がってる)
回っている電子の個数は、その原子の種類によって異なります。
原子核の大きさは、原子そのものの10万分の1といったところ。

っっっsd (5)

原子核は陽子と中性子からできており、これらはさらに、アップクォークと
ダウンクォークという素粒子からなっています。素粒子とは、それ以上
分割することができない最小の部品である、と現在は考えられていますが、
それに納得していない物理学者もけっこういます。また、原子核を
回っている電子も素粒子です。

さて、素粒子は電荷や質量、スピンなどの性質を持ちますが、上で書いた
ように、標準理論では点粒子として扱われます。われわれの体は、
膨大な数の素粒子からできているわけですが、素粒子には大きさはない。
あれ??? 変ですよね。まあ体重に関しては、質量のある素粒子も
ありますからいいとして、大きさがないってどういうこと?

標準理論における素粒子の分類
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ここまでの説明にはちょっとしたトリックがあり、また、話を単純化
してるんですが、われわれの体がスカスカであるのは事実です。
でも、人間の体って触ることができますよね。じゃあ、スカスカとは
言えないんじゃないか。こういう疑問が出てきます。

この説明として、原子の中心にある原子核はプラスの電気を帯びており、
その周囲の電子はマイナスです。わたしたちの体のプラスとマイナスの
電気は同じ量だけ存在しており、たがいに打ち消し合って電気的に中性に
なっています。昔のホラーでは、電気人間などが出てくるものも
ありましたが、電気人間は日常生活に困りそうです。

っっっsd (4)

さて、われわれが握手をする場合、手の表面にある原子が誰かの
手の原子と接触することになります。このときまず、原子核ではなく
その周囲の電子どうしが触れるわけですが、電子はマイナスなので
反発し合います。このあたりは磁石と同じと考えてください。

で、この反発が手と手の接触している面全体で起きるため、
手と手はすり抜けてしまうことはなく、握手ができるわけです。
もちろん、マイナスどうしの反発力に逆らってるので、握手するというか
物と物が触れ合うためには力が必要です。という理屈で、
われわれは握手することができる・・・

っっっsd (2)

さてさて、みなさんこれをどう思われますか。われわれが物にさわって、
ザラザラしているなどと感じるのも、電気的な情報を神経がとらえて
脳に送っているため。にわかには信じがたいですよね。まとめとして、
何かが存在しているためには、そこに力が働いている必要がある。

ここまでの話は、あくまで標準理論によるもので、他にも
考え方があり、超弦理論では点粒子を想定しません。
すべての素粒子は、有限の大きさを持つひもであるとされ、
その振動状態によって種類がわかれます。ただし、すべての素粒子が
ひもとして存在できるには10の次元が必要。では、今回はこのへんで。






祝詞あれこれ

2020.12.25 (Fri)
っx (2)

今回はこういうお題でいきます。すでに初詣ムードですね。
オカルト論になります。さて、祝詞とは何か? Wikiで見ると
「神道の祭祀において神に対して唱える言葉で、文体・措辞・
書式などに固有の特徴を持つ」と出てきます。
まあ、そのまんまです。

ただ、これだと特徴がいまいちはっきりしないので、仏教の
お経と比較してみましょう。仏教のお経(経典)は、
一言でいえば仏の教えであり、絶対的な真理です。
ちなみに、お釈迦様の教えを書いたものを原始仏典、その他の
諸仏の教えが説かれているのを大乗仏典と言います。

っx (8)

有名な「般若心経」も大乗仏典です。仏道を志すものは、
その内容を疑ってはならず、研究して理解し、悟りに向けて
書かれた教えを日々実践していかなくてはなりません。
つまり、勉強すべき対象なんですね。

これに対し、神道の祝詞は、ライブと言えばわかりやすいで
しょうか。その祭儀の場に神様に降臨していただいて、
直接対話し、交感するためのものです。「神がかり」という
言葉がありますが、祝詞を唱える場面では、その場に必ず
神がいます。ですから緊張感も半端ないんです。

奉納相撲
っx (7)

さて、「祝詞」という言葉は「のり」と「と」に分けられる
というのが定説です。「のり」は「のる」という動詞の変化で
呪術的に重大な発言をすること。「と」は、やはり
呪的な行為や物につける接尾語になります。

現代の一般的な祝詞は、延長5年(927年)奏上された『延喜式』
巻八に収められている27編が基本となっています。
祝詞の根底には「言霊信仰」があると考えられます。
何事かを声に出して言うことで、それが実現する。
よいことだけではなく、悪いこともです。

お神楽
っx (5)

作家の井沢元彦氏は、『逆説の日本史』の中で、日本人の
言霊信仰について、「例えば、飛行機が落ちると言えば、実際に
そうなると考えられ、そのため、日本人は将来の悪いことを
口にしないようになった」という意味のことを述べています。

『逆説の日本史』は賛否両論がありますが、このあたりのことは
おおむね正しいかと考えてます。ですから、日本の神道では、
将来世界が終わるなどといった終末論的な内容はありません。
この世界は「千代に八千代に 苔のむすまで」続いていく
ということです。

巫女舞
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さて、祝詞の形式ですが、大きく分けて2つ、「宣命体」と
「奏上体」があります。この区別は簡単で、人々に神の言葉を
聞かせるのが宣命体、逆に、人々を代表して神職が神に
言葉を述べるのが奏上体です。

今、唱えられている祝詞がどちらなのかは、語尾を聞けば
すぐわかります。宣命体は「宣う」という尊敬語、
奏上体は「申す」という謙譲語になっています。
無病息災を願ったり、厄除けのための祝詞は基本的に
奏上体が使われます。

っx (9)

怖い話で、神社でお祓いを受けるシーンなどが出てきますが、
そのあたりのことを意識して書く必要がありますね。
一般的には「かけまくも かしこき」で始まり、その後に
願い事を伝える御祭神とその徳が述べられた後、
具体的な祈願の内容に入ります。

祝詞の内容は、その神社の神職がつくってもかまわないんです。
このあたりも仏教とは違うところで、仏教では勝手に
新しいお経をつくることはできませんよね。ここからは
少々たいくつかもしれませんが、祝詞の細かな形式について
書いていきます。下図をご覧ください。

っx (1)

これが正式な祝詞の書式で、奉書紙を七折半にし、神の名前は
行をまたいではいけません。また、祝詞は平仮名がつくられる
以前からあるとされますので、すべて漢字で書かれます。
誤読を避けるため、名詞や動詞は大きく書き、それ以外の
助詞などは小さくします。

ここで大切なのは、上記したように、神道の場合はその場に               
神が来ているという建前なので、絶対に読み違えてはいけません。
ですから、独特の緊張感が漂うんですね。祝詞の場合、
お経のように鉦や木魚は使いませんが、神職はじょじょに
声調を高くしていく独特の発声法を用います。

子ども巫女
っx (6)

さてさて、仏教の場合、仏様は悟りを開いた尊い導師です。
ところが日本神道では、神は必ずしも温和ではなく、
荒ぶることもあります。また、人々の願いを必ず聞き届けて
くれるともかぎりません。そこで、神様の心をなぐさめるため、
お神楽、巫女舞、奉納相撲、綱引きなどを行います。

くり返しになりますが、その場に神がいるわけです。ですから、
身勝手な願いなどをすると、かえって神罰を受けるかもしれません。
よい願いは「自分で〇〇できるよう努力しますので、なにとぞ
お力添えをお願いします」みたいな形と言われます。「神は
自ら助くる者を助く」ということです。では、今回はこのへんで。

っx (4)




クリスマスあれこれ

2020.12.25 (Fri)
アーカイブ530

っっs (4)

さて、もうすぐクリスマスということで、今回はこういうお題でいきます。
日本は、宗教的には仏教国に分類されることが多いですが、
神道も盛んです。また、キリスト教的な行事であるクリスマスも、
たいへん盛り上がっていて、ちょっと街を歩けば、たくさんの飾りつけを
目にすることができますし、クリスマスソングも流れています。

ツリーを飾る家庭は多いでしょうし、寝る前に、枕元にくつしたを下げる
お子さんもいると思います。ただ、クリスマスの儀式というか習慣って、
日本に取り入れられているのは全体の一部分なんですね。ここでは、
自分がアメリカに住んでいた時代に目にしたことを中心に、それ以外も含めて、
日本ではあんまり知られていないものをご紹介したいと思います。

・棚の上のエルフ(Elf on the shelf)
エルフはもともと、北欧神話に登場する妖精です。
それが、J・R・R・トールキンのファンタジー小説、『指輪物語』で、
長身に痩せぎす、耳の長いイメージで描かれ、映画などで
広まりました。でも、もともとはそんなに大きくはないんですね。

「棚の上のエルフ」は、アメリカのクリスマスのギミックの一つで、
たぶんそれほど古いものではありません。現代の絵本で広まった
んじゃないかな。下の画像のような人形で、サンタクロースの
スパイとして、12月になると子どもの部屋に現れます。
ただし、現れる場所は毎日違うんです。

Elf on the shelf
っっs (3)

エルフは、子どもたちがクリスマスまでの1ヶ月間、
どんなことをしているか監視する役割なんです。そして、
子どもたちが寝てから、北極まで飛んで、良いことも悪いこともすべて
サンタに報告します。で、その内容によって、もらえるプレゼントが
決まることになります。もしすごく悪い子だった場合、

プレゼントなしになることもあるみたいです。子どもは、
このエルフにはさわってはいけないことに決まっています。まあ、
実際には、子どもが寝てから、親がエルフ人形を部屋のあちこちに
動かしてるわけなんですが、「Elf on the shelf」で画像検索すると、
さまざまな場所にいるエルフ君の姿を見ることができます。

・サンタさんへのお礼(milk and cookies for Santa)
みなさんの家庭では、サンタクロースへのお礼などを、準備されて
いるでしょうか。アメリカ、カナダでは、クリスマスイブの晩餐の後に、
ミルクとクッキーの皿をテーブルの上に残しておく場合が
多いですね。(下図)

っっs (5)

ヨーロッパだと、シェリー酒やビール、砂糖粥のようなものが
用意されます。あと、サンタの橇を引くトナカイ用に、ニンジンが
残されている場合も多いですね。これ、昔は石炭だった
みたいですが、だんだんにニンジンに変わっていったんです。
石炭といえば、それが子どもへのプレゼントになる場合もあります。

・ループレヒト(Knecht Ruprecht)
これはアメリカではあまり聞かず、主にヨーロッパのドイツ系の伝説です。
サンタクロースはクリスマスに一人で各家々を回っているわけではなく、
ループレヒトという妖精と一緒に来ることになっています。

ループレヒトは顔じゅう黒ひげで、フードをかぶり、手に麻袋と小枝の束を
持っています。(下図) これは悪い子を叩くためのものです。ヨーロッパの伝統では、
クリスマスのプレゼントは一種の契約なんですね。1年間良い子にしていたなら、
サンタからプレゼントをもらえますが、そうでなかった場合、子どもは、
ループレヒトにムチで叩かれたり、袋に入れて連れて行かれたりします。

っっs (1)

また、石炭などのつまらないプレゼントを与えられることもあるんです。
youtubeで「bad present」で検索してみてください。
下の動画では子どもたちがプレゼントの箱を開けると、
腐ったバナナとか、タマネギなんかが出てきて泣いてしまいます。
(もちろん、ちゃんとしたプレゼントがその後に渡されます。)



・その他
あとはそうですね。自分がいたアメリカの中西部では、数十mもある
巨大なイルミネーションを持ってる家が多く、庭や屋根までに広げてピカピカ
光らせてました。ですから、夜に住宅街を歩くとかなり壮観でした。
これは、自分の家だけではなく、地域全体で祝おうという意識が強いからです。

っっs (2)

映画の『グレムリン』では、「クリスマスなんてくだらない」と言って、
何も祝おうとしなかった金貸しのイジワル婆さんが、街で一人だけ、
グレムリンの騒動で屋根から放り出されて死ぬことになってましたが、
それも、このあたりのことを踏まえてなんですね。自分と恋人、家族だけで
楽しむのではなく、チャリティーも活発に行われています。

それから、日本ではクリスマスケーキを食べますが、アメリカでも
ないわけではないものの、あんまり用意する家は多くないんです。
そのかわり、クッキーとミルクは必ず出ます。七面鳥は食べますが、
日本のようにチキンのモモ肉とか唐揚げはまず出てこないです。

さてさて、ということで、日本に入ってきているのはクリスマス儀式の
一部分ですし、考え方もずいぶん違っています。いいのか悪いのか
わかりませんが、日本人好みのクリスマスに変質してしまって
いるんですね。まあでも、日本では宗教ではなく年中行事なので、
それもしょうがないのかもしれません。では、今回はこのへんで。





復活させる話

2020.12.25 (Fri)
こんばんは、bigbossmanです。この記事が投稿されるのは、
クリスマスイブかクリスマス当日になるはずですが、みなさんは
いかがお過ごしになったでしょうか。自分はコロナ感染が
怖いので、自宅でまったりするつもりです。やっぱりそういう方が
多いのかな。さて、1週間ほど前になりますが、いつもの大阪市内の
ホテルのバーでKさんとお会いしました。Kさんは、当ブログの
読者の方ならご存知とは思いますが、本業は不動産や飲食関係の実業家で、
ボランティアで霊能者として全国を飛び回り、事件を解決されています。
「Kさん、正月はどちらで迎えられます?」 「そりゃ自宅に
 決まってるんだろ」 「やっぱ石垣島で」 「もちろん」
「向こうは気温はどうなんですか?」 「平均で20℃を切る

 くらいかな。夏よりは少し低いよ」 「ああ、いいなあ。正月行事
 とかはどうです?」 「本土とは少し違うが、年越しはやるよ」
「そうですか。ところで、今晩は何の用事で」 「いやな、お前は
 そういうの詳しいだろうと思ってな。死者と会うことってできるのか」
「あ、何かの事件に関わってるんですね」 「まあそうだ」 「じゃ、
 後で聞かせてくださいね。うーん、そうですね。死者と会うには
 大きく3つの方法があるかな」 「3つ?」 「はい。まず一つめは
 肉体を持った死者と会うこと、つまり黄泉返りと言っていいものです」
「なるほど」 「平安時代の有名な陰陽師、安倍晴明はライバルの
 道摩法師に首を落とされましたが、金烏玉兎集の法で生き返ったという
 話が残ってます」 「それ、実際にあったことか」 

「いや、あくまで伝説だと思います。死んだ人間を生き返らせるのは
 禁断の秘法で、試みた人間は洋の東西を問わず不幸なことになって
 いますね」 「まあそうだろうな、自然の摂理に反してるから。
 もう2つというのは?」 「一つは、霊魂、まあ幽霊と言ってもいいん
 ですが、それと会うことです。もう一つは、これは恐山のイタコが
 有名ですが、死者の霊を呼び出して憑依させ、その言葉を聞くというもの。
 ただ、それが厳密な意味で死者と会うと言えるかは わかりませんが」
「なるほど」 「それと、死んだ人の霊にもし会ったと言う人がいても、
 それが本当かは確かめにくいんです。まず、その人が幻覚を見た可能性。
 身近な人が亡くなって心が弱っていれば、精神に変調をきたしてるかも
 しれません。あるいはキリスト教国だと、天使や悪魔が何かの理由で

 死者の姿を取って現れたとされることもあります。あとはそうですね、
 日本でも、死者に会えたと思っても、それは本人ではなく、低級霊が
 騙すためにやってきたもの、などと言う人もいます」 「なるほど」 
「結局ね、霊が姿を現すためには、死後の世界がどうなってるかに
 ついての理屈が必要なんです。例えば日本の霊能者の場合は、自殺者や、
 突然の事故で自分が死んだのを理解していない霊は、行くところに
 行けず、迷って幽霊となることが多いなどと言いますよね」 
「ああ、それはよく聞く」 「そのあたりのことは、その国の文化に
 よっても違いますから。だいたいこんな答えしかできないんですが、
 そろそろ事件のことを話してくださいよ」 「いいけど、まだ解決の
 途中なんだ。それにかなり込み入った、嫌な話だぞ」 

「お願いします」 「じゃあ、順を追って話していこう。ある新興宗教
 団体があってな」 「どこですか」 「お前も知ってるだろ、〇〇だよ」
「ああ、けっこう規模の大きいとこですね」 「初代が女性の教祖で、
 二代目がその次女。しかしこの次女はあまり力もカリスマ性もなく、
 信者数を減らしてしまった」 「はい」 「そこで、二代目教祖は
 40歳そこそこで引退させ、信者の中から素質のある娘を選んで
 三代目とし、なんとか信者をひき戻そうとしてる」 「知ってます」
「三代目はずっと独身のままだが、噂では教団幹部のAという男と
 できてるってことで、それは事実のようだ」 「それで」
「で、このA、じつは以前に結婚していて、妻とは死別してるんだが、
 息子が一人いてな」 「はい」 「息子はBとしておこうか。

 Bは母親が早くに亡くなった状態で育てられたが、教団を嫌っててな。
 高校を卒業するとふいと家を飛び出てしまった」 「はい」
「まあ、さんざん内輪もめや、詐欺に近いような内部事情を見せられた
 せいだろう。でな、Bは東京で就職して結婚をし、女の子が生まれた」
「はい」 「で、これから幸せな家庭を築いていこうって矢先、
 交通事故を起こしてしまったんだ」 「うーん、どんな」
「早朝、車で仕事に出るときにふっと意識が飛んだらしい。国道を横断中の
 老夫婦を轢いてしまってな」 「・・・・」 「老夫婦のうち、
 夫は死亡、奥さんのほうは重い後遺障害で寝たきりになった」
「それで」 「悪いことに、老夫婦は横断歩道を渡っててな。しかも
 ブレーキ跡がないことで居眠りと判断された。

 さらに悪いことに、前夜の酒が残っててアルコールが検出。交通刑務所に
 収監されることになったんだ」 「うーん」 「残された母子は困った。
 その奥さんのほうも、実家はしっかりした家庭ではなく、子どもを
 預けたりはできない。育児しながら働いても十分な収入は得られんだろ」
「はい」 「その苦しいときに、Bの父親、Aから援助の申し出があった」
「ははあ」 「その子はAにとってもたった一人の孫なわけだし、
 ぜひ顔が見たい。教団に住み込みで働いてくれれば、給料も払おうという
 話だった」 「うーん」 「それなら家賃もいらないし、仕事は掃除や
 調理の簡単なもの。ということで、願ってもないような話だろ」
「Bはどう言ってたんですか」 「面会したBはもちちろん反対したが、
 奥さんは結局、受けざるを得なかったんだ。Bが釈放されるまで、

 そう長い期間でもないと思ってたんだろう」 「で」 「初対面だった
 Aだが、子どもの顔を見てたいそう喜んでな。奥さんの教団での生活が
 始まった」 「で」 「数年は順調に過ぎた。仕事は難しいものではなく、
 働いている間は教団の託児所で子どもの面倒を見てくれる。それと意外にも、
 Bの奥さんが教団への入信を強要されることはなかったそうだよ」
「ふーん、で」 「もうすぐBの刑期が終わるってとき、教団の保育園に
 いた娘さんが亡くなったんだ」 「え! 死因は」 「それがな、
 お昼寝から目覚めなかった。医師の診断では子どもの突然死症候群。
 4歳になってた」 「うーん」 「葬儀は教団がとり行い、けど、
 奥さんはもうそこに居られないと思って、黙って飛び出したんだな。
 地方都市で仕事を見つけ、アパートを借りてBの帰りを待つことにした」

「それで」 「一人でアパートで寝ていると、亡くなった子どもが現れる。
 せまい4畳半の部屋の隅にただうつむいて立ってるんだ」 「で」
「奥さんは怖くはなく、むしろ子どもが会いに来てくれてうれしいと思ってた。
 ただ、その子がおかしなことを言う」 「どんな」 「お母さんたすけて、
 体を取られてしまうってな」 「どういうことですか」 「まあ黙って聞け。
 子どもの霊は半年くらいの間、週に2回ほど現れるが、いつも言うことは
 同じ。ただ、だんだん姿が薄くなってきてる」 「で」 「やっとBが
 出所したんだ」 「ああ、それはよかった。Bにもその霊が見えたんですか」
「ああ。ただ、Bにはそれが霊とは思えなかったようだ。それでな、じつは
 知り合いというほどではないんだが、俺は以前にBと縁があって、
 その子を見てくれるように頼まれた」 「どうしたんです」 

「奥さんのアパートに1週間泊まり込んだ最後の日、その子が部屋の隅に
 現れた。もうかなり霞んでたが、これは死霊ではないとわかった」
「じゃあ、生霊ですか?」 「それがな、じつに奇妙なもので、
 首が2つある人間を見てるみたいだったよ」 「え? どういうことです」 
「この後の話を聞けばわかるが、2人の人物が重なってるというか。で、
 ただうつ向いてるその子に、こっちから念を送ってみた。そしたら、
 だんだんにその子が頭を上げ・・・そこに皺だらけの老婆の顔があった」 
「う」 「その顔に見覚えがあった」 「誰です?」 「教団の初代教祖さ」
「ええ!?」 「これは急がなきゃいかんと思い、教団本部のある県の
 国会議員に話をつけ、警察に潜入捜査をさせてもらった」 「で」
「子どもが発見されたんだよ。本部の奥の間で、初代教祖を乗り移らせる
 
 儀式が続けられてたんだ」 「え? じゃあ死んでなかった」 「ああ、
 子どもを診て死亡診断したのは教団専属の医師だし、おおかた強い麻酔を
 かけられてたんだろう。あと葬式も教団で行ったから、死体がないのを
 ごまかすのはわけはない」 「ちょっと信じがたい話ですね。それから?」
「Aはおそらく誘拐容疑で逮捕ということになるだろう。で、俺は今、
 子どもに なかばとり憑いた初代教祖の霊を祓ってる最中だが、なんとか
 なりそうだ。その子自身がかなり力を持ってる」 「うーん、その子を
 依代にして初代を復活させようとしたわけか。怖い話ですね」
「まあな、あの手のやからは何をやらかすかわからんから。で、さらに
 怖い話があるんだ」 「え? 何が」 「Bが車ではねた老夫婦な。
 どっちも初代教祖の直弟子だったんだ」 「うう」

キャプチャ
 
 
 

アーカイブ 復活の話

2020.12.24 (Thu)
*バカ話ですのでマジに読まないでください。

俺はとある田舎の県の神職の次男でね。兄貴が後継の神主になる予定だったんで、
それ系の大学にはいかず、IT関係の会社勤めをしてたんだよ。
ところが3年前、突然の交通事故で兄が亡くなってしまい、
オヤジの体調もよくなくて、俺が跡を継ぐしかない状況になってしまった。
嫌も応もなかったんだ。会社は辞めて、今さら大学でもないからって、
某所にある神職養成所に入らせられたんだよ。
そこは2年間の研修年限なんだけど、これが全寮制でね。いや大変な目に遭った。
来てるのは俺より若いやつがほとんどだったし、
神主なんてオヤジの様子を見てて、
単に祝詞が言えりゃいいんだと思ってたが、そうじゃなかった。
いろいろと覚えなくちゃならないことがあったんだ。

まず礼儀作法、座礼や立礼から襖の開け閉て、
それに和服の着付けなんてのもあるんだ。
書道とかもな。あと意外に思うかもしれんけど、農業もあった。
新嘗祭に使う古代米の栽培とか。座学のほうがむしろ少ないくらいだった。
でな、厳しい鍛錬もあるんだよ。
全寮だから、朝の体操から始まって、ランニングや山登り、筋トレ・・・
それと声だな。声量をつくるための呼吸法や発声法。
そういうのを次々に学ばされて、前後期に試験があるんだ。
でもよ、けっこう面白いところもあった。
神社庁にしか伝わってない、日本古代からの秘史を垣間見ることができたり、
講師の先生方も、表だってはやらないけど、みな不可思議な力を持ってたんだよ。

そんな中で一番印象に残ってるのは、入講して2年目の年末のことだな。
12月には3日間だけ冬季休暇があって、家に帰れるんだ。
もちろん年末年始は初詣なんかがあるから、
俺ら講生は泊まりがけでどっかの神社に派遣されられて、手伝いをさせられる。
これが実習代わりにもなってるんだ。
養成所は、場所は言えないけど、信じられないような山奥にあってね。
だけど、これがまた金をかけた立派な施設設備なんだ。
日本の主だった企業からの寄付によって運営されてるんだよ。
ああ、知ってるって。そうかい。
でもな、そんな周囲に何もないところに男だけで缶詰にされてりゃ、
やっぱ街が恋しくなるだろ。だからこの冬季休暇がホントに待ち遠しかったんだよ。

ところが、あと2日で休暇に入るって晩に、俺ら講生全員が講堂に集められた。
これが学校だったら緊急集会って感じだな。
俺らが整列し、気をつけの状態になったとき、
壇上に上がったのは講の先生方じゃなく、与党の有名な政治家だったんだ。
防衛関係の大臣までやった人だよ。ほらあのごつい顔した。
その人が開口一番「あなたたちの力を借りたい」って言ったんだ。
「日本の危機が迫っている、
 これを取り除くには老若の神力を結集しなくてはならない」
それが具体的にどういうことかは話さなかったが、最後に段上で座礼までしたんだ。
いや、驚いたね。まさかあんな偉い人がって。その後、
俺らの養成所の所長が壇に上がって説明をしたんだが、これが突拍子もない話で。

「日本の各地にある神社は、神の威力と人々の願いによって世を正す働きをしている。
 それがほとんどなのだが、中には一部、巨大な神を封じているものもあるのだ。
 畏るるべき力を持たれる神を、場所の霊力と祈りの力によって押さえつけているのだが、
 昨晩、ある神が復活する兆候が見られた。
 監視をしていた当直の神職は全員が殉職するほどのものだったのだ。
 この連絡はすでにすべての神社関係に伝わっており、
 無力化するための対策が検討された。
 そこで、わが養成所でも微力ながら協力することになった。
 皆の若い力をぜひとも発揮してほしい」
こんな内容だったんだよ。さすがに信じられない気もしたが、
冗談でこれほど大がかりなことをするわけもない。

でね、俺ら養成所の講生約30名は、その晩のうちに水垢離をしてお祓いを受け、
白装束に防寒着という姿で、バスに乗せられたんだよ。バスの前後には自衛隊の車両。
あと元大臣はヘリで帰ってったみたいだった。
バスは深夜の道をかなりのスピードでとばして、4時間あまり・・・
ある霊峰と言われる山の麓へと着いたんだよ。
そこは国定公園の一部で普段は観光客も入ってるんだが、全面入山禁止になってて、
その代わりに俺らが乗ってきたようなバスが何十台も駐車場にあったんだ。
あと自衛隊の特殊車両。そこの山は休火山で、火口部分は熱のために雪が積もっておらず、
その火口部に向かって、むき出しの山肌に高さ数十mの祭壇が組まれていた。
神の復活の予兆から一昼夜しかたってないのに、
それは巨大なビル工事の足場ほどもあった。

そして祭壇の両脇には、オリンピックの聖火のような火が焚かれてた。
自衛隊の投光器が何十台もそれに集中して、真昼のように明るかった。
駐車場の周囲には、たくさんのテントが張られ、中では炊き出しが行われてたんだ。
俺らも飯を食わずにここまで来たから、みなテントの一つに入って握り飯をほおばった。
ここまで何の説明もなかったんだよ。
まわりには偉そうな神職が大勢いて、険しい顔をして忙しそうに動き回ってた。
現実感があるような、ないような不思議な気分だったところを後ろから肩を叩かれた。
ふり返るとオヤジがいたんだよ。「オヤジ、入院してたんじゃないのか?」
「よく来たな。前回から60年ぶりと聞いてる。俺も目のあたりにするのは初めてだ。
 寝てなどいられないから、こうしてやってきた。
 微力ながら力になれればと思ってな」

「これ本当のことなんだよな」
「ああ、日本の危機だ」
オヤジが講の先生方に何かを話し、
俺は講生たちから離れてオヤジと行動を共にすることになったんだ。
それから10分ほどして、「ズーン」と腹に響く地鳴りが山地全体を覆った。
地面がぐらっと揺れた。地震が起きたんだ。祭壇の横の火で照らされていた空が、
さらに赤くなった。まさか噴火するのか?
俺はよろけるオヤジの体を手で支えた。そのとき、大音響で放送が入った。
臨時のスピーカーがあちこちに立てられてたんだ。
地震はすぐおさまったが、不気味な地鳴りは続いていた。
自衛隊員に両脇を抱えられるようにして、高齢の正装の神職が祭壇を上っていった。
写真で見たことのある、最高位クラスの神社の大宮司だと思った。

スピーカーは「大宮司が祭壇に上られて1分後に合図をしますので、
 全員で鎮御魂の祝詞を唱えてください。何卒よろしくお願いします」こう指示を出した。
何が起きるのか・・・俺は息を飲んだよ。「さあお願いします」この放送と同時に、
その場にいる数千人の神職や学生たちが祝詞を唱え始め、
やがて祭壇上の大宮司の声も増幅して聞こえてきたんだ。
大人数の祝詞はぴたりと合致し、うねり、荘厳さを増していった。
そんときだよ。火口の壁からひょっこり一人の人物が出てきたんだ。
拍子抜けするほどのあっけない感じ。遠目ではっきりしなかったが、
太った白髪白ひげの老人に見えた。老人は曲がっていた腰を伸ばし、
大きくのびをした・・・「祝詞をやめてください」放送が入り、
すぐに音楽に切り替わった。何だと思う? 「ジングルベル」だよ。

大宮司が足下の行李から赤いものを取り出し、太ったジイサンに着せかけ、
さらに頭に赤い帽子を乗っけた。
「何だ・・・あれ」俺は小声でオヤジに聞いた。
「サンタさんだよ」オヤジは静かに答えた。
「ええ?サンタ・クロースが復活したってことか?」
「そうじゃない。あの御方は力のある日の本の神の一柱だ」
「じゃ、何であんな衣装を?」
「今、世間の祈りの力は何に向かって集中していると思う?」
「もしかしてクリスマス・・・か?」
「そうだ。だからその力を利用している。
 ここまで巨大な祈りの力が焦点化されることはまずもって少ない」

オヤジはさらに続けて、
「今、神はクリスマスとサンタ・クロースが何かを瞬時に理解され、
 しかも自分がそれだと思っておられる」
「・・・・でも、クリスマスって異教の行事だろ」
「そういうのを何でも取り込んでしまうのが日本の神ながらの道だ」
「・・・・」 大宮司はサンタの恰好になったジイサン・・・いや神に、
にこやかに話しかけながら祭壇を降りてきた。下で神に中身の詰まった白い袋が渡され、
そのまま神は指の一振りでトナカイと橇をお出しになり、
鳴り響くクリスマスソングの中、
それに乗って夜空に飛び去っていったんだよ。






アーカイブ かるかやの話

2020.12.24 (Thu)
今、中3です。受験勉強真っ最中なんで、
こんなとこにきちゃいけないのかもしれませんが、
あんまり奇妙なことがあったんで、ぜひ聞いてもらいたくて
やってきました。姉の話です・・・齢は2つ違ってて高2なんですが、
私より顔も性格もずっと派手めなんです。この間、勉強の息抜きに
CDを聞こうと思ったら、姉に貸していたのに気づいて、
姉の部屋に行ったんです。ノックをしても返事がなかったんですが、
帰ってることはわかってたのでそのままドアを開けたんです。姉は机に
横向きに座って髪をとかしてました。胸よりずっと長く伸ばしてるんです。

その後姿が、いかにも機嫌が悪そうに見えました。
「ああ、マズイとこにきちゃったかな」と思いましたが、案の定、
「なに勝手に入ってきてるのよ」
こちらをふり向くと同時に怒鳴り声が飛んできました。
「えーでも、ノックしたよ」姉は髪にブラシをかける手をとめず、
「なに?なんの用よ」と、かなりいらついた声でした。
ああこれは、高校で何かあったんだなと思いました。
姉はまったく勉強しなくてもいい学校に行ってるので、何かあったといえば
男関係です。「こないだCD返してもらおうと思って」
「音楽聞くヒマがあったら勉強してりゃいいだろ」

・・・あー、これはダメだと思いました。こういう状態のときは
何を言ってもムダなので、あきらめて戻ろうとしました。
そのときです。姉が髪をとかしているブラシの先から、
大きな白いものがボロッと床に落ちました。
何だろうと思いましたが、床の上でゴニョゴニヨと動いています。
白い、半透明の・・・使ってない消しゴムくらいもある大きな虫でした。
背中を下にして床に落ちた虫の腹には、エビのような形に足がたくさん
ついてました。それを見て思わず「キャー」と叫んでしまいました。
「デカイ声出すなよ、クソガキ」 「でもお姉ちゃん虫が・・」虫と聞いて、
姉もさすがに手をとめ、私が指さしてる床を見ましたが、「虫なんて
 どこにいるんだ?お前勉強のしすぎでイカれてきてるんじゃないか」

虫はもがきながら起き上がり、そのまま考えられないような速さで
姉の足を駆け上がり、髪の中に入ってしまったんです。
「虫なんてどこにいるんだよ?」
「今・・・お姉ちゃんの髪の中に戻った」
姉は机の上の鏡を見ながらあちこち頭をさわってましたが、
「虫なんていないよ。帰ってからずっとブラッシングしてたんだし。
 嘘つくならもっとマシな嘘つけよな」これはダメだと思ったので、
「・・・ああ、ごめんなさい。見間違いだと思う」
こう言って部屋のドアまで後じさりして閉めました。
「たくもう、妹は嘘つきだし、カレシには浮気されるし・・・」
こんな声がドア越しに聞こえました。

部屋に戻って勉強を再開することにしましたが、
なんだか自分でも自信がなくなってきました。
さっき見たのはあまりに変な虫だったからです。
かなり大きい・・・カブト虫くらいはあったと思います。それに半透明の
ジェルの固まりみたいな体だったし、足もたくさんすぎました。今まで
一度も見たことがない虫で、動きも虫というよりハ虫類とかみたいでしたし。
疲れがたまってるのかもしれないと思い、その日は早く寝ることにしたんです。
2時ころでした。大きな声が聞こえて目を覚ましました。
「チクショー、アノヤロー」姉の声でした。いくら姉でも、夜中のこんな時間に
そんな声を出したことはなかったので、寝言じゃないかと思いました。
声はそれだけでおさまったので、私もすぐまた寝ました。

翌朝、朝ごはんを食べているとグシャグシャの髪で姉が起きてきましたが、
不機嫌な顔で頭が痛いと言いました。母が「休めば」と
言いましたが、「そんなわけにいかない、おとしまえをつけてやるんだ」
と言って朝シャンに行きました。いつも朝食は食べないんです。父は
単身赴任中で姉には怖いものがない状態なので、母もため息をついただけでした。
髪を濡らして戻ってきた姉の目がなんだかいつもより吊り上がっているように
見えました。きっとカレシか、浮気したという女の人をこらしめに
学校にいくんだろう怖いなと思いました。・・・その日姉はかなり遅く帰り、
夕飯はいらないと言って部屋に閉じこもってしまいました。

それから物音一つ聞こえてきません。
「ああ寝たのかも」と思ってその夜は勉強がはかどりました。
その夜中、また姉の大声が聞こえてきました。
「クソー、バカヤロー、ユルセネー」大声というか絶叫です。
昨夜のようにすぐおさまるかと思ったら、延々と続いたんです。
これは・・・怒られるのを覚悟で起こしにいこうと思いました。
姉の部屋はすぐ隣で、ドアには鍵はかかってないのでそっと開けてみました。
暗くて様子がわからないのでドアの近くの電気のスイッチをつけると、
ベッドが見え、姉の体がそこから半分ほど浮き上がっていました。
長い髪の毛が枝分かれして上に伸びてたんです。
そのため上半身が引っぱられてるように見えました。

髪の束の一つ一つの先に前に見たあの虫がいて、
羽もないのに宙に浮いて姉を引き上げてるんです。
「ギャー」それに気づいて絶叫しました。姉は目をつむったままで、
頭の皮膚が伸びて顔全体が上に寄ってました。
そんな姿で「コノヤロー」と叫んでるんです。
階段を上ってくる音がしました。そのとき虫の姿がいっせいに消え、
姉はベッドの木の部分にゴンと頭をぶつけてうつ伏せに倒れました。
「ちょっとあんたまでどうしたのよ?」とあきれたように上がってきた
母が言いました。姉は頭を押さえたままゴロゴロ転がっているし、
私は「虫、虫」と言いながら宙を指さして泣いていたからです。

・・・姉の頭はコブができたくらいでたいしたことはありませんでした。
その後は夜になっても何もなく、1週間くらいで姉はカレシと
仲直りした・・・というか、「土下座したから許してやった」と言ってました。
後になって考えてみたんですが、
私が見たのは・・・もしかしたら「嫉妬の虫」というものかもしれません。
だとしたら姉が自分で作り出したものなのでしょう。
姉が怖い・・・というより、人間ってそういうものを作ってしまうほど
感情が高ぶるんだってことが怖いな、と思いました。前に読んだことのある、
ギリシア神話の髪の毛がヘビになってる怪物みたいだったんですよ。

* 「かるかや」というのは「苅萱道心」を主人公にした仏教説話で、
加藤という侍の家には妻と妾が同居してたんですが、
表面上は仲睦まじく見えたのに、夜になると2人の髪が蛇になって
からみ合い争ってるのに気づいてしまった。それで世の無常を感じ、
「苅萱」と名を変え出家したというようなお話です。

キャプチャ




物語への神の介入

2020.12.24 (Thu)
アーカイブ527



自分が書く怖い話には、古神道のというか、日本古来の不可思議な
神様たちが出てくるものがかなり多いんですが、
さすがに一神教的な絶対神が登場するものはありません。
それは日本人として書くのはまず不可能だと思われます。

また、神の対立概念である悪魔の話も難しいですよね。
これを出して怖がらせるには、かなりの工夫が必要でしょう。
『エクソシスト』は、主人公の少女がエビ反りで歩いたり、
首が360度回ったり、そういう特殊効果の点ではウケましたが、

では、日本人があれを見て悪魔の側に取り込まれる恐怖を
感じるかというと、自分には疑問があります。
悪魔を扱った映画、古くは『オーメン』 『ローズマリーの赤ちゃん』
『エンゼル・ハート』 近年では『パラノーマル・アクティビティ』

映画『オーメン』のラスト 悪魔の勝利を予感させて終わる


なんかもそうですが、コケオドシ的な映画の技術をのぞけば、
日本人にとって心理的に怖いという感じはあまりない気がします。
悪魔の存在が真面目に信じられてないからで、
やはり宗教文化の違いというほか、ないかもしれません。

さて、クリスマスから大晦日にかけて、世間は慌ただしく、
かつ賑わっていますが、西洋ではクリスマスストーリーの一つとして、
悲しいお話が書かれることがあります。典型的なものとして、
『フランダースの犬』などがあげられるでしょう。

ストーリーには、かなりあざとい感じでクリスマスの日が
からめられていて、この話を嫌う人は、そのあたりのことを言う場合が
多いですね。ネロとパトラッシュが小屋を追い出されたのは、吹雪の
クリスマスイブでしたし、またその日は、ネロのすべての希望を
込めた、絵画コンクールの発表の日でもあったわけです。

天国へ向かうネロとパトラッシュ


結果は落選(しかし後にネロの才能を認め、援助しようという
パトロンが現れる)パトラッシュが雪の中で、追い出された
風車小屋の主人の全財産入りの財布を見つけてネロが届ける。
絶望して帰宅した風車小屋の主人は事情を聞いて、
ネロに対し今まで行った数々のひどい仕打ちを後悔する。

ネロはパトラッシュとともに大聖堂におもむき、見るのが念願であった
ルーベンスの絵を前にして、いっしょに凍死してしまう。
たしかに、財布のエピソードなどは話として都合よすぎではありますが、
これも、登場人物のすべてが悔い改めるということが、
クリスマス・ストーリーとしては重要なんですね。

あとは、アンデルセンの高名な『マッチ売りの少女』
これは大晦日の話でしたか。一本ずつマッチを燃やしていった少女は、
最後に優しかったおばあさんの幻影を見て、翌朝、
燃えカスを抱えて微笑みながら死んでいるのを発見される。

『エンゼル・ハート』悪魔に魂を奪われた主人公はエレベーターで地獄へ


この話については、アンデルセンに「なぜこんな悲しいことを書くのか」
といった批判が多く寄せられたそうですし、『フランダースの犬』では、
結末がハッピーエンドになるように改変されて
出版された国もあるようです。

しかしながら、これらの物語、オスカー・ワイルドの『幸福な王子』
なども含めて、児童文学であることに注意しなくてはなりません。
マッチ売りの少女もネロも、彫像の王子もツバメも、
最後には天使に迎えられる形で天国に入ります。

善良、正直、勤勉な生涯を送ったものは、最後には神の国に行く。
子どもたちへの教訓が含まれていますし、
死というものを宗教的に説いているとも言えるでしょう。
天使たちに抱えられて昇天するのは、けして悲しい結末ではなく、

『ゴースト/ニューヨークの幻』のラスト、天国へ去る恋人


むしろハッピーエンドと言っていいかもしれません。
そういう伝統の上で書かれたものなんですね。日本では、
江戸時代までは「極楽往生の物語」といって、似たような形の
ものがありましたが、現代ではさすがに難しいと思われます。

どうしても大人になるにつれ、社会の現実的な側面が
目に入るようになり、『フランダースの犬』に対しては、「無力に
死んでいった負け犬の話」というような評価もあるんです。これは
難しいところで、昨今は欧米でも無神論者が増えているようですし、
世の中は信仰だけで渡ってはいけませんからねえ。

さてさて、自分がアメリカにいたときに、テレビのドキュメンタリーで、
スリーマイル島原発事故のその後を追う、と
いう内容の番組をやっていました。公的には、周辺住民への
健康被害は微小であったとされていますが、風下地域における
乳幼児死亡率の増加などといったデータもあるようです。

『コンスタンティン』地獄へ引き込まれる主人公


その中で、周辺地区に住む子どものいる主婦がインタビュー
に答えていましたが、「どうしてここに住み続けるのか?」
という記者の質問に対し、「先祖代々の土地だし、ここに住むのは
神のみ心だと思うから。もしそれで早く死んだとしても、それだけ早く
神のおそばに行けるからいい」と答えていたと記憶しています。

それを見ていて「ああ、信仰が残ってる人がいるんだなあ」と、
少し驚いたりもしたんですが、アメリカの田舎で教会の日曜学校に通い、
日々、寝る前や食事前のお祈りをしている家族に生まれた人は
そうなんだろうなあ、とも思いました。そのような文化の中にあれば、

最期に天使が迎えに来て天国に入る、また悪魔の誘惑に負けて
魂を奪われるなどのことも、話として成り立つんでしょう。
ということで、話に神や悪魔が介入してくるような内容の物語は、
神の実在と魂の不滅が教会で説かれる欧米ならともかく、
現代の日本ではさすがに難しいんですね。では、今回はこのへんで。

体の宝石をすべて貧しい人に与えた王子と、南の国へ帰らなかったツバメは天国へ行く





時計のオカルト(ほぼ雑談)

2020.12.23 (Wed)
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今回はこういうお題でいきます。オカルト論ですね。
しばらく前から腕時計ブームがきているようで、専門誌が
発刊されたり、ファッション雑誌にも腕時計の記事が多く
見られるようになりました。

まあ、今の腕時計ブームはロレックスブームと言っていいのかも
しれません。メーカー価格より高いプレミアがついて
販売されていますよね。これは他のメーカではなかなか見られない
ことです。また、アンティークロレックスのコレクターという
方もいるようです。

アンティークロレックス
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みなさんはどんな腕時計をされているでしょうか。自分は
特にその方面の趣味はないので、安いものです。
ただ、アメ車のジープに乗っているのと、ファッションが
ミリタリー系を着ていることが多いので、時計もいちおうそれに
合わせています。今持ってるのは2つだけで、

一つは、アメリカで始まったハミルトン社の、陸軍用時計を復刻した、
小さい手巻きのやつです。もう一つは、気温や高度などがわかる
スントというメーカーのデジタル。こっちはアウトドア用で
ガンガン傷ついてます。どっちも5万円もしなかった記憶があります。

映画 『シャイニング』の時計 よく作ったと思います
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それにしても、最近の腕時計は大きいですよね。ケースの直径が
40mmが普通になり、44mm、46mmなんてのも見かけます。
これ、西洋人ならともかく、日本人の腕に合うもんでしょうか。
というか、スイスなどの時計も、一昔前は40mmだとかなり大きい
ほうした。ですから、そういうファッション的な流れなんでしょう。

さて、腕時計の歴史はもちろん古いものではありません。それ以前は
懐中時計でした。腕時計が本格的に商業ベースに乗ったのは
20世紀に入ってからのことです。急速に広まったのは、
やはり軍用としての需要からですね。それまでの懐中時計は、

ヨーロッパの広場時計
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ポケット等から取り出し、蓋を開けて時間を見たら またしまうという、
手間が多すぎたんです。そのかわり、中に写真を入れたりなどの
加工もできました。ホラーやミステリ小説には、小道具として
懐中時計が登場することはありますが、腕時計のホラーは
あんまり聞かないです。

それでも、昔は、車で事故に遭ったり、殺されて床に倒れた
衝撃で時計が壊れ、死亡時刻がわかる・・・などというトリックも
ありましたが、最近はカシオのGショックなど、耐衝撃性を重視した
時計がつくられるようになり、その手の描写はほぼ見られなくなりました。

『モモ』少女モモが時間どろぼうと戦うファンタジー
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さて、では、時計全体での歴史はどうかというと、日時計なども
含めればかなり長いですよね。世界各地に見られるストーンサークルは
日時計であり、時間がきちんと運行するようにと、石の下に
生贄を埋めたなんて話もありますが、信憑性は高くありません。

時間そのものは、1日の太陽の動きを見ていれば大ざっぱにわかる
わけですが、古来から人類には「時間を正確に計りたい」という
欲求があり、水時計や、線香を燃やして時間をはかるものなど、
さまざまな時計が工夫されてきました。

シンデレラ城の時計
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機械時計の歴史は、錘を用いたものがヨーロッパで14世紀頃にでき、
ガリレオの振り子の周期の発見を経て、17世紀にヒゲゼンマイ時計が
発明されました。これで何が起きたかというと、まず1つめとして、
船の中に正確な時計を設置することで、航路を決めることが
容易になりました。

もう一つは、不定時法から定時法に変わったことです。どの季節でも
1時間の長さは同じになり、時給という概念が発生します。
そして産業革命が起こり、労働者は勤務時間に縛られることに
なります。このあたりのことは、過去記事「シンデレラとモモの時間」で
かなり詳しく書いていますので、ぜひご一読を。

関連記事  『シンデレラとモモの時間』

『ルイスと不思議の時計』
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さて、現在コロナが大流行していて、自宅勤務やリモートワークという
方も多いんじゃないかと思います。自分の場合、自由業でもともと自宅勤務
みたいなもんですが、打ち合わせに居酒屋等を使えなくなったため、
引きこもり的な生活を強いられ、運動不足状態です。自分は4年前に
大病をしていて、もしコロナに罹患すれば重症化の可能性が高いんです。

あと、ジムにも行けなくなりましたからねえ。早朝の散歩とか
するしかないんでしょうか。ホラーでは、時計は時空系の話によく
出てきますよね。時間が止まったり、遡ったりするための装置という
場合が多いです。あと、機械時計をさらに進化させたゼンマイ仕掛けの
自動人形(オートマタ)とか。

日時計
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映画では、2018年に『ルイスと不思議の時計』が公開されています。
原作は児童小説なので、ファンタジーテイストが強い内容で、
怖さは期待できません。あと 『ドールズ』のシリーズは、まあB級
なんですが、善と悪のどちらが時間を支配するかみたいな共通
テーマが流れていたと思います。

さてさて、ということで、予想どおり雑談内容になってしまいました。
自分は初期の頃に、時計に生贄をささげる「工場の時計」という
話を書いてますので、よろしければこちらもご覧ください。
では、今回はこのへんで。

関連記事 『工場の時計』





お知らせ

2020.12.23 (Wed)
※ この記事は、当ブログの読者の方全員に関係がある内容では
ありませんので、関係のない方はスルーされてください。

当ブログには過去にいくつか、「ブログの怖い話を朗読したい、
怪談として動画サイトやラジオで語りたい」というお申し出があり、
「怖い話します bigbossman」の名前を出さないことを
条件として、すべてお申し出に同意してまいりましたが、
このたび、それを解消させていただきたく、ここにお知らせします。

それらの方々に直接連絡すればいいわけですが、個人的な
おつき合いがあるわけではなく、メールアドレス等もわからないため、
不躾ながら このような方法を取りました。なにとぞご了承ください。

なぜこうすることにしたかの理由ですが、それらの方々の
活動に不満があるなどということはなく、むしろ陰ながらご活躍を
喜んでいます。ですが、それとは別に、当ブログのコンセプトと
それらの方々の活動とにズレが生じてきてるという危惧があるんですね。

当ブログは「創作」であることを明記した「創作怪談」をやってます。
自分はオカルトを個人的に研究していて、すべてのオカルトを
否定するつもりはないんですが、「心霊、霊能、霊視」等には
懐疑的な立場を取っています。

過去記事にも「心霊の正体を暴く」的な項をいくつも書いています。
明らかな創作に「実話」とつけることには、どうにも賛同できません。
ですので、当ブログの話を「実話怪談」として語られるのは
やはり問題があると考えるようになってきたんです。

もちろん、他のさまざまな方々の活動を妨害するなどといった
つもりはまったくありません。ということで、
以上、まことに勝手ながら、よろしくお願いいたします。
(この内容はtwitterでも発信させていただきました。)






海からきた恵比寿さまの話

2020.12.23 (Wed)
アーカイブ526

これ、5年前に死んだうちのジイさんの話なんだよ。まあ聞いてくれ。
72歳で亡くなったんだ。早すぎるって歳じゃないし、しかたないんだけど、
亡くなった前後の事情がかなり奇妙奇天烈でね・・・
ああ、仕事は鉄道関連の会社を退職して、俺の両親と同居してたんだよ。
それで年金を小遣いにして、悠々自適の生活だった。
うん、体も悪いところはどこもなくて、毎日港に漁に出てた。
いや、漁師じゃなくて趣味でやってたんだ。釣りもやったけど、
メインはカニ籠だったな。岸壁に籠をしかけてモズクガニをとるんだ。
ジイさんがとったカニは臭みもなくて、味噌汁に入れても佃煮にしても旨かった。
んで、ある日、俺が高校から帰ってくると、ジイさんが庭にたらいを出して、
何か洗ってたんだよ。「ジイちゃん、何やってんの?」と聞いたら、

「今朝な、カニ籠にこんなもんが入ってたんだ」と、
たらいの中のものを持ち上げて俺に見せた。それが高さ50cmくらいの
赤黒いもので、そんときは何だかわからなかった。
「何だい、それ?」重ねて聞くと、
「木彫りの像みたいだ、恵比寿さまなんじゃないかなあ」って答えた。
「恵比寿さま?」 「ああ、頭巾をかぶって鯛を持ち上げてる」
・・・言われてみればそう見えないこともなかった。
「へえ、そりゃ縁起いいんじゃないの」 
「そうだな、恵比寿さまは漁師の守り神だし」
「でもそれ、カニ籠に入ってたの? 籠の穴よりずいぶん大きく見えるけど」
「それがわしも不思議なんだよ。それにカニ籠は底まで沈めてるわけじゃねえから、

 海の中を漂って入ってきたってことになる」
「うーん、そうだよね」 「ところがなあ、これ、たらいに入れると沈むんだよ」
「きっと恵比寿さまのほうで、ジイちゃんを慕って寄ってきたんだろ」
そのときはこんな会話をしたんだよ。それから、
洗った恵比寿さまは庭の日当たりのいいところに何日か干されてあったんで、
見てみると確かに腹の出た人の形をしてて、両手で魚を抱えている。
今にして思えば、釣り竿を持ってないのは変だったけどな。
木目が浮き出てたから木製なのは間違いない。
泥を落としてみると赤に近いえび茶色をしてた。ただし、何かを塗ったわけじゃなく、
そういう木の色みたいだったんだな。恵比寿さまは水気が抜けきるまで、
1週間ほど庭で乾かされていたが、その終わりころに、

野良猫が一匹、像の前で死んでたんだよ。上を向いて血を吐いて転がってた。
病気で死んだんだとそのときは思ったが、そういう猫の死に方って珍しいだろ。
うん、猫って普通は具合が悪くなれば、縁の下とか人に見えないとこで死ぬよな。
今にして思えば一連の出来事の、これが始まりだったんだろうな。
・・・すっかり乾燥した恵比寿さまは、ジイさんが使ってる和室の床の間に置かれた。
長い間海の中にいたせいで、輪郭はボケてるけど、
それなりに立派なものに見えたよ。ジイさんは木を磨く油を買ってきて、
暇があれば恵比寿さまをこすってて、
よっぽど気に入ったんだろうって家族で話してたんだよ。
で、それから3日くらいたった朝のことだ。ジイさんの部屋のほうで、
ガチャーンってガラスが割れる音がしたんだ。

家族はみんな起きてたんで何事かと見にいったら、
ベランダのサッシにカラスが頭から突っ込んでた。首を切ったみたいで、
割れたガラスの下のほうが血で赤く染まってて、カラスはぴくとも動かなかった。
ジイさんが恵比寿さまの前に正座してたんで、「どうしたん?」って聞いたら、
「カラスのやつが恵比寿さまをねらってきやがった。
 けども恵比寿さまの力に負けてこのザマだ!」そう言って、
ガラスに刺さってるカラスを指差して嘲笑ったんだよ。
「えー、カラスが木の像なんかねらわないだろ」俺がそう言うと、
ジイさんは真顔で「いや、もしかしたら恵比寿さまのほうでカラスを呼び寄せたのかも
 しれん。この恵比寿さまは命が好きみたいだから」こう答えたんだ。
うん、そのときはどういう意味かわからなかったよ。

次の日からジイさんはまた漁に出るようになった。カニ籠はやめて釣りだったな。
それが、毎日すごい釣果があったんだよ。
石鯛やスズキの大きいのがバンバン釣れた。
けど、それらを母親が料理してみると、なんでかどれも泥臭くって、
刺し身はもちろん、焼いても煮つけにしても旨くなかったんだよ。
もしかしたら、港に流れてる廃油かなんかを吸って育ったのかもしれん。
ジイさんは「どんどん釣れるのは、恵比寿さまが欲しがってるからだろう。
 もう魚はお前たちにはやらん」そう言って、釣ってきた魚を竹籠に積み上げて、
恵比寿さまの前に置いてお供えみたいにした。
うん、その頃からジイさんの部屋が生臭くなりはじめたんだよ。いや、
季節は秋に入ってったし、朝に釣ったばかりの魚が1日置いたって腐るわけはねえ。

ジイさんは庭に穴を掘って、夜になると、恵比寿さまに供えた魚を毎日埋めてたしな。
この頃から、ジイさんの様子がいよいよおかしくなりはじめた。
朝に釣りに行って10時ころ帰ってくる以外は、
何もせずにずっと恵比寿さまを磨いてたんだよ。家族の食卓にも出てこなくなり、
母親に食事を部屋に運ばせるようになった。で、それにもほとんど箸をつけてない。
ジイさんは顔も洗わず、髭も剃らずで、どんどん痩せていった。
ときおり部屋を覗くと、恵比寿さまを抱え込むようにして、
にやにや笑いながら磨いてたんだ。それで、恵比寿さまはつやつやに光って、
なんだか赤い色がいっそう鮮やかになったように見えたな。
家族で相談して、これはちょっとジイさん、ボケがかってきたかもしれないから、
医者に連れて行こうってことになった。

ところがジイさんは頑としていうことを聞かず、
「わしが恵比寿さまを守ってないと、恵比寿さまが勝手に出かけていって
 命をとってくるかもしれんから、それはならん」こんなふうに言ったんだよ。
続けて「恵比寿さまはもう、魚じゃ満足できんみたいだ。明日から釣りはやめる」
そんときはそれもどういう意味なのかわからなかった。
けども、翌日もジイさんは朝に出かけていって、
やはり昼過ぎに麻袋をかついで戻ってきた。
これは俺が学校に行ってていないときだから、母親が目撃したんだが、
ジイさんは得々として袋から中型の犬の死骸を出し、
恵比寿さまの前に捧げたって話なんだよ。しかもだ、その犬ってのが首輪がついた
明らかに飼い犬に見える毛並みのいいやつだったから、これはマズイだろ。

それで、母親は父親に電話をかけてジイさんを入院させる相談をしたんだ。
けど、本人が嫌がってるのを無理やり入院させるのはできないんだな。
措置入院ってのもあるけど、いろいろ複雑な手続きがある。
まず何よりも医者の診断がなくちゃいけないんだが、
ジイさんはどうしても医者にかかろうとしないし。
かといって、人の家の犬を殺しにいくのを黙って見てるわけにもいかんだろ。
それで親戚の男衆に連絡して事情を話し、何人か来てもらって、
ジイさんを家から出さないようにしたわけよ。
ああ、ジイさんが袋を持って外に出ようとしたら、
何人もでジイさんを押さえ込むようにしてな。そうやって3日がたった。
この間に、家族でジイさんのことを警察や行政に相談したんだ。

で、翌日のこと。その日も、朝からジイさんをなだめすかしてたら、
恵比寿さまのほうからカキーンという乾いた音がしたんだ。
ジイさんはそれを聞いて「ああ、恵比寿さまが、もうこの家にはいたくないと言ってる。
 海に帰るから最後の命がほしいとも」そう言うなり、
前にかがみ込むようにして咳き込み、大量の血を吐いたんだよ。
そのまま倒れ込んだんで、救急車を呼ぶしかなかった。
それで病院に着いて1時間後に亡くなったんだが、
死因を特定するために胃や腸、肺なんかを調べても、
どこにも出血するような病巣はなかったんだ。それから葬儀屋を呼ぶとかなんとか
すったもんだして、夜中にやっと家に戻ってきたが、ジイさんの部屋を見ると、
誰もさわってないはずなのに、恵比寿さまはなくなっていたんだよ・・・







「社格」って何?

2020.12.22 (Tue)
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大嘗祭の様子

今回はこういうお題でいきます。オカルト論ですね。さて、
ここでいう社格とは、一部上場企業など、現代の会社についての
話ではなく、日本神道に関するものです。ただ、この社格の話は
なかなか難しいんですよね。というのは、時代時代によって
制度が異なっているからです。

それを詳細に述べることもできるんですが、字数を食う上に、
おそらくみなさん退屈されると思うので、全体を俯瞰した形で
大ざっぱに書いていきたいと思います。その前に、まずは
日本神道についての全体論。海外からは、日本神道は特異な
宗教であると言われます。

伊勢神宮 内宮
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一般的な宗教は、神、創始者、聖典、戒律があることが
多いですよね。キリスト教だと、神はヤハウェ、創始者が
イエス・キリスト、聖典は新旧の聖書、戒律はモーセの十戒
という具合です。ところが神道では、神は八百万の神々ですが、
創始者、聖典、戒律は、はっきりしたものはありません。

『古事記』 『日本書紀』が聖典であるという人もいますが、
神話は書かれているものの、そこから人々が教訓を読み取るとか、
生活の規範とするといった内容でもないんです。祝詞もまた
聖典とは言いにくい。で、神道は歴史的に数々の試練をへてきました。
まず一つめが、仏教との競合です。大陸から伝来した仏教は体系だった

出雲大社
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教えであり、壮麗な仏教建築、荘厳な仏像をともなっていました。
ですから、天皇家をはじめ、有力貴族はこぞって仏教徒となり、
「本地垂迹説」が生まれます。簡単に言えば、神道の神々は、
じつは人々を教化するため、仏教の諸仏が化身したものであるという
内容で、仏が主、神道の神を従とすると言っていいかもしれません。

当然、神道側としては受け入れ難いと思いますが、実際には仏教に
迎合した派もあれば、これに反発する派もあって、リアクションは
様々だったんです。二つめは、江戸後期からの国学の隆盛です。
仏教はあくまで異国の教えであり、神道こそが日本の心を正しく
表すものだと考えられました。このとき、原初の神道に

かつてあった朝鮮神社
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回帰しようとして復古神道運動が起こりましたが、古代の神道が
どういうものかは、よくわからなかったんです。で、明治維新となり、
新政府は、天皇を現人神として頂点にすえた国家神道を始めます。
ですが、ご存知のとおり太平洋戦争の敗北で、すべてが
崩れ去ることになります。

だいぶ長くなってしまいましたが、ここまでのことを頭に入れて
おくとわかりやすいでしょう。さて、かつては神社にはランキングがあり、
それが社格と呼ばれるものですね。法律的に社格が定められたのは、
飛鳥時代の「大宝律令」からですが、内容は断片的にしかわかりません。
はっきり記録として残っているのが、

香取神宮
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927年に完成した『延喜式』の神名帳です。そこでは、
官幣大社、国幣大社、官幣小社、国幣小社の区分けが見られます。
官幣とは、朝廷の神祇官から奉幣を受ける神社で、国幣は地方の
長官である国司が行うものです。一般的に官幣社のほうが格式が
高いんですが、そこも大と小の区別があって難しい面もあります。

あと、神社は官位(正二位など)を持っているところもあり、それで
比較することもできます。で、明治になり近代社格制度ができ、
「官幣大社、国幣大社、官幣中社、国幣中社、官幣小社、国幣小社
 別格官幣社、県社、郷社、村社、無格社、それ以外の諸社」
と細分化されます。まあ、このあたりは覚えてもしょうがないですが、

村社のお祭り
xxxxx (7)

歌に「村の鎮守の神様の~」と出てくるのが村社ですね。これが
第2次世界大戦で日本が負けたことで、すべてがご破算になります。
現在では、別格である伊勢神宮をのぞいて、神社に社格の優劣はない
建前ですが、戦前の社格制度はさまざまな面でまだ生きています。

さて、社格とともに「社号」というのもあります。みなさんの家の近くの
神社は「〇〇神社」 「〇〇社」 「〇〇宮」などと呼ばれているでしょう。
これが一般的な呼び名ですが、この3つよりも格が高いとみなされるのが
「大社」号です。もともとは出雲大社だけに用いられていたんですが、
現在は、熊野大社、春日大社、住吉大社など、広く知られて

武蔵国(現東京一の宮)小野神社
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崇敬を集めている神社に使用されます。で、さらに上と考えられるのが
「神宮」です。これも、本来は伊勢神宮にしか使われないものでした。
伊勢神宮の正式名称が「神宮」という固有名詞だったんです。
他の神社がこれを使用するのは畏れ多いですよね。

後に、伊勢神宮以外にも、神武天皇を祀った橿原神宮、天津神で、
大国主大神に国譲りさせた武神を祀った鹿島・香取神宮など、
天皇家および日本の建国にゆかりある神社だけが神宮号を許されることに
なります。ちなみに、なぜ出雲大社は神宮号ではないかというと、

新興宗教の廃社
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大国主命が国津神だからですね。社格とは違いますが、神社には
天津神を祀る天津社と、国津社の区別もあります。また、地方の国ごとに
その国の神社の序列である一の宮、二の宮などの呼び方もありますが、
正式な規定はなく、時代によって違っていました。

さてさて、怖い話には「廃神社」などが出てきますが、ふつうの神道の
神社であれば、小さいところでも掛け持ちで管理している神職がいて、
荒れた廃神社となることはありません。何かの理由で社をなくす場合は
きちんと儀式をします。廃墟化し、心霊スポットと呼ばれるのは、
ほとんどが新興宗教の施設です。では、今回はこのへんで。

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アーカイブ 手のオカルト

2020.12.22 (Tue)
今回はこういうお題でいきます。手は人間にとって、かかすことが
できない体の部分ですよね。それは、もし両手がなくなってしまったら
と考えてみればわかります。日常生活のほとんどのことに
不自由してしまうでしょう。

さて、手のオカルトとして最も有名なのは「栄光の手」
なんじゃないでしょうか。かの『ハリー・ポッター』シリーズでも、
ノクターン横丁の闇の魔法道具を売る店先に飾られていました。
栄光の手はまた、「輝きの手」とも言われます。

『ハリー・ポッター』シリーズに登場する「輝きの手」


これは西洋魔術のカテゴリに入る話です。そのつくり方には諸説ありますが、
基本的には、絞首刑にされてまだぶら下がっている罪人から
その右手を切り取らなくてはならないとされます。ヨーロッパ中世の魔導書には、
中に残っている血をすべて絞り出し、塩・唐辛子・胡椒・硝石・水の混合液の
入った壺に2週間ほど漬け込むなどの制作法が書かれています。

それからさらに乾燥させた手は、屍蝋化します。そして不思議な力を持つ
ようになるんですね。特に、泥棒にとっては必須のアイテムと言われます。
栄光の手を持って目的の家に侵入し、指先に火をつける。
すると、家の中の人々を一瞬にして眠りに落とす、
あるいは全身麻痺にさせることができるとされました。

イギリス、ダービシャー州カッスルトンで発見された「栄光の手」
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実際に使用されたと言われる栄光の手が、何本か見つかっています。
ただこれ、語呂合わせからできたものだという説もあるんですね。
栄光の手は英語で「Hand of Glory」ですが、もともとの語源は、
フランス語の「main de gloire」。「マンドレイク」と言えば、
聞いたことがある方もおられるでしょう。

マンドレイクは実際にある植物で、古くから薬草として用いられましたが、
魔術や錬金術の原料として登場します。根茎が人の手足に見えるような形の
ものもあります。神経毒が根に含まれており、幻覚や幻聴を起こしたり、
死ぬ場合があるとも言われます。このマンドレイクが、フランスから
イギリスに伝わる過程で、栄光の手と誤解されて広まったのかもしれません。

魔導書に描かれた「栄光の手」
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マンドレイクにも、絞首刑になった罪人の男性が、激痛から射精した精液が
落ちた地面から生まれるとういう、似たような点があります。
この栄光の手は、19世紀のヨーロッパで大流行した心霊主義の
降霊会でも使われていたという話がありますが、
貴重なものですので、毎回用意されていたというわけでもないようです。

ただ、降霊会において、参加者の手はきわめて重要視されました。
降霊会の参加者は、お互いに手を握り合わせることが多かったんですが、
これはパワーを高めるためと説明されました。また、霊媒師が
暗闇の中で手を使ってインチキしているのではないという
証明にもなっていたんです。

降霊会の様子
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ただ、当時の霊媒師はみな初歩的な手品をこころえていました。
膝関節を鳴らして音を出したり、膝でテーブルを持ち上げたり、
糸を足先で操って楽器を動かし、音を出したり、
握っていた手を一瞬離して、自分の両隣の人が手を握り合うように
させるなどのテクニックを持っていたんですね。

もしかしたらそのとき、栄光の手のようなものが使用された可能性があります。
また、降霊会で出現した霊の手の型をロウでとったなんて話も
残っています。1919年、フランスの心霊研究家ギュスターブ・ジュレは、
ポーランドの物理霊媒、フラネク・クルスキーをパリの研究所に招き、
エクトプラズムの物質化現象の実験を行いました。

物質化しようとするエクトプラズムの手
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当時の降霊会では、エクトプラズムを物質化させるのが流行していましたが、
人の全身が現れる場合はきわめて少なく、たいがいは顔や手足などの
身体の一部が現れることが多かったんです。そこで、溶融パラフィンロウを
円形の容器に入れ、その容器を温水の上に浮かべて溶かし、
型を取る方法を考案しました。

もし、普通の人間が薄いロウの手形を作ろうとすれば、握った手を開いたり
手を抜こうとするうちに破れてしまうはずである。
これがエクトプラズムであれば、手を抜くときに物質化を解除すれば、
薄いロウを破ることなく抜くことができると考えられたんですね。

そしてこの実験は成功し、手や足の型を取ることができたんです。
このときの手は「クルスキーの手型」と呼ばれて、エクトプラズムが実在する
証拠とされました。ただ、1997年になって、
イタリアの懐疑論者マッシモ・ポリドーロらが同様の実験で作製に成功し、
やはりトリックではなかったか、との声明を出しています。

「クルスキーの手型」
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まあ、真相はわかりません。空中浮揚など、この心霊主義の時代におきた
数々の不可思議な出来事は、もはや検証が不可能で、
ただ逸話だけが残っている状態なんです。日本でも、これらのことを
スピリチュアリズムの歴史としてまとめているサイトがあります。

さてさて、手をあつかった短編ホラー小説として、イギリスの小説家
W・W・ジェイコブズの『猿の手』はあまりに有名ですよね。
一見みすぼらしい猿の前足のミイラですが、持ち主の願い事を三つ叶えて
くれるという魔力を持っています。それをゆずり受けた一家は
ささやかな額のお金を望むのですが・・・

筋を書かなくてもみなさんご存知でしょう。この猿の手なんかも、
ここまで書いてきた栄光の手のバリエーションなのかもしれません。
手のオカルトについて、指で結ぶ印の、西洋と東洋の違いなんて
話もしようと考えてたんですが、そこまでいきませんでした。
では、今回はこのへんで。

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アーカイブ 足のオカルト

2020.12.22 (Tue)


今回はこういうお題でいきます。昨日が「手」だったので
予想されていた方もおられるでしょう。さて、足にオカルトなんて
あるのかと思われるかもしれませんが、自分はけっこうあるような
気がします。例えば、「足つぼマッサージ」なんてどうでしょう。
あるいは「青竹踏み」とか。

「足つぼマッサージ」って、なぜかあんまり反感を持たれないんですよね。
みなさんの中にも、効果があるんじゃないかと思われてる方が
いるんじゃないでしょうか。でも、西洋医学のようなエビデンスが
あるわけではありません。あくまで生活の智慧的なものなんです。

足裏のつぼ これどうやって確かめたの?
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まあ、足つぼマッサージをやって、何か悪い副作用があるとも思えませんし、
高額な費用がかかるわけではないので、あまり問題にされてないのかも
しれません。ですがこれ、もし、金ののべ棒で足裏を押して万病が治る、
施療費は1回50万円とかだったらどうでしょう。
やっぱオカルト治療と言われるんじゃないかという気がします。

さて、余談はこのくらいにして、今回は雑多な内容になりそうですので、
そのことをご承知おきください。足のオカルトというと、まずそうですね。
こんな話題をご存知でしょうか。「2007年以降、カナダとアメリカの
国境にあたるセイリッシュ海で、身元・死因が不明な人間の足が、
他の部位を伴わない形で、何本も流れ着いている事件」です。

セイリッシュ海周辺地図
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2019年1月現在で、20本の足が発見されています。
これだけ聞くと、大変な猟奇事件が起きているようですが、
地元の捜査官は殺人や死体遺棄事件とは考えていません。オカルト雑誌の
記事なんかで面白おかしく報道されて話題になってるんですね。

まず、セイリッシュ海沿岸とその周辺の島々はかなり広い地域です。
足が流れ着いた島だけでも7つ、湖が2つ、カナダの
ブリティッシュコロンビア州と、アメリカのワシントン州にまたがって
いるので、地図を見ればその広大さに驚くでしょう。

また、足の持ち主の身元が判明し、鬱状態だったなど、
自殺と推定されているケースもいくつかあります。さらに、
明らかに刃物等で骨が切断された痕跡が見られるものはないんです。
ですから、地元捜査官が自殺や事故と推定しているわけです。

一般的に水死体は衣服が脱げ、海の底に沈むケースが多いんですが、
スニーカーやブーツを履いている場合、それはなかなか脱げません。
みなさんが自分の足をさわってみればわかりますが、
足の裏には肉がついているものの、足の甲のほうは固い骨があり、
履き物に引っかかります。

足の骨
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さらに、最近のスニーカーは、底にエアが入っているものがあり、
水に浮きやすい。この事件でも、リーボック、ナイキ、ニューバランスの
シューズを履いた足が見つかっています。あとはハイキングブーツなど。
ですから、体から足だけが分離して浮き上がり、流れ着いている。
ただ、そうは言っても、あまりに多いと思われるかもしれません。

でもこれ、じつは2007年以前にもけっこうあったんじゃないかと
自分は考えてます。でも、誰も注目してなかったので、
足は完全に腐って骨も砂や泥にまぎれてしまっていた。それが、
話題になったことで鵜の目鷹の目で探す人が増え、
次々と見つかるようになった。

あと、2011年以降、動物の骨にスニーカーを履かせたり、
靴の中に動物の肉を詰め込んだイタズラが頻発しており、
その手のものも当地の捜査官はいちいち分析しなくてはならず、
かなりうんざりしているものと想像できます。この話なんか、
オカルトがどうやってできていくかの好例になると思いますね。

ロンドンを騒がせた怪人バネ足ジャック
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あれ、この話題を書いたら、もうスペースがなくなってきてしまいました。
「イギリスのバネ足ジャック」とか、「なぜ江戸時代に幽霊の足が消えたか」
こういう話もしようと思ったんですが、無理みたいです。
うーん、もう一つの話は何がいいでしょう。足の神様とかにしましょうか。

岡山県赤磐市には「足王神社」という神社があり、御祭神は、
アシナヅチ(足名椎)、テナヅチ(手名椎)の2柱です。
この2神は夫婦で、日本神話のスサノオのヤマタノオロチ退治の章に
登場します。8人の娘がいましたが、毎年ヤマタノオロチがやって来て
1人ずつ娘を食べてしまい、スサノオがやって来たときには、

アシナヅチ、クシナダヒメ、テナヅチ


末娘のクシナダヒメ(奇稲田姫)しか残っていませんでした。
スサノオはその話を聞き、姫を櫛に変え、髪に挿して戦い、
ヤマタノオロチを切り刻んで、その尾の中から天叢雲剣を見つけます。
こういう話があって、夫婦神を祀っているわけですが、

足王神社の「狛足」 古いものではないようです
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ご利益としては、手足の病に効験あるとされ、鳥居の左右に足が1本ずつ
狛犬のようにして立っています。また、平癒祈願として、
「病気を断ち切るため」鎌を奉納する習わしになっているようですが、
足と鎌といえば、妖怪の「カマイタチ」を連想してしまいます。
まあ、関係ないんでしょうね。

これを1000円で買って奉納するようです
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さてさて、ということで、無計画に書き始めるとこんなもんです。
まあでも、この「○○のオカルト」シリーズも、かなり回を重ねましたが、
どんなものを取り上げても、オカルトというのはあるんですよね。
では、今回はこのへんで。





隠形の話

2020.12.21 (Mon)
こんばんは、bigbossmanです。今回は「隠形 おんぎょう」について
取材した話を書いてみます。この言葉はご存知でしょうか。仏教の
真言密教で使われます。摩利支天の隠形印を結んで真言を唱えると、
自分の姿を隠すことができるとされ、魔から身を守ることができる。
摩利支天は仏教を守る古代インドの女神ウシャスのことと
考えられています。では、真言宗の修行を積んだものは、実際に
姿を隠すことができるのか。これはわからないです。自分の知ってる
真言宗のお坊さんに聞いたら、「それは何事にも動じない
 心のあり方のこと」みたいな返答をされました。で、どうやら、
人間が身を隠すことができるのと同様に、魔のほうも自らの
姿を隠すことができるらしいんですね。

会社員 園田洋平さんの話
あ、どうぞよろしくお願いします。さっそく話していきますけど、
実際にあれを見てるのは僕だけなんです。ですから、妄想と
言われてしまえばそれまでだし、まず、そのことをお断りして
おきます。そうですね、一番最初にあれの存在に気がついたのは
2年前かなあ。会社に通うのに都合がいいってことで、
今住んでる町に引っ越してきてからですね。はい、アパートに
住んでるんですが、最寄り駅まで10分くらいなんです。会社のある
駅までは電車で40分ほど。だから1時間くらいで通勤できます。
それで、駅に出る大きな通りは2つあるんです。僕はいつも
その一方を通ってたんですけど、ごくたまに、もう一つの
道を行くときもあって。僕、熱帯魚の飼育が趣味で、そっちの

通りに、やや専門的な熱帯魚店があるんですね。ですからたまに寄って
何か買ったりするんです。で、あれは引っ越してすぐ、会社の帰り、
6時頃にその熱帯魚店に寄ったんです。時期は5月で、まだ明るく、
店の前に箱に入れて並べてある流木や石を見てました。で、立ち上がって
何気なく道路の向こうを見たとき、赤い丸いポストが目に入ったんです。
熱帯魚店から10mばかりずれた道の向こう側。今、そういう形の
ポストってないですよね。だから、珍しいなとは思いました。
まあ、レトロな雰囲気を出すためにわざと昔のポストを立ててるのか、
くらいに考えたんです。でも、そのあたりの店構えには、あんまり
合ってない気がしました。店に入って店員さんと話したとき、
そのポストのことを言ってみました。そしたら「え、そんなのあったかな」

みたいな反応だったんです。でね、店から出たとき、さすがにもう
暗くなってましたが、そのポストを探したけど見つからなかったんです。
でもまあ、気にしたわけでもなく、そのことはすぐに忘れちゃいましたけど。
それでね、1ヶ月ほどたった日曜です。またそこの店に行き、
道の向こう側にレトロポストがあるのを見つけました。
あ、そういえばこれ、前も見たな。そう思い、また店の中で、前とは
別の店員さんに話を出してみました。けど、「えー、昔のポストですか。 
 ここの近く? そんなのあったかなあ」こんな反応だったんです。
変ですよね。道をはさんですぐ向かいなのに。それで、買い物後に
その店員さんといっしょに外に出ました。そしたらです。晴れた
日中だったのに、ポストがなくなってたんです。

さすがに不思議だなと思いました。自分の勘違いなんだろうけど、
今度もし見かけたら、道を渡って写真を撮ってやろう。そう考えたんです。
で、また3ヶ月くらいして熱帯魚店に行くとき、ポストはあったんです。
前の記憶とは多少位置がズレてる気がしましたが、やはり道の向こう側。
で、店には入らず、少し先の信号で道路を横断しました。
目はそのポストから離さなかったつもりです。向こうの歩道に出て、
ポストまで40mくらいですか。スマホを撮影モードにして、まずその
距離から1枚撮り、それから足早に近づいてったんですが、あと数m
というところで、ポストがぱっと消えたんです。「ええ!?」さすがに
びっくりしますよね。走ってそこまで行っても、ポストなんてどこにも
ないんです。地面のアスファルトにも跡などは見つかりませんでした。

変ですよね、どう考えても。しばらくそこで立ち止まって、周囲を
探しました。でも、何もわからない。それで最初に撮った写真です。
見てみると、ポストはないんだけど、それが立ってた位置に、うっすら
赤っぽい煙みたいなのがあったんです。高さは人の背丈くらいで、
向こう側が透けて見える。気味悪いと思いながらも、その画像は
保存しました。で、それからまた半年くらいたって、その間ポストを
見ることはなかったんです。納得はできないけど自分の勘違いなんだろう。
そう思ってた矢先、そこの熱帯魚店がつぶれちゃったんです。シャッターに
廃業の貼り紙がされてて、ネットのホームページも半月ほど前から
更新がされてませんでした。でね、嫌な噂を聞いたんです。そこの店長が
自殺したっていう。電車への飛び込みって話になってました。

その真偽ははっきりしないんですが、たぶん本当だと思います。というのは、
前に言った画像ね、ひさびさに見てみたんです。そしたら、赤い煙だったのが
そこに立ってたのは店長で、こっちを見て手をふってたんです。
その画像は今持ってきてますから、最後にお見せします。
でね、話はまだ続くんです。このことがあってから、そっちの道を通るのは
避けてたんです。なんだか怖いし。あれは今年の初めですね。変な話ですけど、
スーツのズボンの股のとこが裂けちゃたんです。かぎ裂きとかじゃなく、
ミシンの縫い目に沿ってだったので、自分で直せるかと思いました。
ただ、独身者で針と糸とか持ってなくて。で、あの通りに手芸の店が
あることを思い出しまして。あれは土曜日だったはずです。ひさびさに
そっちの通りに入りました。熱帯魚店はすでに別の店になっていて、

そここら100mほどで手芸店なんですが、自分の歩く先、20mくらいの
とこに あのポストがあったんです。「え?」と思うまもなく、そのポストの
投函口から黒いロープのようなのが飛び出して、歩道を自転車で通ってた
若い男性の背中に軽く触れたように見えました。「ええ!?」で、
その男性はぐらぐらっとよろけて、杖をついて歩いてたおばあさんに後ろから
ドンとぶつかり、おばあさんはステンという感じで転んだんです。それほど
勢いがあるぶつかりかたには見えなかったですが、仰向けになった
おばあさんは両目を閉じてピクリとも動かず、自転車の男性がスマホで
どこかに連絡をしてました。おそらく救急車を呼んだんだと思います。
でね、またポストが消えてたんです。どこにもそんなのはない。
野次馬が集まってきて、倒れてるおばあさんを取り囲み、

やがてサイレンの音が聞こえてきました。僕はもうすっかり怖くなって、
逃げるようにしてその場を離れたんです。・・・その事故のことは
テレビやネットには出ませんでした。ただ、翌週、朝に道のポストがあった
反対側を通ってみたら、あのおばあさんが倒れてた歩道のガードレール沿いに
花束がいくつも供えられていたんです・・・ それで、あのポスト、
もう一度だけ見てるんです。怖いので、あっちの道は通ってなかったんですが、
通勤途中、いつもの道でです。今年の5月の連休前でした。自分が駅に
向かってる前に、黒い衣のお坊さんが5人ほど列になって歩いてました。
で、急に先の列のお坊さんが立ち止まり、歩道の奥に向けて指を組み、
気合みたいなのをかけて両手を伸ばしたんです。するとそこにあのポストが
出てきて、すぐに赤い煙のようになって消えたんですよ。

キャプチャ





アーカイブ 「相」って何?

2020.12.21 (Mon)
相というのは古い時代にできた漢字です。木と目が向かい合うことから、
「よく見る」という意味で使われます。例えば、人相、手相、家相
などという、占いのジャンルがありますよね。
また、相を読むことを「観相」などとも言います。

ギリシアの人相学


まず、人相ですが、人の顔だちを見て、性格や生涯の運勢を割り出すもので、
歴史は古く、古代ギリシャ時代からありました。
ヒポクラテス、アリストテレス、プラトンなどが人相学の基礎を築いたと
言われ、その著作も残っています。

また、中国でも古い時代から人相学は発達していて、
日本の人相学は、その流れと考えられます。人相占い師は奈良時代から
いたようで、『日本霊異記』には、大きな神社のそばには、
相八卦見(そうはっけみ)が店を出して、参詣に来た人から
お金をとって占っていたという記述が出てきます。

次に、手相ですが、この由来は古代インドで、それが中国を経由して
日本に伝わっています。ヨーロッパでは、手相を見ることはキリスト教で
禁止されたので、あまり広まりませんでした。
あと、家相は、中国の風水から来ているものですね。

インドの手相学


さて、この「相」について、自分が好きな『今昔物語』に
面白い話が出ているので、ご紹介しましょう。
その昔に、登照という僧がいて、京都一条に住み、人相見の名人として
知られていました。この人は、平安時代の実在の人物です。

登照は、人の顔を見るだけではなく、声を聞いたり、
その動作を見ることで、寿命の長い、短いだけでなく、貧富や、
官位の高い、低いなどもすべて当て、一度も間違うことがありませんでした。
このことが評判になり、登照の僧坊にはたくさんの人が、
連日、占ってもらおうと押しかけました。

さて、この登照があるとき、所用があって朱雀門の近くを通りかかると、
老若男女、大勢の人が門の前にたむろしていました。
何げにそれらの人の顔を見て、登照は驚きました。
というのは、そこにいる人すべての顔に死相が現れていたからです。

「これはどうしたことだ?」 なぜこの人たちはみな死ぬのだろう。
例えばここに、悪人が現れて、手あたり次第に刀をふるったとしても、
全員が死ぬということはないはずだ。とすれば、考えられることは一つです。
登照は、「見ろ、今にも門が倒れるぞ。まごまごしてると、
下敷きになって死ぬばかりだ!」こう大声で叫びました。

朱雀門


この言葉を聞いて、あわてて走り出たものもいれば、登照の言葉を
信じなかった者もいましたが、それまで、ぴくりとも動かなかった門が、
急に傾いて、地響きをたてて倒れ、ぐずぐずしていた者の幾人かは、
門の下敷きになって死んだということです。

この話で面白いのは、登照は門が倒れることを予知したわけではない
というところです。あくまで、その場にいる人たちの相を読んだんですね。
そして全員に死相が現れていることから推理して、
朱雀門が倒れるという結論に達したわけです。

さて、登照の話はもう一つ載っていて、雨がしとしと降り続く夜、
登照の僧坊の近くを、笛を吹きながら通り過ぎるものがありました。
登照はじっと耳を澄まして笛の音を聞いていましたが、弟子を呼んで、
「今、笛を吹いて通り過ぎる者は、命が今日、明日に迫っている」
行ってそのことを教えてやれ、と命じました。

ところが、弟子はその人に追いつくことはできませんでした。
翌日、雨がやんだ夕方のことです。また同じ笛の音が聞こえてきました。
登照は、「おかしなことだ。あの笛の音は昨夜と同じ人だろうが、
ずっと寿命が延びている」そう言って、弟子に笛の音の主を
呼んでこさせました。

普賢菩薩


見ると、若い侍でしたので、登照は「失礼ながら、昨夜あなたさまの
笛を聞いたときには、寿命が尽きかけていると思いましたが、
今聞くと、延命の相が出ています。いったい、
どういうことをなさったのですか」と尋ねました。

男は、「いや、特別なことはしていないが、昨夜は普賢講(普賢菩薩を
信仰する講)があって、そこの人たちに混じって、夜通し笛を吹いていたのだ」
と答えました。これを聞いて、登照は、「それは、お経を読む以上の
功徳があって、寿命が延びたのでしょう」と言って男のことを拝み、
男も喜んで、礼を言って帰っていった・・・こんな話です。

さてさて、『今昔物語』は仏教説話ですので、寿命を延ばす功徳のある
普賢菩薩を称えるような内容になっていますが、それはともかく、
これらの話から、相は予知とは違うこと、また、相は変えることができる
ものだということがわかります。では、今回はこのへんで。







貝のオカルト

2020.12.20 (Sun)
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ダイダラボッチ

今回はこういうお題でいきます。オカルト論です。
さて、みなさんは、貝にオカルトなんてあるのかと思われるかも
しれません。自分もあまり自信はないです。ただ、古代においては
人間と貝の関わりは、たいへんに深かったんです。

みなさんは「貝塚」という言葉をご存知でしょう。貝類を常食できる
海辺近くに住む古代の人が、日々ごみとして大量に出る貝殻を、
他の様々な生活廃棄物とともに 長年にわたって捨て続けた場所のことで、
まあゴミ捨て場なんですが、近年、その一部は貝の加工工場であった
とする説も出されています。

エドワード・S・モース博士
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日本だと、東京の大森貝塚が有名で、歴史教科書にも載ってますね。
縄文後期から末期の遺跡と考えられ、明治維新の後、政府のお雇い
外国人として来日したアメリカの動物学者エドワード・S・モースが
横浜ー新橋間の鉄道の車窓から発見したものです。ということは、
地表に露出してたんでしょうね。

でも、一般の人には遺跡とは認識されていなかった。というか、
当時の日本には、その手の遺跡が文化財であること、また文化財は
保護しなければならないという概念がなかったんです。
古代の天皇陵などは整備されていましたが、これはあくまで、
墳墓として崇敬の対象になっていたからです。

明治時代の大森貝塚 日本考古学の始まり
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この時代、廃仏毀釈の流行が起き、各地で寺院や仏像の破壊などが
ありました。やはりアメリカ人の東洋美術史家アーネスト・フェノロサが、
僧らの制止を聞かず法隆寺夢殿の秘仏・救世観音像を開扉した
エピソードが知られていますが、彼は日本に国宝という概念をもたらし、
たくさんの仏教美術品が彼の手によって救われています。

ここでちょっと余談、日本は朝鮮を併合し、朝鮮の文化財を発掘、
保存しました。併合以前の朝鮮には、日本と同様、文化財保護という
考えはありませんでした。日本が朝鮮でその制度を整備したんですが、
今の韓国ではそういうことは教えられていません。ですから、
韓国人で、日本が朝鮮時代の歴史的な遺物を多数盗み取って

中国出土の初期の貝貨
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日本に持ち帰ったと考えている人が多いんです。で、対馬の仏像の
返還拒否事件などが起きているんですね。現在、日本と韓国の関係は
ぎくしゃくしていますが、その大部分は、韓国で正しい歴史が教えられて
いないことによるものです。また、正しい歴史を語ろうとする韓国人が
いても、「親日」というレッテルを貼られ孤立してしまいます。

さて、貝塚は日本全国で2500ヶ所以上発見されていますが、
もちろん世界各地にあります。先史時代の人にとっては、貝類は重要な
タンパク源であり、煮て干せば、ある程度の保存がきくからです。
下図は、アフリカ、モーリタニアの自然公園内にある貝塚ですが、
まるで山のようになっています。

モーリタニアの貝塚!
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さて、貝塚は妖怪とも関係があります。これはご存知の方も多いでしょう。
ダイダラボッチですね。日本各地に話が伝わる巨人で、大入道の
レベルではなく、山をつかんで運ぶことができるほど巨大。
で、貝塚は海から離れた場所で見つかることが多いんです。これは
海退のためですが、その貝塚を見つけた昔の人は、ダイダラボッチが

そこに座っていて、長い腕を伸ばして海から貝を取って食べた、
という伝説を作り出したんです。奈良時代に成立した『常陸国風土記』には、
大昔の「大櫛之岡(おおくしのおか)」に長大な人がいた、と書かれており、
後年、その地に大串貝塚が発見されています。縄文時代の貝塚遺跡が
文献に記されている最古の例かもしれません。

『竹取物語』
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あ、もうここまで来てしまった。古代には貝殻が貨幣として通用していて
「貝貨 ばいか」と言います。中国では、今から3500年前の商(殷)の
時代からあり、子安貝(タカラガイ)が用いられましたが、
南方地域でしか採れない貴重品でした。で、この貝貨がだんだんに
青銅製になり、現在の貨幣へとつながるんです。

ちなみに、これも余談ですが、平安時代の『竹取物語』では、
かぐや姫が貴公子たちに出した5つの難題(クエスト)の一つに、
「燕の産んだ子安貝」というのがあり、これを探した中納言石上麻呂は
高所から落ち、腰の骨を折って亡くなります。貴重なものであるという
記憶がその時代でも残っていたんでしょう。

貝輪
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「貝輪」というのもありますね。縄文・弥生時代から古墳時代にかけて
用いられた貝製の腕輪で、アカガイ、イモガイ、ゴウホラなどが使われました。
これらは身につけた人物の身分を表すとともに、呪術的な意味があったと
考えられ、両腕に外せない多数の貝輪をつけた人物の骨が発掘されています。
その状態では日常生活がまともに営めず、シャーマン系だったんでしょう。

貝輪も貝貨同様、時代とともに青銅製、石製に変化していきます。
ところで、貝輪にも使われたイモガイ類は大変な危険生物で、
捕食性で、歯舌が特化した神経毒の銛で他の動物を刺し、麻痺させて
餌としています。ちょうど人間がロープがついた銛を使って漁をする
ような感じで、世界で多数の死亡例が報告されています。

危険なイモガイ類
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さてさて、最後にオカルトホラーな話題を。小説家の伊島りすと氏が
書いた『ジュリエット』という本が角川から出されていて、沖縄が舞台と
なっており、「水字貝の魂抜け(貝の中身が殻から落ちること)」を
目にするのはタブーとなっていて、もし見てしまうと不吉なことが起きる。
ところが旅行者の親子3人が目撃してしまい・・・こんな筋です。

奇想ですよね。もちろんそんな風習はありませんが、わざと非現実感を
ねらったタイプの話で、第8回日本ホラー小説大賞受賞作です。
ということで、最初は心配していましたが、けっこう書くことがありました。
貝輪などは、それで記事が一つできそうです。では、今回はこのへんで。

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UMA系怪談とUFO系怪談

2020.12.20 (Sun)
UMA、つまり未確認の生物(怪物)が出てくる系統の怖い話です。
これ、自分が書いたのは少なくて、ほんの数編しかありません。
日本の怪談でもあまりないですよね。
ところが、世界にはけっこうあるんです。

どうしてなのか考えてみて、思いあたったのは、日本の場合、
UMAと妖怪が かぶるからじゃないかということです。
河童なんかが象徴的ですよね。基本は妖怪かと思いますが、
UMAと言えないこともありません。ということで、数少ない話を
まとめてみました。最初の話は個人的には気に入ってます。

・ 虹の神様の話

・ 倉庫の怪の話

・ マコちゃんの話

UFO系の場合は、あくまで怪談なので、SFっぽくしないようにするのが
大切です。なるべく科学用語などを出さないで、
語り手が体験した奇妙な現象に焦点をしぼって書きます。
映画だと、『サイン』や『ミスト』みたいな感じです。
「ヒドゥン」はけっこう自信があります。

・ ムーンチョコの話

・ ヒドゥン

・ 怪奇トカゲ男の恐怖

※ リンクは、怖い話本館に飛びます。






土蜘蛛の2つの顔

2020.12.19 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。妖怪談義ですね。
土蜘蛛については、大きく解釈が2つに分かれます。一つは
妖怪としての土蜘蛛。もうひとつは、古代の大和朝廷が日本各地に
勢力を伸ばしていった過程で、それに従わなかった土着民、
土豪であるとされます。この場合、女性の土蜘蛛もいました。

さて、この記事は妖怪談義ですので、まずは妖怪としての
土蜘蛛を見ていきましょう。下図の詞書は、「源頼光 土蜘蛛を
退治し給ひし事、児女のしる所也」となっていて、
石燕が『平家物語』に登場する土蜘蛛を意識して、
この絵を書いたことがわかります。

鳥山石燕の「土蜘蛛」
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以前もたしか書いた記憶がありますが、もう一度『平家物語』の
エピソードをおさらいしましょう。「あるとき、源頼光が
瘧(おこり おそらくマラリアのこと)で高熱を出し
ふせっていると、枕元に身長7尺(約2.1メートル)の僧が現れ、
縄を放って頼光を絡めとろうとします。

縄を使うところが蜘蛛っぱいですね。頼光はすかさず、枕元にあった
名刀・膝丸で切りつけると、法師は逃げ去った。翌日、頼光が
四天王をひきいて法師の残した血痕をたどると、北野天満宮の
裏手にある大きな塚に行きあたった。そこを掘り返してみると、
全長4(120cm)の「山蜘蛛」が現れたので、

同じく石燕の「絡新婦」
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頼光らはこれを退治し、鉄串に刺して河原に晒した。土蜘蛛が
原因であったらしい頼光の熱病も回復し、このときから膝丸は
「蜘蛛切」とよばれるようになった・・・だいたいこんな話です。
これは『平家物語』中の「剣巻」の一部で、「剣巻」は源氏に
代々伝わる守刀の由来を記した巻です。

ここでは、海に沈んだ安徳天皇は、じつは竜神の化身で、朝廷の
三種の神器の一つとされていた天叢雲剣を取り返すために
天皇に生まれ変わったなどという興味深い話も出てきます。あ、
こういうことに触れていると、また字数が足りなくなってしまいます。

妖怪「手長足長」
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土蜘蛛の妖怪としての特徴は、まず子牛ほども大きいこと、
蜘蛛の糸を飛ばして人を絡め取ろうとすること。子蜘蛛がたくさんいて、
それらを操ることなどがあげられます。また、土蜘蛛は女性であると
する文献もありますが、これは別の妖怪「絡新婦 じょろうぐも」
との混同もあるのかもしれません。

また、土蜘蛛は体は小さいが手足が長いという記述もあり、
これは蜘蛛なので当然といえば当然ですが、別の妖怪である
「手長足長」との関連も指摘されています。ただし、手長足長は
『山海経』などに見られており、中国由来のものでしょう。

神武天皇の東征
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さて、次に「まつろわぬ(従おうとしない)民」としての歴史的な
土蜘蛛ですが、これが出てくる最初の記述は『古事記』の神武紀で、
神武天皇東征のおり、忍坂(現・奈良県桜井市忍阪)で、穴倉に住む
尾の生えた種族「土雲」を討ったという記述が出てきます。

ご存知のように、神武天皇は日本の初代天皇で、九州から大和の        
地にやってきたわけですから、もともと大和に土着していた民が
土蜘蛛とされたんですね。「土」の語がついたのは、それらの人々が
洞窟に住んでいたためとも考えられます。また『日本書紀』では、
大和の高尾張邑という場所にも土蜘蛛がいて退治されています。

狂言の「土蜘蛛」
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ただし、この後、初期の大和朝廷が大和の支配を確立すると、
土蜘蛛は全国各地に現れるようになります。自分が全国の風土記などを
調べたところ、土蜘蛛が出た場所は、九州、関東、東北(陸奥、越後)
など、大和から離れた場所へと変化していくんです。

上のほうで、土蜘蛛は女性も多いと書きましたが、ある研究では、
土蜘蛛とされる地方豪族41名のうち、女性が10名という
結果が発表されています。これを多いと見ればいいか。
『三国志』魏志倭人伝に出てくる邪馬台国女王、卑弥呼は、
神がかりをしたシャーマン的な女性首長と見ることもでき、

田油津媛
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そのような存在が全国にもいたのかもしれません。で、これら
女土蜘蛛のうち、最も有名なうちの一人が、現福岡県、山門郡
にいた「田油津媛(たぶらつひめ)」です。『日本書紀』によれば、
仲哀9年、神功皇后により誅殺されたとされ、神功皇后が実在の
人物だったとすれば、4世紀半ば頃のことと考えられます。

で、福岡県の山門郡といえば、邪馬台国九州説の有力候補地の
一つです。「山門」の地名が、中国側に「邪馬台」としてとらえられた
ということです。この田油津媛を卑弥呼とみる説もありますし、
時代が合わないことから、卑弥呼の100年ほど後の子孫である
と述べる古代史研究家もいるんですですね。

蜘蛛塚
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田油津媛の墓とされる塚が、福岡県みやま市の老松神社にあり、
地元では現在、蜘蛛塚と呼ばれていますが、じつは明治以前は
女王塚と言われました。大正2年、この古墳を分断する形で新道建設が
行われ、そのときに皇室に遠慮して蜘蛛塚に改称されたのだそうです。
雨が降ると古墳から血が流れるという言い伝えがあります。

さてさて、ということで、土蜘蛛の2つの側面を見てきましたが、
もちろん土着豪族への蔑称が最初にあり、それがだんだんに変化して、
平安時代頃に妖怪とされたと考えられます。このように、妖怪の中には
古代の歴史を反映しているものも多いんです。では、今回はこのへんで。





「ニューエイジ」って何?

2020.12.19 (Sat)
アーカイブ541 これ現代のオカルトを理解するには重要な内容です。

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今回はこういうお題でいきます。ただこれ、説明するのが難しいんですよね。
ニューエイジについてネットで調べると、「西洋占星術の思想により、
時代が魚座から水瓶座へと移行する変化」みたいに書かれていることが
多いんです。新しい年代「New Age」という意味です。

ただし、西洋占星術師である自分から言わせると、
この解説は間違っているというか、占星術的な意味はありません。
短いスパンで、地球から見た星座の位置関係や性質が変化するということは
ありえないですから、あくまでも象徴的な意味でしかないんです。

では、何の象徴かというと、魚座の時代は、「キリスト教が支配する時代」
という意味です。それが終わって始まった新しい時代が現在ということに
なります。ニューエイジ思想の根幹には「キリスト教は間違ったものだ」
という認識が強くあるんですね。

さて、ニューエイジ思想が生まれた最大の契機は「ダーウインの進化論」
です。『種の起源』が発表されたのは1851年ですが、
これがヨーロッパ社会に与えた衝撃は、現在からは想像するのが難しい
巨大なものでした。前に少し書きましたが、それ以前は「神がすべての
生物を同時に創造した」ということが普通に信じられていました。

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ですから、ヨーロッパのかなりの知識人の間でも、「アダムとイヴには
ヘソがあったか?」というようなことが、大真面目に議論されていたんです。
そこに、極端な話をすれば「人間は猿から進化した」という説が
いきなり放り込まれて、思想界は大混乱に陷ったんです。

まあそうですよね。しかも、当時続々と発見されたネアンデルタール人や
クロマニヨン人の化石は、ダーウインの主張が基本的に正しいことを
裏づけているように見えました。ここで、それまで「人間の魂は神が
すべて支配している」という教会側の主張が崩れ去ったんです。

で、どうなったかというと、「魂は科学的に研究して解明できる」
そういう意識が生まれ、有名な科学者が次々と魂の研究に参入してきました。
その人たちが主な研究対象にしたのが、民間の霊媒師たちです。
そしてヨーロッパの心霊主義の時代が始まったわけですが、
残念なことに、当時の霊媒師たちの多くは手品師のようなものでした。

関連記事 『手のオカルト』

世間にうとい科学者たちを騙して金にするのは、彼らにとっては
難しいことではなかったんですね。ここでまず最初のまとめをすると、
「ニューエイジ思想は反キリスト教である」となります。
実際、ダーウインの進化論以前に、キリスト教の教えがありえないもので、
ただの神話であると考えていた潜在層は、それなりにいたんです。

アメリカのヒッピー文化
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それが、大っぴらに自分の意見を主張できるようになりました。
キリスト教の「神がすべてを支配する。神が与えた戒律を
人間は守らなくてはならない。神が認めた者だけが天国に入れる」
という考え方が、きゅうくつでしかたないという思いは理解できます。
では、ニューエイジ思想は科学的なものなんでしょうか?

これも違います。心霊主義の霊媒師たちは、厳密な科学的実験に耐える
ことはできませんでした。ですから、だんだんに「科学で魂をとらえる
ことはできない」となっていったんです。第2のまとめ、
「ニューエイジ思想は反科学的である」。ただし現代では、
インターネット関係は除外されることが多いですね。

アップル社の創業者の一人であるスティーブ・ジョブズ氏は
ニューエイジ思想を信奉していました。彼は検診で膵臓に癌が見つかったとき、
西洋医学の外科手術を拒否し、菜食主義、断食、鍼治療、
瞑想などの方法で癌を治そうとしましたが、その間に腫瘍は増大し、
結局、9ヶ月後に摘出手術をしています。

ジョブズ氏が最初に手術をしていたらどうなっていたかはわかりませんが、
彼の膵臓癌は比較的予後のよいタイプ(神経内分泌腫)のものであり、
もし時期を逸せずに西洋医学による治療を受けていれば、
結果は違ったものになっていたと考える人は多いんです。結果として、
癌は肝臓に転移し、ジョブス氏は肝移植を受けますが亡くなります。

スティーブ・ジョブズ氏
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さて、ニューエイジ思想は、スピリチュアルから枝分かれして、
アメリカの1960~1970年台に姿を現しはじめました。
ここまで書いてきたように、ニューエイジは「反キリスト、反科学」なので、
何に精神的な支柱を置いたかというと、インドの輪廻宗教や仏教の禅、
道教などの東洋思想です、それとネイティブアメリカン。
まとめ3、「ニューエイジは東洋思想的である」

関連記事 『ウエンデイゴの影響』

ビートルズがインドに行って大きな影響を受けて帰ってきたことは
有名です。ジョン・レノンは楽曲「イマジン」で、
「Imagine there's no Heaven 想像してごらん 天国なんてないんだと」
と歌いましたが、これはニューエイジ的な考え方です。
そしてヒッピー文化、ベトナム戦争時の反戦思想につながっていきます。

インドのビートルズ
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現在のスピリチュアルでも、生まれ変わり、輪廻ということを重視していて、
スピリチュアルとニューエイジは多くの部分で重なっています。
この2つの違いは、スピリチュアルが「魂を高い次元に引き上げる生き方を
しなくてはならない」とするのに対し、

ニューエイジは、「個人の自由を尊重、セックスをはじめとする
人間的な喜びを重視し、自然な生き方をする」という点で、ニューエイジと
環境保護はひじょうに相性がよく、菜食主義が取り入れられています。
また、マリファナなどの自然物から採取された麻薬とも親和性が高い。

さてさて、といってもアメリカがニューエイジ思想一色に染められたという
ことはなく、キリスト教プロテスタントの教えを守っている人たちも
大勢います。ですから、公立学校で進化論を教えるなら、同時に創造論も
教えなくてはならない、という主張が出てきているんです。

映画『イージー・ライダー』のラストは、バイクに乗ったヒッピーの主人公らが、
トラックに乗る白人労働者に無造作に射殺されて終わりますが、
あれほど極端ではないにしても、アメリカ内部では、そういう思想的な対立が
現在も続いているんですね。では、今回はこのへんで。

関連記事 『進化論と心霊主義の時代』

『イージー・ライダー』
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ブラウン管テレビの話

2020.12.19 (Sat)
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どうも、よろしくお願いします。佐田って言います。仕事は、清掃会社に勤めてます。
あ、でも、僕が現場で清掃をしてるわけじゃなく、本社で営業をやってるんです。
それで、この間、テレビを買ったんです。ネットのオークションで800円。
これね、安いのは、15年前くらいのブラウン管の小型テレビだからです。
何でそんなもの買ったかっていうと、昔のゲームをやろうと思って。
スーパーファミコンです。いや、懐かしいからってわけじゃなく、
僕が生まれたときには、すでにスーパーファミコンは過去のものになってたんですが、
僕、古いゲームが好きで、雑誌で魚釣りのゲームを見て面白そうだと思って、
中古屋からゲーム機本体とソフトを買ってきたんです。けど、液晶のテレビだと
接続が難しいんですよ。だから、テレビはネットで探して。
そしたらまだあるんですよね、ブラウン管テレビ。

でね、数日してテレビが届いて、さっそくファミコンをつないでみました。
はい、ちゃんと映りましたよ。ゲームをやってみて、予想どおりなかなか面白かったです。
その日はそれだけやって寝たんです。僕、いったん寝たらまず朝まで起きないんですけど、
夜中に目が覚めたんです。枕元の時計を見たら2時過ぎ。
それで、部屋の中が青っぽかったんです。天井に光が反射してちらついてました。
「ん、何だ?」と思って上半身を起こしたら、届いたばかりのテレビがついてたんです。
でも、そんなはずはない。スイッチは切ったし、アンテナにもつないでない。
だいたい、チューナーがないから今のデジタル放送が映るはずがないですよね。
画面は青一色になってました。「ああ、古いから接触が悪いんだろう」
って思って確認したら、スイッチはやっぱりオフでした。
「800円だからしょうがないか」って電源のコンセントを抜いたんです。

そしたら、画面はいったん暗くなって消えたんですが、
ベッドに戻ろうとしたら、またパッとついたんです。「え?」これ、ありえないですよね。
だって、コンセントがつながってないんだから。画面は白一色でした。
で、グラグラ揺れてるんです。白い中に黒いものが2つ映って動いてる。
最初はなんだかわからなかったんですが、足じゃないかって思いました。
うーん、どう説明したらいいか。誰かが歩きながらビデオカメラを持って、
下向きに構えて自分の足先を写してる。その足が消えたり出てきたりするのは、
雪に埋まるから。はい、全体が白いのは、雪景色の中にいるからだと思ったんです。
いや、そのときは全然怖いとは思わなかったです。ただただ、
電源のつながってないテレビが映ってるのが不思議でした。
でね、その映像がしばらく続いて、前のほうに建物みたいなのが見えてきました。

かなり下を写してるのではっきりしないんですが、山小屋みたいな建物だと思いました。
で、氷と雪がついたドアが開いて、真っ暗な中に入った・・・そこでブツッと
画面が切れたんです。スイッチを何度も入れたり消したりしましたが、
それ以上は何も映らない。これ、不思議ですよね。でも、そのときは
翌日の仕事があるんで、ベッドに戻って寝直したんです。
次の日ですね。仕事から部屋に戻って確認したんですが、
コンセントは抜けたままだったんで、入れ直してみました。そしたらゲームの画面が出て、
ふつうにゲームができたんです。納得できないので、テレビの後ろ側のパネルを
外してみました。もしかしたら、中にビデオが内蔵されてる可能性を考えたんです。
でも、そんなものはなかったですね。あとは、考えられるとしたら、
たまたま流れてる外国の番組の電波をテレビが拾ったとか。

でも、それもねえ。まだしも、昨夜自分が夢を見てたって考えたほうが、
ありそうにも思えてきたんです。その夜はそれ以上ゲームはやらず、
普通の液晶テレビで、酒飲みながらサッカーの試合を見てました。
次の日は土曜日で休みだったんで、遅くまで起きてて寝たのは2時ころです。
でね、ベッドに入って寝つく前に、またブラウン管テレビがついたんですよ。
画面の中は暗かったんですが、わずかにオレンジの光がさしてて、
正面を向いて人の胸より上が映ってると思いました。フードを被ってて、
顔ははっきり見えなかったんですが、鼻の先がフードからのぞいてて、
外人じゃないかって思ったんですよ。はい、日本人には見えない、
とがった鼻の形でした。そのときに、前の日に見た画像を思い出して、この人、
冬山登山の装備をしてるんじゃないかって気がしてきました。

吹雪にあって山小屋の中に避難してる・・・でも、何でそんなものが映ってるのか?
とにかくずっと画面を見てたんですが、そしたら少し口が動いたんです。
何かしゃべってるけど、聞き取れない。テレビのボリュームをあげてみました。
「△○▼●△・・・・」英語じゃない、僕にはわからない外国語でした。
ボソボソした力のない声で、何かを訴えてる、あるいは助けを求めてる、
そんな調子に聞こえたんです。たえしに、また電源コードを抜いてみました。
そしたら画面はちらついて、でもすぐまた、そのフードの人が映ったんです。
でね、前と違うのは、口に何かを咥えてたんです。「え?え?」
白いひらひらしたものが見えたんですよ、。テレビの中の男は大きく口を動かして、
画面の中でぶしゅっと汁が飛び散って、そのときに男が食ってるのが金魚だって思ったんです。
男はぐっちゃぐっちゃと口を動かして、そこで画面が消え、あと何も映りませんでした。

それで・・・僕、部屋に水槽があって金魚飼ってるんです。
まさかと思ったんですが、水槽を確かめてみたんです。そしたら、5匹いたはずの金魚が
1匹いなくなってて、テレビの中の男が食ってたのと、柄がよく似てるんです。
そのときに急に怖くなったんですよ。このテレビ、何かにとりつかれてるんじゃないかって。
でね、友人の中に、大手の電機メーカーの研究所に勤めてるやつがいるんです。
そいつに、明日連絡をとってみようと考えました。
はい、翌日は休みだったんで、10時ころに電話して事情を話しました。
そしたら、信じてる様子じゃなかったんですが、そいつも独身なんで、
時間があるから見に行くって言って、午後から来てくれたんです。そのときには、
テレビはゲームしか映りませんでした。それで、僕の部屋に泊まっていくように
言ったんです。夜になればまた山小屋の男が映るかもしれないからって。

で、2人で酒飲みながら待ってたんです。夜中の12時を過ぎ、1時、2時と回ったとき、
ぱっと画面がつきました。「あ、映った!」僕がそう言いましたが、
友人は黙ったままでした。「見えるだろ、毛のついたフードを被った外人の男がいて、
 下むいたまま何かしゃべってる」 「いや・・・」
「ほら、聞こえるだろ」僕は音量をあげようとして、テレビに近づいてって・・・
そのとき、友人が「おい、やめろ、何してる」大声を出して、
立ってきて僕の手をつかんだんです。「何だよ!」 「見てみろよほら!!」
友人の怒鳴り声でわれに返ったっていうか・・・ 僕、水槽に片手を突っ込んでて、
金魚の1匹をつかんでたんです。「ええ、そんな!?」
「まず座って落ち着け」友人はそう言って僕を座らせると、
「さっきから見てたが、テレビはたしかにひとりでについたが、

 映ってたのはゲームの画面だった。外人の男とか、山小屋なんて出てこなかっぞ」
「いやでも、確かに・・・」 「昨日、その外人が金魚を食ったって言ってたよな。
 それもお前が自分でやってたんじゃないか」 「まさか?」
友人は続けて、「それにしても、このテレビがおかしいのは間違いない。
 何でひとりでに映るんだろうな。分解してもいいか?」
こう聞いたんで、「いいよ、どうせ800円だったんだ」
それで、夜中だったんですけど、テレビの後ろ側のパネルを完全に外して、
友人が持ってきたテスターを使いながら分解していったんです。
そしたら、ブラウン管を外したときに、下のほうに紙包みみたいなのがあったんです。
明らかにテレビの部品とは違う。友人は慎重にそれをつまみ上げ、
「外国語の辞書の紙だなあ、英語じゃない」そう言いながら、

すこしずつ開いていったんですが、途中で、「わあっ!」と叫んで、
放り出したんです。中に何が入ってたと思いますか? 最初は僕は何だか
わからなかったんです。黒い木の枝か、かりんとうみたいにも見えたんですが、
先のほうに爪がついてたんです。友人は、「これは人間の指だな。干からびてるけど、
 根本からきれいに切断されてる。人差し指みたいだなあ。
 かなり長いから、外人のかもしれない」こんなふうに言いました。
「そのオークションでに出した相手に、事情を聞いてみたらいいんじゃないか」
とも言ってましたが、もうかかわりたくないんで、やめておいたんです。
指はテレビの中に戻して、すぐ粗大ゴミの業者に引き取ってもらいました。はい、それからは
特におかしなことは起きてないです。でも、わけわからないですよね。あの山小屋、
本当に僕にしか見えなかったのか。もしあるんだとしたら、中にいたのは誰なのか・・・






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