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中国の古墓の話

2016.01.29 (Fri)
これは自分の大学の師筋にあたる方からお聞きした話で、かなりデリケートな内容を含むので、
モヤがかったようにボカして書かせていただきます。
その方はある大学で教授をされているんですが、弟子の一人が日本の大学院生の身分のまま、
中国某地に滞在して、大きな博物館の客員研究員のようなことをしていました。
教授の命によって派遣されていたんですね。今から20年以上前の話です。
中国の歴史研究は、『漢書』のような正史文献を読むことから始まるんですが、
なにしろ膨大な漢籍があるため、ある時代に限っても読むだけで一生かかってしまいそうです。
文献学は進んでいましたが、考古学はまだまだ始まったばかりの状況で、
その客員研究員である、Aさんとしておきましょうか、から、
博物館のほうでも技術的なことを学んでいたんですね。
Aさんは博物館の近くに部屋を借りて、一人で住んでいました。

毎日、博物館には半日程度顔を出すんですが、まだ中国ものんびりした時代で、
やることのない日も多かったんですね。で、当然のように退屈します。
当時のテレビなどは国策番組がほとんどでしたので、中国語を学ぶ目的以外、
見てもまったくつまらないわけです。それで、その市の駅前にあった貸しビデオ屋から、
ビデオを借りてきて見ることが日課になっていました。
ビデオは欧米の映画もありましたが、検閲が入るため無難な作品ばかりで、
Aさんが借りるのはもっぱら、日本のテレビ番組を録画したものでした。
これも違法だったのでしょうが、堂々と店先に出されていたということです。
そのビデオ屋の主人とは顔なじみになりまして、
50代前半くらいの人の良さそうな親父でした。子どもが6人いたそうですが、
結婚が遅かったということで、一番上でもまだ成人していなかったということです。

ある夏の日の午後、Aさんが部屋で暑気にまいっていますと、
知り合いが2人訪ねてきまして、一人は博物館で顔見知りの警備員で、
もう一人がビデオ屋の親父だったんですね。何の用かとAさんがいぶかしがると、
警備員はやや大型の玉製品を出して、これの時代を教えてほしいと頼んできました。
Aさんは「ははあ」と思いました。そのような依頼はよくあったんです。
世界的なニュースになった秦の始皇帝の兵馬俑の発掘が40年ほど前の出来事ですが、
あそこまでいかないにしても、中国は地下遺跡の宝庫で、
裏の畑をちょっと掘れば何かが出てくるといった場所も数多いのです。
Aさんのところに持ち込まれたものも、そういう昔の墓から出たであろう副葬品のようでしたが、
かなり特殊なもので、Aさんでもその場で時代を特定することはできなかったんですね。
「ちょっとわかりかねる」と言うと、警備員が「じゃ墓のほうを見てもらえるか」と言ってきました。

中国の遺跡の盗掘は非常に数が多く、貴重な遺跡が数々破壊されているようです。
これは現代でも変わりがなく、わかっているだけで年に数百件、
被害額はおそらく百億円を超えているでしょう。ただしそれらの盗掘品は、
表のマーケットに出てくることはなく、成金と呼ばれ成功した中国人が地下取引しているんですね。
その一部は日本まで流れてきています。ただ、そのときの場合は、
Aさんは「自分のところに話がくるんだから、盗掘というわけではないんだろう。
 もし見てみて貴重なものだったら博物館に連絡して保護を求めればいい」
それくらいの考えだったそうです。ビデオ屋の親父がなぜ一緒にいるのかわかりませんでしたが、
話を聞いてみると、その墳墓が見つかった畑を、
最近買ったのがビデオ屋の親父ということだったんです。
その週の土曜の午前中に、墳墓を見に行くことを約束しました。

土曜になって、警備員、親父とが車でやってきましたが、運転をしていたのは親父の長男でした。
店でちらと顔を見たことはありましたが、そのときの長男は中国で言う黒社会、
やくざ者のような風体だったということです。
だだっ広い郊外の畑地を車で2時間ほど走り、着いた先は小高い丘の陰になっているような場所で、
ビデオ屋の親父が何も好き好んでそんな僻地の土地を買うわけはないし、
「何かのわけがあるんだろう」とAさんは思いました。
粗末な小屋が建っていまして、全員でその中に入っていきました。
最近、三国志の英雄、曹操の墓ではないかと言われる遺跡が発見されまして、
これにはさまざまな意見があるようですが、あれほどの規模ではないにしても、
小屋の中には地下遺跡への入り口がありました。
日本でいうところの、横穴式石室のようになっていたわけですね。

息子を車に残して3人で入ってみると、きちんと四角に切られた石が積み重ねられた壁に、
「セン」という、タイル状のレンガが貼りめぐらされており、
また副葬品の旗竿の布がきれいに残っていて、
Aさんには一目でそう古い時代のものではないことがわかりました。宋代のあたりか。
あと、少し進むと色の違う土砂が上から落ち込んできている場所があり、
はっきりと盗掘の跡だということがわかりました。Aさんがそれらのことを話すと、
ビデオ屋の親父はがっかりした様子でしたが、警備員は無表情で、
「奥に石棺があって、その中に遺骸が残っているからそれも見てもらいたい」
墓室に入ると、盗掘されたといっても、それなりに値打ち物と見える品がいくつかありました。
棺の石蓋は半分開けられ、人骨が見えてきました。性別も年齢もわかりませんでしたが、
驚いたことに、頭蓋骨が眼のあたりで真横に切断されていたんです。

それと、口元に歯がバラバラとこぼれており、Aさんは死後にわざとやられたものじゃないか、
と判断しました。石蓋をずらしてさらに見分すると、右手と左足の骨が、
斧のようなもので断ち切られた跡が残っていました。・・・さきほど盗掘と思ったのは、
実は文字どおりの墓荒らし、つまりその墳墓の主に恨みのある人物が、何かの報復として、
墓を辱めるためにやったことのように思えました。これは異様ですが、
それ以外は中国ではどこにでもある古墓で、歴史的に貴重なものとは思えませんでした。
「これは博物館や社会科学院に報告するようなものじゃないだろう」Aさんはそう判断しました。
そのときです、墓室の奥、暗がりになっていてどこへとも続いているとは思えませんでしたが、
そこから人が出てきたんです。ぎょっとしました。人がいたことも驚きですが、
それよりもその背の高い人物が仮面をかぶっていたんです。青い楕円形の、
3cmばかりの鈍く光る玉を多数くっつけたような奇妙な仮面でした。

それを見てビデオ屋の親父が大声で叫びました。
「そういうつもりじゃなかった」という意味の中国語です。警備員がAさんの手をつかみ、
ものすごい力で入り口のほうへ引っ張りました。3人は転げるような勢いで、
遺跡の上まで逃げ、息をきらして小屋の外へと出たんです。
「今の何ですか?」Aさんがそう聞くと、警備員は「人が入りこんだみたいだな。
 まったく油断も隙もない。貴重な物をあいつに盗られてしまうだろう。悔しいけど、
 武器を持っているかもしれないからなあ」こう言い、ビデオ屋の親父は怯えた様子で首を振りました。
で、その後は不機嫌そうに押し黙ったままの親父の息子の運転で、市中へと戻ったんですね。
まあこういう体験をしまして、奇妙といえば奇妙ではありますが、
混沌としていた時代の中国ではままありそうなことでもあります。
ところがこの話には後日談がありまして。

このことがあった翌週、博物館に顔を出すと、くだんの警備員が仕事を辞めたことを聞かされました。
これは公務員ですので珍しいことです。それと、午後にビデオ屋に行ったら、
なんと経営者が代わっていたんです。新しい店主は、あの親父から経営権から商品の
一切合財を買い取ったということで、奥の住居から、大家族はすでに引っ越してしまっているようでした。
それから4ヶ月ほどたち、駅前に出かけたとき、道の両側に物乞いが数人並んでいました。
そういう人たちは手や足がなかったりするんですが、これは憐れみを乞うために親に切られたとか、
自分で切ったという話もあります。その中に、ビデオ屋の親父と思える人物がいたんです。
ただし両目は潰れているようで、醜い傷跡があり、それと右手と右足がなくなっていました。
驚きで声が出せませんでした。近寄って話しかけようとも思いましたが、Aさんは怖くなったんですね。
親父の傷はすべて、あの墳墓の被葬者のものと同じ箇所でしたから。
親父の後ろに木箱に車輪をつけたのがあり、その一番上に青い仮面らしきものが載っていたそうです。






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コメント
 一人っ子政策時代に子が六人。明らかにこの世のものではない!ってそれは別に違う?
 死者の怨念で体を入れ替えられてしまったんですかね。それともチャイナマフィアに嵌められた?
miss.key | 2016.01.31 10:16 | 編集
コメントありがとうございます
あー、これはそうですよね
何気なく書いてしまいました!?
bigbossman | 2016.01.31 22:37 | 編集
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