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呪術合戦

2016.02.08 (Mon)
今日は妖怪談義です。当ブログでいつも取り上げる鳥山石燕の妖怪画には、
一見して妖怪の正体がわかりにくいものがありますが、
その中には歴史的な伝承が含まれていたりもします。
京極夏彦氏の小説に出てきた「鉄鼠(てつそ)」がそうですし、
この「経凛々(きょうりんり)」なんかもその一つですね。
詞書には「尊ふとき経文のかゝるありさまは、呪詛諸毒薬の
かえつてその人に帰せし守敏僧都のよみ捨てられし経文にやと、夢ごゝろにおもひぬ」

とあります。呪詛をすると自分に帰ってくる、「人を呪わば穴二つ」
という考え方が元になっているようです。



守敏僧都というのは、前に少し書きましたが、平安時代前期の僧で、
守敏大徳(しゅびんだいとく、だいとこ)とも言われます。詳しい経歴はよくわかっていません。
Wikiの記述でも『三論・法相を学び、真言密教にも通じた。
823年嵯峨天皇から空海に東寺が守敏に西寺が与えられたが、
空海と守敏とは何事にも対立していたとされる。』

この程度のものです。もしかしたら、弘法大師、空海との権力争いに敗れたことで、
その噂をするのがタブー視されていたのかもしれませんね。
これは歴史上よくあることです。

呪術合戦といえば、夢枕獏氏の『陰陽師』に登場する安倍晴明と、播磨の法師で、
民間陰陽師と考えられる道摩法師(蘆屋道満あしやどうまん)との話が有名ですが、
時代としては守敏僧都のほうが先ですので、
この逸話が元になってできたのかもしれません。
では、どんな術くらべだったかというと、
当時は嵯峨天皇の御代でしたが、空海も守敏もよく呼び出されて宮中に出入りしていました。
寵を競っていたと言えるかもしれません。
あるとき嵯峨天皇が守敏に生の栗を出して「これを煮てこい」と命じた。
すると守敏はにわかに経を読み始め、するとその場で栗が煮えてしまったのです。

これに感心した天皇は、守敏をお側に置いて自分の薬湯なども暖めさせるようになりました。
そして空海を呼び出した際に、この話をしたのです。
空海は「それは尊いことです。ぜひ自分も拝見したい」と言い、
隠れたところで見ていたのですが、守敏がいくら力をふりしぼって経を読んでも、
栗はいっこうに煮えなかった。空海がやはり法力によってじゃまをしていたのですね。
このことがあってから、2人は対立するようになりました。
ここで登場する嵯峨天皇は能書家として知られ、死刑廃止などを行っているのですが、
『今昔物語集』には茶目っ気のある人物として描かれていますので、
もしかしたら陰から空海と守敏の対立をあおって面白がっていたのかもしれません。

2人が戦ったハイライトは、神泉苑での雨乞い祈祷です。
神泉苑は京都にある池で、付随して寺院があり弘法大師が本尊の一つとなっています。
余談ですが、日本のお花見の風習は、嵯峨天皇が812年に神泉苑にて「花宴の節(せち)」
を催したという記述が『日本後紀』にあり、それが始まりとも言われます。
さて、始めに守敏が祈りはじめたのですが、いくらたっても雨は降らない。
守敏が疲れ果ててもう終わりというところで、
申しわけ程度にちょこっとだけ降ったのだそうです。

次に空海が祈祷を始めましたが、やはり雨は降らない。
おかしいと思った空海が魂を飛ばして調べると、日本の雨をつかさどる善女龍王を、
守敏が自分が失敗したのでインドの壺の中に隠してしまったことがわかった。
そこで空海が龍王を開放すると、たちまち雨が降り始め、
それが三日三晩も続いたそうです。別伝では、
空海が雨を降らすのを地蔵菩薩が助けたというのもあります。
いまだに善女龍王は神泉苑の底に住んでいるそうですよ。

結果、空海の勝ちとなって、嵯峨天皇の寵愛は空海に傾きました。
それを恨んだ守敏は空海を殺すための呪詛を始め、気がついた空海も対抗した。
2人の法力はほぼ拮抗していたので、いつまでも決着がつかない。
そこで空海は一計を案じ、自分が死んだということにして、
弟子たちに葬儀の準備を始めさせた。これを聞いた守敏は大喜びで呪詛を中止。
その瞬間に結界が破れて空海の呪詛が届き、守敏は頓死してしまった・・・
というお話なんですね。

石燕の絵に戻りますと、経文の先が破れて尖り、鳥のような姿になっています。
これは石燕が元ネタにしていた室町時代の妖怪絵巻『百鬼夜行絵巻』に出てくる、
クチバシの長い鳥の妖怪をまねたものと言われています。
守敏の恨みの念が妖怪化しているわけですね。

それはともかく、経というのは本来、人を救い国を救うためのものですが、
このようによからぬ目的で使用したために、
その呪いが自分に返ったのだろうと皮肉っているんですね。
しかし、敗者にだけそれを言うのは酷な話で、
空海は当時としては長命の60歳過ぎまで生きましたし、
いまだに高野山の奥の院で生きているという話もあるのです。

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