赤米の話

2016.02.29 (Mon)
これ、俺が子どものときのことだから、もうずっと昔。
ああ、「ふるさと創生一億円事業」ってあっただろ。
各市町村に国が1億円くれて町興しをやれって。ちょうどあのあたりの話だな。
で、田舎の町に住んでたんだよ、すげえ田舎。
主な産業は農業、稲作なんだけど、その頃から爺さん、婆さんがやる副業で、
一家の主は近くの市に働きに出てる家がほとんどだった。
それで、そこはまた温泉地でもあったんだよ。当時はもう秘湯ブームってのが来てたんだが、
ただうちのとこは田んぼの真っただ中でね。ほら、秘湯っていうのは普通は山の中だろ。
雑木がいちめんに繁った中に露天風呂があってって感じの。
それに冬は雪見風呂なんかもできるようなとこ。ところが、雪はほとんど降らないし、
まわりは田んぼだし、風情がなにもなくてね。

それに旅館を何軒も営むほどの湯量もなかったはずだ。
だから町営の施設、これは循環ろ過して数日にいっぺんお湯をとっかえるタイプ。
かけ流しの風呂は昔からある共同湯だけしかなかったんだ。
山の裾の少し木がある中に木造の粗末な小屋が建ってて、そん中に男湯、女湯、
六畳くらいの杉板の湯船があって、洗い場には湯の花が泥みたくたまっててね。
体を洗うこともできないし、ただ入るだけ。
当然人が常駐してるってこともなくて、掃除は週に1ぺん回り番で地域の家がやる。
これはうちも入ってたし、俺も手伝いに行ったこともある。
でな、料金は1回30円を箱に入れるだけなんだ。
そうそう、近くに家があったんだよ。俺はその共同湯が好きでね、よく行ってた。
だって30円なら、冬場は家の風呂を沸かすより安いだろ。

だから家族そろって行くときもあったし、
夏なんかは一人で手ぬぐいだけ持って、夕食後にぶらっととか。
湯質はよかったよ。乳白色で、硫黄のにおいがして。あれでもう少し環境がよければねえ。
でな、この話は俺が小学6年生のときのことなんだ。
まあ色気がついてくる時期だよな。俺の家の裏手に坂本って家があって、
そこに同じ6年の女子がいたんだよ。その子がちょっと好きだったんでねえ。
共同湯でたまに会うことがあって、それが楽しみだったんだ。
といって別に話をするわけでもないだが。ただ・・・そこの湯船は、
男湯と女湯の板仕切りはあるものの、浴槽自体はつながってたんだ。
だから潜れば女湯のほうへ行ける・・・いやいや、それはしたことがないけど、
時期によって流れてくる湯量が少ないときもあってね。

そうすると仕切りと湯面のすき間から、ちらちら女湯の中が見えることがあったんだ。
まあね、幼き日のちょっと酸っぱい思い出ってとこだが、
あるとき怖いことがあってね。・・・ここでちょっと話を変えさせてもらうよ。
最初に「ふるさと創生一億円事業」って言ったが、町が頭を悩まして決めたのが、
古代米の栽培なんだ。どうもね、昔から赤米栽培をやってたらしく、
古代の遺跡から籾殻やなんかがよく出てきてたんだ。
だから、何軒かの農家と契約して、作つけを古代米にしてもらうことになった。
これは農家に損はないんだよ。町から保証金が出るし、
何年かやってダメならまた水田に戻せばいい。これねえ、アイデアはよかったと思うんだが、
ちょっと知恵が足りなかったな。古代米、赤米なんだけど、
そのままじゃあ食えたもんじゃなかったんだよ。

そのまま炊いたんじゃ、飲み下すのも無理なほど不味い。
俺も食ったことがあるけど、えぐ味があるんだよな。タンニン成分ってやつらしいが。
精米すればいいんだが、そうすると小さくなるし、白くなって白米と変わらなくなる。
だからね、餅米を混ぜて炊いたりしていろいろ調理を工夫してたが、
ま、町興しが成功してたとはいえないだろうな。
ああ、すまん話が長くなったが、これも関係があることなんだよ。
お盆前の夏休み中だな。テレビで心霊特集をやってたんだ。それを見終わって9時。
あと風呂に入ってないのは俺だけで、どうせ明日も休みだからって、
共同湯に行くことにした。いちおう11時までってきまりはあるけど、
24時間入れるんだ。田んぼの畦道を行くと10分もかからないし。
街灯もあるし、怖いなんて思ったことはなっかたんだがね。

行ってみると誰もいなかった。まあ年寄りで混むのは夕方と朝だしね。
せまい脱衣所で一瞬で服を脱いで30円を箱に入れ、湯屋に入っていった。
女湯のほうにも人はいないと思ったんだけどね。
俺は昔から温泉になじんでるから、子どもにしては長湯なんだよ。
15分くらいたったら、女湯のほうから声が聞こえてきた。なんかぶつぶつ言ってる感じの。
それが坂本の声だと思ったんだ。「お!」それで、俺は洗い場に上がって音を殺した。
恥ずかしいってわけじゃなく、女湯をチャンスがあったらのぞけるかなって思ったんだよ。
ああ、エロガキだったんだよ。それにしても、坂本がこんな時間に来るのは珍しかった。
いつもは7時ころで、家族と一緒か、小さい妹を連れてくることが多かったんだ。
耳を澄ましているとやっぱ坂本の声なんだが、ぶつぶつ言ってるのが変な言葉なんだ。
今にして考えれば、神社の祝詞だったのよ。

「おっかしいなー、何言ってんだあいつ」と思った。
学校ではきかん気で、男子も泣かせるくらいのやつだったんだよ。
女湯のほうの戸が開いた音がして、坂本が入ってきたようだったが、
風呂の仕切り板から2人分の腰のあたりが見えたんだよ。
一人は坂本で裸。もう一人は大人だと思ったが、
白い着物みたいなのを着たまま湯船に入ってたんだ。そんなやつは見たことなかったから、
ちょっと驚いた。まあ、湯文字ってことだったんだっろうな。
黙って聞いてると、坂本が唱え続けている祝詞に、ところどころその女が唱和し始めた。
すごい真剣な声で、エロい気持ちが吹っ飛んで気味が悪くなってきた。
それで、そうっと出ようと思ったのよ。したらだよ、女湯とのしきりのところの、
白い湯がだんだん赤く染まってきたんだ。血の色・・・そうなのかなあ。

あずき色に近かったかもしれない。赤米を炊いた色だよ。
それがインクを流したようにじわじわと広がって、だんだん男湯の湯もその色になってきて。
そっとそっと、音を立てないようにして脱衣所に戻ろうとしたが、
カラって音を出してしまった。するとピぴたっと祝詞の声が止んだんだ。
俺は急いで服を着て、共同湯の外へ飛び出した。走りながら後ろを振り返ると、
反対側の女湯の入口から人が2人出てきた。素裸の坂本と、
白い着物の背の高い女で、女の着物の腰から下は黒くなって見えた。
さっきのあずき色に染まっているようだった。2人とも俺のほうを見てて、大声で笑ったんだよ。
家に飛び込んだら、親父がまだ飲みながらテレビを見てたんで、見てきたことの話をしたら、
顔をゆがめて俺のほうを見たが、何も言わなかったな。
まあ、こんな話なんだが後日談がけっこうある。

翌日、共同湯を見にいったが、湯は白いままだったんだ。
それと、坂本が2学期から学校に出てこなくなった。先生の話だと、
急な病気で市の病院に入院し、長期になるってことだった。あと、坂本の家では、
例の古代米の栽培をやってたんだが、収穫前に田んぼがダメになってしまったって。
俺は話に聞いただけだが、陸稲のしかも野生種に近い稲が、
一夜でダメになるなんてちょっと考えられない。しかも坂本の家だけで、
他の農家はちゃんと収穫したんだよ。・・・坂本が学校に戻ってきたのは中2のときだった。
口を聞いたことはないよ。俺は市の高校へ行ったが、坂本は中卒でそのまま家にいた。
で、古代米の栽培はしばらく続けられて、俺が18のときに、坂本が古代米の女王って、
町主催のミスコンみたいなのに選ばれたんだ。けど、有名になることもなく、
赤米の栽培は中止になり、坂本は20歳前に他県の神社の家に嫁に行ったんだよ。






関連記事
スポンサーサイト

トラックバックURL
http://scoby.blog.fc2.com/tb.php/1046-4a3c3ed7
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する