猿丸太夫について

2016.03.04 (Fri)
怖い話ではありません。猿丸大夫は古代の歌人ですが、
その実体には謎が多いと言われます。
というか、実際に存在したという根拠がほとんどないんですね。
藤原公任撰による三十六歌仙 の一人で、『小倉百人一首』に採られているのは、
「奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき」ですよね。
ま、意味は解説するまでもないでしょう。
ただ、この歌は『古今和歌集』では「詠み人知らず」となっています。
また、『猿丸集』という個人歌集もあるのですが、
採録された歌はほぼ別人のものであろうとされる、かなり怪しい代物です。
ですから、猿丸大夫の正体というより、実在の人物かどうかが争点であるといえます。



さて、猿丸大夫と言えば、井沢元彦氏の第26回江戸川乱歩賞受賞作、
『猿丸幻視行』が有名ですが、これを読んだときはかなりびっくりしました。
ネタバレにならないよう内容への深入りは避けますが、
いろは歌に隠された暗号を解いて、猿丸太夫の実像に迫る、
というようなストーリー展開です。

何に驚いたかというと、推理小説なのにオカルト、
あるいはSF要素が入っていたからですね。
主人公は新薬の人体実験をしますが、それがなんと意識だけがタイムスリップする薬。
ただし猿丸太夫に入り込むのではなく、民俗学者の折口信夫へとです。
なぜ折口信夫なのか、というのは当然疑問として出てきますが、
それは彼が天才的な分析力を持っているので、
猿丸太夫の謎も解明できるだろうからということでした。
うーむ、つごう良すぎじゃないか、とは思いましたね。
ところで本項には、もう一人の民俗学の巨人、柳田國男も後に登場します。

さて、猿丸大夫の実在が疑われる最大の要因は、
彼の記録が『六国史』などの公的資料に登場しないからです。
「太夫」というのは五位以上の官人という意味なので、
位階を持っているなら記されてしかるべきです。
ならばこれは変名であろう、という考えは当然出てきます。何らかの理由で改名した、
あるいは正史にその名を記すことができない理由がある。
しかし、後者のほうはどうなんでしょう。日本の正史は基本的に、
かなりの極悪人でもその名前は出てきます。
例えば、歴史上初めて現役天皇を弑逆した蘇我馬子なんかもそうですよね。

この別人説でおそらく一番有名なのは、哲学者の梅原猛氏の著作である
『水底の歌』に出てくる「柿本猨(さる)」説です。
これは3人の人物が重なっていて、猿丸太夫=柿本猨=柿本人麻呂 となります。
柿本人麻呂は歌聖とも称される人物で、実在であったことは間違いないと思いますが、
正史には記録がないので、身分は低かったろうと考えられます。
草壁皇子の舎人説を賀茂真淵が唱えており、これが定説に近いでしょう。
柿本猨のほうは『日本書紀』にその名が出てきていて、実在の人物です。
梅原氏の論は、柿本人麻呂が何かの罪を得て、無理やり猨(さる)に改名させられ、
石見国で水死刑にされた、というものです。

ちなみに、人麻呂も三十六歌仙の一人で、
猿丸太夫とはダブって入っていることになります。
あと、10世紀成立の古今和歌集の序文にも2人とも登場していて、紀貫之の
かな書きの序文には、柿本人麻呂「正三位柿本人麿なむ歌の聖なりける」
この人麻呂が正三位という高い位にされているのも謎な部分なのですが、これは余談。
漢文の序文には「大友の黒主が歌は、古の猿丸大夫の次なり」
ということで、人麻呂は7~8世紀の人なのですが、
後世にはそれぞれ別人と見られていたのではないかと思います。

確かに罰としての改名の例はあります。道鏡と宇佐神宮神託事件に関連して、
「和気清麻呂」が「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」に、姉の「広虫」が「狭虫」に、
称徳天皇の命によって改名され、流罪になっていますね。
「人」→「猿」という連想はたいへん面白いですが、反論として、
猿などの動物の名は当時は特に不自然ではないというものがあります。
時代は違いますが、前に出てきた蘇我馬子もそうですし、
清麿の姉も広虫(ひろむし)です。広いが狭いにされてしまいましたが、
虫の部分はそのままですね。梅原説のその他の部分も、
綱渡り的な危うい論で組み立てられていて、
定説となるのは難しそうですが、一部支持している史学者もいます。

これも余談ですが、もし人麻呂が刑死したのなら、
命じたのは時代的に藤原不比等かもしれません。
藤原不比等にも「羊太夫」という別人説があります。不比等→人ではない→羊 
というわけです。「多胡碑」という古い碑文に、羊太夫が不比等から領地をもらった、
という記載があり、伝承では、羊太夫は反乱を起こして誅殺されたことになっています。
羊太夫はペルシャ人という話もあり、
このあたりのことも調べるとなかなか興味深いですよ。

この他の猿丸太夫別人説としては、弓削皇子説、弓削道鏡説などもあります。
弓と猿は関連があるみたいで、小野猿丸という弓の名手がいたようです。
そこからきているようですが、まずありえないと思われます。

さてさて、梅原氏は論拠として、柳田国男の、
「過去に日本で神と崇められた者に尋常な死をとげたものはいない」
という説に着目して『水底の歌』に着手したということです。
これは一般論としはそのとおりで、
御霊である菅原道真、崇徳上皇など多くの例を上げることができますよね。
しかし一方で柳田国男は、猿丸大夫とは「全国を巡って神事を行い、
その際に歌を詠んだ集団についた名前ではないか」という説も出しています。
ですから別々の複数人が詠んだ歌の作者として猿丸太夫の名が出ているのだろう、
ということで、これはあってもおかしくない感じがしますね。






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コメント
面白い説ですね。興味深く拝見しました。
「奥山の…」は百人一首の中でも特にお気に入りの一首です。
朔 | 2016.03.05 18:30 | 編集
 「シェイクスピア作家集団説」でしたっけ、あれを思い出しました。シェイクスピアや猿丸大夫に限らず、「集団説」って好きですね。便利すぎる気もしますが・・・
 なお、井沢作品では「芭蕉魔星陣」が大好きです。この人こんな話ばっかり書いてるんだなぁw
| 2016.03.05 19:41 | 編集
コメントありがとうございます
自分的には人麻呂の「あしひきの・・・」のほうが好きです
なんとなくですけど、詠むリズムがいい感じがして
あと、「世の中は道こそなけれ・・・」という俊成の歌で
お話を2つ書いてます
bigbossman | 2016.03.06 02:05 | 編集
コメントありがとうございます
シェークスピアのほうは画家が工房システムでやってたことからの
連想かもしれません
猿丸太夫は実際のところはわかりませんが
百人一首にはけっこう面白い人物が入ってますね
bigbossman | 2016.03.06 02:16 | 編集
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