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平行世界と無限大

2016.03.14 (Mon)
一昨日、時空がずれる、タイムスリップするという話をしましたが、
怪談の時空物のパターンというのはまだありますよね。
子どもの頃とか昔の記憶と現在がつながっていない系の話です。
例えば小学校の遠足で山にいき、不思議な出来事が起きた記憶があるのに、
その頃の友だちも親も「お前はあのとき熱出して休んだだろう」と言う・・・
自分の記憶だけが周囲の人と合わないんですね。
こういうのは、その遠足のときに世界がずれて、並行した別の世界、
遠足に発熱して行けなかった世界の自分と入れ替わってしまった、
と解釈することもできます。

平行世界、パラレルワールドとも言いますが、これも元はSFの小道具でした。
アイデア自体は量子力学、ヒュー・エヴェレットの、
「多世界解釈」から来ているのだと思います。
「シュレディンガーの猫」という話がありますね。量子力学の思考実験です。
ある原子が1/2の確率で崩壊するとして、崩壊したときに毒ガスを出すような装置をつくる。
そしてその装置を入れた箱に猫を一匹閉じ込める。
原子が崩壊しているかどうかは、箱のフタを開けて観測しないとわからないので、
フタ開けない状態では、箱の中の猫は半分死んで半分生きている状態になる・・・
でも、そんなはずはないですよね。
 
ここでエヴェレットは、猫を箱に閉じ込めたときに世界が2つに分かれると考えました。
箱の中の猫が死んでいる世界と生きている世界とです。
そして箱を開けた瞬間に、2つに分かれていた世界がヒュッと収縮して、
どっちかに決まるというわけです。ここで重要なのは、
観測して結果が出たときには、分かれていた世界は一つに戻るということ。
世界が分かれている間、死んだ猫の世界と生きた猫のいる世界は干渉できない
ということになります。これが物理学でいう多世界解釈ですが、
それだとお話をつくるのが難しいですよね。

せっかく別の自分のいる世界がたくさんあるのに、絶対行き来できないのはツマラナイ。
そこで作品に取り入れられる場合は。なんらかの方法で行き来できるようにされています。
また、世界が分かれるきっかけも、量子的なミクロのものではなく、
もっと人間的な選択によることが多いようです。
例えば、進路選択で地元のA大学に入るか、それとも東京のB大学に入るか、
あるいは、Aさんと結婚するBさんと結婚するか。
これは確かに、どっちにするかでその後の人生はだいぶ変わってくるでしょう。
しかし、そういう重大なものだけではなく、日常には無数の選択肢があるはずです。

駅に来てベンチで一休みした。立ち上がって足を踏み出すとき、
右足から出るか左足から出るか。喉が渇いていたので自販機で飲み物を買おうとして、
ダイエットを考えてお茶にするか、疲れているから糖分の入ったものにするか・・・
そういう選択というのはいくらでもあるでしょう。
足を踏み出すのは無意識でしょうが、右からか左からかで結果が変わるかもしれません。
こう考えれば、もし選択によって世界が分かれるのならば、
平行世界というのは無限に枝分かれしていくことになりますよね。

右足から踏み出した世界のお茶を買った自分、
左から踏み出した世界の缶コーヒーを買った自分、という具合にです。
しかし無限の世界があるということは、数学的にはかなり都合が悪いんですね。
無限大の記号は∞ですが、これは「ウロボロスの蛇」自分のしっぽを飲み込んでいる蛇の
モチーフから取られているようです。とにかく無限大が式に出てきてしまうと、
その式は成り立たなくなってしまいます。無限大に何を足したり引いたり
掛けたり割ったりしても、やはり答えは無限大になりますし、
しかも∞÷∞=1ではないし、∞×0=0でもないのです。

ここらあたりは数学的に難しいので、説明は省略しますが、
物理学では、式に無限大が出ると意味をなさなくなってしまいますので、
出てこないよう、だましだまし計算することが多いのです。
朝永博士がノーベル賞を取った「くり込み理論」も、そのだましテクニックの一つでしたが、
あのホーキング博士が、宇宙は特異点から始まるとする、
「特異点定理」を証明してしまいました。特異点というのは、
圧力無限大、温度無限大の状態ということで、そこではあらゆる法則が通用しません。

少し余談をしますと、温度の場合、下限は決まっています。
絶対零度、−273.15℃です。これより温度が下がるということはありません。
ある気体で中の分子が動いている状態が、温度がある状態です。
活発に動いていればいるほど高い温度になります。その気体を冷やして、
どんどん温度を下げていくと、分子どうしがぎゅうぎゅうにくっついていって、
最後には隣とのすき間がなくなって動けなくなります。これが絶対零度ということですね。
逆に温度の上限というのはないようで、無限大まで高くなると考えられています。

さてさて、ある日Aさんが家を出るときに右足から出ましたら、
しばらく歩いた先で車に轢かれて死んでしまいました。別の世界では、
Aさんは左足から家を出て、そしたら庭の敷石につまずいて転び、
家を出るのが遅れてしまいました。このときAさんは「ああ、なんて今朝はついてないんだ!」
と思いましたが、この遅れのために事故に遭って死ぬことはなかったのです。
ただしAさん自身はもちろんそのことを知りません。

仮に、Aさんが右足から家を出る確率と、左足から出る確率を同じ50%としましょう。
ではAさんが事故で死ぬ確率も50%なのでしょうか。
ここは勘違いしやすいところです。一つの世界に限定すればそう言えるでしょうが、
もし平行世界が無限にあるとすれば、∞×0.5=∞ になります。
とすれば、Aさんが生きている並行世界は無限大にあり、
死んでいる世界も無限大にある、ということになってしまわないでしょうかww
関連記事 『時空物について』






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