枕返しの話

2016.03.18 (Fri)
これはわたしが中2のときの話です。田舎の中学の剣道部でしてね、夏休み中のことです。
中総体は地区が6月、県が7月で、それをもって3年生が引退し、
新チームになったわけですが、わたしら2年と、1年生の仲が悪くてね。
いやね、男子は1年生が5人全員、小学校から道場でやってた経験者でした。
それに対して2年生のほうは、4人のうち3人が中学校から始めたんです。
だからね、1年にレギュラーを奪われるかもしれないって危機感があったんですね。
2年のうちの新キャプテンは経験者でしたから間違いないですけど、
その他の3人は戦々恐々、そういう事情が影を落としてたんでしょう。
でね、休み中は1泊2日で部の合宿があったんです。
これは学校に泊まるわけじゃなくて、町に一つだけのお寺に世話になるんです。
稽古は体育館でしたけど、お寺までは走って15分くらいでした。

それで2日目の午前に、境内で奉納仕合をやって解散。
もちろん1年のときも参加しましたが、そのときはただ疲れたってだけで、
特別おかしなことはなかったと記憶してるんですけどね。
1日目の早朝に学校に集合して、道場でみっちり稽古、弁当を食べて午後もまた稽古。
夕刻に防具をつけたままランニングでお寺に行って、なんと座禅を1時間やらされるんです。
その後、親の会が夕食のカツ丼を作ってくれまして。
へとへとだし、真夏のことでしたからあんまり食べられなかったですけどね。
でね、旅館じゃないんで、自由時間ってなかったんです。
食べ終わったら、本堂の板の間でご住職の講話を聞くんですよ。
ご住職は当時40代かな、今もご健在ですよ。今にして思えば、中学生に話すってことで、
なるべく宗教っぽくならないように苦慮されてたんだと思います。

それでも内容は難しかったですけども。
ええと、できるだけ当時ご住職が話された形で再現してみます。
「皆さん、和歌、百人一首の勉強なんて国語の時間にされましたか?」
そんな趣味のやつはいなかったんでわたしらが顔を見合わせていると、
部の監督の先生が、「2年生は俳句の勉強はしましたが、和歌はまだ習っていません。
 3年で万葉集なんかを勉強するはずですよ」こう助け舟を出してくれました。
「そうですか。いやね、わたくしも和歌など詳しいわけじゃないんですが、
 これはちょっと怖い話でもあるんです。平安時代の中頃に、藤原義孝という人がいまして、
 歌人として有名だったんです。百人一首に採られた歌が、
 『君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな』というもので、
 意味は、あなたのためになら惜しくはないと思っていた命も、こうして恋がかなって、

 いっしょに過ごすことができるようになった今では、できるだけ長くありたい
 と思うようになった・・・こんなところでしょうか。まあ、恋の喜びを歌ったもので、
 みなさんにはちょっと難しいかもしれませんね。
 で、この義孝という方は、熱心に仏教に帰依しておられまして。
 それがどのくらいかというと、まず、お坊さんでもないのに菜食主義で、
 肉や酒はいっさい口にせず、朝廷に出仕して公務がありましたが、
 その仕事の合間にもお経を唱えていたというくらいなんです。ですから、
 年は若くとも皆に尊敬されておりました。それがねえ、
 残念なことに、20歳で亡くなってしまわれるんです。病気、天然痘でした。
 病状が進んで、いよいよいけないというときになって、看病していた母親に向かって、
 自分は死んでも、枕から頭を離さないようにしてくれ。

 あの世で頼み事をして生き返ってくるから。そう言ったんだそうです。
 どうしてこんなことを話したのか不思議でしょう。これは当時、
 霊魂が体から抜け出ているときに、枕から頭が離れてしまうと戻れなくなってしまう、
 と信じられていたようなんです。どうやら義孝は、
 死んだ後にあの世で閻魔様に願って、またこの世に戻ってくるつもりでいたらしい。
 でね、生き返ることができたかというと、これができなかったんです。
 というのは、不幸なことに同じ日に義孝の兄も天然痘で亡くなってしまい、 
 屋敷中が大混乱しまして、詰めかけていた親族の方が気を効かせて、
 義孝の体を北枕にしてしまったんです。ええ、枕から頭を外して体の向きも変えてしまった。
 このために、義孝は戻ってくることができなかったという言い伝えがあるんですよ。
 ・・・ここで、話はちょっとかわりますが、枕返しという妖怪がいるんです。

 人が寝ているときに来て、その人の枕をひっくり返す。なんだただのイタズラじゃないか、
 と思うかもしれませんが、これがたまたま、その人が夢を見ているときだと、
 抜けだして別の世界に行っていた魂が体に戻れなくなって、
 死んでしまうこともあるのだそうです。でね、この枕返し妖怪が、
 当寺にもいるという言い伝えがありましてね。わたくしの2代前のご住職から、
 小僧時分に聞かされたことがあります。・・・でもね、安心なさい。
 わたくしは枕を返されたことはありません。それに、
 みなさんの寝所には蚊帳が吊ってあるでしょう。怪しのものは蚊帳をくぐって中には入れない、
 と言われていますから、怖がらなくても大丈夫ですよ」
こんな話だったと覚えています。中学生への話だから、最後に妖怪のことも入れたんでしょうが、
わたしにはそんなにピンとくる内容ではなかったですね。

それからみなで花火などをやりまして、かなり早めに寝たんです。
寝所はお寺の大広間を使いました。両側の隅に蚊帳を2つ吊って、一つには2年生4人、
もう一つに1年生5人が寝ることになりました。あと女子2人はご住職の家族がいるほうで。
でね、蚊帳の中で仲間の一人とこんな話をしました。
「さっきの話、よくわかんなかったけど、枕返しのとこは面白かったな。
 そういうのっていると思うか?」 「まさか、住職がサービスで話してくれたんだろ」
「だよな。けどよ、妖怪なんかが蚊帳の中に入れないってのは初めて知った。
 俺よ、もし夜中にトイレに起きたら、1年の蚊帳をめくって上に引っかけとこうかな」
「バカバカしい、妖怪なんていないから」 「でもよ、やつら蚊に食われるだろう」
「やめとけよ」 ま、本当にそんなことをするとは思ってなかったんですけどね。
クタクタに疲れてたし、それからほどなくして寝てしまったんです。

「ほらー、起きろ」監督が蚊帳に入ってきて大声を上げてました。
すっかり明るくなって、もう朝になってたんですね。わたしらはもぞもぞと起きだしまして、
監督は今度は1年の蚊帳のほうへ行って「お前ら、なんだこれ、何やってたんだ!」
さらにすっとんきょうな声を上げました。
何だろうと思ってわたしも見に行ったんですが、そしたら1年生連中は敷布団を上に被って、
うつ伏せになって寝ていたんです。つまり体ごとひっくり返ってたというわけです。
「寝相が悪いにもほどがあるぞ、お前ら!」監督は呆れてましたね。
枕返し・・・なんでしょうかねえ。そこのところはわかりません。
ただ、1年生は枕なんてしてなかったんです。寝具はお寺さんのものでしたけど、
数が足りなくて2枚の布団で3人が寝て、
枕も座布団を折ったものを布団の下に入れていたんですよ。

あと、わたしら2年生の枕が返されたってことはないようでした。
1年生たちはきょとんとした様子で起きてきて、体具合が悪いというやつもいませんでした。
朝はお寺さんでお粥を作ってくださっていまして。それを食べながら仲間に、
「お前、トイレに起きて1年の蚊帳めくったのか?」
「ああ、やった。けどなあ、あいつらが変な格好で寝てたのはそのせいかな」
「うーん、蚊に食われるのが嫌で布団かぶったのかも」こんな話をしました。
で、午前のうちに奉納仕合の紅白戦があったんですが、
わたしら2年生はキャプテンをのぞいて、みな1年生に負けちゃったんですよ。
紅白戦は2回やったんですが、2回ともです。このせいもあってか、
キャプテン以外、新人戦のレギュラーは1年にとられちゃいました。いやあ、
枕返しのことと関係はないでしょう。今となってはいい思い出ですけどね。

鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「反枕」





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