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仙道・道教について

2016.03.19 (Sat)
今日の話題はこれでいきます。当ブログでは、これまで、
あんまり仙道には触れてこなかったんですよね。特に理由はないんですが、
やっぱりとっつきにくい感じはありますね。
ところで、日本は中国経由で仏教、中国のものである儒教を受容しているのに、
どうして道教はさかんにならなかったんでしょう。

代わりになるものとして、陰陽五行思想、天文、暦学などをベースとした
陰陽道があったからでしょうか。一説には、唐の時代に、
中国から道教の受容を求められた際、天照大神を中心とする日本神話、
天皇中心の政治体制とは相容れないものであるからという理由で、
拒否したという話があります。この真偽はわかりませんが、
自分はけっこうこれを支持しています。道観(道教寺院)が日本にできなかったのは、
意図的にそれを防ぐ体制が、やはりあったのではないでしょうか。

仙道(神仙思想)と道教の違い。これもかなり難しいですが、
自分的には、完全な個人救済(自分だけが修業によって仙人になる)が仙道。
2世紀に興った、五斗米道や太平道などの教団化したものが
道教というふうにとらえていますが、これには異論もあると思われます。
ただ、道教教団が行うような集団生活や、謝礼を得ての病気治療、魔を払うといった行為
(キョンシーに出てくる道士のような感じ)は、本来の神仙思想にはないものです。
仙人になれば不老不死になりますが、そのかわり我欲が消え失せ、
世俗のこと一切に関心を持たなくなることになっていますから。
ただ雲に乗って高天を浮遊してるだけで、それが楽しいのかどうかもわかりません。

神仙思想は、前述したように個人が仙人になるためのものですが、
その中には選民思想も含まれています。どういうことかというと、素質のないものは、
いくら努力しても仙人にはなれない、なれたとしても高位には登れないということです。
その素質のことを仙骨と言います。「お前は仙骨が短いから仙人にはなれない」
みたいな感じですね。中国の殷周伝説で出てくる「太公望」呂尚は、
一度仙界で修行したものの、素質が足りないので人界に戻され、
周の軍師になって、易姓革命で活躍することになります。

芥川龍之介の『杜子春』、これは中国の古典を童話化したものですが、
原作では、牛馬と化した両親が鞭打たれる場面で杜子春は思わず声を出してしまい、
仙人になれなかったことで、後で師に叱られてしまうのですが、
芥川作品では「あのとき声を出さなかったら私がお前を殺していた」と改作されています。
原作は、杜子春が仙人になるための冷厳さを持ちあわせていなかった、
というだけの話だったのが、人間としての情を主題に、
日本的に変えられているわけですね。

さて、仙人の種別としては、一番位が高いのが「天仙」です。
飛行能力を持ち、つねに雲上を飛び回っていて下界のことには関心がありません。
「羽化登仙」という語は、この天仙を指しているようです。
修行の末に、地上に沓だけを残して、忽然と姿が消え去ってしまうのです。
次が「地仙」これは龍などに乗って飛ぶことはできますが、
常には高山の洞などに住んで修行をしています。
一番地位が低いのが「尸解仙」です。いったん死んで棺に葬り去られたのち、
棺桶の中に剣を残して死体が消え失せ、仙人になるというものです。
尸解仙の中にもまたレベル差があり、宝剣を用いて尸解したものが上位で、
普通の剣や木剣は低レベルといった話もありますね。

また、『封神演義』は仙界を舞台にした空想小説ですが、その中では、
仙道が「闡教(せんきょう)」と「截教(せっきょう)」に二分されていました。
「闡教」は元人間だったものが修行により仙人になったもの。
「截教」は人間以外のもの、大亀とか孔雀、植物、自然現象などが仙人化したもの
として描かれています。お話では「截教」が戦いに負けて、
多くの人間以外をルーツとする仙人が殺され、神として封印されます。
また、仙人は男性が多いですが、女性もいますし、風貌も老人だけではなく、
◯◯童子という子どものような姿形のものもいます。

道教と老荘思想。これも難しいところですが、いつかの時代に、
「老荘思想」が神仙思想に取り入れられ、道教へと変遷していったのだと思われます。
そもそも、老子自体が実在性を疑われている人物ですので、
はっきりしたことは言いにくいのです。ただし、道教の方法論、
神々の像に祈りを捧げ、病気になれば護符を書いて飲むといったことを、
胡散臭い、馬鹿げていると思う知識人は古代でも当然いたことでしょう。

ですから、教義に深みを与える必要があったんですね。
それには、老荘思想の「無為自然」「徳」などの概念は恰好のものでしたので、
現在の道教は「道(タオ)」(宇宙自然の普遍的法則や根元的実在)を、
最高概念として置くようになったと言えるんじゃないでしょうか。
あとまあ、孔子の儒教に対して、老子の道教とすればおさまりがいい
とかもあるのかもしれません。ちなみに、道教では、
老子は太上老君という神仙になっています。
晋代の『抱朴子』の記述によれば、口がカラスのようで、耳の長さは7寸、
額に3本の縦筋 で牛に乗る異形の姿に説明されています。

さてさて、長くなってきましたので、最後に神仙になるための修行法。
これは内丹法と言われるものです。「仙人はカスミを食べる」という話がありますが、
天地自然の気を体内に取り込み、練ることを指します。
自分が自然と一体化すると言ってもいいでしょうか。
じゃあ具体的にどうすればいいんだ、となるでしょうが、
これは難しくてなかなかできないところに妙味があります。

簡単にできてしまったら、富裕層に取り入った道士はイカサマが続けられなくなりますから。
内丹がうまくできないので、外丹法が勧められることになります。
これは食事や仙薬によって仙人化するための方法で、秦の始皇帝の道士、徐福は、
「東方の三神山から神仙になる薬を取ってくる」と財宝をもらって逃げてしまいました。
外丹には、水銀化合物やヒ素化合物なども多くあり、
長命になるどころか、これで命を落とした人も多かったと言われますね。
関連記事 『仙人になるには』

太上老君





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コメント
 仙道や陰陽道が怪談に出てきた途端に話が胡散臭くなる(・・・なりますよね?)のは、やはりそれだけ日本人の日常に馴染んでいないからでしょうか。それはそれで独自の面白さがあるので、むしろ好きな方ですがw
| 2016.03.22 22:37 | 編集
コメントありがとうございます
仙道は夢枕さんのサイコダイバーシリーズに出てくる
九十九乱蔵がそうですよね、2m、140kgの体格の仙人
さすがに杖を持って雲に乗ってる仙人は話には出せないです
bigbossman | 2016.03.22 22:51 | 編集
内丹法は「体の中で薬を練ることをイメージして体操する」だと思ってますので外丹法より長寿にはいいと思います。

ところで九十九乱造は「闇狩り師」と「キマイラ」シリーズの世界のキャラクターですので、九門鳳介や毒島獣太といったサイコダイバーたちの活躍する世界とは別な時系列の人であります。

キマイラ、ほんまに夢枕先生最終回まで行きつくんやろか。
ポール・ブリッツ | 2016.05.15 21:30 | 編集
コメントありがとうございます
夢枕先生は長くなりそうな話を平行していくつも書いてますので
中には遅々として進まずもどかしい気がするものもありますね
bigbossman | 2016.05.15 21:44 | 編集
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