猿おどりの木

2016.04.01 (Fri)
これ、俺が中2のときのことなんだよ。俺らの中学校は裏手がちょっとした山になってて、
林の中を2km弱ほどの道が続いてた。これは今も変わらない。
そこを降りきると舗装した道路に出るんだ。運動部の連中はほとんど、
このコースを使ってランニングしてたんだ。けど、球技なんかの部は秋までがシーズンで、
冬に入って雪が積もるとあまり走らなくなる。でもな、俺は柔道部だったから、
大会は冬場に多いんだよ。それに柔道場はいつでも使えるから、
オフシーズンなく1年中練習があったんだ。
2年の冬だから、もう3年は引退して新チームに移行してた。
地区大会の2回戦突破が目標の弱小チームだったが、それなりに張り切ってたんだよな。
しかも俺は投票でキャプテンに選ばれてたし。で、ある日のランニングのときのことだよ。
部員全員で走り始めたが、どうしても1年生は遅れる。

先頭のほうは、2年のレギュラーの体重が重くないやつらになるんだ。
雪はまだ数cmってとこで、ふつうの運動靴で問題なかった。ザック、ザック走ってたら、
井川ってやつが、隣走ってたやつに林の中を指差して何かしゃべりかけたが、
俺はいちおうキャプテンだから「ラン中にしゃべらないで!」そう注意したら黙った。
ランニングが終わって道場に入り、それから2時間くらい練習があった帰り、
着替えをしながら、井川に「さっき林の中で何かしゃべろうとしてたよな?」 
って声をかけた。そういうフォローは大事だと思ってたんだよ。
でないと「あいつキャプテン風ふかしやがって」って言われるからな。
そしたら井川は「いや、俺、あそこで面白いものを見つけたんだ」
「へー何?」 「猿おどりの木だよ」 「あ? 猿・・・おどり? 猿すべりじゃなくてか?」
「ああ、俺が勝手に名づけたんだけどな」 「へええ、面白そうな話だ」

で、井川が言うには、道から少し横手に外れた林の中に、
他とあんまり変わらない木があるんだけど、
その下に入ると妙に踊りたい気分になるってことだった。
「変な話だなあ。ますどうやってその木を見つけたんだよ」
「それがなあ、俺、家近くだから日曜の練習休みの日もあのコース走ってたんだよ。
 したら、何だか呼ばれたような気がしたんだ。それで木の陰に入ってみたんだが、
 誰もいなかった。勘違いかと思って戻ろうとしたら、
 ズルっと片足が滑ったんだよ。そしたらフワーッと気持ちよくなって、
 足がバタバタ勝手に動き始めたんだ」
「勝手にって?」 「うまく言えないが、あやつり人形ってわかるだろ。 
 あんな感じでバタバタって。で、それやってるとホントに気持ちよくってなあ」

ここで井川が目をうるませたんで、俺は気味悪いやつだなとは思ったが、
調子を合わせて、「ふーん、変わったことがあるもんだな。
 さっき話をしようとした場所か?」 「そうだよ」
その日はもう6時過ぎて外は真っ暗だったから、次の日曜日行ってみようということになり、
他のやつ2人もさそって、午前の遅くに林に入ったんだよ。
「しかし自主トレしてるとかエラいよな」朝方にかなりの雪が降って、
足首くらいまで積もってたな。で、その場所に入ると、種類はわからないが松の木だな。
斜面のほうに向かって伸びてる下が、ぽっかり空いてて、
雪を踏み荒らしたあとがあったんだよ。「これか?」
「うん、昨日も練習の帰りに寄って踊ったんだ」 
「いつもやってんのかよ、それヤバくないか?」

井川がその場所に入ると、すぐ両目がぐるんと白目になったんだよ。
片足が前になり、もう一方が後ろになり、
それから両足そろえてつま先立ちになってまた開く。
それをものすごい速さで繰り返し始めた。手は胸の前で上下に動かして。
あまり激しい動作だったんで、俺らはあっけにとられて見てた。
3分くらい踊ったんだと思うが、ブツンと糸が切れるように尻から雪の上にへたり込んだ。
井川はゼイゼイ息を切らしながら、「どうだ、これが猿踊りだよ。
 お前らもやってみるか?」 「いや・・・いい、俺はいいよ」 「俺も」
一言で言えば、マズいものを見たなあって感じだった。
帰る途中で聞いてみた。「あれやってるとき、気持ちいいのか」
「ああ、頭がじんじんして、だんだんに白い光が見えてくる」

その後は、井川の家に寄って、ちょっとだけゲームをして帰ったんだが、
俺といっしょにきた渡辺ってやつが「さっきの踊りマズいよなあ。気がついたか?」
って言った。「何が?」 「足もそうだけどな、手の動き。
 猿だったらこうやって外にひっかく動きだろ」 「ああ」
「あいつ手はずっと喉をかきむしるようにしてただろ。手のひらを内側に向けて」
「・・・・」 「それと、俺よく見たんだけど。あの松の木、
 下枝が伐られてたよなあ。たぶん頭のちょっと上くらいに太い枝があったはず。
 で、1年のときに救急車の音が授業中にしたのを覚えてるか?」
「ああ、そういえば」 「あれ、後で聞いたら自殺者が出たらしいんだよ。あの山で」
「・・・・」 「場所はわからないけど、もしかしてあの木じゃないかと思うんだ」
「じゃあ、井川は、自殺したやつに呼ばれてあんなことしてるのか?」

「・・・そこまではわからん」 まあ、こんなことがあったのよ。
その後は、猿おどりの木の話はしないようにしてたが、
ランニング中に注意して見るようにはなった。したら、月曜のランニングのときには、
雪が乱れてるように見えるときがあったんだよ。
降雪でわからないことのほうが多かったけど、
ああ、井川はまだあの踊りやってるんだなって。
それから・・・少なくとも中学のときには何が起きたってことはないんだが。
俺らの新チームはそこそこ強くって、中総体は地区大会で3位になって、
県大会まで進んだんだよ。県では2回戦負けだったが、俺は十分満足だった。
でな、井川はレギュラーで大活躍してほとんど負けなかったんだよ。
得意技は寝技の絞め、柔道は中学校から絞めが認められるんだ。

井川のは、相手がまいったする暇もないくらいの強烈なやつで、
チームのポイントゲッターになってたんだ。
で、その後卒業してからは俺は普通高校に行ったけど、
井川は自動車科のある他地域の学校へ行って、それから県外に出てった。
俺は運よく地元で就職できたんだが、12年前に井川が大々的に新聞に載った。
トラックの運転手をしてたんだな。それが秋口に九州の高速道路で、
乗用車に追突する事故を起こして人が1人死んだ。
ブレーキ跡がなかったって報道されてたから、居眠りか、
じゃなきゃスマホいじって運転してたかだろう。
井川は交通刑務所に収容され、出てきてすぐに首を吊ったんだ。
もうわかるだろう、あの山のあの場所でなんだよ。






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