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怪談を楽しむ文化

2013.08.15 (Thu)
 日本には怪談、怖話を楽しむ文化があり、これは実に幸せなことだと思います。
前回シェークスピアの話を書きましたが、これと関連して面白いエピソードがあります。
アメリカの文化人類学者ローラ・ボハナンの本によると、氏が西アフリカを訪れたさい、
現地人に対して『ハムレット』を読み聞かせました。
すると父王の亡霊が語りかける場面で「そんなことは不可能だ」と盛んにやじが飛びます。
現地人によれば、亡くなった人が直接この世に現れることはできず、
もし意志を伝えたいのであれば、
魔女への預言によってなされなくてはならないという理屈なのだそうです。
つまり彼らには魂という概念はあっても、
それがこの世に現れる幽霊という概念はなかったんですね。

 日本の場合は古くから万物に魂が宿るとする神道的な考え方があり、
仏教が盛んになっても怪談話が不謹慎であるというような宗教的な縛りはありませんでした。
平安時代の『源氏物語』には生霊が出てきますし、御霊信仰もありました。
鎌倉時代の『今昔物語』ではさまざまな怪異が描かれます。
あと能なんかでも人外の者が登場しますね。
百物語は室町時代に始まったと言われますが、江戸時代になって隆盛を迎え、
『耳袋』や『雨月物語』などが書かれました。
こうしてみると広い意味での怪異譚は、
日本の歴史を通じてずっとあったと言えるのではないでしょうか。

 明治に入るとスピリチュアル由来の怪談ブームがありました。
ここでもう一つ余談をすると、
『こっくりさん』というのはどうやらアメリカから入ってきたもののようです。
Wikipediaには「1884年に伊豆半島沖に漂着したアメリカの船員が、
自国で大流行していた『テーブル・ターニング』を
地元の住民に見せたことをきっかけに、日本でも流行するようになったという」と出ています。
昭和に入っては、TV番組の『あなたの知らない世界』の影響はたいへんに大きかったでしょうし、
あとは阿刀田高氏らのショートショート・コンテストというのもありましたが、
現在の実話怪談の隆盛は『新耳袋』からの流れとしてあるのだと思います。

 上田秋成の『雨月物語』について書きましたが、『春雨物語』も含めて自分が好きなのは、
『白峯』『仏法僧』『血かたびら』『海賊』などです。
特に『海賊』はオカルトではありませんが実に奇妙な話で、秋成の深い教養と歴史観が伝わってきます。
一般的には『雨月物語』のほうが有名でしょうが、全体的に中国怪異譚の翻案っぽいこれよりは、
『春雨物語』のほうが作者の到達した境地がにじみ出ているという気がしますね。

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