帰りのバスの話

2016.04.23 (Sat)
俺ね、仕事はフリーのルポライターなんだ。ああ、でも硬派な取材とかはせんよ。
かといって軟派もしないし。これほど、幅のある職種はないからね。
命がけで戦場に行ってくるやつもいるし、かと思えば、
歌舞伎町潜入だってルポだし、同業者の仕事。
俺の場合は、専門は旅行関係、観光地巡りが主なんだよ。
それで旅行のムックに記事を載せるわけ。だから写真も撮れるよ。
プロ級の腕じゃないが、今は加工ソフトがあるしね。
で、この間、あるパワースポットに行ったのよ。
ほら、そこへ行くとよい気をもらってきて、人生が好転するとか言われる場所。
例えば、有名どころでは伊勢神宮なんかがそうだが、
あれだって古いとはいえ人工物だからな。大自然のスポットにはかなわん。

でねえ、そんときの取材は、場所は伏せといたほうがいいだろ。
ある海岸だったんだよ。岩浜で、波の花で有名って言えばわかるかもしれねえな。
うんそう、波の花ってのはまあ泡だよ。波が激しくて、
しかもそれが岩にぶち当たって、泡風呂みたいになってる場所。
どうだろうねえ、海水の成分も関係あるのかもしれない。
そのフワフワで海岸線が埋めつくされてるんだ。きれいっていえばそうだけど、
なんか怖い感じもしたな。だってそこ、パワースポットと名がついてるけど、
年間20名くらい自殺者がいるんだよ。そ、崖から泡の中に飛び込む。
そういうとこだから、依頼者もちょっと怪しいオカルト系の雑誌で。
いやいや、普段はそういうとこには書かないんだけど、ちょっと事情があって。
そこの女編集者といい仲になってるんだ。

でね、今回の取材もその子と同行してたわけ。
だからね、取材費は当日分しか出てなかったけど、自腹で泊まるつもりだったんだ。
旅館も予約してあった。だけどねえ、あんなことがあって彼女がブルっちゃって。
ま、俺だってそうだよ。はっきり言って、そんときまで、
心霊オカルトなんて信じてなかったわけ。うーん、パワースポットとかはまた別だろ。
森林浴とかああいう効果があるもんだと思ってた。
誰だって大自然にふれりゃ気持ちよくなるじゃね。
でね、予定の取材は滞りなく済んで。写真もけっこういいのが取れたし、
地元の人や近くの神社、観光客からも話を聞いて、
記事一本分のネタは仕込んできたんだよ。その帰りのバスの中でのことだ。
バスはもよりのJR駅とそこの海岸を往復するシャトル便で、乗ったのは4時半頃だな。

取材は平日だったし、まだ寒い時期だったんで、
一緒に乗ったのは俺と彼女以外5~6人ぐらいだったはずだ。
だからバスの中はガラガラで、俺はちょっとバス酔いするんで、
一番後ろの席に彼女と並んで座ったわけ。バスは定時に発車して、そしたらね、
強烈に潮の臭いがしたんだよ。でも、それは外がそうだから、
臭いが入り込んできてるだけだと思ったのよ。でね、俺は彼女と手をつないで、
夜の楽しいこととか考えてたわけ。そのバスは駅まで50分くらいで走るんだ。
それで10分ほど過ぎたあたりで、運転手がマイクを取ったようで、
一つ咳払いしてから、「お乗りになってはいけないお客さんがおられますね。
 次の停留所で停まりますから、どうぞ自分の場所にお戻りください」
こんなことを言ったんだよ。もちろんそんときはどういう意味かわからんかった。

そもそも、そのバスはシャトルだから途中で停止したりはしない。でな、
俺らは最奥の席にいるから、背もたれで他の乗客の姿は見えなかったんだよ。
乗り込んだときも特に変な人はいなかったと思った。だから、
変なことを言う運転手だなあって思って。「お乗りになってはいけないお客さん」
って何なんだろうって、そりゃ当然考えるだろ。
バスは5分ほど走って路線バスの停留所で停まり、前部のドアが開いた。
誰が降りるんだろうって見てたら、これが誰も降りる人はいなかったんだよ。
ドアは2分くらいも開いててから、また閉じてバスが走りだした。
で、運転手がまたマイクを持って、「お降りになられなかったようですね。残念です。
 その他のお客様、ご迷惑とは存じますが、今からビデオを放映します。
 ご気分が悪くなられた場合は、後で申し出てください」

こうアナウンスしたんだよ。かなり慣れてる口調でよどみがなかったな。
でな、何が始まるのかって思うだろ。俺はけっこう興味津々だった。
ただ彼女はほら、つねにオカルト系に接してるから、
「これ、何かヤバイかも」って言って、俺の手を強く握り返してきたんだ。
ドーンという音とともにバスの大型テレビがついた。
あの、団体客に映画見せたりする大画面のやつだよ。思わず見ると、
どっかの寺の大法要らしき場面が映り、坊主が数十人、だだっ広い本堂に座って、
読経してたんだよ。お経ももちろん大音響で聞こえてきた。他の乗客の誰かが、
「なんですかこれは?」と言った声がかろうじて聞こえてきた。
それは俺も同じ気持だったが、すぐに「ぎええええ、がっ、がっ、がっ」
という不気味な悲鳴が上がったんだ。経の声に負けないほど大きかった。

それと、バスは普通に田舎道を走ってるのに、なぜが左右に揺れてきたんだよ。
「少し揺れますのでご注意ください」運転手が平然とした調子で言い、
そのとき彼女が「あっ、あれ」と、俺らのいた4つくらい前の席を指差した。
観光バスの背もたれだから、頭の先がちょっと見えるくらいだったが、
そこにあった白髪頭がいきなりにょーんと、天井近くまで伸びたんだよ。
ありえないだろ。頭の太さは最初はそのままだったが、
パーマに見える白髪がぶわっと横に広がって、それがバッサバッサ揺れはじめて。
それと同時にさっきからしてた潮の臭いが一段ときつくなった。
海からはだいぶん離れたのに。 「きゃーっ」これはたぶん他の一般乗客らしい悲鳴で、
その伸びた頭の近くにいた年配の女性が、通路に出て俺らのほうに走りこんできた。
前を指差して「お化け、お化け!」って騒ぐ。

乗客が少なくてよかったが、もし多けりゃ大パニックだよ、ありゃ。
運転手がボリュームを上げたようで、読経の声がますます高まり、
それに同調するように、頭が伸びたバケモノが「ギャッ、ギャッ」叫んでた。
「いいですか、次の停留所で降りてくださいね。
 でないとますます浄化が遅くなりますよ」運転手がこう放送し、
バスが停まってドアが開くと同時に、伸びてた頭がシュンと縮んで、
白い煙、そうだなあ布団袋くらいの大きさのやつが、
ひとかたまりになって出ていったんだよ・・・ 運転手が、
「お乗車のみなさま、たいへんご迷惑をおかけしました。乗車賃は今回いただきません。
 往復券をお買いになられた方は、本社のほうで払い戻しさせていただきます。
 まことに相済みませんでした」こんなことを言ったんだよ。

それからはバスは普通に走り、車内の潮の臭いもだんだん薄れていって、
JRの駅に着いたんだ。降りるときに、運転手の顔をまじまじ見たら、
「何かご質問ですか?」こう切り返されて、彼女が袖を引っぱったせいもあるが、
何も言えずじまいだったんだよ。これが俺のルポの弱い点なんだ。
あと一歩が突っ込めない。駅で彼女と「今のこと、記事にするか?」って話し合った。
彼女はかなり考えこんだ後で「やめましょう。本物すぎて誰も信じてくれない。
 それに祟りも怖いし」って。まあそうだよなあ。それと俺が、
「それにしても運転手落ち着いてたよなあ」って言うと、
「私たちの非日常が、あの人にとっては日常なんでしょうね」と、
わかったようなことを言った。うっと言葉に詰まったよ。
これって、ルポの基本の一つなんだ。ああ、俺ってつくづくダメだなと思って。

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