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ケイちゃんと穴の話

2016.04.26 (Tue)
中学校1年生のときのことです。自分で立候補したわけじゃないんですが、
4月に入学してすぐ、学級の副委員長になったんです。
これ、同じ小学校だった女子の推薦だったんですよ。
私は中学校になったら部活動を頑張ろうと考えてたんで、
ちょっと嫌だなって思ったんですが、やってみるとたいした仕事は
ありませんでした。集会のときの入場の先導は男子の委員長がやるし、
目立つようなことはなかったんです。先生の手伝い的なちょっとした事務と、
あと、ケイちゃんのお世話と。このケイちゃんというのは、特別支援学級の
「ひまわりクラス」に所属している子で、私とは別の小学校から来たんです。
それで交流学級というのがあって、音楽と美術の時間だけ、
ケイちゃんは私のクラスに混じって授業を受けてたんです。

こう話をすると、大変だなって思うかもしれませんけど、
ケイちゃんは自分のことはちゃんと一人で全部できました。ものすごく小さい子で、
見た目は小学校の3,4年くらいでしたね。今から考えると、
未熟児で産まれたのかもしれません。顔も小さかったですけど、
目がくりくりしてかわいい感じでした。それで、中学校の席って、
普通は男女隣り合わせに座ることが多いと思いますけど、私は最前列にいて、
隣は空いた机だったんです。ええ、ケイちゃんが来たときにそこに座ったんですよ。
そのときには私が机をくっつけてお世話をします。といってもせいぜい、
お道具袋から絵の具なんかを出すのを手伝う程度でしたけど。
ケイちゃんはほとんどものをしゃべらなかったんですが、
そのかわりいつもニコニコしていて、気まずいこともありませんでした。

というか、私は一人っ子でしたので、同じ学年なんですけど、
妹ができたみたいな感じがしてました。それから2学期に入って、
ケイちゃんは体育の授業にも参加するようになりました。といっても、
バスケやバレーなどの球技は無理で、マット運動や陸上なんかの種目のときだけです。
ケイちゃん、体が軽いせいかマット運動がすごく上手だったんですよ。
着替えは特別支援の学級で済ませてて、休み時間のときに私が迎えにいって、
体育館やグランドに連れていくんです。それで、あるときの体育の授業です。
ケイちゃんの手を引っぱって体育館にいくと、もうみんなが並んで座ってました。
それで最後尾につこうとしたら、ケイちゃんが真ん中ああたりで動かなくなったんです。
ギュッと足に力を入れて、いくら引っぱってもそこから動こうとしなくて。
「どうしたの?」って聞いてみました。そしたら「・・・穴がある」って言ったんです。

ちょっとびっくりしました。だって、4ヶ月間で言葉を聞いたのが、
それが3回目くらいでしたから。「えー、穴なんてどこにもないよ」って言いました。
そしたら体育の先生が近づいてきて。男の、けっこう怖い先生だったんですけど、
ケイちゃんには優しいというか、すごくいつも気をつかってたと思います。
私が先生に「ケイちゃん、穴があって怖いって言ってます」って報告したら、
「えー穴あ、どこに?」って先生が言いました。するとケイちゃんは、
黙って目の前の板敷の床を指差したんです。もちろん穴なんてなかったです。
体育の先生は「だいじょうぶだから、穴なんてないよ。ほら」そう言って、
ケイちゃんが指差したところを片足でドンドンと強く踏みつけました。
それでですね、これ、私の気のせいなのかもしれませんが、
そのとき先生がちょっと顔をしかめたんです。熱い鍋の取っ手にさわったような感じで。

そしたら、ケイちゃんはすっと足を踏み出し、何事もなかったようにその上を通って、
私と一緒に列の最後尾についたんです。その日は卓球の授業で、
何台も卓球台を出してペアになって打ち合ってました。私はケイちゃんと組でしたが、
レベルは同じようなものでした。先生は最初のうちは台の中を歩きまわって、
アドバイスを与えたりしてたんですが、やがてステージの下にいって立ってたんです。
そのとき、ギッギッ、ギッギッという音が上のほうでして、そっちを見たら、
普段は吊り上げているバスケットのゴールがブラーンと降りてきました。
同時に吊り下げロープが片方外れ、重い鉄パイプが先生の頭を直撃したんです。
ゴガッとすごい音がしました。先生は不意を打たれて前のめりに倒れ、
床にも顔を強く打ちつけました。生徒はみな呆然として見てたんですが、
ややあってキャーッという女子の悲鳴が重なりました。

うつ伏せに倒れた先生の顔の下に血が広がっていったからです。
ええ、その後はたいへんな騒ぎになり、救急車が学校にきました。
私は怖くなって、ケイちゃんの手を握ってました。そしたらケイちゃんが、
「穴、踏んだからだよ」って言ったんです。まとまって長くしゃべったのはこれ、
初めてでした。「穴って、さっき言ってたの?」ケイちゃんはこくんとうなずき、
それからぐるんと白目を剥きました。ものすごい早口で、
「深い穴、暗い穴、火の出る穴、穴穴穴穴あななななななななな」
こんなことを叫び続けたんです。そのときには先生方がたくさん来ていて、
異変に気がついた一人の先生が、ケイちゃんを抱きかかえて保健室に連れて
いきました。それで体育の先生は脳内出血で、運ばれた病院での手術中に
亡くなってしまったんです。こんな話なんですけど、まだ続きがあります。

このときのことがショックだったせいだと思うんですけど、ケイちゃんはしばらく
学校をお休みして、次に学校に来たのは冬になってからのことでした。
「また迎えにいってあげてね」と担任の先生に言われ、私は、
前のときは怖かったけど、もう治ったんだろうと思って、
音楽の授業の前にひまわりクラスに迎えに行きました。1年生はケイちゃんだけで、
2年生がもう2人いたはずです。入り口の戸を開けると、
ケイちゃんが走り出てきましたが、最初はそうとわかりませんでした。
すごく背が伸びてたんです。私よりは低かったですが小学生の感じはなくなってて。
それと、長くして結んでた髪が、男子みたいに短くなってました。
ケイちゃんは無言で私の手を両手で握ると、ひまわり学級の中へと引っ張りました。
学級の中には、アニメのキャラなどを切り抜いて貼りつけた衝立があったんです。

一つの学級内で別々のことをやったりするので、仕切るためのものです。
その陰に私を引っぱっていこうとしてるみたいでした。
何か見せたいものがあるんだろうと思い、そのままついてったんです。
衝立の角を曲がるとケイちゃんは私の手をつかんだままピョンと前に跳び、
私はよろけながら足元を見ると、そこに真っ黒い穴があったんですよ。
これ幻覚とかじゃないんです。後でわかったことですが、
ひまわり学級の先生が席を外してるわずかな時間に、ケイちゃんが黒いクレヨンで、
床にグルグル描いた穴だったんです。それを見た瞬間、
私はあの体育の時間のことが甦ってきて、とっさに体をひねって
穴の横に倒れたんです。そのとき、こっちは幻覚かもしれませんが、
その床の穴から、ボッと天井まで火が上がったように見えました。

私は仰向けのままケイちゃんのほうを見ると、
白い顔の中には何の表情もありませんでした。ケイちゃんはそのまま後じさりし、
壁の隅までいくと、そこで体育座りして動かなくなってしまいました。
そこへひまわり学級の先生が来て「あらあら、ケイちゃん具合悪いの?」
そう言って顔をのぞき込みました。結局、その授業にはケイちゃんは出ることができず、
交流学級もなくなってしまったんです。私はほっとしたというか何というか・・・
やっぱり怖かったんですね。というのも、その年のうちに
ひまわり学級の担任の先生が亡くなったんです。これは事故ではなく急病でしたが。
ケイちゃんはその年度の終わりに転校しました。それ以来会ってはいないんですが、
中学校を卒業するまでケイちゃんから年賀状がきました。表の宛名は大人が書いたもので、
裏はマジックをグルグル塗りつけた黒い穴・・・返事は出さなかったです。

imagesっds




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コメント
 二回転校したけど、そういえば「ひまわり学級」ってどの学校にもあったなぁ・・・などと、内容と無関係なところで感慨にふけってしまいました。
 ケイちゃんはオカルト版サヴァン症候群のような才能で、常人には見えない「穴」を見ていたのでしょうか。今のご時勢だと、なかなかメディア化できなさそうなお話ですよね。
| 2016.05.05 20:38 | 編集
コメントありがとうございます
難しいところです 今の教育では障害を個性として捉えようと
しているみたいですけど
その割には腫れ物に触るような感覚は変わらないですよね
bigbossman | 2016.05.06 07:22 | 編集
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