呑牛の術、植瓜の術

2016.05.15 (Sun)
今日は怖い話ではありません。幻術、めくらましの術の話です。
これ系統の話は、にわかには信じがたいものが多いですし、
実際に長い時代をかけて伝わっているうちに、
尾ひれがついて大げさになっていくのでしょうが、ロマンがありますよね。

日本で有名な幻術師というと、前に「果心居士」を紹介しましたが、
もう一人、「飛び加藤」こと加藤段蔵がいます
16世紀、戦国時代に実在した忍者であったとされます。
「飛び」という形容がついていますので、さぞや体術に優れていたことでしょう。
忍者は忍者の家系に生まれ、幼少時から鍛えられるということですから、
もしかしたら、高飛びや幅跳び、短・長距離走で
現在のオリンピック級ほどの力があったかもしれません。

この段蔵の有名な逸話として、こんなのがあります。
『段蔵は全国を回って仕官先を探していましたが、上杉謙信に仕えるべく、
「呑牛(どんぎゅう)の術」を公道にて披露しました。
城下の葉の生い繁る大木の日陰に一匹の大きな黒牛をつなぎ、自分の口を指さして、
集まってきた者に者に言いました。「この大牛をこの口で飲み込んで見せよう」
黒牛の尻に段蔵が取りつくと、どんどんと牛は飲み込まれていき、
ついには段蔵の腹の中に収まってしまいました。

観衆達は驚き騒ぎましたが、木の上で見ていた男が一人いて、
「それはまやかしだ。段蔵は布をかぶって牛の背に乗ってるだけだ」
ここで群衆ははっと気がつきました。腹を立てたであろう段蔵は、しかし笑って、
近くにあった夕顔の葉を扇で仰ぐと、その夕顔の茎がみるみる伸びて
花を咲かせ実をつけたました。段蔵が脇差しを出して上にある花をスパリと切ると、
木の上にいた男の首が血を吹き出しながら落ちてきたのです。
観衆はおそれ。みな逃げ去ってしまいました。』

これが呑牛の術なのですが、もう一つ「植瓜(しょっか)の術」というのも
含まれているようです。植瓜の術は、『今昔物語』にも出てきます。
ある老人が瓜売りに、馬に積んだ瓜を一つくれとせがみ、断られると、
「では自分で出そう」そう言って、落ちていた種を地面に植え、
するとすぐに種から芽が出て双葉が生えてきた。みなが不思議に思っていると、
瞬く間に葉が茂り、花が咲き、瓜がたくさん実をつけた。
老人は成った瓜をその場の人々に配り、自分も食べて去っていった。
やがて瓜売りが自分の馬を見ると、積んでいた瓜は一つもなかった・・・

このバリエーションが夕顔の花で行われたものと見てもよいでしょう。
さて、この呑牛の術、植瓜の術は古くから知られた幻術なのですが、
どちらも似たものが中国の古典に見られます。植瓜の術は「マンゴーの木」
というインド奇術があって、内容がだいたい同じなので、
大元はそこから来ているのかもしれません。
日本における幻術の歴史は、奈良時代に唐より伝来した「散楽」
が始まりとされることが多く、最初は中国の宮廷で行われていたのでしょうが、
大道芸として民衆にも広まり、芸が磨かれていったということのようです。

さて、飛び加藤の話に戻って、上記の話が実際にあったことかはわかりませんが、
これは仕官のためのデモンストレーションであるようです。
戦国時代から江戸初期にかけては、武者修行の武芸者が、羽毛の服を着たり、
背中に日本一の旗を挿したり、奇抜な格好をして自分は強いと公言し、
仕官先を求めていました。高名な宮本武蔵などもその一人なのですが、
忍者もまた同じだったようです。とにかく俺の腕を買ってくれ、ということですね。
で、デモンストレーションですから当然、周到な準備をしていたことでしょう。

これらの術を、集団催眠と見る向きもあるようですが、
現代の催眠術でも、何のタネもなしに、
複数人に同じ幻覚を見せるのは不可能であろうと思われます。
おそらくはタネを準備した上での暗示効果であったのではないでしょうか。

推理作家で、アマチュア奇術に堪能であった泡坂妻夫氏は、
この呑牛の術には白馬、あるいは上記のように
黒牛が使われる場合が多いことから、
ブラック・アートを使ったのではないかと書かれていました。
ブラック・アートは黒技とも呼ばれ、舞台から客席へ強い照明を当てると、
背景が黒い場合は舞台上の黒いものが見えなくなる、
という原理を用いたマジックのことです。

舞台上でやる場合は、背景に黒い幕を使い、その前に、
さらに漏斗を横にしたような形の黒幕を吊るします。術者は2枚の幕の前にいて、
白馬が挽かれてくると、2枚の幕の間を通らせながら、
大きく口を開け、いかにも飲み込んでいくようなそぶりをするのです。
あとは伝統的な暗示の技も十分に駆使します。
上の話で、加藤が布を牛にかぶせていたという記述がありますので、
このバリエーションを使っていたものかと思われます。
しかし照明が自由になる屋内舞台ならともかく、外でやるのは大変そうです。

次に植瓜の術ですが、地面から植物が生えて空に上っていくというのは、
「魔術師の弟子」と呼ばれるインド奇術とも共通点があります。
地面にあるロープがするすると天に上っていき、
魔術師の弟子の少年が最初にそれを登る。口に刀を咥えた魔術師が後を追いかけ、
やがて叫び声とともにバラバラになった弟子の体が落ちてくる。
降りてきた魔術師は手足を拾い集めて箱に詰め、
フタをしてもう一度開けると、中から生きた弟子が飛び出してくる・・・

こんな伝説的な術なのですが、どうやら頭上に高い樹がある場所、
薄暮の時間帯に行われる、ということがキーになっているようです。
とすれば、なんとなくタネは想像がつく気がしますよね。
弟子の少年は双子だったのかもしれません。
段蔵の話の場合も頭上に木があるようです。

もしかしたら、あらかじめ茂みに夕顔のつるを仕掛けておき、
上から細い糸で引っぱり上げたとも考えられます。
逆に、夕顔の花や実はつり下げたとか。
木の上から声をかけてきた男は、段蔵の仲間だったのかもしれません。
ハリボテの首を拾った段蔵は悠々とその場を立ち去り、評判が広まります。

さてさて、飛び加藤ですが、見事、上杉謙信に雇われはしたのですが、
ためしに、さる家来の屋敷から名剣を奪ってくるように命じられ、
段蔵は、警護の犬を毒殺して名剣を掠め取り、
さらには召使いの童女まで生け捕りにして謙信の前に献上したということです。
しかし、あまりの技の冴えにかえって警戒され、
次はライバルの武田信玄に仕官したものの、
最後は裏切りをおそれた信玄に暗殺されたということになっています。
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