いなくなる茶会

2016.05.16 (Mon)
商社マンをしてます。よろしくお願いします。
でもね、商社マンって言っても、業界何十位かもわからない小さなとこなんです。
それに自分は入社以来ずっと総務課配属で。
仕事の内容は、社内のパソコン関係の備品管理です。
パソコン本体はもちろん、コネクターやソフト類とか。
だから気楽と言えば気楽ですよ。節約は大切だけど、
会社の売上にかかわる仕事じゃないですから。それに、出張もないですし。
できれば定年まで総務畑で過ごしたいと思ってます。
本社は、総合ビルの6、7階の2フロアーを借りて入ってます。
これが築40年近いんで、耐震なんかはかなり怪しいって言われてますけど。
自己紹介はこんなとこでいいですかね。

それで、こないだ企画課の同期の連中から、プロジェクトチームで
小会議をやりたいんで、6階の資料室を使えないかって話がきたんです。
もちろん入ったことがありますよ。鍵のかかる書架が5つ6つあって、
昔の資料や法律関係の本が入ってる。10畳あるかないかくらいの部屋です。
中央には何も置いてないんで、机を置いて5人程度は座れると思いました。
ネット回線は入ってないけど、それはすぐつなげますし。
でもね、自分の一存で決めることもできませんから、
総務課長のところに話をしにいったんです。これが女性課長なんです。
40代後半で独身。でも、堅苦しい感じはないし、
飲み会じゃご奉仕も出してくれるし、なかなかいい上司だと思ってます。
でね、一言話しして済むかと思ったんですが、そうじゃなかったんです。

「ああ、あの部屋ねえ。たしかにね、単に資料置き場にしておくにはもったいない
 気がするでしょうけど、ちょっと事情があってねえ」
こんなふうに言われました。「えー、あんなとこで事情って何です?」
「それがねえ、あの部屋、前は休憩室的な使われ方してたのよ。
 ほら、うちは残業多いから、あそこで夜食食べたりしてたわけ。
 ストーブ入れてお湯沸かしたりして」 「ああ、何か聞いたことあります。
 泊まったりする人もいたんでしょう」 「そう。だけど14年前と11年前かな、
 あの部屋で行方不明になった人がいて・・・」 「ええ? どういうことですか」
「うん、どっちの人も男性社員で、あの部屋の長椅子で毛布かけて泊まったのよね。
 まだ警備保障が入ってない頃だったからできたんだけど、
 それが朝になったらいなくなってたの」 「・・・単に会社を出たんじゃないですか」

「ま、そう思うわよねえ。だけど、その日持ってきたバッグや上履きまで
 会社に残ってたの。だからもし出たとしたら裸足でってことになる」
「いや、それはトイレのスリッパでもなんでも」 
「そうだけど、そうする意味ってある?」 「・・・・で、その後は」
「2人とも今に至るまで行方不明。もちろんご家族が捜索願を警察に出してる」
「うーん、シビアな仕事をしてたんですか」 「忙しかったのはたしかだけど、
 国内の取引だから、そんなきついってほどじゃなかったはず」
「部屋のせいとは思えませんけどねえ」 「私も思ってはいないけど、
 でも、2人もだから。それで、特に上から命令されたわけじゃないけど、
 社内に泊まることはなくなって、あの部屋も資料室になったわけ」
「いや、何回か入ってるけど普通の部屋ですよ。

 窓の外とかも他の部屋から見えるのと同じでしょう。じゃあそうですね。
 自分が何日かあの部屋で勤務してみます。泊まりはしませんけど。
 それで何もなかったら、使ってもいいってことにできませんか。
 企画課のやつらも、泊まったりはしないでしょうし」
まあこんな話になりましてね。今はほら、システム共有やら社内メールがあるから、
事務だけなら仕事はどこでもできますでしょう。
で、ネットの回線を一本だけ引いて、会社のパソコンと当座の仕事を持ち込んだんです。
2日間は何事もなかったですよ。集中力が増して、
自分の席にいるよりはかどったくらいでした。それで3日目のことです。
外で昼食をとってきて、さて午後にもうひと頑張りってところで、
なぜか座ったままふっと寝込んじゃったんです。

いやいや、会社で居眠りなんて一度もしたことないです。前日も定時退社で、
疲れてたわけでもない。ま、一人だって油断はあったかもしれませんけど。
で、夢を見たんです。それがなんと自分は茶会の席にいまして。
いや、一度もやったことはないですから、作法も知りません。
かなりせまい茶室にいて、主人、亭主って言うんですか、その人が女性なんです。
和服で、しかも顔のところに生え際の下から白い布が垂れ下がってまして。
調べましたが、そういう流儀はないでしょう。変だなあと思いましたけど、
まあ夢ですからね。お客は自分の他に2人いまして、どちらも男性。
自分よりは年配の見たことのない人でした。ええ、この2人は和服でしたけど、
顔は隠してなかったんです。自分が一番末席というか、下座に座ってて、
女亭主が立て終わった茶椀が回ってくるんだと思いました。

夢の中で自分はすごい緊張してまして、とにかく作法を知らないから、
前の2人がやることをマネしようと考えました。茶菓子の食べ方とか、
あとほら、茶道って茶碗を回したりするでしょ。そういうやり方をですね。
でね、この茶菓子というのも後で関係してくるんですが、
白っぽいもろこしみたいなものだったんです。あの固くて粉っぽくて、
日持ちする和菓子。あれってお茶が来る前に食べるんですよね。
女亭主が「どうぞ、お菓子をお取り下さい」って言われて、一番前の人が、
「頂きましょう」って菓子器から手で紙の上にお菓子をとり、「お先に」
・・・でね、自分はスーツだし、白い紙、懐紙って言うんですか、
あれも持ってないんで、どうしようか困ってたんです。
そしたらちょうどそこで、肩先をツンツンってつつかれました。

総務課の入ったばかりの女子社員です。お茶を持ってきてくれたんですね。
それは普通の煎茶でしたけど、まずいとこ見られたなあと思ったら、
「具合悪いんじゃありませんか、顔、青いですよ。紙みたいです」
って言われたので、「いやあ、だいぶ寝不足だから」こんな感じにごまかしました。
でね、洗面所に顔洗いにいって鏡を見たら、ほんとに顔が真っ白だったんです。
それと、頬のところに粉みたいなのがついてました。
粉はごく薄いピンクで、夢の中に出てきた干菓子の色に似てました。
で、その後は特に何事もなく、顔色も戻ってきました。退社前に、
その部屋で勤務して3日たったので、課長に報告にいったんです。
そしたら、「あったことは、くだらないと思うようなものでも全部話してみて」
って言われて、迷ったものの、怒られるの覚悟で見た夢の話もしたんですよ。

そしたら、課長はかなり考えこんでから、「その茶席のご主人、どんな着物だった?」
って聞いてきまして。「着物の種類などはわかりませんが、
 オレンジっぽい無地のものだったと思います」そう答えたら、
課長ますます考えこんじゃったんです。「それねえ、もしや創業社長じゃないかしら、
 もうお亡くなりになったけど、女性だったのは知ってるでしょう。私も昔一度、
 茶席にお招きされたことがあるの。部屋に鍵かけた?じゃあ持ってついてきて」
で、またその部屋に入りました。資料棚の下部を開けると、
社内報を綴じたのがたくさんあり、課長は何冊か机の上に出し、しばらく探してから、
2枚の写真を自分に見せたんです。丸型に抜かれた紹介の写真でしたが、
それはどっちも、夢の茶席にいた人だと思いました。「あ、そうです。この2人」
「行方不明になった人たちよ」課長の声がやや震えていました。

いやあ、もちろんびっくりしましたよ。普通、夢の中に出てくる人って、
顔なんてはっきりしないじゃないですか。それにすぐ忘れちゃう。
それが、明らかにあの茶席にいた人だってわかるんです。
しかも11年前にいなくなった人も、自分の入社の5年前ですから、
お会いしたことないし、顔だって当然知らないんです。「不思議ねえ」と課長が言い、
社内報の綴りをしまおうとしたとき、棚の反対側に白い細長い紙箱が
数個積まれてたのが崩れてきまして。一番上のフタがずれて中身が見えたんですが、
それが干菓子だったんです。ええ、そうです。夢の中で自分が食べようとした。
課長が箱を調べると、有名な和菓子屋のものでしたが、はるか以前に
賞味期限切れになってました。・・・こんな話だったんです。ええ、その部屋は、
使わないほうがいいだろうってことになりまして、菓子はそのまま元に戻したんです。






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