蔦の家

2016.05.26 (Thu)
Kさん(会社員 女性 22歳)の話

去年の秋です。その日、彼とデートして、駅から自宅まで送ってもらって
帰るところでした。時間は、あっそうだ、少し門限すぎてましたから、
10時20分くらいですね。その道を通るのは久々だったんです。
私は車で通勤してて、ふだんあんまり電車は利用しないので。
いえ、広くはないけどバスも通る道ですし、
その時間でも人通りもそこそこありました。で、例の家の前も通ったんです。
「うわー、なにこれ、不気味だな」彼が言いました。
「あー空き家みたいなの、ここ。もう人が住まなくなって5、6年にも
 なるかしら」並んだ一般住宅の中で、その家だけ、
壁も窓も庭も、どこもかしこも蔦で覆われていたんです。
蔦はその家の低い生垣の上まできてて、道路に先が侵食し始めていました。

「こんなになるもんなんだな。でも、門から玄関までの通路には蔦はきてないな。
 そこだけは誰かが切り払ったりしてるんだな」
「不動産屋じゃないかしら。それにしても気味悪いわよねえ。
 完全にお化け屋敷。でも、前はここまでじゃなかった気がする」
「蔦って、冬には枯れるっていうか、落葉するんだよな。
 暗くてよくわかんないけど、少し赤くなってきてるんじゃないか」
「これ全部紅葉したら、それはそれで怖いわよね」
少し立ち止まって、こんな話をしたと思います。
「ん? 何か動いてる」彼が1階と2階の中間あたりの壁を指さしました。
「おどかさないでよ」見るとたしかに、動いてるものがありましたが、
私には蔦の中に何かいるように思えたんです。

ええ、つまり、壁と蔦の間にもぐり込んでるってことです。そう言うと、
「だなあ。でもよ、猫とか犬があんなとこに入るわけがないよな。
 蔦のほうに足を向けてれば、壁は登れるかもしらんが」
モコ、モコ、モコと、蔦がその部分だけ高くなって、ゆっくりと上から下に、
何かが移動してるみたいでした。彼はあたりを見回して、それから街路樹の根元から、
コンクリのかけらを拾ったんです。「危ないよ。どこが窓かもわからないし」
「軽くだよ、軽く。気になるじゃんか」距離は5、6mほどのものだったと思います。
彼は下手投げの要領で、蔦のふくらみに向けてコンクリを放り、
すぐ近くにあたりました。そしたら、「んぎゃああああっ」って叫び声がしたんです。
私たちは息を飲み、ややあって彼が「・・・猫だよな」って言いました。
でも、私には赤ちゃんの泣き声に聞こえたんです。そのとき蔦は平らに戻ってました。

Mさん(飲食業 男性 54歳)の話

ああ、あそこの蔦の家の話だ。うちは、その右隣なんだよ。
いろいろ迷惑しててね。あそこはだいぶ前に前の住人が売ってしまって、
不動産屋の管理になってるんだ。だから、そこには何度も苦情を言ってたんだが・・・
にしてもね、あの家はなんかあるよ、間違いなく。
あのね、これじつは内緒の話なんだが。あることがあって、
不動産屋に苦情を言ったら、迷惑料として月5万円もらえるようになったんだ。
それ、法外だろ。向こうはたぶん口止め料の意味も含めてると思うんだ。
そうにおわせるようなこと言ってたからね。
だから、ここで話すのもあんまりよくはないんだよ。
うん、あんたらが謝礼を出すって言うからしゃべるんだけど、内緒にしといてくれよ。
あの蔦がね、うちに侵食してきたんだ。

あの家の垣根と、うちの塀は隣り合ってるんだが、まずそっから。
でもな、それはそんなでもないんだ。これも不思議だよ。
ツルの先がひょっ、ひょっと塀にかかるだけで、そのツルには葉がつかない。
それにツルはうちの塀の上にくると、くるんと丸まって元の方に戻ってく。
まるで蔦に意志があって、自分で入っちゃいけないってわかってるみたいに。
だから、うちの女房が伸びてくる先っぽをちょこちょこ切る程度だった。
それに、あれだけ生い茂ってるんだから、虫もわくだろうと思うだろうが、
それはないんだな。むしろ虫のほうで蔦を避けてる感じで、
うちの庭にきたチョウなんかも、そっちには入っていかないんだよ。
それでな、あることってのは、うちの4畳半の和室が、隣に面してて、
そこ、死んだ婆さんが使ってた部屋だけど、今は空いてるんだ。

だから女房もたまにしか掃除しない。で、去年の夏前だな。
その4畳半の畳の間から、蔦のツルが上に伸びてるのを見つけたんだ。
でもよ、これも変な話だろ。植物ってのは、光合成をするから、
光があたらないとこには入ってこないはずじゃないか。
それに根っこじゃないんだから、地面を掘って進む力なんてもないはずだ。
まあな、タネだけが換気したときに飛んできたのかもしらんけど。
で、女房がその先っぽを引っ張ったら、ズルーっと長く出てきて、
小さな葉が畳の上に散らばった。うわ、床下まで蔦でいっぱいなのか、
女房がそう考えてたら、出てきたツルがゴムみたいにまた下に戻ってった。
あきれた女房がも一度強く引っ張ったら、床下で「おぎゃーっ」て、
赤ん坊の声がしたんだそうだ。まあ、床下で赤ん坊が生きてるわけはないんだが。

Oさん(会社員 男性 32歳)の話

はい、その家を所有・管理してるのはうちの会社です。で、担当が自分。
ただ、会社としては、あの物件は売る気はないみたいで、ホームページにも、
パンフレットにも載せてません。だからお客さんを案内なんてしてないですし、
うーん、塩漬けというのともちょっと違いますね。
ほっといて地価が上がるようなとこじゃないんです。
だからね、毎年の維持管理費がムダ金として出てってるわけで。
それで、自分があの家に関して何をやるかっていうと、
ご存知のとおりの蔦でしょ。年に数回行って、
門から玄関までの蔦を取り払います。鎌を持ってってザックザック切り、
袋詰めしてバンに積んで捨てる。それが、他の部分は触るなって言われてるんです。
何でかは教えてもらえません。ああ、そうです、冬場は蔦は枯れます。

ですから、そんときに薬剤まいておけば、次の年は生えてこないんじゃないかと
思うんですが、あまり庭仕事は詳しくないんで。
ええ、庭は冬場には露わになりますよ。それがね、樽が何個も置いてあるんです。
漬物樽の大きいやつで、直径80cm、高さ1mくらい。上に石の重しが乗っかってます。
それもただの石じゃなく、文字が彫り込んであるんです。
遠目で見るだけなんで、何と書いてるかはわかりません。
それに近づくのは厳禁なんです。「お前の葬式出したくないからな」
とまで社長には言われてたんです。いや、冗談言うような人じゃないですから。
毒物・・・なんでしょうかね。よくわからないです。
で、玄関までの道をつけた後は、中に入って現状の確認をします。
そこで強く言われてるのが、蔦を家の中に侵入させるなってこと。

ええ、窓なんかは木の板で塞いでるんです。それから換気扇や、
外から中に入れるような穴も全部。でね、これ信じてもらえるかわかりませんけど、
家の中じゅう御札だらけなんですよ。元の住人じゃなく、うちの会社でやったことです。
全部で数百枚はあります。2階屋なんですが、一部屋に20枚は貼りますね。
床から壁から畳まで。御札は全部同じで、ひひらぎ様のものってことで、
これね、正式には「比比羅木之其花麻豆美神」という植物の神様らしいです。
正月早々に、社長に御札の束をごそっと渡され、自分が貼りかえに行くんです。
それで、今年の正月も行きまして、2階で御札を貼り替えてました。
これやるのもう4年目ですので、要領はつかんでて、最初に貼るときに、
はがしやすい糊を使うんですよ。そうすると翌年が楽です。
あ、家の中は電気きてません。窓塞いでほぼ真っ暗な中を床に電気ランタンを置いて。

それで、1階を終えて、あとは2階のふた部屋ってとこまできて、
気が楽になりました。あの家の中にいると息がつまる感じがするんです。
はがしては貼りを繰り返してると、窓を塞いだ板ごしにガリガリって音がしたんです。
ええ、外は蔦の葉は枯れても、からまり合ったツルはそのまま残ってます。
かなり太い木の幹みたいになった部分もあるんです。
そっから音が聞こえてきて。でも、気にしないようにして、
窓の板に貼った御札を一枚はがしました。そのとき、バーンと板が外れて下に落ちたんです。
ありえないですよ。家が傷むのを気にせず柱に釘づけしてますから。
で、窓の外のツルの上のもの見ちゃったんです。裸の緑の赤ん坊でした。
ええ、黒に近い緑。男か女かはわかりません。顔がドロドロに溶けてました。
あのときは、われながら素早かったです。落ちた板を持ち上げて、

その赤ん坊が見えないようにし、片手で押さえて御札を数枚貼りました。
それから部屋の中を向いて板を背中で押さえ、
携帯で会社に連絡して応援を頼んだんです。詳しい事情は言わなかったんですが、
15分くらいで社長がじきじきに来まして、
5寸釘で板をガチガチに打ち付けました。それから残ってる御札を全部その板に貼って、
社長はいったん戻って、新しい御札を一束持ってきました。
それで、一人でいる間にも、窓の外でガサゴソ音は聞こえてたんです。
心底怖かったですよ。後で社長に「説明できないことは聞くなよ」って言われ、
それで終わりだったんです。・・・何でこんな職業上の秘密をお話したかっていうと、
もうすぐあの家にいかなきゃいけない時期にきてるんです。
でも、嫌で嫌で、怖くてもう辞めようかと思ってるところなんです。

imagesあああs




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