ある沼の話

2016.06.19 (Sun)
O・Kさん(88歳 無職 女性)

お役に立つかわかりませんが、わたくしが嫁入り前に住んでいた、
実家の裏手の沼の話をすればいいのですね。わたくしの実家は、
元はそのあたりの地主であった旧家で、わたくしが子どもの頃、農地開放の前は、
自慢ではありませんが、たくさんの奉公人が家にいたものですよ。
沼はその家から少し離れた森の中にありまして、そうですねえ、
学校の運動場ほどもあったかと思います。木々の間に一本の細い道がついてまして、
そこをまっすぐ進むと、沼のほとりの小さなお社に行き着くのです。
わたくしが行ったのは一度きりだそうです。それもほんの幼児の頃に父におぶられて。
そのときの記憶はありませんので、行ってないのと同じことでしょう。
ただ、お城の山に登りますと、上からその沼は見下ろせます。
その形でなら何度も見ました。緑とも青ともつかない不思議な色をしておりました。

あれは陽のあたり具合によって変わってくるものでしょう。それで、
子どもの頃、家の奉公人たちには、さまざまな恐い話を聞かされたものです。
今にして思えば、事故を怖れて、わたくしが沼に近づかないように
という意味があったのでしょうね。いえいえ、近づくものですか。
わたくしは虫が嫌いでしたので、森にも入りません。
そのうえ、これは聞いた話ですが沼一帯はひどい臭いであったそうで。
これは10歳頃に、わたくしの妹たちの子守と家事の手伝いをしていた、
当時14歳くらいの子から何かのおりに聞いた話です。
「嬢ちゃんねえ、あの沼は怖いんだよねえ。おらは爺ちゃんから聞いたんだが、
 昔はいらない子どもをあの沼に持ってて沈めとったそうだ。
 あの沼は泥がたまって底がねえと言われとるが、

 赤子をその泥に頭から投げ落とすんだそうだ。そうすれば泣きもできねえし、
 顔も見えねえ。少しはもがくが、すぐに動かなくなって、
 ゆっくりゆっくり沈んでいくんだとよ。だから、あの沼の底をさらってみれば、
 小さな骨がごろごろしてるとよ」
子どもには恐い話でしょう。わたくしは驚いて、その日のうちに東矢という
奉公人にこの話をしたのですよ。東矢は50代くらいでしたかねえ。
家の薪や炭の世話をしておった者です。鉄砲を持っていて、ときおり山に入っては、
兎や鴨などを家に下げてきました。東矢は「ねえ、ねえよ、猫の子じゃあるまいし、
 そんな赤子を投げるなんて、あったとしても明治の世になるずっと以前の大昔。
 しかし、やっぱ昔でもねえと思うな。子買いに売れば金になるし、
 そこそこ7つあたりまで育てば、商家に奉公に出してもいい。

 だからねえ、嬢ちゃん。そんな怖がることはねえんですよ。
 あの子守だな、嬢ちゃんによくないことを吹き込んだのは。
 奥方様に知らせねばなんねえ」このような話になったので、わたくしは、
子守が叱られては可哀想に思い、それはやめてくれるように願ったのです。
また別のときに、他の奉公人からこのような話を聞かされたこともありました。
「嬢ちゃん、あの沼ですかい。あそこは主がおるんで、大人でも近寄りません。
 主はねえ、見たものによって大蛇とも大魚とも言ってます。
 なんでも鱗一枚が茶碗ほどもあるそうで。ズッズッって泥の中を這う跡だけが見える。
 その主が怒らないように、ほとりに社を建てて祀ってあるって言いますね。
 それと、夜になればその主が顔だけ出して哭いて、
 その声は今でも聞こえるって言われます。ま、犬の遠吠えかもしれませんが」

I・Uさん(82歳 農業 男性)

あの沼ね。昔は子どもがよっく死んだもんだ。いや、魚が釣れるわけじゃあないし、
むろん泳げるわけでもねえ。あたり一面、肥よりまだひどい臭いが漂ってて、
それなのに、どういうわけか幼い子どもが死ぬ。まあね、昔のことだから、
どの家も兄弟が多かった。俺も8人兄弟の7番目なんだよ。
それでも2人、子どもの頃に伝染病で2人とられた。死んだってことだ。
まあそんなだったから、沼にはまる子がいても大騒ぎにはならねえ。
ただな、あの沼は遺骸が上がらないから、葬式はちょっと困りもんだったろう。
その子の使ってた玩具や衣類なんかを小さな棺に入れて埋めていたな。
ああ? あのお社か? 知ってるとも。一間四方のお堂みてえなもんだが、
村では大事にされてたな。年に何度かお祀りをやるんだが、
そんときには、村長はじめ長老たちも参列したんだ。

4月には、各家々の3歳になる子をおぶって沼まで連れていくんだよ。
これは全員。まあねえ、七五三の代わりみてえなもんかもしれない。
村にはお寺さんはあったが、神社はそこだけだったんでね。
で、何をするかっていうと、神主が祝詞を捧げた後に、
沼の色やら、あぶくの出方を見て、ちょいと指先で泥をすくって
子どもの額につけるんだ。嫌な臭いだからたいがいの子は泣くよ。
でな、これがそのときにいた子ども全部ってわけじゃないんだ。
神主が見て取って選んだ子だけ。まあ10人に一人もなかったんじゃないかな。
ああ、俺ももちろん行ったはずだが、覚えちゃいねえ。
親父に後で聞いたところ、泥はつけられてねえってことだった。
何でそんなことをするかはわからねえが、神事ってそういうのが多いだろ。

いや、調べたわけじゃねえが、泥をつけられた子が、
大きくなってから沼にはまってたなんてことはねえよ。まさかそんなわけはねえ。
ただなあ、俺んちで泥をつけられたっていう2つ上の兄貴が、
5歳で疫痢で死んではいる。しかしそれは偶然だよ。沼にはその後、
何度か行ったことがある。親に知られれば、死ぬほどどやされるんだけどな。
沼の主が見たかったのよ。あの広い沼をぐるんと一巻きするほどの大蛇って
話だったからな。その主が、さっき話した3歳子を連れていく神事のときに、
泥のすぐ下まで来てるって話だったし。いやあ、もちろん見たことはねえ。
大人になったからわかるが、あの沼は腐りきってて生き物は棲めやしねえよ。
お社?・・・ああ、外から中をのぞいたことはある。板の隙間から。
暗くてよくわからなかったが、こけしほどの人形がずらずらっと並んでいたな。

T.Nさん(48歳 市役所土木科勤務 男性)

ええ、5年前のことです。その、今話に出てる沼を埋め立てしたんです。
あのあたりも人口が増えて、悪臭と蚊や虻の発生についての苦情が、
数多くきてましたから。それで大々的に埋め立てをして、
もちろん軟弱地盤で宅地にはなりませんが、テニスコートくらいは
できるんじゃないかってことで。入札で、地元ではない業者が工事しました。
主・・・ああ、そういう話はありました。沼を埋めると主の居場所がなくなって、
罰が当たる、祟りがあるって。いやあ、そのときは迷信だと思ってました。
だってねえ、そんなことあるわけないじゃないですか。
実際、私が立ち会ってましたけど、ポンプで水を排出した際も、
魚一匹いなかったです。あの臭いのせいでその後、半月ほど頭痛がしましたよ。
でねえ、ご相談したいのは、そのあたりで子どもが死ぬんです。

ほんとね、こんな迷信みたいなことをお話して恥ずかしいかぎりですが、
沼があった跡地の川向こうの団地の子が次々亡くなってるんでです。
この5年間ずっと通して。それも、ちょっとありえないような形でなんです。
例えば父親とキャッチボールしていた5歳の子。その歳ですから、
グローブ使わない、ふにゃふにゃのソフトテニスのボールで。
それが、トンと軽く子どもの胸にあたってばったり倒れて・・・心臓震とうでした。
あと、土手をランニングしてた小学校のサッカー部の子が、
脱水症状で倒れて・・・でもね、脱水たって11月の話なんですよ。
川向うには市営住宅もあるんですけど、自分の家の中で亡くなった子も含めれば、
統計的にありえないほど子どもが死んでるんです。
そうですね、亡くなった子は5~9歳で、ほとんどが病死です。

ですから、沼の主の祟りとからめて、地域で変な噂が広まってしまってまして。
いやいや、市に責任なんてあるはずがないでしょう。ですけど、
こういう声って無視もできないんです。それでね、近々内密でお祓いをしようかって
話が出てて。でね、沼のそばにお社があったのが、埋め立てで、
他の大きな神社の摂社になってまして。そこの宮司さんに
来てもらおうと考えてるんです。それでいいもんなんでしょうか。
もともとのお社の神主さんは、調べたらとうの昔に亡くなってましたからね。
あと、これは関係あるかどうかわかりませんが、市営住宅から苦情があるんです。
風呂場の排水口が臭うって。しかも泥が吹き上げたりするらしいです。
これ、担当者から聞いたんですが、苦情があって行ってみたら、
風呂中臭い泥でいっぱいになってて・・・そこの家の子が翌月亡くなったんです。

imagesささ





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