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諜報者・晴明

2016.06.28 (Tue)
本項はいささかロマンに欠けるお話ですでので、そのつもりでお読み下さい。
日本史上の霊的な能力者で、最も多くフィクション作品に取り上げられるのが、
平安時代の陰陽師、安倍晴明ではないかと思います。映画、テレビドラマを初め、
小説でもいくつもの作品名をあげることができます。
では、安倍晴明の魅力とは何なのでしょうか?

これは様々な見解があると思われますが、
自分としては2つのことを取り上げてみたいと思います。
一つ目は武の人ではないということ。晴明が刀を振り回して暴れるという
話は珍しいですよね。夢枕獏先生の「陰陽師」でも、
武張った役割は相方の源博雅が担当することが多いです。
まあ、博雅は笛の名手でもありますが。
晴明の場合は自ら刀に手をかけることもまずしません。
武力とは異なる力で敵や妖物を鎮めてしまう能力。

二つ目は、低い官位でありながら、当時の王朝社会に隠然たる勢力を
持っていたという点。官位の最終は従四位下・播磨守ですから、
夢枕氏の作品中、人前では晴明はつねに自分よりも身分の高い博雅に
気を遣っているように描かれています。
しかし実際は、当時の摂政や太政大臣でさえも晴明の力を怖れ、
何かあれば助力を仰ごうとしています。

この力はどこから来ているのでしょうか。
陰陽道の呪力と言ってしまえばそれまでなんですが、
果たしてそのようなものが本当にあったのか?これ、安倍晴明は忍者、
さらには、現在の諜報者(スパイ)のような
存在ではなかったかという説があります。

晴明は式神を使うことで有名ですよね。十二神将を式神として使役し、
以前は家の中に置いていたが、彼の妻がその顔を怖がったので、
一条戻橋の下に置き、必要なときに召喚していたとされます。
これらはもしかして生きた人間で、晴明の命を受け、
情報収集や工作に暗躍していたのではないかというような話ですね。

晴明の不可思議な逸話は『今昔物語』をはじめ、
様々な古典に記されていますが、
上記のような仮定に立てば、はああと納得できるものが多いのです。
まず、晴明はかなり広い屋敷に住んでいたのですが、
召使や下男は一人もおかなかったそうです。かといって自分で手ずから
薪割りや剪定、掃除などをしているわけでもない。
しかも人が訪れるとひとりでに門が開いたりする。

でもそんなはずはないですよね。これは見えない形で人を配置していたか、
もしかしたらカラクリ仕掛けなどがあったのかもしれません。
とにかく、不思議な生活をしているという
噂が広まることが重要であったのでしょう。
方違えや物忌などが日常的に行われ、今よりもずっと迷信に支配されていた
平安の世にあって、神秘の人という噂が立つのは重要なことです。

『大鏡』には、晴明が花山天皇の譲位を予言した話が出ていますが、
これなども疑えば疑えそうな内容です。
花山天皇は寵愛していた女御に死なれ、がっくりと気落ちしていましたが、
藤原道兼に譲位を勧められます。
出家して共に仏道に精進しましょうというわけです。
ところが寺に入って得度すると、道兼は「父に一言あいさつしてまいります」
そう言って寺を抜け出し、宮中から神器を持ちだし
7歳の皇太子の部屋に移してしまった。皇太子は道兼の孫にあたり、
後の一条天皇です。これら一連の出来事は完全な秘密裏に行われました。

ところが、花山天皇が寺に向かう途中で晴明の門前を通りかかると、
真っ暗な屋敷の門がひとりでに開き、朗々たる声で、
「ただいま譲位が行われる。まさに門前を通られるのが花山天皇である」
と響いたということになっています。
これ、晴明が星占いで見通したとされているのですが、もし事実だとしたら、
諜報活動である可能性が高そうです。あちこちに手下の間者を潜らせ、
いち早く情報をつかんでいたというわけですね。

さらに工作活動について。晴明と当時の最高権力者であった藤原道長とは
いろいろな因縁話があります。道長はご存知でしょう。
「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の」と詠まれた人物ですね。
この道長がある日、法成寺の門をくぐろうとすると、
いつも連れている白犬が嫌がって動かなくなった。

怪しんだ道長が晴明を呼ぶと、晴明は「呪詛が仕掛けてあります」と言う。
晴明が占った場所を掘ってみると、
はたして朱文字が書かれた土器が出てきました。
晴明は懐紙を取り出して鳥の形に折り、呪を唱えて空へ投げ上げると、
白鷺に姿を変え、南の方角へ飛び去っていった。鷺の飛んでいった方角に、
呪詛を仕掛けた相手がいるということです。

これ、もしかしたら呪物を埋めたのは晴明自身かもしれません。
犬の嫌がるような臭いを地面につけていたかもしれませんし、
あらかじめ配下の者を藪の中に隠しておいて、白鷺を放たせたのかも・・・
と、疑えば疑えるような内容ですよね。

またこんな話もあります。物忌み中の藤原道長の所に、僧の観修、
医師の丹波忠明、源義家、そして晴明が集まっていた時の話です。
ちょうどその時、奈良から早瓜が献上されてきた。
道長が、「物忌み中に、このような物を取り入れるのはどうであろうか」
と晴明に占ってみるよう命じると、晴明は、「瓜の中に毒があります」と言い、
たくさんある瓜の中から一つを取り出した。

観修が経を唱えるとその瓜が動き出し、丹波忠明が瓜の二ヶ所に針を打ち立て、
最後に義家が腰の刀を抜いてその瓜を真っ二つに割つけた。
すると、中なはとぐろを巻いたヘビが入っおり、
義家の刀はヘビの頭を打ち切り、丹波忠明の針はヘビの両目に突き刺さっていた。
・・・これは時代の名人上手を集めた創作エピソードなのだと思われますが、
あらかじめ瓜を割ってくり抜き、蛇を入れて糊などで閉じることも
できなくはないと思われます。

さてさて、冒頭にロマンに欠ける話と書きましたが、
どうでしょう。徹底的にオカルトを排し、
スパイ小説のような趣向で安倍晴明を描いたら、これはこれで
面白い作品になるのではないかという気がします。
平安時代は貴族間の権力闘争の激しかった時代でもありますし、
どなたかシリアスなタッチでお書きになられませんかねえ。

へいえけおをw




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コメント
「ロマンに欠ける」どころか新しいロマンが生まれたじゃないですか!

 確かに式神の仕業とされることを実際は忍者のような特殊技術者が行っていたと考えると面白いですね。
 そういえば、忍者の前身とされる人々は山伏などの鬼や天狗のモデルとされる人々と被っていますね。だとすると、式神という「人間に使役される鬼」とい……(文章はここで不自然に途切れている)

 赤壁で諸葛孔明が風を呼んだのも、実際は緻密な情報収集で風が起こる時期や兆候を掴んでおり、戦闘が起こる時期をそれに合わせたというのが実際らしいですし、案外忍者のような人々はずいぶん昔から歴史の影に潜んでいたのでしょうね。
野崎昭彦 | 2016.06.28 23:14 | 編集
コメントありがとうございます
もしオカルトを排除して晴明の噂を解釈するとすれば
このあたりに落ち着くようで昔からあった説ではあります
平安時代は、身分の高い人を陥れる場合
「呪詛をした」と濡れ衣を着せていました
呪詛の道具なんかも捏造するわけです
bigbossman | 2016.06.29 00:21 | 編集
 なるほど。昔からあったのですか。

 呪詛の捏造といえば捕えられた法師陰陽師が「誰某の依頼を受けて呪詛をした」などと自白したのが証拠になって陰謀が明るみに出る、なんていうパターンも多いですね。
 当時のことですから自白の信憑性などたかが知れていますが、それ以前に証言者じたいが実在したのかどうかすら怪しく思えてきますね。
野崎昭彦 | 2016.06.30 00:03 | 編集
コメントありがとうございます
川から拾ってきた骸骨を宮中に持ち込み
呪う相手の髪を入れるとか本当の呪詛もあったんです
だから捏造も信憑性を持つというか
bigbossman | 2016.06.30 00:42 | 編集
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