ドブ川の向こう

2017.10.09 (Mon)
もう何十年も前のことだけど、俺は鉄鋼業の盛んな街にいたのよ。高校2年だった。
地元の高校までは市街地を通るとチャリで30分もかかったから、
いつも近道をして、道中のかなりの部分、土手を通ってたのよ。
そこの土手は親からは通るなって言われてて、何でかっていうと、
危険だからってことじゃなく、土手の下の3mほどのドブ川の向こうは、
「よくない人」が住んでるからってことだった。
何が「よくない」のかははっきりとはわからなかったが、
そのドブ川の向こうは真っ黒くすすけた壁のアパートが並び立っていて、
住んでいるやつらがビンボーだってことはわかった。

で、ある夏の日の放課後のことだよ。5時前くらいにそこを通ってたら、
俺の高校で1,2を争う美人の女子生徒が、自転車で前を走ってたんだよ。
これは驚いたね。俺が高校に通ってた2年間で、そいつがその土手を
通るのをはじめて見たから。同じクラスじゃなかったんで、
声もかけられなくて黙って後をついていったら、
急にドブ川の向こうのアパートの窓という窓から、
川向うの住人が一斉に顔を出したのよ。
そいつらはみな五分刈りで、やっぱりすすけたような黒い顔をしてた。

んで、女子生徒がちょうどアパートの横にかかったとき、
全員が窓から手を出して、ひらひら振るような、招くような動きをしたのよ。
そしたら急に、女子生徒の自転車が不安定になって、
ふらふらと走って道から外れ、土手を転げ落ちていった。
するとアパートの窓窓から、どっと笑い声が起こった。
あ、助けなきゃと俺が思う間もなく、アパートからわらわらと半裸の男たちが出てきて、
泥だらけになった女子生徒を自転車ごと、
ものすごい手際のよさでドブ川から引き上げた。

で、そいつらがとまっている俺のほうを見て、嫌な手振りをして叫び声を上げたんで、
俺は怖くなって、スピードを上げて帰ったんよ。
その女子生徒は翌日から学校を休んでいたらしかったが、
1週間くらい後の放課後、親に連れられて学校に来たのをたまたま見た。
口から鼻にかけて、顔の下半分が包帯でぐるぐる巻きになってた。
親は高級外車に乗ってて金持ちなんだと思った。その子はその後、
学校を辞めたみたいで、2度と登校してくることはなかったな。

それから4年ぐらいたって、俺は別の町で就職したが、
その日は仕事休みで久しぶりに里帰りしてた。で、俺のチャリがサビサビになって
まだ実家にあったから、なんだか懐かしくなって通学路だった土手を通ってみた。
それであのアパートのあるあたりまで来たとき、
ああ、そういえば高校のときに、このあたりで女子生徒が自転車で川に落ちたよなあ、
って思い出してると、アパートの一棟の2階の窓が開いて、
くしゃくしゃの髪の女が顔を出した。その女は俺に気づき、
指差して「ギャハハハハハハ」と大口を開けて笑った。
上の歯がほとんどなかった。で、かなり人相が変わってたけど、
それは、高校のときにドブ川に落ちたあの女子生徒だったんだよ。









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