やつしの話

2017.10.14 (Sat)
実家が海の近くにあってね、そこに高校までいたんだ。
ああ、漁師じゃないよ。親父は町役場に勤めてた。
最終的には助役までいったんだよ。まあでも、じいさんは町長だったから、
親父の代で格落ちしたってことだな。俺? 俺は次男だったし、
あんな田舎にいるのはまっぴらだったから、こうして都会に出てきて
自由にやってるんだ。兄貴が町役場にいるよ。
でな、その町長だったじいさんに、子どもだったころに、
しょっちゅう「やつし には気をつけろ」って言われてたんだよ。
うーん、何だろうな。妖怪といえばいいのかもしれないが、
ちょっと違う気もする。なんというか、
あの町の古くからの住人だけが持ってる業みたいなもんじゃないかと思う。

遠い昔に何かがあって、それが原因で代々嫌がらせされてるっていうか。
いや、その何かってのはわからないよ。じいさんはとうに死んじまったし、
もしかしたら、兄貴は親父から聞いてるかもしれないけどな。
別に知りたいわけじゃなかったし、とっくに町を離れてたから、
俺には関係ないことだと思ってたんだよ。うん、やつし ってのは、
「姿をやつす」ってところからきてる。要は人に化けて出てくるってことだな。
それでいろいろ悪さをするわけだ。命までとられる・・ってことも、
ときにはあったみたいだ。俺の中学の同級生で、
やつし にあったやつを知ってるから、
今からその話をするよ。そいつが小学4年生だったとき、
そいつの中学生の兄貴といっしょに泳ぎに行ったんだ。

海のそばだったから、6月になれば子どもは海でガンガン泳いだよ。
だからみんな泳ぎは達者なんだけど、そいつはあんまり上手くなかったんだな。
それで兄貴が特訓してやろうってことで、海に連れ出してたらしい。
で、まずは足のつかない深さに慣れさせるために、
そいつに浮き輪をつけさせて、兄貴が引っぱってどんどん沖に出ていった。
んで、岸から50m以上離れたところにきて、
兄貴が「浮き輪はずせ」って言って、そいつが「兄ちゃん怖いよ」って答えた。
そしたら兄貴は、そいつの前でガボッと水に潜って、
もう一度出てきたときには真っ黒な顔になってたんだよ。
うん、そいつの話だと墨をぬったような黒さで、
目だけがらんらんと輝いてたってな。

で、いきなり口を開けて浮き輪にかぶりついたんだ。
当然、浮き輪は破れて一気に空気が抜け、そいつはアップアップし出した。
もがきながら見ると、黒い顔のやつが大口開けて歯をむき出して笑ってそうだ。
それで、海水を飲んでもうダメだってときに、
後ろからガッと髪の毛をつかまれた。
そう、つかんだのが本物の兄貴だったんだよ。
そいつの兄貴は「お前、何やってるんだ!」って怒鳴り、
それから頭をねじってそいつの体をあお向けにしたまま、
うまいこと泳いで足の立つところまで引っぱっていったんだな。
で、後から兄貴に聞いたところじゃ、浮き輪をつけてバシャバシャやってたのが、
急に止まって、その場でゆっくり回りはじめた。

それでいきなり自分で自分の浮き輪を噛み破って、
そのままストンと海に沈んで溺れだしたってことだった。
10mほど離れて後ろをついてった兄貴は驚いて、
髪をつかんで引っぱりあげた・・・
だからそいつの兄貴には、まったく やつし が見えてなかったってことだな。
うん、この話なんかは、下手すれば命をとられてたかもしれない。
まあ、やつし ってのはそういうもんなんだよ。
だけどな、気をつけろって言われても、
どうやって気をつけたらいいかわからないだろ。
だって知ってるやつに化けてくるんだから、
いちいち相手に、「あんた本物か」って聞くわけにもいかないだろ。

んでな、俺の話に戻る。あれは大学を出て3年目くらいのときだ。
俺は電力関係の会社に就職して、彼女のマンションで同棲してたんだよ。
けど、いっしょに暮らし始めたら、
お互いに嫌なところばかりが鼻につくようになってな。
毎日のようにケンカしてたんだよ。で、その日も真夜中に近い時間に大ゲンカして、
俺がそのマンションから飛び出したんだ。
で、もう別れるしかないなと思ってたんだが、
外で一服してるうちに少し彼女のことが心配になってきた。
うん、精神が不安定なとこのあるやつだったし、
死ぬの死なないの、みたいな言葉もケンカの中で出てたからな。
で、まさかのことがあっちゃいけないと思って、様子を見に戻ったんだ。

合鍵は持ってたから、エレベーターで8階の部屋まで戻って鍵を開けた。
チェーンはかかってなかったから、そのまま部屋に入って見回したがいない。
んで、カーテンが開いてたんでベランダを見たら、
彼女がぼうっとした感じで立ってたんだよ。それで近づいていったら、
コンクリの手すりを乗りこえるような動作をしたんだ。
俺は「おい、待て、やめろ」そう叫んでサッシを開け、
飛びつくようにして彼女の腰をつかんだんだよ。
したら、空中で彼女は体を曲げてこっちを見たんだが、
その顔が真っ黒だったんだよ。目と、大口を開けた歯だけが白く光ってて、
前に話した同級生の言ってたのと同じだったんだ。
俺は「あっ!」と思って手を離そうとしたが、

そいつが俺の服を強く握ってて離れない。
んで、そいつはぐるんと手すりから外に落ちて、
俺も引きずられて腰のあたりまで空中に出てしまったんだ。「ああ、落ちる」
そう思ったときに、「○○、あんた、何やってるのよ!!」って声がして、
後ろから本物の彼女が来て、俺の足の片方を持って、
ベランダのほうに引き戻してくれたんだよ。
うん、俺が最初に彼女だと思ってたのが、
やつし だったんだよな。本物の彼女は風呂上がりの格好で、
ちょうど出てきたところで、ベランダでジタバタしている
俺に気がついたってことだった。え、やつし はどうなったかって? 
それが、空中で消えたとしか言いようがない。

もちろん朝になって調べたけど、マンションの下には何も落ちてなかった。
うん、これが俺の やつし 体験だ。ああ、彼女には俺しか見えてなかったし、
やつし の話はしなかったよ。だって信じてもらえないと思ったからね。
だから彼女は、ケンカが原因で俺が飛びおりようとしたと思ったんだな。
そっから態度が少し優しくなって、同棲はもう1年くらい続いた。
まあ、結局は別れちゃったけどな。
あれからもう20年ちかくたったけど、その後は やつし にはあってない。
うーん、見るのは一生で1回だけなのかもしれないけど、
そのあたりのことははっきりとはわからないよ。まあこんな話なんだ。
実家のほうでは、まだ やつし の被害を受けてるやつがいるのかもしれないけど、
話が伝わってこないんで、これもわからないなあ。







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