FC2ブログ

猿のオカルトホラー

2017.10.23 (Mon)
「ウアカリ」


このお題を目にした方は、ははあこれはジェイコブスの短編『猿の手』と、
映画の『猿の惑星』や『キングコング』が出てくるだろう、
とお思いになったでしょう。
たしかに『猿の手』は古典的名作ですので出さざるをえませんが、
上記の2つの映画にはふれないことにします。
これらを出さなくても、猿に関するオカルトホラーはたくさんあるんですよ。

まず『猿の手』ですが、作者はイギリスの小説家W・W・ジェイコブズ。
日本ではこの一作だけが有名ですね。
老夫婦が男から猿の手のミイラをもらい受けた。
猿の手は願い事を3つ叶えてくれるという。手始めに老夫婦は金が欲しいと願う。
すると、息子が工場の事故で死んで見舞金が入ってきた。
妻は嘆き悲しみ、息子を生き返らせてほしいと願う。
その晩、老夫婦の家にノックの音が鳴り響く。妻はドアを開けようとするが、
夫は必死になって止める。 なんとも不吉な予感が胸をよぎったからだ。
夫は猿の手に最後の願いをする。「ドアの外の者を去らせたまえ」と。


この話について、いろんな人が論評を書いていて、
「3つの願い事」の部分は、ヨーロッパの昔話によくある内容なんですが、
あまり触れられていないのは、この作品が、
かなり古い時期にゾンビをあつかったものだということです。
それも肉親がゾンビになる恐怖など、当時としては斬新なテーマを含んでいます。
この作品へのオマージュが多いのは、そのあたりのことも関係しているのでしょう。
ちなみに『猿の手』が書かれたのは1902年で、最初のゾンビ映画といわれる
『恐怖城』の公開は1932年です。

さて、猿関連のホラー小説では、貴志祐介氏の長編『天使の囀り』。
これはネタバレをすれば寄生虫物なんですが、最初に寄生虫を持っていたのが、
ウアカリというアマゾンに棲む奇怪な姿の猿でした。
あと生きた猿ではありませんが、筒井康隆氏のホラー短編の代表作、
『母子像』には、赤ん坊を異次元に引きずり込む、
不気味な猿のシンバル人形が出てきます。
ホラー小説家田中哲弥氏には『猿駅』という短編があり、
とある駅を一歩出ると、そこは一面の猿の群れになっていて、
主人公は猿を踏んづけながら歩いていくと・・・という夢幻的な内容。

さて、妖怪の一種には「猿神」なんてのもあります。
『今昔物語』には、少女を毎年生贄として求めていた猿神が、
猟師に退治される話が出てきていて、
これは有名な岩見重太郎のヒヒ退治とほとんど同じ内容です。
ヒヒは漢字で狒々と書き、年老いた猿が变化(へんげ)すると言われています。
柳田國男の著書『妖怪談義』には、天和3年(1683年)に越後国(新潟県)、
正徳4年(1714年)には伊豆で狒々が実際に捕らえられたとあり、
前者は体長4尺8寸、後者は7尺8寸あったとなっています。

4尺8寸は140cm台ですが、7尺8寸は2mを大きく超えていて、
日本にはゴリラなどの大型霊長類はいないので、
この話がもし本当だったとしたら、その正体が何かはわかりません。
・・・話題がどっちの方向へ行くかだいたい予想がつかれたと思いますが、
オカルト分野の一つUMA(未確認動物)では、雪男(イエティ)やビッグフットは、
ネッシーと並んで重要な地位を占めていますね。

ちなみに、雪男はヒマラヤ山中で目撃されるもので、
ビッグフットは北アメリカのロッキー山脈に生息していて、
ネイテイブアメリカンの伝承にあるサスカッチと同一視されることもあります。
あと日本では一時期、広島県の比婆山に生息するという「ヒバゴン」
が有名になりました。その正体に関しては、
群れから外れた大型の年老いたニホンザルという説が、一番有力そうです。

さてさて、そろそろ〆たいと思います。
猿の仲間は知能が高いことが知られていますね。
チンパンジーやオランウータンの知能は、人間でいえば3~4才児くらいに相当する、
という研究もあります。4才児だったら、もうかなり自由に言葉を話せますよね。
では、類人猿は死や死後の世界についてどのように考えているのでしょうか。

「ココ」という名のゴリラをご存知でしょうか。メスのローランドゴリラで、
世界で初めて手話(アメリカ手話言語)を使い、
人間との会話に成功したとされるています。女性の発達心理者パターソン氏は、
ココに2000語もの手話の単語を教えました。
ココはポールという名の猫と仲よく暮らしていましたが、
ある日ポールは事故で死んでしまい、パターソン氏がそのことを手話でココに伝えると、
ココは手話で「話したくない」と答え、嘆き悲しみました。
この様子はビデオにも残っています。

また「死の概念」について、手話で「ゴリラはいつ死ぬのか?」と問われると、
年をとり 病気で」と回答し、「その時何を感じるのか?」という質問には、
眠る」とだけ答え、 最後に「死んだゴリラはどこへ行くのか」と聞くと、
苦痛のない 穴に さようなら」と答えたのだそうです。
これが本当ならば、かなり人間に近い形で死をとらえているようですが、
ココの手話はパターソン氏以外とはなかなか通じず、
パターソンが恣意的に解釈しているのではないかという批判もあるのです。







関連記事
スポンサーサイト

トラックバックURL
http://scoby.blog.fc2.com/tb.php/1236-1804f257
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する