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話の怪談

2017.10.27 (Fri)


変な題名だと思われるでしょうが、今回はこれでいきます。
よくあるパターンとしては3つほど考えられるでしょうか。
一つめは「語ったものが死んでしまう話」ですね。とてつもなく怖い話、
あるいはさし障りのある話があって、それを語ろうとした者は、
どうしても最後まで話せず、病気などの原因で死に至るというもの。
これで有名なのは「田中河内介の最期」です。

大正初期、東京の京橋に「画博堂」という書画屋があり、
3階は怪談が好きな連中のたまり場になっていた。
ある日、そこに見知らぬ男がやってきて、
「田中河内介の話」をしたいと言う。田中河内介は明治維新の尊皇志士。
男は「田中河内介が寺田屋事件の後どうなってしまったかということは、
話せばよくない事がその身に降りかかってくると言われ、誰もその話をしない。
知っている人はその名前さえ口外しないほどだ。そんなわけで、
本当のことを知っている人が、だんだん少なくなってしまって、
自分がとうとう最後の一人になってしまったから話しておきたい」と言う。

大半の人々が面白がってうながすので、その男が話を始めた。
前置きを言って、いよいよ本題にはいるかと思うと、
話はいつのまにかまた前置きへもどってしまう。
男の話は要領をえず、同じことを何度もくり返しているので、
みな飽きて一人立ち二人立ちとその場を離れ、階下に降りてきて、
あの男どうかしてるんじゃないかと笑っていると、あわただしく人が下りてきて、
誰もまわりにいなくなったその部屋で、前の小机にうつぶせになったまま、
あの男が死んでしまったと言った。


これは、国文学者の池田彌三郎氏が書いた『日本の幽霊』に載っている内容で、
池田氏の父親の実体験なのだそうです。田中河内介はもちろん実在の人物で、
明治天皇が4歳になるまで教育係を務め、大変慕われていました。
その後、河内介は京都で勤王活動に奔走するのですが、寺田屋騒動に関連して
薩摩藩に拉致され、船中で斬られて遺体は海に捨てられます。
しかし薩摩藩では、後に無関係の河内介を殺したことを後悔するようになります。

明治維新が成った後、明治天皇は昔の養育係を思い出し、
「田中河内介はいかがいたしたか」と臣下に尋ねられ、誰も答えられないでいると、
田中と親交のあった者が進み出て「ここにおられる○○君等が指図して、
薩摩へ護送の際に斬られ、船中において非業の死を遂げました」と答え、
その場にいた○○は赤面して顔を上げることができなかった・・・
一説には、この○○は大久保利通だったという話があります。
天皇もことの影響を考えて公の席では2度とこれに触れようとしませんでした。

つまり、河内介の最期は薩摩藩内では、
すでにタブーに近いものになっていたのですが、
さらに明治天皇と、当時の最高権力者の一人であった大久保利通がからんできて、
もはや完全に触れてはならない話題になってしまったわけですね。
これらのことから、上記の引用のような話ができたのかもしれません。

さて、二つめは「有名なのに誰も知らない話」です。『牛の首』という題で、
小松左京氏が書いています。「牛の首」というとてつもなく怖い話があるという
噂を聞いたある男が、内容を知っていそうな人にかったぱしから聞いて回っても、
みな「恐ろしい」「聞かないほうがいい」「他の人に聞いてくれ」
と言葉を濁してしまう。男はここで不審を抱き、
じつはこの話は誰も知らないんじゃないかと考える。男はあちこちに取材して、
その話に最も詳しいだろう人物との面会の約束を取りつける。
しかし、男がその人物の元に行ってみると、
その人物は海外に出かけてしまっていた・・・

実は、この「牛の首」という怪談話は実際には存在しておらず、
「その話を聞いた者は、恐ろしさのあまり死んでしまう」
という情報が人々の好奇心をかき立て、その題名だけが広まってしまった・・・
ということなんですね。これと同じタイプのものには、掲示板「2ちゃんねる」
で有名になった「鮫島事件」があります。

さてさて、三つめは「聞いたものが呪われる、祟られる、死んでしまう話」です。
これは怪談としては定番で、「カシマさん」なんかもそうですね。
話を聞いてしまった人のもとに、3日以内の夜にカシマさんが現れる。
そこでカシマさんの質問に対して、呪いを避ける言葉を返せればいいが、
そうでないと命を取られてしまう・・・
実話怪談でも、このタイプは紹介しきれないほどたくさん書かれていて、
「これを聞いた人は呪われるんだよ」と一番最後に知らされます。

ちょっと変わったバリエーションとしては、
作家で詩人の西條八十が1919年に発表した詩集、『砂金』に収録されている
「トミノの地獄」。黙読なら大丈夫なのですが、
これを声に出して読むと、不幸がおきる、また最悪死ぬといわれているんです。
詩人の寺山修司は、この「トミノの地獄」を口に出して、
しばらくしてから亡くなったというエピソードがつけ加えられたりもします。
「トミノの地獄」はかなり長い詩なので、ここに引用はしませんが、
興味のある方は検索してみてください。









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