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黄泉返りの話

2017.11.20 (Mon)
これは今から40年も前のことなんだが、それでもいいかい。
じゃあ話していくよ。うちの婆様がまだ生きてた頃のことだ。
婆様は10代の終わりから70歳ちかくまで、地域の拝み屋をやってたんだ。
ああ、婆様の当時は珍しいことじゃなかった。
町々にはそういう拝み屋が一人はいたもんだよ。
何をするかっていいうと、まず一番頼まれることが多いのは、
赤ん坊の疳の虫を封じてくれってやつ。あ、疳の虫ってのは、
赤ん坊が夜泣きをしたり、ひきつけを起こしたりすることだよ。
そういうのを拝んで治すわけだ。まあな、非科学的と言えばそうだが、
当時は医者なんて、よっぽど大きな病気じゃないとかからなかったし、
もしかかったとしても、赤ん坊の夜泣きを治せるわけでもねえだろ。

だから、拝み屋が流行ってたときには、けっこうな数の依頼があったそうだよ。
あとは失せ物探しとか、病気平癒とか、行き遅れた娘の良縁祈願とか、そんなことだ。
家の和室の一つに簡素な祭壇がしつらえられててな、
そこでご祈祷をするわけ。何の神様かって? うーん、よくわからん。
仏教じゃない、日本の神道の何かの神様だろうよ。
俺が高校に上がるころまでやってたんだが、そんなの気にしたことはなかった。
でな、俺は兄姉が多いんだよ。男が3人で俺は次男。それと姉が2人いた。
俺が下から2番目ってことだが、ある日、中学に入ったばかりの一番下の弟、
これが自転車に乗っててトラックにはねられたんだ。
見ていた人の話では、自転車ごと高く飛ばされて、道路に頭から落ちた。
救急車が呼ばれて、すぐに病院に運ばれたが、

強く頭を打ったせいで、脳に血腫ができてるって言われたんだ。
それがあまりに大きくて、とても手術はできない。
自然に血がひいていくのを待つしかないが、脳の大事な部分がやられてるかもしれない。
医者はそんな話をしたよ。とにかく、今日か明日かもしれない命だってことだ。
だから家族全員が弟のベッドのまわりに集まってたんだ。
で、弟の血圧はどんどん下がって、呼吸もゆっくりになってきてな。
医者が「残念ですが、ご臨終です」って告げたときに、
俺の母親が婆様に向かって「お義母さん、
 なんとかこの子を助けてやってくださいませんか」って叫ぶように言ったんだ。
そしたら婆様は無念そうに首を振って、「いやいや、それはできんことだ」
って答えたんだよ。だけど母親はなおも、

「お義母さんの祈祷はよく効くって評判じゃないですか。
 この子はお義母さんのかわいい孫じゃありませんか。ダメでもいいです。
 なんとか拝んでください、お願いします」って泣きながら食い下がった。
だが婆様は、「それはやってはいかんことなんだよ。死にゆくものに ご祈祷してはいかん、
 人には定められた寿命があるのだから」目をしょぼしょぼさせてこう言うばかりでな。
それで、俺ら兄弟も全員で婆様に頼んだんだよ。
「弟のために祈祷してください、拝んでやってください」って。
うちの姉2人が、それぞれ両側から婆様の着物の袖をつかんで、
「婆様、婆様、お願いだ。この子を助けてやってくれ」って揺さぶった。
父親をのぞいた家族全員が、泣かんばかりにして婆様に頼みこむと、
婆様は大きな溜息をついて、

「・・・わかった、わかった。わしは何もこの子がかわいくないわけじゃない。
 昔から生き死にに関わるご祈祷はしてはならないことになっとるんだが、
 わしにとっては大事な孫だし、やってはみるけれども、
 道具も持ってきておらんし、上手くいくかはわからんが」
そう言って、ベッドの弟の頭の横にきて、意識のない弟の額に手のひらをあて、
ぶつぶつと口の中で、ご祈祷の文句を唱え始めたんだよ。
医者は黙って家族のやりとりを聞き、婆様のすることを見てたな。
おそらく、何をやっても無駄だろうと思ってたんだろうよ。
婆様は、祈祷の言葉を唱えながら、しきりに弟の頭の上の空に手をやり、
何かを引きずり下ろすような動作をしながら、またひとしきりぶつぶつつぶやく。
それを1時間ちかくもくり返したんだ。

そしたら医者が「あ、血圧が上がってきた。これは持ち直すこともありえるかも」
驚いたような顔をして言った。でな、弟はとうとう死の淵から脱することができたんだ。
もちろん家族全員が喜んで、婆様に感謝の言葉を口々に言ったんだが、
婆様はあんまり嬉しそうじゃなかった。
そして母親に向かって諭すような口調で、「抜け出しかけていた魂を無理に戻した。
 しかしなあ、死ぬ命運にあるものが黄泉返っても、その後どうなるかは保証はできん」
そんなふうなことを言った。でなあ、弟の脳にできた血腫は少しずつひいていき、
事故から1ヶ月ちかくたって、意識が戻ったんだよ。
そしたら・・・俺はそのとき学校に行ってて病院にはいなかったんだが、
ついていた母親の話だと、目を開けたとたんに「ぎゃおう、いでえ、いでえよう」
大声で叫んでベッドから起き上がろうとした。

だが、弟は頭を動かせないよう、重い砂袋で左右から固定されていたんで起きられない。
そしたらその砂袋をつかんで放り投げようとしたらしい。
それで母親はあわてて看護婦を呼んだ。普通はそんな長い間 意識がない状態にいれば、
目が覚めても、筋力が落ちてて体に力が入らないはずなんだが、
とにかく「いでえ、いでえ」と叫んで、ものすごい力で起き上がろうとする。
そして「体中がいでえええ」そう絶叫して、
頭を押さえつけようとした母親の指に噛みついた。
びょんと跳ね上がるようにしてベッドの上に立つと、
騒ぎを聞いて駆けつけてきた医者や看護婦に次々体あたりをして跳ね飛ばし、
四つん這いになって病室を飛び出し、
ものすごい速さで病院の階段を駆け下りていったんだよ。

もちろん関係者がたくさん出て、俺ら家族も呼ばれて探したんだが、
病院の構内では見つからなかったんだ。
しかたなく警察に連絡したんだよ。それから4時間ほどして、
弟は死んだ状態で発見された・・・見つかったのは、うちの一族の代々の墓がある墓地。
病院からは15kmほども離れた場所だったんだよ。
どうやってそこまで行ったかはわからない。
病院の寝間着を着たままだったし、金も持ってるはずはねえから、
歩いていったとしか考えられないが、さっきも言ったとおり、
1ヶ月も意識がなくて寝たきりになってたんだぜ。
それでな、死に方っていうのがまた酷いもんで、
自分で一家の墓に何度も何度も頭を打ちつけたみたいなんだ。

頭が何ヶ所も割れて、とても見られる状態じゃなかったらしい。
とにかく病院に安置されたときには、顔全体が包帯でぐるぐる巻きになっててな。
葬式の前に火葬にするしかなかったんだ。
でな、ひととおりのことが済んだ後、婆様が母親にこんなことを言った。
「やはりあの臨終のときに、魂を引き戻したりするんではなかった。
 人はなんぼ辛くても、逝くときに逝かさせないとダメなんだ。
 かろうじて命の火をつなぎとめても、別物みたいになっちまう。
 全身が痛くて苦しくてたまらんかったろう。かわいそうなことをした」って。
・・・まあこんな話なんだ。婆様が力のある拝み屋だっただけに、
かえって無残なことになっちまったってことだな。その後、婆様も2年ほどで死んだよ。
もちろん拝み屋のあとを継いだ家族はいねえ。





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コメント
 やはりこうなってしまうのか・・・と、遣る瀬無い気分になるお話でした。でも「父親をのぞいた家族全員」のくだりは好きです。このお祖母さんの息子として、何か思うところがあったのかも。
 以前にも書いた気がしますが、死者蘇生は成就させてはならない禁忌(摂理的にも物語的にも)なんですよね。うまくいったように見えても、実は失敗していたり時間制限があったり。後者は喜劇や人情ものになるケースも多いかな?
| 2017.11.24 00:15 | 編集
コメントありがとうございます
イメージに合ったのは、ステイーブン・キングの「ペット・セマタリー」と
映画の「ファイナル・デスティネーション」ですかね
おっしゃるとおり、運命に逆らうのは不可というのがテーマです
bigbossman | 2017.11.24 05:13 | 編集
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