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「創造論」って何?

2017.12.04 (Mon)
今回もキリスト教関連の話題でいきます。クリスマスは12月25日ですが、
この日はイエス・キリストの誕生日であると思っている人が、
日本では多いんじゃないでしょうか。でも、これは違うんです。
新約聖書にはキリストが生まれた日についての記述はありません。
ですから、キリストの誕生日はわからない、というのが正解です。
12月25日は、あくまで「キリストの生誕を記念する日」なんですね。

では、なぜ12月25日が生誕記念日に選ばれたんでしょう?
これには諸説あってはっきりしないんですが、
太陽暦を採用していたローマ帝国において、
ほぼ冬至の日にあたる12月25日を祝祭日(サートゥルナーリア祭)
としていたのが、キリストの生誕日に結びついた、
という説が一番もっともらしい気がします。

キリストを処刑したのはローマ帝国ですし、初期のキリスト教徒に
大弾圧を加えましたが、教義の広がる勢いを止めることはできず、
4世紀には、ついにキリスト教を国教化することになります。
そしてローマ帝国の祭りをのっとってしまったんですね。

さて、お題にある創造論(creationism)というのは、
旧約聖書の創世紀にあるとおり、神がこの世界を創造したとする論です。
神は6日間かけてこの世界をお創りになり、7日目を安息日(日曜日)
としてお休みになられた、ということになっています。

これ、日本ではキリスト教の信者は人口の1%もいませんので、
信じている人は少ないと思われますが、世界的にはけっこういます。
特に、聖書の記述に忠実な教えを説くプロテスタントの多いアメリカでは、
アンケートによれば、創造論を信じる人は50%ちかくいるようです。

創造論と対立する概念はダーウインの進化論なのですが、
アメリカにおいては創造論を信じる人の数と、進化論を信じる人の割合は、
現代でもほぼ拮抗しています。まあ、人間は神が自分の姿に似せて特別に創った
と信じている人々にとって、人間は猿から進化したという考え方は、
どうしても受け入れにくいものなのでしょう。



1925年のスコープス裁判(別名 猿裁判 Monkey Trial
米国の高校の生物教師ジョン・スコープスが、テネシー州法で禁じられた
ダーウィンの進化論を教えたことで訴えられ有罪、100ドルの罰金刑となった)
以来、学校で進化論を教えるべきか、創造論はどうするのか、
といったことが何度も裁判になっていて、その結果は州によってまちまちです。

さて、一口に創造論といってもいろいろあります。最も意見が分かれるのが、
地球の年代観についてです。現代科学では、
地球は45億年ほど前に誕生したという説が支配的ですが、
創造論の一つでは、旧約聖書にあるアダムとイブ以来の系図から計算して、
地球の年齢は6000年程度、長く見ても1万年ほどとされます。
これが最も過激な意見で、ヤングアース論と言われたりもします。
創造論にはその他に、科学の長い年代を認め、
世界的なノアの洪水を否定する、比較的穏健なものもあります。

このヤングアース論者がつくったのが、ケンタッキー州ピーターズバーグにある
創造博物館です。自分はここに行ったことがありますが、
まず中に入るとすぐ、グランドキャニオンから切り取った岩盤が展示されていて、
地質学による年代観は間違っていることが強調されています。
また、内部には恐竜と人間が共存している有名なジオラマもあります。
ユニバーサルスタジオの技術者が制作に加わったというだけあって、
展示物はなかなか見ごたえがありました。訪問する価値はあると思います。

さて、創造論者は、創造論が公教育の場で教えられることを望んでいます。
しかし、キリスト教といっても一つの宗教に過ぎませんので、
公共教育の場で特定の宗教内容を教えることは、
いかにプロテスタントの国アメリカといっても難しいのです。
そこで、創造論が姿を変えて登場したのがインテリジェント・デザイン論です。

インテリジェント・デザイン論の概要は、「知性ある何か」
によって生命や宇宙の精妙なシステムが設計されたとするもので、
ID論と約される場合もあります。まあ簡単に言えば、
「神がこの世界を創った」とすると公教育で受け入れられにくいので、
宗教色を廃し、「神」の部分を「知性ある何か」に変えたということのようです。

このインテリジェント・デザイン論には反発する者も多く、
パロディ宗教である「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」を創始し、
「スパゲッティ・モンスターが人類を作ったという説も
学校の理科の時間で教えるべき」などという皮肉も登場しました。

さてさて、自分はアメリカに住んでいたことがありますが、
たまたま地方議員の選挙演説を見物していると、候補者が、
「私は神を信じる人間である」と何度も強調して訴えていました。

神を信じる人間というのは、聖書にある神の定めた戒律を守り、
日曜日には教会に通い、ボランテイアで寄付なども行っている人間、
ということを意味します。これを聞いたときに、
一言で自分の人間性を表す便利な言葉があるもんだなあと感心し、
それとともに、アメリカに浸透している宗教の力というものを、
あらためて考えさせられたんです。

関連記事 『聖遺物の話』

創造博物館の恐竜と人間が共存している有名なジオラマ









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