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片輪車と母子の関係

2017.12.18 (Mon)
今回はひさびさに妖怪談義です。これも謎の多い妖怪なんですね。
「片輪車(かたわぐるま)」のもともとの意味は、
片方しかない大八車、あるいは牛車などの車輪ということです。
この片輪が、障害者を表す「カタワ」の語源であるのは間違いないでしょう。
ですから、現代では差別用語として使われることがなくなり、
テレビなどでこの妖怪が取り上げられる場合は「片車輪(かたしゃりん)」と
名前を言い換えられたりしています。

妖怪の姿としては、片方だけの火に包まれた車輪が転がっていて、
その上に若い女が乗っている姿として描かれます。
さて、下図は鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』のものですが、
次のような話が書かれています。



「近江国(滋賀県)甲賀郡のある村で、片輪車が毎晩のように徘徊していた。
それを見た者は祟りがあり、そればかりか噂話をしただけでも祟られるとされ、
人々は夜には外出を控えて家の戸を固く閉ざしていた。しかしある女が興味本位で、
家の戸の隙間から外をのぞき見ると、片輪の車に女が乗っており、
「わたしを見るよりお前の子を見よ」と告げた。
すると家の中にいたはずの女の子どもの姿がない。

女は嘆き「罪科は我にこそあれ小車のやるかたわかぬ子をばかくしそ」
(罪はわたしにあるのだから、何もわからない子どもを隠さないでくれ)
と一首詠んで戸口に貼り付けた。すると次の日の晩に片輪車が現れ、
その歌を声高らか詠み上げると「やさしい心の者かな、ならば子を返してやろう。
わたしは、人に見られたのでもうここにはいられない」と言って子どもを返した。
片輪車はそのまま姿を消し、人間に姿を見られてしまったがため、
その村に姿を現すことは二度となかったという。」
(『諸国里人談』)

まず、ここは「見るなのタブー」と言われるものが出てきています。
「見るなのタブー」とは、世界各地の神話や民話に見られるモチーフの一つで、
何かを「見てはいけない」とタブーが課せられたにもかかわらず、
それを見てしまったために悲劇が訪れる、または、見てはいけないと
言われた物を見てしまったため、怖ろしい目にあうというものです。

日本では、この典型的なものが「鶴の恩返し」という民話ですね。
鶴が化けた妻が、機織りをしているところを見てはいけないと言ったのに、
好奇心にかられた夫が約束を破って見てしまい、別れが訪れるという内容です。
怪談でも、夏休みに遊びにいった祖父母の家で、見てはいけないと言われた
裏の作業小屋の中を見てしまい、怖ろしいことが起きる・・・なんて話があります。

また、「見るなのタブー」の類型として「言うなのタブー」というのもあり、
これは小泉八雲の『雪女』などがそうです。
「このことは絶対に口に出してはいけない」と言われていたのに・・・
というやつですね。

さて、鳥山石燕には。これと似た妖怪として「輪入道」というものもあります。
絵としては片輪車によく似ていますが、
輪の中心には坊主頭の恐ろしげな男の顔がついています。



この詞書には、「車の轂(こしき)に大なる入道の首つきたるが
かた輪にてをのれとめぐりありくあり これをみる者魂を失う
このところ勝母の里と紙にかきて家の出入の戸におせば あへてちかづく事なしとぞ」

(車の中心に大きな坊主の首がついたものが、片方だけの車輪でひとりでに動き回る。
これを見てしまったものは魂を失う。「ここは勝母の里」と紙に書いたものを
家の戸口に張っておけば、輪入道は近づいてこないという。)とあります。

この「輪入道」と「片輪車」はもともとは同じものであったというのが、
妖怪研究家の間では定説になっています。初期には男の顔であったものが、
だんだんに女の姿に変わっていったということのようで、
石燕もそのことは知っていて、あえて二つの絵に分けて描いたのだと考えられます。

で、詞書に出てくる「勝母の里」とは何かというと、中国の儒家、孔子の弟子に
曾子(そうし)という人がいて、親孝行なことで有名でした。
それを孔子に見込まれて『孝経』を著したという説があります。
この曾子が「母に勝つ」という地名を嫌って、
勝母の里という場所に足を踏み入れなかったという逸話が『史記』あるんですが、
それを指しているんだと思われます。

さてさて、片輪車と輪入道の話で共通しているのは、「見るなのタブー」と、
もう一つは「母子関係」ということになります。
片輪車のほうは、自分の子どもを取られてしまった母親が、
歌を詠んで なんとか子どもを取り戻す話ですし、輪入道のほうには、
母親孝行で有名な曾子の故事が出てきます。

このあたりのことは、自分もいろいろ文献をあたって調べたんですが、
なぜ、片方だけの車輪と母子の関係が結びついているのかはわかりませんでした。
おそらく、現代には伝わっていない元になる物語があって、
石燕はそれを知っていて描いたんだと思いますが、残念ながら詳細は不明です。
「片方だけの車輪」ー「見るなのタブー」ー「母子関係」
このようにいろんなものが結びついて一つの妖怪ができあがっているので、
妖怪研究は難しくもあり、また楽しみでもあるんですね。







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