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逆転日本列島はあったか?

2018.01.10 (Wed)


今回も邪馬台国関連の話題です。長くなりそうなので、
興味のない方はスルーをお勧めします。
上掲の図は「混一疆理歴代国都之図(こんいつきょうりれきだいこくとのず)」
と言いまして、1402年に李氏朝鮮で作られた地図(の写本)ですが、
さらにそれを、わかりやすくするために自分が切り抜いてあります。
地図の右、巨大な朝鮮半島の下に描かれているのが日本列島で、
これは行基図と呼ばれる日本で作られた地図が挿入されていると考えられます。

この日本図を見ますと、まず北海道がないですよね。北海道がないのは、
樺太などと同様に、日本の一部と考えられていなかったためでしょうが、
何だか向きが変だと思いませんか。九州島が一番北にあり、
東北地方が南側になっています。向きが90度回転しているわけです。
この事実は学者たちの興味を引き、
邪馬台国の位置をめぐる論争のタネの一つとなってきました。

「魏志倭人伝」によれば、「南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日陸行一月」
邪馬台国は北部九州から南に進んだところにあるはずですが、
畿内説の場合、畿内は北部九州からは東の方角になります。
ここで、畿内説をとる学者の中には、古代の中国人には、九州を最北として、
日本列島は南に伸びているという認識があったのではないか、
という説を述べる人がいるんです。

ただし、この「混一疆理歴代国都之図」は他にも写本がありまして、
他の3つには正しい位置の日本列島が描かれています。
上掲のものだけが例外ということです。
「なんだ、じゃあこれだけ何かの理由で間違えてるんだろう」
と思われるかもしれません。まあ、自分もそう思わないこともないんですが、
それとは別に、古代の中国の日本列島の地理認識が
おかしかったのではないかと考えられる点が、いろいろとあるんです。

そのことを明らかにしたのが、京都大学の地理学者・室賀信夫氏でした。
氏は古地図のコレクターでもありまして、中国の古地図を丹念に分析し、
古代中国には九州を最北とする日本の地理観があっただろうと結論づけました。
下の図をごらんください。



これは「古今華夷区域総要図(ここんかいくいきそうようず)」と言われ、
11世紀はじめに宋でつくられた地図とされています。
日本列島は大陸の東に散らばる島々として描かれていて、
北に「倭奴」とあるのがわかります。「倭奴」は後漢に朝貢した「倭の奴国」で、
北部九州の現在の博多周辺と考えられます。
その南に「日本」があり、これは当時平安京があった京都のこと。
さらにその南の「毛人」は「毛野の国」、群馬県と栃木県南部あたりを
指しているかもしれません。また、その南側に「琉球」 「蝦夷」が続いています。

このあたりは中国人の地理観の混乱を物語っているんですが、
北から南に、「九州→近畿→関東→(琉球)→蝦夷(東北)」
となっていることに注目してください。この地図はほんの一例で、
このような地理観で描かれたものはまだ他に何枚もあり、
それらを元にして、室賀氏は、古代中国には九州を北にして、
南に伸びた日本列島の認識があったと結論づけているんです。

自分も論文を読みましたが、室賀氏の論証はたいへん説得力があります。
もし室賀氏の考えが正しいとすれば、魏から邪馬台国へ向かう使者は
南に進んでいって畿内に着いた、という先入観が当時の中国にあった、
ということも考えられなくはないと思います。

さて、北京の中国社会科学院・日本研究所所長に高 洪氏という人がいて、
「邪馬台国の位置めぐる諸問題」という論文を中国語と日本語で出しています。
上の話とは少し違うんですが、この論文の中で高 洪氏は、
邪馬台国は大和であったという結論を述べ、
魏からの使者が方角を間違えたのは、古代の中国には「天円地方」
という宇宙観があったためと説明しているんですね。

「天円地方」とは、地面は平らで四角形をしており、
天空は円形のドーム状とみるような宇宙のとらえ方です。
魏からの使いは、初めて日本の地に来て、天測しながら進んでいったものの、
その宇宙観のために方角を間違えてしまったのだという論旨でした。
ちなみに、自分が知っている中国人歴史学者、考古学者のほとんどが
邪馬台国畿内説をとっています。

さてさて、ここまでは あくまで地理観の問題でしたが、
以下はオカルト的な内容になります。邪馬台国の時代には、
実際に日本列島の向きが今とは違っていた!と主張する人物がいます。
サイエンス・エンターティナーを自称する、超常現象研究家・飛鳥昭雄氏です。

このことは、『邪馬台国の謎と逆転日本列島』
という氏の著書に詳しく書かれていて、
魏使が北部九州に上陸し、そのまま海を南に進んでいくと
大阪湾に着くという話なんですが、みなさん、これどう思われますか?

2000万年前とかの話じゃなく、邪馬台国はわずか1800年ほど昔の国です。
地球物理学的には、そんな短い時間に日本列島の向きがぐるっと変わるなんて
考えられないですよね。いくらなんでもトンデモだと思うんですが、
飛鳥氏がこのような主張をするのは、氏がモルモン教の信徒であるからと
考えられます。モルモン教はキリスト教原理主義の教団です。

モルモン教などのキリスト教原理主義団体で、旧約聖書の記述から、
約6000年前が天地創造と考えられているのは、
前に当ブログで「創造論って何?」という項目で書いたとおりです。
ですので、飛鳥氏から見れば、2000年もたたない間に
巨大な地殻変動があっても別に不思議ではないんだろうと思います。

この他にも、氏の著書には、恐竜と人間が共存していたなどの、
モルモン教の教義を色濃く反映した内容があちこちに見られるんです。
まあ、面白読み物としてはそれでもいいのかもしれませんが、
このあたりのことは頭に入れてほうがいいと思いますね。

関連記事 『「創造論」って何?』








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