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病院のヌイグルミの話

2018.01.11 (Thu)
看護師をしています。よろしくお願いします。
今は大学病院に勤めてますが、その前は長期療養型の個人病院にいたんです。
そのときにあった話です。そこはいわゆる老人病棟でして、
ほとんどの患者さんは終末期、寝たきりで動けない方が多かったんです。
ですから、看護師よりも介護スタッフの多いところでした。
ええ、亡くなる患者さんも多かったですよ。ほとんど毎日のようにありました。
なので、私たちも人の死に鈍感になってしまうところがあって。
ほら、普通の病院だと、患者さんの病気が治り、元気になって退院されるのが
やりがいになると思うんです。けど、老人病棟だと、
どうしても、患者さんが亡くなるのがゴールみたいな形になってしまうんです。
ああ、すみません。怖い話でしたよね。

あるとき病棟の予算でヌイグルミを3つ買ったんです。
ええ、寝たきりの患者さんたちのなぐさめになるんじゃないかって、
院長先生が予算をつけてくださったんです。
ヌイグルミは同じ黒いクマのが2匹と、黒い犬が1匹でした。
黒にしたのは、汚れが目立たないようにするためですが、もちろん
衛生には気を遣って、病棟の洗濯機でしょっちゅう洗ってましたよ。
名前もつけてたんです。黒クマは「ぷー」と「うー」。犬は「モグ」です。
どれも首にリボンが巻いてあって、そこにマジックで名前を書いてました。
私たち看護師が持って病棟を回り、ほしいという患者さんにお貸しするんです。
最初のうちは上手くいってると思ってました。
みなさん、ヌイグルミを見ると、ぱっと顔に表情が戻るんです。

私たちには聞こえないような声で、あれこれヌイグルミに話しかけてる方も
いましたし、一種のセラピーになっていたと思うんです。ですが・・・
私が気がついたのは3ヶ月めくらいです。クマのヌイグルミのうちの「うー」のほう。
それを借りた患者さんの容態が急変するんです。
うーを枕元に置くその患者さんは3日くらいで亡くなってしまうんです。
もちろん偶然だと思ってました。ほら、クマのは2つあるじゃないですか。
私はどっちがどっちだか気にしたことはなかったんです。
けど、あるとき患者さんが亡くなったとき、テレビ台の上によせてたヌイグルミの
リボンをたまたま見ると、それは「うー」だったんです。
それから3ヶ月くらいの間で、私が立ちあった患者さんの死のときに、
いつも近くにあったのは「うー」だったんですよ。

「ぷー」も「モグ」も亡くなった患者が借りていたことはありました。
でも、この子たちの場合は、1ヶ月以上借りてた方もいますし、
病状が改善されて退院していった患者さんもいるんですよ。それが「うー」を借りると、
まず1週間以内には亡くなってしまうんです。さすがに気味が悪いですよね。
ええ、気がついていたのは私だけじゃありません。
口に出して言ったりはしませんでしたが、ほとんどの看護師が気づいてたと思います。
それで、ヌイグルミが来て半年ほどたったとき、
病棟主任が「うー」をナースステーションのロッカーにしまい込んだんです。
ええ、後でそのことを聞きまして、ほっとした気になりました。
ヌイグルミは残りの2つで回ることになりましたが、
それからはおかしなことは何も起きなかったと思います。

4月になって、院内での人事異動がありました。
外来の医師が急に辞めることになり、代わりの先生が見つからないため、
その科はしばらく休止することになったんです。
それで、そこの科の看護師が入院病棟のほうへ回されて来ました。
山田さんっていう40歳過ぎの先輩看護師でした。
私は、人数が増えてシフトが楽になると思ってたんですが、
その山田さんがなかなかたいへんな人で・・・
看護師の仕事は2種類あって、外来は楽なんです。毎日仕事は定時で、
夜勤などのシフトもありません。ですから、結婚して子育てするようになると、
病棟から外来におりることが多いんです。
山田さんの場合は、お子さんは手のかからない歳になってましたが、

同居している旦那さんのお母さんが足が悪いらしく、家でちょとした介護のような
ことをしているらしく、病棟のほうに回されたことで文句たらたらだったんです。
早く外来に戻してほしいって、いつも師長さんに訴えていました。
まあ、そこまではわかるんですが、患者さんのあつかいがひどくて・・・
ええ、患者さんの中には認知症の方もいますので、拘束する場合もあるんですが、
そういうとき山田さんはすごく手荒くて、口調もきつかったですし、
患者さんの中には、山田さんの顔を見ただけでおびえた様子をする方が
出てくるくらいでした。それで、これは私が悪かったんですが、
山田さんと夜勤になったとき、もののはずみで
「うー」のことを話してしまったんです。ええ、「うー」を借りた患者さんが
すぐ亡くなってしまうので、隔離してしまってあることをです。

そしたら山田さんは「へー」と興味深そうな顔をし、
「うー」を入れてあるロッカーを開け、「なんだ、かわいい顔のクマさんじゃない。
 これ、しまいっぱなしにしてるんだったら、私ちょっと借りていっていいかな」
そう言って、自分のバッグに入れてうちに持って帰ってちゃったんです。
はい、何が起きたかというと、それから4日後、山田さんの義母さんが亡くなったんです。
心臓の病気で急逝されたということでした。それで1週間ほど休まれた後、
山田さんは晴れ晴れとした顔で出勤してきて、バッグから出した「うー」の
頭をなでながら、ロッカーに戻すところを見ちゃったんです・・・
ええ、私は山田さんの義母さんが亡くなったことと、「うー」とは、
絶対に関係があると思ってました。でも、そんなことは誰にも言えないですよね。
2週間ほど後のことです。私と山田さん、それともう一人、3人で夜勤の日がありました。

3人体制のときは一人1時間ずつ仮眠できることになってました。
その夜は特に容態が急変される患者さんもなく、
山田さんが最初に仮眠室に行ったんですが、時間前にぷんぷんに怒って出てきたんです。
「これ、あんたたちが置いたの?何の嫌がらせ?!」手に黒いヌイグルミを持ってました。
私ともう一人が顔を見合わせてると、「あんたたちじゃなきゃ誰がやるのよ、
 こんなのベッドに入れてたら死んじゃうじゃない!」
・・・「うー」なんだと思いましたが、私たちがそんなことをするはずはなく、
山田さんは怒り狂ったまま、「うー」を医療用のハサミでジョギジョギに切り刻むと、
廊下にあるゴミ箱に放り込んじゃったんです。その日以来、
山田さんの元気がなくなりました。いつも怒り気味だったのが陰気になったっていうか。
でも、そのほうが私たちは仕事はしやすかったですけど。

それから2週間ほどして、また山田さんと夜勤になる日がありました。
そのころには、山田さんはほとんど必要以外の口を聞くことがなくなり、
体格がいいほうだったんですが、すっかり痩せてしまってたんです。
山田さんが最初に仮眠に入り、交代の時間になったので私が仮眠室へと向かいました。
ドアを開けると、部屋の中が青白い光に包まれてました。
仮眠用のベッドに寝ている山田さんの胸の上で、何かが光りながら回っていたんです。
「え?」 その空中でゆっくりと回るものは、ヌイグルミのクマの体でしたが、
頭が青白く光る老人の顔になっていたんです。
私が呆然と見ていると、老人・・・お婆さんの顔をは歯をむき出した怒りの表情になり、
「うーっつ」といううなり声が聞こえてきたように思いました。
私は後ずさりしながら、手を伸ばして部屋の電灯のスイッチを入れました。

そのとき、宙に浮かんでいたものはかき消すように見えなくなり、
山田さんは半身を起こして「・・・え、え、もう交代の時間?」と言ったんです。
はい、もちろん私が見たもののことは山田さんには言ってないです。
おそらく、私が何か見間違いをしたんだと思います。というか、
そうでも思わないと仕事を続けていくなんてできないじゃないですか。
山田さんはそれからますますやせ細って、検診で膵臓がんが見つかったんです。
系列の病院に入院したものの手術はできず、抗がん剤の副作用で苦しんだあげくに
亡くなったという話を聞きました。これで終わりです。
その後は特におかしなことはなかったと思います。私はその後、
結婚を機に病院をかわり、その病院には足を踏み入れていません。ですから、
「ぷー」や「モグ」がどうなったかも、ここでお話することはできないんですよ。








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