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菌輪の話

2013.10.22 (Tue)
もう二十年も前になりますが、山で体験したことを書きます。
私は当時釣りに こっていまして、一口に釣りといっても、いろいろな
ジャンルがありますが、その頃は山行をかねての渓流釣りがメインでした。
むろん竿と大荷物を背負ってですので、山行といっても
ハードな山登りではありません。秋の連休に年休をプラスして
一週間以上の休みをとり、場所は詳しくは言えませんが、
東北のA岳近くの渓流への単独行を計画したのです。
関東からはずいぶん長距離のドライブでしたが、休み屋の駐車場に
車をあずかってもらい、沢へと入りました。好天に恵まれ、
釣っては放流をくり返しながら水源のほうへと登っていきました。

二日目に入って、川の岸辺に木がなく一反歩ほどの草地に
なっているところに出ました。こういう場所は、たいがいは
林でなくとも灌木のおい茂る藪になっているものですが、
短い草がびっしりと生えていて、テントを張るにはまさにうってつけです。
そしてやはり先客が張ったらしいカーキ色のテントがありました。
その人は河原に出て竿を出していて、
私の姿を見つけると気軽に声をかけてくれました。

六十歳代の定年退職をされた方で、この渓流で昨年この場所を見つけ、
今年はここをベースにして行動しているとのことでした。
そして興味深い話を聞かせていただきました。
「君、菌輪という言葉を知ってるか? 菌環ともいうし、
 外国ではフェアリー・リングというらしい。夜に妖精が輪になって
 踊って、疲れて眠ったところに朝日を浴びると茸と化してしまう。
 そういう伝説があるんだな。ここがそれみたいなんだよ。ほら」

そう言って案内してもらいましたが、たしかに草地の回りを、
真円に近い形でひょろひょろした茸が取り囲んでいます。
「調べたんだが、これはハラタケというのの仲間らしい。
 菌輪のできる原因についてはよくわかってないけど、
 これらの茸は地中で菌糸つながっていて、全体が一つの
 細胞の一つの生命体だという説もある。面白いだろう」
そして菌の力が強力で、共生している芝以外の植物が
生えないのではないか、という推論も話してもらいました。
この菌輪は大きいものでは直径五百メートル以上になり、
菌としての年齢は数百年を越える場合もあるのだそうです。

「でね、この大きな菌輪の中にさらにあちこちに、
 小さい菌輪ができてるんだよ」たしかに、直径数メートルから
数十センチの菌輪がそこここに見られます。小さいものは様々な
形をしていて、真円のものはむしろ少ないようです。「これなんか
 変な形だろ、人の寝姿に見えないか。こことあともう一体あるんだ」

それを見たときに私は、不謹慎かもしれませんが、
テレビドラマなどで警察官が死体のあった場所に描く
人型の白線を思い浮かべてしまいました。
「こんなふうに生えるには、われわれには想像もつかない
 理由があるのかもしれないね」私は、数こそ出るものの
大物が釣れない今回の釣果には満足していませんでしたので、
さらに奥まで入り、2日後に引き返してくることにしていました。
その方はまだここにいるとのことでしたので、
再開を約束してその場は別れました。

かなり体力を消耗しましたが、奥には大きな岩魚がおり、
私は十分に堪能してその場所に引き返してきました。
もう夕方になっていたので、いっしょにテントを並べて一泊しようと
思ったのです。はたしてカーキ色のテントはそこにありました。
まだ寝るには早い時間と思い中に声をかけてみました。
「・・・ううう、誰だ」その方の声ですが妙にくぐもっています。
「二日前に通った者です。どうしました、具合でも悪いんですか?」と私。
「・・・いや何でもないちょっと怪我をしたんだ。
 それよりここに泊まるんじゃない。もっと下れ」

単独行で怖いのはやはり怪我です。滝登りなどで足を
滑らせて骨折でもしたりすると命取りになります。
特にこのような人の来ない場所では。
「大丈夫ですか、麓から応援を呼んできましょうか?」
「いやいらない。・・・あんたはこの場を立ち去れ、
 夜がくる前に」 「いや、そうは言っても・・・」
するとテントの前でかがんで話している私の前に、
ジッパーの間からぬっと枯れ木のようなものが
突き出されたのです。びっしりと生白い茸が生えた、
人の手であってそうではないようなおぞましいもの。

テントの中から大きなうなり声が聞こえます。
「う、う逃げろ、とにかく逃げるんだ。やつらはみな
 わかってるんだぞ。俺のようになりたいのか」
私は急に怖くなって「救援を呼んできますから」と一声残して、
走って沢を下りました。そのうちに夜になりましたが、何度も転びながら
何時間もかけ続け、どうにか県道の通る場所まで下りました。
通りかかった車を停めて事情を話し、翌日の朝には
地元の山岳会の方などを案内してその場へと戻りました。

テントはそのまま残っていましたし、荷物一切もそこにありました。
しかし、その方の姿はどこにも見えません。とりあえずテントは
たたむことにしましたが、中にはあの茸がたくさん散らばっていました。
ペグを外してテント全体を持ち上げたとき、
その下の地面に茸が小さく頭をのぞかせていることに気づきました。
そしてそれは人の形に生えかかっていたのです。
その後警察も出て大がかりな捜索がなされましたが、
その方のゆくえは杳として知れず、遭難扱いとなりました。
私はそれ以来渓流釣りはもちろん、山にも入っていません。

キャプチャ



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コメント
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| 2021.01.24 20:42 | 編集
コメントありがとうございます
じつは諸事情があり、転載や朗読、怪談語りなどでの使用については
お断りしてるんです
お役に立てず申しわけありません
bigbossman | 2021.01.25 00:41 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
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