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天井嘗と家の造作

2018.03.07 (Wed)
またまた妖怪談義です。今回取り上げるのは「天井嘗 てんじょうなめ」
ついこの前、「天井下がり」をやったので、その続きみたいなもんですが、
おそらく今回は、妖怪ともオカルトとも関係のない話題になっていくと思います。
ですから、スルー推奨かもしれません。

さて、「天井嘗」は、妖怪絵師、鳥山石燕の作品ですが、石燕には、
『画図百鬼夜行』1776年、『今昔画図続百鬼』1779年、
『今昔百鬼拾遺』1781年、『百器徒然袋』1884年と、
4つの妖怪画集があり、「天井嘗」は最後の『百器徒然袋』に出てくる妖怪です。

『百器徒然袋』は、石燕が亡くなる4年前の作品なんですが、大きく3つの
特徴があります。① 付喪神(つくもがみ)・・・器物の妖怪が多い。
② 「徒然袋」と題にあるとおり、詞書に、兼好法師の鎌倉時代の随筆『徒然草』が
引用されているものが多い。③ 詞書の最後に「夢のうちにおもひぬ」
と書かれていて、石燕が夢で見た、つまり創作した妖怪がほとんどであること。



さて、このことを頭に入れて絵を見てみると、襖絵の前で、上半身裸の
異形のものが、長い舌を伸ばして天井をなめようとしています。
ただこれ、自分は、読み解くのはそんなに難しくないと思っています。
詞書は、「天井の高(たかき)は 燈(あかり)くろうして 冬さむしと言へども 
これ家さくの故にもあらず まつたく此(この)怪のなすわざにて
ぞつとするなるべしと 夢のうちにおもひぬ」

訳すと、「天井の高いのは、灯りが暗く冬に寒いというが、これは家の造作の
せいではなく、この妖怪のせいだと思えばぞっとすると夢の中で思った。」
で、結論から言いますと、この妖怪の正体は「火の明かり」です。
絵をよく見ると、妖怪のまわりに点描で炎の形がまとわりついています。

それと、妖怪の肩や腰のまわりに、ひらひらした紙束のようなものが
たくさんついていますが、自分はこれ、江戸時代の火消しが持っている
纏(まとい)を表していると思います。纏は、屋根に登った火消しが
目印として消火活動を指揮するものであり、
実用的には、火の粉を払って延焼をふせぐ役割もありました。

火消しの纏


ですから、この妖怪は、夜になった暗い家の中で、行灯やロウソクの火が、
天井に伸びていく様子を表しているんだと思います。「嘗 なめ」は「なめ尽くす」
という慣用句からきていて、「(炎を舌にたとえて)建物などを全部燃やす」こと。
これ、けっこう自信があります。さて、この詞書には、上記した『徒然草』の
第55段が引用されています。有名なので、ご存じの方が多いでしょう。

「家の作りやうは 夏をむねとすべし 冬は いかなる所にも住まる
暑き比(ころ)わろき住居は 堪へ難き事なり 深き水は 涼しげなし
浅くて流れたる 遥かに涼し 細かなる物を見るに 遣戸(やりど)は
蔀(しとみ)の間よりも明し 天井の高きは 冬寒く 燈暗し
造作は 用なき所を作りたる 見るも面白く 万(よろず)の用にも
立ちてよしとぞ 人の定め合ひ侍りし」
(『徒然草』第55段)

これも訳すと、「家の造りは、夏を中心に考えるべきだ。冬はどんなところにも
住める。暑い時期によくない住居は、耐え難いものだ。深い水は涼しげではない。
浅くて流れている水のほうがずっと涼しい感じだ。細かな物を見るには、
遣戸は蔀の部屋より明るい。天井が高いのは、冬に寒いし灯りも暗くなる。
家の造作は、特に用もないところを工夫して作っておくと、
見た目にも面白いし、いろいろな役に立つものだと、人々が評し合った。」

蔀戸と遣戸
名称未設定 3re

さて、この兼好法師流の生活の知恵から、現代でも、「家は夏向きに作ったほうがよい」
と言う人がいます。でもこれ、本当にそう言っていいのか、
自分には大きな疑問があります。というのは、
まず、兼好法師は京都・大阪在住であったということ。

京都は盆地で夏は暑いでしょうが、冬は豪雪地帯でもないし、
それほど気温も下がりません。鎌倉時代でも氷点下になることは
少なかったでしょう。冬が比較的楽な地域に住んでいたから、
こういうことが言えたんじゃないでしょうか。

それと、兼好法師は独り身で、小さな庵に住んでいましたので、
現代の一軒家に家族が住んでいるのとはわけが違います。それこそ、天井の低い
せまい部屋で炭火を起こして、夜具をたくさん重ねてかぶっていれば、
そんなに寒くはなかっただろうと思うんですね。

鴨長明『方丈記』の庵


あと、これは言う人がほとんどいないんですが、自分は、『徒然草』のこの段は、
唐の詩人、白居易(はっきょい 白楽天)の「香炉峰の雪」の詩を
下敷きにしていると考えます。下のとおり、
この詩には、「小 閣 重 衾 不 怕 寒」の一句があります。

名称未設定 3dd

意味は、「小さな部屋で、布団を何枚も重ねて着ていれば寒くはない。」
この詩は、閑職に追いやられた白居易が、その暇を楽しんで風雅に暮らしている
様子を表したもので、兼好法師には、同じく世を捨てた自分の境遇を、
白居易に重ねている面があるんじゃないかと思うんですね。

さてさて、ということで、兼好法師のこの文章を引用して、
「家は夏向きに作るべきだ」とするのは、ちょっと待ったほうがいいでしょうね。
予想どおり、妖怪ともオカルトとも関係のない話になってしまいました。
では、今回はこのへんで。






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