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大相撲と女人禁制

2018.04.07 (Sat)
不祥事が続いた大相撲界が再び批判にさらされている。
4日に京都府舞鶴市で実施された大相撲春巡業で、
土俵上で倒れた多々見(たたみ)良三市長の救命処置をした女性に対し、
土俵から下りるように場内放送で促したのだ。

土俵の女人禁制という伝統に固執するあまり、
人命軽視とも受け取られかねない結果。日本相撲協会の八角理事長
(元横綱北勝海)が不適切だったと認めて謝罪するなど、
不測の事態への対応の見直しを厳しく迫られることになった。

協会の資料には「土俵は神聖なる場所であるため」と、
女性が土俵に上がれない理由を記している。平成2年の初場所で
森山真弓官房長官(当時)が表彰式で土俵に上がることを求めたほか、
12年に大阪府知事に就任した太田房江氏(現参院議員)が、府内で開かれた
春場所で同様の要請を行ったが、協会は伝統の観点から断っている。

(産経ニュース)



当ブログでは、ふだんは時事的な問題は取り上げないんですが、
この件に関しては興味深かったので、少し書いてみたいと思います。
このニュースを聞いて、まず自分の頭に浮かんだのは、
『日本書紀』に書かれている、雄略天皇の事績です。

雄略天皇(大泊瀬幼武 おおはつせわかたける)は、5世紀後半ころの人物。
ヤマト王権の勢力が全国におよんでいった時期の大王と見られます。
他氏族を滅ぼしたり、随臣を気ままに処刑したことで、
「大悪天皇」の呼び名も持っているような人だったんです。

自ら大猪を殺す雄略天皇
Tennō_Yūryaku_detail

埼玉県の稲荷山古墳、熊本県の江田船山古墳から、
それぞれ「獲加多支鹵 わかたける 大王」という銘を持つ太刀が出土し
これは異論もありますが、雄略天皇を指しているとする見解が主流です。
古代の天皇の中でも、実在性の高い人物なんです。

この雄略天皇の御代、あるとき、韋那部真根(いなべの まね)という木工が、
巧みに仕事をすると聞いて呼びよせると、石の上に木を置いて斧をふるい、
少しも刃を傷つけることがない。天皇が感心して、
「どんなときでもそのようにできるか」と訪ねたところ、
「もちろんです」と自信たっぷりに答えた。

そこで天皇は、宮中の采女を呼び集め、裸にして相撲をとらせた。
木工はしばし手をとめたものの、仕事を続けたが、集中力を欠いて
ついに手元を誤り、斧の刃を傷つけてしまった。天皇は怒り、
木工を殺そうとしたが、仲間のものが歌を読んで天皇を諌めたので、
天皇は貴重な人材を失ってはいけないと思い直し、処刑は取りやめた。
『日本書紀』には、だいたいこんな話が載っています。

このころは、まだ相撲の土俵はなかったと考えられますが、
女が相撲をとることが禁忌とされている様子はありません。
『天岩戸』で、天鈿女命(アメノウズメ)が陰部を出して踊り、
それを見た他の神々が笑いさざめくなど、もともと、日本神話は、
性に対しておおらかであったことは、『日本書紀』のあちこちに見られます。

さて、現在の相撲協会の前身は、江戸時代初期から始まった勧進相撲ですが、
1768年に両国の本所回向院(お寺)で、最初の大規模な興行が行われました。
ここでの開催が定着したのは1833年からです。
大相撲の歴史は、そう古くまでたどれるわけではないんです。

さらに、初期のころは土俵はなく、「人方屋」という見物人が直径7~8mの
人間の輪を作り、その中で取組が行われました。それが、柱を立てて、
縄を張った格闘技のリングのような四角い競技場に変わり、
現在と同じ丸い土俵になったのは、18世紀始めと見られています。
ただ、その頃でも土俵はまだ一重でしたし、
競技のルールも現在とはだいぶ違っていました。

江戸時代の相撲は興行としての性格が強く、大名や有力旗本が
お抱え力士(家臣に取り立てられ、武士としての身分がある)を持っていて、
この取組によって藩同士の争いが起き、八百長が行われたり、
政治決着として、引き分け、預かり(没収試合)になったりしていたんです。

興行のための子供力士「大童山」 東洲斎写楽


ざっと歴史をふり返ってきましたが、ここまで見るかぎり、
「相撲は神事である」 「土俵は神聖である」 「土俵は女人禁制である」
これらのことには、それほど古い歴史も伝統もありません。
多くは明治になってから、大相撲の権威づけに、明治天皇を中心とする
国家神道を利用してつくり出されたものなんですね。

行司が直垂、鳥帽子など、平安時代を思わせる装束を着用したり、
力士が髷をゆっているのも、横綱の土俵入りなども、
「興行のための演出」の色合いが強いでしょうし、そこまで深い意味があるのか、
と問い詰められると、相撲協会自身が困ってしまうんじゃないでしょうか。

さてさて、現在の大相撲は、「神事」 「興行」 「スポーツ」
「公益財団法人」など、多くの要素が渾然一体となって成り立っています。
それ自体は必ずしも悪いことだとは思いませんが、
そのために起きる矛盾もさまざまにあるんですね。

例えば、相撲協会は「わんぱく相撲全国大会」を主催していますが、
地方大会で女子児童が優勝したとしても、両国国技館での全国大会には、
女性ということで出場できません。これはおかしいですよね。
スポーツとするなら、男女フリーの競技にするか、
あるいは女子だけの大会を別に開くか、どっちかでしょう。
(女子の「新相撲」はありますが、相撲とは別競技とされます。)

ということで、自分は、神道を利用して権威づけする時代はもう終わっている
と考えます。現在の大相撲に必要なのは、いろんなものが渾然一体となって
こんがらかっている部分を、もう少しわかりやすく整理し、現代化していく
ことなんじゃないでしょうか。ということで、今回はこのへんで。

関連記事 『相撲と埴輪の起源』





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