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『今昔物語』の怪談分析

2018.04.12 (Thu)
今回は怪談論でいきます。自分は、怪談にはパターンがあると
考えています。あるいは、構成要素と言ってもいいかもしれません。
もちろん、それはSFにもありますし、ミステリにもあるわけですが、
SFもミステリも近代になってからできたものですから、
古典作品との比較研究はできません。それに対し、
怪談は古くからあるので、考察がしやすいんですね。

さて、『今昔物語集』は、平安時代末期に成立したと見られる説話集で、
全31巻ですが、現存していない巻もあります。天竺(インド)、
震旦(中国)、本朝(日本)の三部構成になっていて、
日本の部分に載っている話は、仏教説話的なものが多いんですが、
中には純怪談としか言いようのないものもあります。例えばこんな話。

「嫉妬心から妻が箱を開ける話」(巻27 霊鬼)
今は昔、京の官吏の家に奉公していた紀遠助という男が、任期を終えて
出身地の美濃の国に帰ることになった。その途中、
瀬田の唐橋にさしかかると、橋の上に女がひとりで立っていた。

女は「どちらまで行かれますか?」と聞いてきたので、遠助は馬から降り、
「美濃の国へ参ります」と答えた。女は「お願いがあります」と、
ふところから、絹で包んだ小さな箱を取り出し「これを、片県郡の某橋のたもと
までお持ちくだされば、女房が待っておりますので、それにお渡し下さい」

遠助は面倒だと思い、「その橋にいる女房の名は何というのですか?
もしいなかったら、どうすればいいのですか?」と聞き返したが、
女はそれには答えず、ただただ頼み込んでくるばかり。
女の様子が不気味だったこともあり、遠助はついに承知してしまった。

このとき、遠助を見送った従者たちが、遠くからその様子をうかがっていたが、
従者たちには、遠助が誰もいないところで一人でしゃべってるようにしか
見えなかった。やがて、遠助は美濃の国へと着いたが、
不覚にも、女の頼みを忘れて橋を通り過ぎてしまった。

家に戻ってそのことに気づいた遠助は、「ああ、申しわけないことをした」
いずれもう一度出かけて渡そうと考え、箱を納戸の棚にしまっておいた。
ところが、遠助には妻がいたが、これがきわめて嫉妬深い女で、
遠助が持ってきたものは愛人への京土産で、自分に知られないように
隠したのだろうと考えて、箱を開けてしまった。

箱は段になっており、一段目には、人の目玉をほじくり出したもの、
二段目には、男の陰茎を切り取ったものが多数入っていた。妻はこれを目にして
悲鳴を上げ、駆けつけた遠助は、「ああ、見てはならぬと言われたものを、
困ったことをしてくれた」と、箱の蓋をしめ、元のようにヒモで結んだ。

遠助が大急ぎで言われた橋に行くと、約束どおりに女房が出てきたので、
箱を渡したが、女房は「開けて中を見ましたね。困ったことをしてくれました」と、
たいそう怒った様子であった。遠助は、「そんなことはありません」と言い、
女に箱を渡して立ち去ったが、家に戻ってすぐに具合が悪くなった。

そして、妻に向かって「ああ、開けてはいけないと約束していた箱なのに、
お前はどうして開けてしまったのか」と愚痴を言い、
そのまま病みついて、まもなく死んでしまった。・・・この話を聞いたものは、
みな、遠助の妻の嫉妬心を憎んだという。



長く引用しましたが、自分が意訳したものです。これには仏教的な要素は
ないので、怪談とみていいでしょう。話のパターンとしては、
「巻き込まれ型怪異」と呼ばれるものです。何も悪いことをしていない人物が、
たまたま、怪異に遭遇して不幸な目に遭うわけですね。
現代の怪談は、ネットで有名になった「八尺様」とか「くねくね」など、
この「巻き込まれ型」怪異が多いんです。

次に、話の構成として「解決しない謎」という形になっています。
遠助に箱を渡した女、箱を受け取った女房が何者なのか最後までわかりません。
また、箱の中になぜ人体の一部が入っているのかもわかりません。
何もわからないまま主人公が死んで話が終わるので、
不条理で不気味な印象が残ります。こういう怪談は現代でも多いですよね。

さらに、怪談らしいギミックがいくつも含まれています。
まず一つは「見るなのタブー」。見てはいけないものを見てしまうことで、
呪いや祟りが発動するんですが、この話の場合、本人ではなく、
嫉妬深い妻が見てしまうという形にひとひねりされています。

あとは、箱の中の目玉や陰茎はスプラッター的な要素にもなっていますし、
遠助が女と話をしていたはずなのに、傍から見ると、
一人でしゃべっているだけだったというのも、
怪談を盛り上げるためのギミックでしょう。

さてさて、ということで、ここまで見てきたとおり、
怪談の諸要素というのは、800年も前の『今昔物語』から、すでにもう
ほとんど出そろっているんですね。それは、怖さに対する感覚が、現代人も昔の人も
それほど変わらないということでもあります。ですから、自分が書いている怪談も、
昔からある要素をこねくりまわしているだけ、ということなんでよすね。

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