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「見るなのタブー」について

2018.04.16 (Mon)
今回は怪談論です。怪談で、「夏休み、少年が祖父母のいる田舎にあずけられた。
優しい祖父母は、屋敷の中はどこにいってもかまわないが、
裏庭にある納屋の戸だけはけっして開けてはいけないと言う。
はじめは言いつけを守っていた少年も、やがて退屈してきて、
ついにある日、納屋の戸をそっと開けてしまう。

すると薄暗い中に明かりがつき、床にはたくさんの血がこぼれていた。
奥のほうから刃物を持った祖父母が出てきて、にこにこ微笑みながら、
少年に、あれほど開けてはいけないと言ったのに・・・」こういう話があります。
たいていはここで終わるので、この後どうなったかわかりませんが、
おそらく少年は殺されたんでしょう。で、そうするとこの話を語る人物が
いなくなるので、これは実話怪談とは呼びにくく、民話に近いものなんですね。

「夕鶴」


さて、「見るなのタブー」とは、Wikiによれば、「何かを、見てはいけないと
タブーが課せられたにもかかわらず、それを見てしまったために悲劇が訪れる、
または恐ろしい目に遭うこと」
」こうなっています。「見るなのタブー」は、
世界各国の神話や民話に見られ、人類共通の普遍的なテーマと言えるでしょう。

これについては、比較文化学、神話学、民俗学などで世界中で研究されていますが、
「なぜあるのか」というはっきりした答えは出ていません。
ですから、自分ごときオカルト人間が何かを言うのはおこがましいんですが、
オカルトブログらしく、最後のほうで超トンデモ解釈をしてみたいと思います。

まず、「見るなのタブー」には、どんなバリエーションがあるのか。
「後ろをふり返ってはいけない」(ギリシャ神話のオルフェウス、日本神話のイザナギ)
「この部屋を開けてはいけない」(西洋の童話の青ひげ、日本の民話、夕鶴)
「この箱を開けてはいけない」(ギリシア神話のパンドラ、日本の民話、浦島太郎)

「見たことを人に話してはいけない」(日本の怪談、雪女)
「この実を食べてはいけない」・・・これは「見るな」とは少し違いますが、
この内容は、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教でそれぞれ出てきていて、
人間が原罪を持つことになった原因とされます。
ですから、現代でも社会的に大きな影響を持っているんですね。

「パンドラの箱」


ただ、世界の「見るなのタブー」と日本のものとでは、いろいろ違いがあります。
世界的には、見るなのタブーを破ってしまうのは、男の場合も女の場合もあります。
上記したエデンの園の話は、女であるイブがタブーを破ってしまいました。
これは、キリスト教の神が、まずはじめに自分の姿に似せて男を創り、
さらにその肋骨から女を創ったということと、構造的な関係があるんでしょう。

ところが、日本の場合、見るなのタブーを破るのは圧倒的に男が多いんです。
例えば、浦島太郎は乙姫様の言いつけを破ってしまうし、イザナギはイザナミに
ふり返って見るなと言われたにもかかわらず、死後の腐った醜い姿を見てしまう。
夕鶴もそうですよね。妻が鶴と化して機を織っている姿を
見てしまっては、もう夫婦でいることはできません。

また、日本の場合、見るなのタブーを破った男は、それほど大きな罰は
受けてないんですね。日本神話で、出産の様子を見るなと言われたホオリは、
好奇心に負けて妻の産屋をのぞく。すると妻は巨大なワニ(サメ)の
姿をしていました。妻のトヨタマヒメはそれを悲しんで立ち去ってしまう。

雪女でも、この話を人にした場合はとり殺す、と言われていたのに、
雪女は生まれた子どものためを思い、男を罰せず、ただその場から消える。
こんな形で、タブーを破った男が大きな罰を受けることはなく、
女のほうがその場から去ってしまうケースが多いんです。

この理由について、日本の比較文化学などでは、古代からの歴史的な
男女の立場の違いからきているとする研究が多いようです。(河合隼雄氏など)
まあ、そうなのかもしれませんが、古代の農村の婚姻の形態や、
出産を穢れとする風習など、いろんな要素が混じり合っているんだと思います。

さて、こっからはオカルトトンデモ話です。みなさんは「シュレディンガーの猫」
の思考実験をご存知ですよね。これについては前に書いたので、
ここでは説明しませんが、量子力学の世界では、
観測によって現実の結果が決まってくる、という考え方があります。

「シュレディンガーの猫」


原子核のまわりを回っている電子は、どこにあるのか確率的にしか
予言できないが、観測することによって、場所がある一点に定まる。
これを波の収縮と言います。シュレディンガーの猫にしても、
死んだ猫と生きた猫が重なり合っていたのが、人間が箱を開けたときに、
猫の生死がそのどちらかに決定するんだという説もあるんです。

このことは、前にご紹介した「人間原理の宇宙論」とも関係があります。
われわれ人間は、もしかしたら、世界を決定するための「観測者」としての
役割を持っているのかもしれません。ですから、
閉ざされた箱や扉があれば、未来がどうなるかを決定するために、
どうしても開けなくてはならないよう宿命づけられている・・・(笑)

さてさて、上で書いたように、これはトンデモ話ですので、信用されても困ります
ある地域の、一つの「見るなのタブー」話を読み解くだけでも、
かなりの研究が必要です。文系の学生のみなさんは、卒論のテーマとして
選んでみるのも面白いかもしれませんね。ということで、今回はこのへんで。

「黄泉比良坂」





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