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「こどもの日」って怖い?

2018.05.05 (Sat)


ゴールデン・ウイークたけなわ、みなさんはどうお過ごしでしょうか?
自分は雑文書きなどもしてますので、完全な休みではありませんが、
雑誌の編集部がのきなみ休みになってるので、
編集者に締め切りをせっつかれることがなく、気は楽です。

さて、今日は「こどもの日」。祝日法で、「こどもの人格を重んじ、
こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」という趣旨のもと、
1948年に制定されました。この日は、ご存知のように、
もともとは「端午の節句」と言っていました。

端午とは5月5日のことで、この日を節句として祝うのは、
中国の陰陽五行説からきた風習です。5節句というと、
人日(1月7日 七草粥を食べる日)、上巳(3月3日)、端午(5月5日)、
七夕(7月7日)、重陽(9月9日)のこと。
これらの日は、江戸幕府が公式の休日として定めています。

端午の節句が日本でも祝われるようになった歴史は古く、
平安時代の『枕草子』の三十九段には、「節(せち)は、
五月にしく月はなし。菖蒲、蓬などのかをりあひたる、いみじうをかし。」

(節句は五月が一番よい。菖蒲や蓬が香りあっているのは趣がある。)
というように出てきます。当時の貴族社会では、季節の変わり目を
大々的に祝って、単調な日々に変化をつけていたんですね。

現代には「5月病」という言葉があります。これは、進学、
就職などでの環境の変化になじめず、心身の調子が悪くなることですが、
昔も、季節の変わり目であり、また、田植えがある5月は、
災いが起こりやすいとされました。

そこで、「五月(さつき)忌み」として、田植えが始まる頃に、
早乙女と呼ばれる若い娘たちが、仮小屋や神社などにこもって、
田の神のために穢れを祓い、身を清めて田植えに臨んだと言われています。
日本の端午は、中国から来たの風習と、
日本古来の農耕儀礼が結びついたものだったんです。



さて、このあたりのことは、あちこちのホームページに書いてありますが、
当ブログはオカルトのブログですので、
端午の節句に怖い話がないかと考えたら、これがあるんですね。
上で『枕草子』に出てきた、菖蒲と蓬の霊力に関する内容です。

よく見られるのが、「食わず女房」型の説話。・・・あるケチな男が、
飯を食わない女がいたら女房にしてもよいと言います。
それを聞きつけた山姥などが、若い女に化けて男の家にやってくる。
そして、私は飯を食わないから嫁にしてくれと言う。

男は喜んで、女を女房にするが、たしかに男の目の前では
飯を食わないものの、なぜか蓄えてある米の減り方が早い。
そこで、男は野良仕事に出るふりをして、こっそり家の様子をうかがうと、
女が飯を炊いて、米びつのまましゃもじですくって食べている。

しかも、女の後頭部にはもう一つの口があって、
前と後ろでばくばく食っている。これは妖怪「二口女」です。
驚いた男が声を上げてしまうと、それに気がついた女は、
男をひっ抱え、食うために山の中にある自分のすみかに連れていく。



なんとかスキを見て逃げ出した男を、女が追いかけてくるが、
男は菖蒲と蓬が生えた湿地に身を隠し、女は蓬のにおいに負け、
また、菖蒲の葉が剣のように見えることから、
男のことをあきらめて山に逃げ帰っていく。

女の正体が、蛇の精や蜘蛛の精になっているなど、細部は違っていても、
こういう形の民話は日本各地に残っています。
そして、端午の節句に菖蒲湯に入ることや、軒下に蓬を吊るすことの
始まりとされることが多いんですね。



菖蒲と蓬、それと餅にまく柏の葉も含めて、においの強い植物であり、
それらには魔を祓う力があると考えられていました。
西洋でも、ニンニクが吸血鬼に効果があるなどと言われ、
ハーブが珍重されましたが、考え方の根は同じです。

さてさて、ということで、子どものおられる方は、今日はどこぞに
行楽にお出かけになっているかもしれません。
家族サービスはけっこうなことですが、連休が終わるとぐったり疲れていた、
などということがないよう、体調管理にお気をつけください。
では、今回はこのへんで。





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