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ハリー・ハーロウの光と闇

2018.06.09 (Sat)
ハリー・ハーロウ(Harry Harlow)について、ご存知の方は多くないかもしれません。
20世紀の前半に活躍したアメリカの心理学者です。
研究分野は、発達心理学における母性愛についてで、ウィスコンシン大学で、
アカゲザルの仔と、人工の代理母を用いて実験を行いました。

ハリー・ハーロウ


まず、研究の背景ですが、当時は、母親は育児の際に、
母乳を与えて赤ちゃんを栄養的に満たすことは重視されていましたが、
それ以外の母子の接触は推奨されませんでした。
感染症が起きる原因と考えられたんですね。アメリカの保育所では、
全国的に、徹底した施設の減菌措置が進められていました。

当時はまだまだ乳幼児の死亡率が高く、その死因の多くが感染症によるもの
だったんです。特に、コレラ、チフス、ジフテリアは恐ろしく、
抗生物質やワクチンのなかった時代にあって、
免疫力の弱い乳幼児の感染は、致命的な結果を引き起こしました。

この風潮に疑問を持っていたハーロウは、アカゲザルの仔を母親から
引き離し、2種類の人工の母親を与えました。一つは、針金でできた「針金の母」
もう一つは、スポンジと柔らかい布でできた「布の母」です。
で、針金の母のほうにだけ哺乳瓶を取りつけ、乳が飲めるようにしたんです。

「針金の母」と「布の母」


当時の考え方からすれば、アカゲザルの仔は、空腹を満たしてくれる
針金の母になつくはずでしたが、アカゲザルは、乳は針金の母から飲むものの、
それ以外の時間は、ずっと布の母に抱きついていたんです。
まあ、現在から考えればあたり前の話ですが、母親は栄養だけでなく、
温かい接触を与えることが大切だと証明したんですね。

また、ハーロウは、布の母を与えず、針金の母だけによって育てられた仔と、
布の母を与えた仔との比較も行ったんですが、実験の結果は惨憺たるものでした。
針金の母に育てられた仔は、完全に精神に異常をきたしていて、
つねに小刻みに体を揺さぶり、自分の指に噛みついたり、毛を抜いたり、
激しい自傷行為を行うようになりました。

布の母のほうの仔も無事では済みませんでした。針金の母グループほど、
ひどくはなかったものの、外界のことに無気力・無関心で、
ぼんやりとケージの隅に座り込んでいるものが多かったんです。
結局、どちらのグループでも、多くの仔ザルが育たずに死んでしまいました。

ここから、ハーロウは、母親が与えるものは、暖かさ、柔らかさだけではなく、
自ら抱きしめるなどの積極的な愛情行為が必要だと結論づけました。
これはもともと、古代から普通に行われていたことですが、
20世紀初頭という、生活に科学が入り込んでくる時代において、
変な方向に向かってしまっていたのを、ハーロウが修正したということです。

精神に異常をきたした仔ザル
名称未設定 2

次に、ハーロウは「モンスターマザー」を製作します。これは、
布の母のバリエーションですが、激しく振動するしかけ、
バネ板で仔ザルを弾き返すしかけ、圧縮空気を噴出するしかけ、
一定時間がくると針が飛び出して、仔ザルを刺すしかけを加えたものです。

これらの母を仔猿に与えたところ、仔猿は、弾き飛ばされたり刺されたりしても、
何度でも自分からモンスターマザーに抱きついていきました。
生まれつき、子どもにはそういう習性が備わっているんですね。
昨今、児童虐待のニュースをマスメディアで目にすることが多いですが、
子どもにしてみれば、どんな親でも、慕う以外のことはできません。

親に虐待されるのは自分が悪いと考え、「次からいい子になるから、ごめんなさい」
をくり返すという悲劇が生まれるわけです。これらの実験により、
数百匹のサルの仔が死にましたが、ハーロウは、「何万人もの虐待される赤ちゃんを
救えるなら、サルの仔の犠牲はものの数ではない」と言って、悪びれませんでした。

さて、ここまでのところは、まだ、まともと言える実験内容ですが、
だんだんにハーロウの実験は常軌を逸していきます。
まず1つめが「レイプマシン」製作。上記の代理母の実験で育ったサルのほとんどは、
社会性のない状態でしたが、それらのサルは自分の子どもを育てることができるのか?

代理母で育ったメスのサルは、群れのオスと交尾することができなかったので、
レイプマシンは、無理やり体を固定して、オスのサルから受胎させるものです。しかし、
これで生まれた仔に対し、母ザルは愛情を示さず、授乳しなかったり、踏みつけたり、
頭を噛み潰したりしてしまったんです。自分が母の愛情を受けないで育った場合、
自分の仔に対しても、愛情が持てなかったということです。

「絶望の淵」


次の実験は「絶望の淵 pit of disapair」というマシーンの製作、
これは、金属板を逆ピラミッド型に組んだ滑りやすい装置で、その中に入った仔ザルは、
外界が見える位置まで登ると、滑り落とされてしまいます。
この実験でもやはり、多くのサルが精神に異常をきたしました。

さてさて、ハーロウは毀誉褒貶の多い人物です。たしかに、育児にあたって、
母親の子どもに対する愛情が重要であることを示しましたが、
同時に、実験動物に対する扱いについて大きな非難が起こり、
アメリカでの動物愛護運動が生まれるきっかけとなりました。

最後に、ハーロウ自身ですが、重い鬱病と、アルコール中毒を抱えており、
妻との離婚がきっかけで病状が悪化し、自分に対して、
当時最先端の精神病治療法であった電気ショック法を行ったりしています。
このことを考えれば、上記の数々の実験には、抑鬱状態の中で考え出されたものも
あったのかもしれません。では、今回はこのへんで。






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コメント
スキンシップ大事だ、ということを証明した人がいて、今こうして我々に伝わった、にしても…。
怖いですね。
他の生物を食べる人間、他の生物を駆除する人間が一部の生物の扱いを取り上げて『酷い』と言うのも、矛盾感じますが。やはり怖い。

恐ろしい実験でスキンシップ大事って証明されても、結局虐待のニュースは今もあるしなあ…。

興味深いお話でした。


通りすがり | 2018.06.11 07:52 | 編集
コメントありがとうございます
これも恐い実験ですが、初期の心理学の実験って
恐いものがたくさんあるんです
研究における倫理なども確立されてない時代でしたので
bigbossman | 2018.06.12 00:57 | 編集
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