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その三

2013.10.30 (Wed)
 さて三つ目は、前二つほど有名ではないんですが「田和山遺跡」(島根県松江市)
というところです。
『不思議ナックルズ』で紹介されたので少しずつメジャーになってきましたが、
前二つのゾーンのように伝説化していくでしょうか。
  
 市立病院の移転にともない、新用地候補であった小高い丘から、
弥生時代中期頃と思われる環濠遺跡が出土しました。
環濠というのは基本的には堀ですが、木柵や防堤などをともなうこともある境界です。
環濠は丘の頂を囲むように三重に掘られていましたが、
それに守られた頂には人の住む住居はなかったのです。
この当時の一般住居は竪穴式ですが、
柱跡からの推測で、そこには神殿状の高床式の建物があったことがわかっています。

 この遺跡を巡って、保存派と病院建設強硬派とが対立し裁判にまで発展しました。
これはよくあることなんですが、他の例と異なるのは、
当時の反対派の市長を含め、反対派の市議3人、
そして開発が始まれば工事を請け負うであろう建築会社の会長、計5人が
わずか2か月の間に相次いで急死したのです。
みな高齢ではありましたが、それぞれ現役で活躍されていた方々です。

 このことから地元では祟りの存在がささやかれるようになりました。
裁判のほうは市側が遺跡保存に方針を転換したこともあり、
保存が決定し国指定史跡となりました。
この遺跡の特異な点は、上記したように他に例を見ない厳重な環濠が守っていたのは、
出雲大社の原型を思わせるような神殿状建物であったことです。
人の住む住居は環濠の外から見つかりました。
ここにはいったい何があったのでしょうか。

 環濠内からは三千個をこえる石つぶてや銅剣型石剣などが出土しましたが、
石の剣は実際の戦闘に使うには重く、またすぐ折れてしまうために
祭祀用のものではないかと考えられています。
これらから、ここは古代の儀式的な模擬戦闘の場であったとか、
神殿に銅鐸を置いて守っていたとか、
古代の貴人のための産屋であった(そこで出産をした)などの様々な説が出されていますが、
確定はしていません。

 最後の産屋説は、有名な「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」
というスサノオの命が詠んだとされる日本最初の短歌からきています。
「盛んな雲が立つ、湧き出る雲が八重垣を作る。我が妻を籠もらせるために八重垣を作る」
というような意味で、妻を籠もらせるとは出産を意味すると解したのです。

 また、地元では「垣をめぐらした山には入ってはいけない。たちまちに死が訪れる」
というような伝承があるとナックルズには書かれていました。

『田和山遺跡の丘に登る 』


心霊スポットその一

心霊スポットその二

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