グレートヒェンの話

2018.06.11 (Mon)
※ ホラー小説的な話です。

今晩は、よろしくお願いします。話を始めさせていただきます。
私が18歳のとき、母に癌が見つかりました。転移があったため手術はできず、
母は、それから3年間がんばりましたが、最後は地元のホスピスで
亡くなりました。まだ40代でした。亡くなる1日前まで意識があったんです。
すでに自分の死を悟っていたみたいで、すでに社会人になっていた兄の
手を握って、父や私のことを「頼むよ、頼んだよ」とくり返していました。
それから、涙でぐグシャグシャになっている私に、
こんな意外なことを言ったんです。「庭にある小屋の奥の棚に、
 鎖をかけた木の箱がある。その中に人形が入ってて、
 名前はグレートヒェン。お前が結婚したら、その人形を出して、新婚の家の
 いつも見えるところに飾りなさい。グレートヒェンは、

 私がヨーロッパで手に入れたもの。このことを忘れないで。
 いい、グレートヒェンを怖がらないで、信じなさい。
 そうすれば、必ず災厄を引き受けてくれるから・・・
 私は・・・信じきれなかったから」そのときは母が何を言ってるのか、
まったくわかりませんでした。うわ言なのだろうかとも考えましたが、
母の意識はしっかりしていたんです。それと、母は若いころ、音大を出てから
弦楽器の奏者を目指して、ウイーンに留学していたことも聞いていました。
でも、どうして死の間際になって、その人形にこだわるのか、
災厄を引き受けるとは、どういうことなのか・・・
母が亡くなって、私たち一家は悲しみの中で葬儀の準備をしました。
それがひととおり済んでから、庭の小屋に行ってみました。

そしたら、確かに棚の高いところに、80cmほどの縦長の木の箱があって、
太い鎖がぐるぐる巻きになっていたんです。
この2年後、私が23歳のときに、ごく平凡な結婚をしました。
夫は会社員で、当時勤めていた会社で知り合ったんです。
夫は、私に主婦になるよう求め、私は退職して、アパートを借りて暮らすことに
なりました。そのときに、母の遺言を思い出したんです。
いえ、思い出したというか、ずっと覚えてはいたんですが、
なんだか現実味のない話だと思ってたんです。結婚式の2日前、
小屋に行って木箱を降ろしました。それほど重くはなかったです。
鎖を外し、難渋しながら打ちつけられていた釘を抜いて、
出てきたのは、箱にぴったり収まるほどの西洋人形でした。

「これが、グレートヒェン??」
ビスクドールのようなものではなく、すべて陶器製の全身像で、
それほど高価なものとは思えませんでした。田舎風の服を着て、
金髪をかきあげている若い女性の人形。
「たしか母は、この人形を信じてって言ってた。
 信じるって、どういうことなんだろう」紙に包まれて下向きになっていた
顔を前に向けて、私は思わず息をのみました。白い顔の、
片方の目がつぶれていたんです。いえ、穴があいているとか、
その部分だけ欠けているということではないんです。
最初から・・・片目が潰れたように作られたとしか・・・
ええ、その部分だけゴツゴツと、陶器の元になった粘土が

盛りあがっているのがわかりました。そして、残った片目を大きく見開いていて・・・
「怖い」と思いました。どうして母は、こんなものを飾れと言ったのか、
「信じろ」とはどういうことなのか、まるで理解できませんでした。
でも、母の遺言です。夫に話をして、グレートヒェンはアパートのキッチンにある
食器棚の上に置きました。目のことを夫に話したんですが、
夫は「へえ、ほんとだ。最初から片目で作られてるなんて珍しいね。
 何か向こうのおとぎ話かなんかに、そういうのがあるんじゃないの」
この程度の反応でした。さきほど話したように、私は専業主婦をしてましたから、 
グレートヒェンはいつでも見える位置にあったんですが、
母にはすまないと思いながら、なかなかそっちを見ることが
できませんでした。やっぱり、怖かったんです。

それから、特に何事もなく、結婚生活は幸せに過ぎていきました。
2年後に男の子が生まれ、あれよあれよという間に、幼稚園に入る年になりました。
その頃には、アパートから広いマンションに移ってましたが、
グレートヒェンは居間のクローゼットの上に置かれていました。
ママ友ができ、お互いの子どもの誕生日には、家を訪問し合ったり
もしたんです。そのあるとき、私の部屋を訪れたママ友の一人が、
グレートヒェンを目にとめ、前に行ってしげしげと眺めながら、
こんなことを言ったんです。
「変に思わないでね。このお人形、不思議な力を持ってる。
 たぶん、遠い遠い場所で、最初に作られたときに込められた力」
そのとき私は、「それって、いい力?、それとも悪い力?」

こう聞いてみたんです。ママ友は小首をかしげてましたが、
「うーん、わからない。この人形をどう見るかによって違ってくるかもしれない。
 それと、たぶんだけど、その力は1回使われてる」
「どういうこと?」 「ごめんなさい、それ以上はわからないの」
こんなやりとりがあったんです。また1年後、息子は幼稚園の年長組になり、
私は2人目の子を妊娠して3ヶ月目でした。
もう少ししたら買い物に出ようか、そう思いながら、ぼんやりと午後のテレビを
見ていたんです。リモコンを手にとったとき、ふっと気配を感じました。
うまく言えません・・・ただ、何かが起こっていて、
どうしてもそちらを見ずにはいられない気配としか・・・
私は首を回してグレートヒェンのいる場所を見ました。

そうしたら、髪をかきあげた形の人形の両手が動いてたんです。
何か、私にはわからない西洋のサインのようなものを両手でつくって、
またほどいてをくり返してて・・・ どうしてあんなことをしてしまったのか、
わかりません。反射的にというか、やっぱり怖かったのか。だって、陶器の
人形の手が動くなんて、ありえないじゃないですか。私は、持っていたテレビの
リモコンをグレートヒェンに向かって投げつけていました。
リモコンはサインを作っている右腕にあたり、チンという乾いた音を立てて、
腕は折れて下に落ちました。「あ、あ・・・」
そのとき、携帯に着信があったんです。出ると、幼稚園の先生からで、
息子が遊具で遊んでいて大きなケガをした。
これから病院に搬送するということだったんです。

名前の出た病院にタクシーで行きました。病院では、泣き暴れる息子を、
医師たちが懸命に押さえつけていました。
右の腕がありえない角度に折れ曲がっていました。回旋塔という遊具の
中心部分に息子の手がはさみ込まれ、そのまま何度も
回ってしまったということでした。やがて夫が駆けつけてきました。
医師の話では、息子の手はヒジを中心に粉砕骨折しており、
切断するしかないということだったんです・・・
2ヶ月入院し、息子の右腕はなくなってしまいました。
痛みがなくなったので、本人はわりと平気そうにしてましたが、
息子に一生の障害を残してしまった私たち夫婦の悲しみは大きかったです。

最後に、グレートヒェンのことですが、私が家に戻って見ると、
折れて下に落ちていたはずの片腕が、元に戻っていたんです。
そのかわりにというか、片目だけだったのが、もう一方の目もつぶれてました。
私は、グレートヒェンを持ち上げて床に叩きつけようかと思ったんですが、
母の「信じなさい。そうすれば、必ず災厄を引き受けてくれる」
この言葉を思い出し、それは思いとどまったんです。
そのかわりに、前にグレートヒェンが入れられていたのと同じような、
頑丈な木箱を用意し、鎖でぐるぐる巻きにして、
押入れの天袋から、屋根裏の奥に片づけたんです。
ええ、今でもそこにいるはずです。この後、どうなるのかわかりません。
・・・これで終わります。





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コメント
 やはり人形怪談といえば呪いや形代ですよね。信じれば災厄を引き受けてくれるプラス効果。では信じなかったら・・・やはりゼロではなく、反転してマイナスなのでしょうか。多くのお約束を踏襲した、確かに(いい意味で)ホラー小説的な一編でした。
 ところで、調べてみると「グレートヒェン」は「グレーテちゃん」的な意味合いらしいですね。かの「ヘンゼルとグレーテル」も、同じような呼びかけのニュアンスを含むんだとか。勉強になりました。
| 2018.06.17 23:59 | 編集
コメントありがとうございます
この話は、有名な怪奇短編の「猿の手」を少しだけ意識して書きました
bigbossman | 2018.06.18 00:31 | 編集
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