歯の話

2018.06.15 (Fri)
出版社に勤める30代の独身女性、Sさんの話。
2週間ほど前、最寄りの駅から、自転車で賃貸マンションへ帰ったときの
ことです。自転車置場に自転車を入れ、鍵をかけて玄関に向かおうとしたとき、
マンションの壁に近い植え込みの前に黒いものが落ちてきて、
ズドーンというすごい音がしたんです。私は驚いて数歩後ろに下がったんですが、
見ると、アスファルトの上に、うつ伏せに倒れた人の頭があって、
私のほうに何か小さいものが転がってきたんです。
それは、私の前でぴんと跳ね上がって足にあたりました。
人の・・・歯に見えました。歯茎ごと2本つながった歯。「いやーっ」思わず悲鳴を上げて、
蹴っちゃったんです。何でそんなことをしたのか自分でもわかりませんけど、
歯は飛んで、近くの格子になった蓋の間から、側溝の中に落ちたんです。

ドーンという音、あるいは私の悲鳴が聞こえたからなのか、
マンションから守衛さんが出てきて、「こりゃ大変だ」とつぶやきました。
それから救急に電話をかけ、だんだんにマンションから人が出てきて、
倒れている人を遠巻きに囲みはじめました。「飛び降りだ」という声が聞こえてきました。
私は怖くなって、自分の部屋に戻ろうとしたんですが、守衛さんが近づいてきて、
「警察にも電話したから、あなた、事情を聞かれると思う。
 落ちるところ見てたんだからね」こんなふうに言われました。
それで、いったん部屋に戻って着替えてから、1階のロビーで待機してたんです。
そのうちに救急と警察のサイレンが聞こえてきて、
1時間後くらいに警察の人が来て事情聴取されたんです。
見たことをそのまま話しました。ただ・・・

気が動転していたせいか、あの歯のことは言わずじまいだったんです。
聴取はすぐに終わって、その日は少しお酒を飲んですぐに寝たんですが、
しばらくの間、外は騒がしい様子でした。朝になって、
出勤のために自転車置場に向かいました。飛び降りの現場にはブルーシートがかかり、
回りがテープで囲まれていました。見張りなのか、若い警察官が前に一人立ってました。
そのとき、昨夜の記憶がよみがえってきて、おそるおそる、
あの歯を蹴り飛ばした側溝をのぞいてみたんです。そしたら、枯草やゴミに混じって、
底のところに白いものがちらっと見えたんです。すぐに、のぞいたことを後悔しました。
それで、立ってた警察官のそばに行って、歯のことを話しました。
警察官はしゃがんで側溝をのぞき込み、「どこですか?よくわからないんですが」
と言ったので、もう一度見ると、さっき確かに見たはずの白いものはなくなってたんです。

「すみません、見間違いかもしれません」そう答え、
警察官が側溝のフタを外そうとしているところを、自転車に乗って駅へ向かいました。
会社で仕事をして、午前中は何もなかったんですが、昼休みを過ぎたあたりから、
右下の奥歯が強烈に痛みはじめたんです。会社には医務室があるので、
行って痛み止めの薬をもらいましたが、まったく治まる気配はなく、
私が顔をしかめてるのを見た先輩が、「今日はいいから、医者に行ってこい」
こう言ってくださったので、ネットで探して会社の近くにある歯科医院に行きました。
予約ではないのでだいぶ待たせられましたが、その間にも歯はずきずき痛みました。
やっと診察の番になって、担当は若い女医さんでしたが、私が痛みを訴えてる箇所を診て、
「おかしいですね、虫歯じゃないし、歯周病とも思えませんね」
ということで、レントゲンを撮ったんです。

それから、女医さんが診察台の私に、かなり困惑した様子でレントゲン写真を見せ、
「これ、わかりますか。あなたの歯の下、歯茎の中に別に歯らしきものが
 あるように見えるんです、それも2本。
 ・・・親知らずなら、そういうこともないわけじゃないですけど、
 この箇所にあるのははじめてのケースです」確かに、そんなふうに見えました。
女医さんの話では、これは切開手術するしかないだろうけど、
ここではできないから、大きな大学病院に紹介状を書くということでした。
私が痛みを訴えると、強い痛み止めを処方されました。それを飲んで、
しばらく待合室にいると、だんだんに痛みが治まってきたんです。
それで、会社に戻って仕事の残りを片づけ、その日は早めに帰宅したんです。
マンションに戻ると、朝にあったブルーシートはなくなって、テープだけが残ってました。

夜は、歯が痛みだすことはなかったです。
それから、飛び降りのことですけど、マンションの住人の噂では、
亡くなったのはこのマンションには住んでいない女性で、11階の部屋を尋ねてきて、
ベランダから飛び降りたということでした。
その部屋に住んでるのは、30代の男性のカメラマンで、警察では、
事件、事故、自殺とも決めかねて、捜査を継続してるという話だったんです。
でも、ベランダの手すりはかなり高いので、事故だけはないだろうと思いました。
それから2日後です。会社は朝から年休をとって、紹介された大学病院に行きました。
そこには、あの歯科医院で撮ったレントゲンが送られてきていて、
大学病院の歯科医師はそれを見ながら、「これねえ、ありえないことですよ」そう言って、
もう一度そこで、歯科用のCTを撮ることになったんです。

それで、すぐに結果は出たんですが、歯茎の中には何もなかったんです。
大学病院の医師は、「あのレントゲン写真はミステリーですよ。ありえないですけど、
 何かの具合で撮影ミスが起きたとしか考えられません。まだ、痛いですか?」
こう聞いてきたんですが、あの夜から痛むことはなかったんです。
ひとまずほっとしました。歯茎の切開手術なんて、考えただけでも嫌ですから。
診察が終わって、まだ3時過ぎだったので、会社に出ることも考えましたが、
せっかく1日年休をとったんだからと思って、マンションに戻ることにしました。
それで、マンションのホールでエレベーターを待っていると、
横に、大柄な男性が並びました。長髪で髭も生やした人でした。
いっしょにエレベーターに乗り、私は自分の部屋の8階のボタンを押し、
その人は11階を押しました。そのとき、ふっと、もしかしてこの人、

飛び降りがあった部屋の住人のカメラマンじゃないかって思ったんです。
今、警察の任意捜査から帰ってきたところなのかもしれないって。
そう考えると、同じエレベーターの中にいるのが怖くなりました。
それで、エレベーターの横の壁に寄ったんですが、その人は目をつぶって
ただ立ってるだけでした。そのとき、口の中に違和感を感じたんです。
強い痛みと、歯が浮くような感じ。思わず手で口を押さえたんですが、
その指の間から何かがこぼれて下に落ちました。歯です・・・歯茎がこびりついた、
あの自殺があった夜に見たのとそっくりの2本の歯。「あっ!」
歯は男性のほうに転がっていって、足もとのあたりで消えたんです。
私が声を出したので、男性は目を開けて、ジロリと私を見ました。
そのときちょうど8階に着いたので、

よろめくようにしてエレベータを出て、自分の部屋に戻ったんです。
部屋に入ってすぐ、浴室の鏡で口の中を見ました。
私の歯はすべてそろっていて、痛みも消えていました。
ただ、口の中でドブの臭いがするようで気持ち悪く、何度も何度もうがいをしたんです。
それから夜の9時近くになって、外でサイレンの音が聞こえてきました。
私の部屋のチャイムが鳴って、インターホンに出ると、
隣の部屋の同年代の女性でした。アパレル関係の仕事で、けっこう親しくしてたんです。
ドアを開けると、「ねえねえ、また飛び降りがあったんだって。
 落ちたのは同じ場所みたい。見に行かない?」こう聞いてきたので、
「行かない、絶対に行かない!!」大声を上げてしまいました。
ええ、もうおわかりだろうと思いますが、飛び降りたのはエレベーターの男性。

やはりあの人が、最初の飛び降りがあった部屋の住人のカメラマンだったんです。
私にかかわりのあることはこれだけです。
カメラマンの場合は、その人一人しか部屋にいなかったので、
自殺ということで決着しました。その前の女性の後を追ったんだろうってことで。
女性のほうは、まだ決着がついてないみたいです。
でも、私に起きた一連のことを考えれば、想像はつきますよね。
あのカメラマンが、おそらく女性をベランダから落としたんですよ。
それで、あの歯です。うまく言えないんですけど、
私が恨みの仲介役みたいなものに、たまたまなってしまったのかもしれません。
もちろん、このことは警察には話してません。言ったって信じてもらえるような
ことじゃないですから・・・これで終わります。 






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