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海辺の町の話

2018.06.25 (Mon)
これから、俺が生まれ育った町の話をするよ。そこの場所は聞かないでくれ。
もうないんだ。あらいざらい全部、津波にのまれてしまったからな。
まず地形を説明すると、湾になってたんだよ。U字型のけっこうきつい海岸線の。
そういうとこは漁師町で、漁業で生計を立ててたと思うだろうが、
それがそうじゃねえ。町で、漁師をやってたのは数十世帯ほどで、
それもみな他の漁港に出稼ぎに行ってた。
だから、俺らの町の湾には、船は一隻もなかったんだよ。
じゃあ観光業だと思うかもしれないが、それも違う。
近隣の他の町では、夏場は浜を海水浴場にして、海の家なんかもやってたんだが、
湾の中は1年を通して遊泳禁止。それどころか、町の住人が浜に出るのも
よくは思われてなかった。はっきりと禁止されたわけじゃないけどな。

そんなだから、海の水自体はすごくきれいで、かなりの遠くまで底が
見渡せるくらいだった。ただ・・・やはり人が出ないせいで、
砂浜にはいろんな漂着物が山と積み重なってたな。
で、町の住人がどうやって暮らしてたかっていうと、ほとんどが勤め人だ。
隣の市にある缶詰工場で働いてる人が多かった。あと、年寄り連中は、
海とは反対側のゆるい山の斜面に小さな畑を作ったりしてたな。
でな、家のことだが、海沿いだから瓦屋根の家が多かった。
これはトタンだと錆びるからなんだが、どこの家も、絶対に玄関を海側にしない。
海に背を向けるようにして建ってて、しかもご丁寧に、
海側には窓を作らないんだよ。文字通り、海に背を向けるってわけだ。
どうしてそんなことになってたかって?

それは、聞いたことはないなあ。子どもの頃はそういうもんだと思ってた。
海は嫌なもの、よくないものだってな・・・
でな、有線放送って知ってるか? 町役場に放送室があって、
町に何かがあるつど、そこで放送した内容が、
あちこちに設置されたスピーカーから流れる。選挙の知らせとか。
それで、そうだなあ年に1回か2回、変な内容があるんだよ。
「海が荒れています。町民のみなさんは建物の中に避難してください」って。
これ、海なんか荒れてないんだよ。むしろ風も吹かない穏やかな日のほうが多かった。
それで、この放送が入ると、時間にかかわらず、家の中にいるものは
戸口の鍵をかけ、窓には雨戸を下ろして、ただじっとしてたんだ。
ああ、うちの婆さんなんかは、仏壇に向かって何やら拝んだりもしてたな。

じゃあ、放送が入ったときに外出してたやつはどうするのかっていうと、
近くの家に入れてもらうんだよ。これは知り合いでなくてもかまわない。
そうするしきたりだったんだ。あと、湾にそって町営の公民館が3つあるんだが、
そのうちの近いところに逃げ込むとか。それと、最悪の場合、
道端に車を停めて、その中でじっとしてるとかだな。
なんでそんなことをしたのかって? それは・・・海から来るものを怖れたからだよ。
俺は見てしまったことがあるんだ。小学校5年のときだったと思う。
その日は学校が早く終わって、仲間数人と堤防近くで遊んでたんだ。
ああ、浜との境にある高い堤防だよ。そこで石蹴りみたいなことをしてた。
そしたら急に、ウーンとサイレンが鳴り出して、あの放送が入ったんだよ。
「海が荒れています。町民のみなさんは急いで建物の中に避難してください」

仲間はそれを聞いてパラパラと走って逃げた。家が近いやつは自分の家へ。
遠いやつは近くの商店とか。でもな、俺は当時から、けっこうひねくれた、
きかん気の子どもだったから、海が荒れるって、何が起きるか見てやろうって
考えたのよ。だから、その場を逃げずに、むしろ浜のほうに出ていって、
流れ着いた木造のボートの中に入って隠れてたんだよ。
そしたらだ、太陽が雲に隠れてふーっと薄暗くなって、いつのまにか、
沖に船が浮かんでた。見たこともない形で、けっこうでかかった。
すべて木造の、一枚帆がついた江戸時代にあったような船だな。
それが浜のすぐ近くまできてる。といっても、船の底が砂についてしまうから、
数十Mは離れてたが。息をのんで見ていると、船から梯子が下りて、
10人くらいの人夫が下りてきた。みな半纏みたいなのを着て、髷をゆってた。

人が降りると、船の上から俵がいくつも投げ落とされ、人夫は2人で一つ
俵を担いだんたよ。それから最後に、船から白い着物を着た女の人が下りてきて、
その人も時代劇のような髪型でな。海に入るんだから着物は濡れてしまうが、
それもかまわず、何か声を上げ、竹棒のようなもので人夫に指図をしてた。
俵はかなり重そうで、人夫らはよろめきながら海の中を歩いてきて、
浜にそれを並べたんだ。女は最後に浜に上がって、陸上をぐるっと睨めまわし、
高らかにこう言ったんだ。「見ている者がいます。約束を違えましたね。
 これで荷は終わりにします。それから・・・今見ている者は後で必ず
 とりますから」景色がぐにゃっとゆがんで、女も人夫も船も消えた。
ただ、俵だけが浜に残ってたんだよ。俺は怖くなって逃げた。
堤防を越え、家に向かて走ったんだが、そこからのことはよく覚えてない。

道のどこかで倒れてしまったんだ。気がついたら家にいて、
布団に寝かされていた。回りには父母、婆さん、親戚、医者・・・
それと当時はわからなかったが、町長や町の神社の神主もいたんだよ。
で、これもあとになってわかったことだが、俺は意識不明の状態で、
12日間も高熱にうかされてたんだな。気がついたときは、
やっと熱が下がったばかりだったが、その俺に向かって、町長が、
きつい口調でこう聞いてきたんだ。「船を見たのか?」って。
俺はうなずいた。そしたら、大人たちは口々に声を上げて何か相談を始め、
俺はまた意識を失って・・・立って歩けるようになったのは1ヶ月後くらいだ。
体重もすごく減ってた。でな、俺の家は一家で引っ越すことになって、
それについて何の説明もなかったが、俺があの船を見たせいだってことはわかった。

いや、すごく怒られたってことはなかったよ。引っ越した先は、県庁のある
大きな市で、親父は、それまでの仕事をやめて、
町の出張所みたいなところに勤めるようになった。町にいたころより暮らしはよくなったし、
俺は転校して、新しい友だちもできた。でな、2つのことをきつく言い渡されたんだよ。
一つは、絶対にあの町には戻らないこと。もう一つは、水に入ってはならないこと。
これはプールであってもダメだ。だから、学校の体育で水泳があるときには、
親が先生に話して、皮膚病があるから水泳はダメってことになってたんだ。
で、それからは特別なこともなく、俺は工業高校に入って就職も決まった。
その2年後、成人式があって、俺らの県は田舎だから夏の盆の時期にやるんだよ。
同窓会の後、仲間の家で酒を飲んでたら、一人が、暑いから高校のプールに行かないか
って言い出してな。夜中だし、侵入して少し泳いでもわからないだろうって。

俺もついていった。高校のプールは、水泳部が練習してるらしく水がはってあり、
防犯灯がついてて、うっすら明るかった。もちろん鍵がかかってるんだが、
酒が入って気が大きくなってるやつらは、みな柵を乗り越えて、
次々に飛び込んだ。で、俺は・・・それまでは言いつけを守って水にはいったことは
なかったんだが、もういいだろうって気になったのよ。
その頃には、小学生のときの体験なんて夢のようにも感じてたしな。
で、おそるおそる足を水に入れた。水は生温かった。なんだ何も起きないじゃないか。
そう思って、プールの中央まで来たとき、ぼこっと沈んだ。
いつのまにか、頭を下にしてどこまでも深く落ちていってる。底に船が見えた。
うすぼんやり白く光ってるのは、小学生のときに見たあの和船。
甲板に着物の女が立って顔を上げていた。髪の毛が水にゆらゆら揺れて・・・

そこでまた記憶が途切れた。小学生のときと同じだな。
気がついたら、プールサイドに寝かされて、何度も水を吐いたみたいだった。
「お前なあ、死ぬんじゃないかってあせったぜ」仲間の一人が言った。
うつ伏せになって浮いてた俺を、みなで助けあげてくれたんだな。
このことは、もちろん親には言わなかった。これで、話はほとんど終わり。
その後、いっさい水に近づくことはなく、俺は結婚して子供ができた。
あの海辺の町は、震災の津波であらい流されて、残った住民のほとんどは別の
場所に引っ越したみたいだ。もう二度と近づくつもりはないが、ただ・・・
何十年後か、年をとって死が近づいたら、最後にあの湾の浜に立ってみたいとも
思うんだよな。それで何が起きるかわからない。
まあ、何も起きないのかもしれないが、それでもなあ。







 
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