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「7人みさき」の謎

2018.07.24 (Tue)
jjk (5)

今回は超ひさびさに妖怪談義です。ただこれ、わからないんですよねえ。
いろんな要素がからまっていて、とてもすんなりと結論の出る話ではない。
そのことをご承知の上でお読みください。
さて、では、最初に「7人みさき」とは何か?

日本各地の伝承を合わせると、「7人の集団で行動する怨霊。これに遭遇すると
熱病などで命を取られる場合が多い。犠牲者は7人みさきの一人となり、
そのかわりに元のみさきから1人抜ける(成仏する?)」
こんな感じなんですよね。また、「7人みさき」は、
海や川などの水辺に現れることが多いとされます。

うーん、まず、自分の家にある小学館版「日本国語大辞典」を見ると、
「みさき」は「御先」と書き、3つの意味があります。① 貴人などの先頭に立って
先払いすること ② 神が使者として遣わす動物、特に烏、狐、猿などを言う。
③ 変死した者の霊魂、怨霊。人にとり憑いて引き込んだりするという。

妖怪としての「みさき」は、基本的に③の意味なんだと思いますが、
①②のことも関係してるんじゃないかと自分は考えています。
で、「みさき」伝承としてよく出てくるのが、土佐国(高知県)の戦国武将、
吉良親実(ちかざね)に関するものなんですね。

吉良親実は実在の人物で、伯父が長宗我部元親。この本家の後継者争いに関して
元親に異を唱えたため、切腹させられています。このとき親実の家臣7人も
殉死し、それ以後さまざまな怪異が起き、親実らの怨霊が「7人みさき」として
怖れられたと『老圃奇談』 『神威怪異奇談』などの古書に書かれています。

長宗我部元親
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ただ、これが「7人みさき」の最初の話かというと、自分はそうは思いません。
上であげた③の意味はこれ以前からあり、そこに吉良親実の事件が起きて、
「みさき」の実例の一つとして知れ渡ったんだろうと考えます。
注意してほしいのは、怨霊は吉良親実本人と重臣7人の計8人であることです。

おそらくここには、①②の意味が関係してくるんじゃないかと思います。
吉良親実が怨霊の本体であり、重臣7人の霊はその先触れ、
使い魔のようなものなんじゃないかと考えるんですね。
ちなみに、長宗我部元親は、この話を耳にして供養を行ったが効果はなく、
今に残る吉良神社を建てて、親実を祀ったことになっています。

吉良神社
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で、「みさき」が1人をとり殺すと入れ替わるというのは、
主人である大怨霊、吉良親実はそのままに、家臣が代がわりして
新しく雇われるようなものなのかもしれません。
苦しい説明ですが、これくらいしか言いようがないんですね。もしかしたら、
仏教のほうで、何かこの元になる説話があるのかもしれません。

次に、「みさき」が海や川に関係しているという話ですが、
これは「岬」という語との混同があったためだと考えます。
「岬」も、元々の漢字は「御碕、御先」で、海の先に突き出した陸地の意。
『日本書紀』の神代の部に出てくる古い言葉です。ここから、
水に関する怨霊が「みさき」とされるようになったんじゃないでしょうか。

さて、「みさき」が現代に起きた事件として「渋谷7人みさき」というのがあります。
これは、援助交際をして妊娠中絶をしていた女子高生らが、
水子の怨霊につぎつぎと7人とり殺されたという話ですが、
都市伝説であり、実体はありません。

八丈島火葬場
jjk (4)

ただ、実際に起きた怖い話もあって「八丈島火葬場人骨事件」と呼ばれるものです。
1994年8月11日、八丈島八丈町で、町の火葬場職員が炉を開けたところ、
炉内にぎっしり詰め込まれた人骨を発見しました。八丈島警察の調べにより、
この人骨は子供の骨も混じった約7体分と判明します。

この火葬炉が最後に使用されたのは、発見5日前の8月6日。
そして人骨が発見されたのが11日で、4日間のあいだに何者かによって
無断で使用されたということです。また、警察によって、これらの遺骨は、
死後10~40年を経過した古いものであることが判明しています。

jjk (3)

八丈島には、「改葬」という風習があり、
これは、いったん土葬した遺体を後に掘り出して火葬することですが、
島民が、無断で火葬場の炉を使用することは考えにくく、また、
島内の墓地をすべて調べても、新しく掘り出された痕跡はなかったんですね。

これらのことから、事件について、島に古くから伝わる「7人坊主」の伝承
との関連を言う人もいました。「7人坊主」とは、
その昔、八丈島の海岸に流れ着いた僧侶七人が、
島民に迫害されて死んでいったことが元になり、
その後、夜になると僧たち7人のの霊が島内を歩き回り、農作物が不作になり、

家畜は次々に死に、そこで村人たちは祟りを鎮めるため、
東山の頂上に七人坊主の塚を建てたというものです。
ただし、これが史実かどうかはわかりません。この事件に関しては、
さまざまな説が出され、島内にある新興宗教施設の関係者が
疑われたりもしましたが、結局、未解決のまま現在に至っています。

さてさて、長くなってきたのでいったん終わります。上記の事件に興味を
持たれた方は、「オカルト・クロニクル」さんが詳しくまとめられた
次のリンクを参照してください。「八丈島火葬場七体人骨事件」
あと、現代の「七人みさき」には、「熊取町7人連続怪死事件」というのも
あるんですが、これについてはまた書く機会があるかもしれません。
舌足らずな内容になってしまいましたが、今回はこのへんで。

jjk (2)




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コメント
 七人ミサキはその特異な形態からか、フィクションでは強力な呪いに縛られた手強い妖怪として描写されることが多い気がします。何期目かの鬼太郎もやられかかっていたはず・・・
 あと本筋と無関係で恐縮ですが、私もオカクロさんは愛読しています。軽佻浮薄な態度に見せかけて、豊かな教養と真摯な研究態度を感じる記事ばかりだと思います。
| 2018.08.07 20:36 | 編集
コメントありがとうございます
自分は「七人みさき」について「南無妙法蓮華経」の七字の題目と
おそらく関係があると考え、今、調査してるとこなんですが
なかなかこれはというのが出てきません
bigbossman | 2018.08.07 22:04 | 編集
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