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インドの魔術

2013.11.09 (Sat)
別に怖い話ではないんだけど、奇妙な話なんで書いてみます。

自分はフリーのライターをしていて、
得意分野は歴史、旅、温泉、神社仏閣、アメカジ、ホラー映画、
洋楽など多岐にわたります。
地方から上京してきて業界誌の編集を経てフリーになりました。
人脈もあまりなく、また昨今の出版不況もあいまって、
食っていけるようになるまで大変な苦労をしました。
いや今でも、原稿書き以外のカルチャー・スクールの講師や
イベントの司会なども合わせて、やっと生活が成り立っているようなありさまです。

自己紹介はこれくらいにして、
先日とある若手実業家の立食パーティにお招きをうけて行ってきました。
その人は30代に入ったばかり、自分より五つくらい年下ですが、
なかなかのやり手という評判で、
最も力を入れている事業が今や経済発展著しいインドとの貿易だそうです。
なんでも新しくファッションと文化をからめた雑誌を出すらしく、
廃刊雑誌の話題ばかりの出版業界で何をやっても芽はないと思うのですが、
これは赤字上等の税金対策じゃないかという噂もありました。

パーティはホテルのワンフロアで行われ、
若干の会費はありましたが料理や酒は豪勢なもので、
持ち出しが多かっただろうことは想像できます。
まあその実業家にしてみれば顔つなぎのつもりで、
要はそれだけ他で儲けてるってことなんでしょう。
自分は開始時刻より少し遅れて会場に入りました。ラフな服装の人が多い中で
主役の実業家だけは長身に黒のタキシードを着こなし、
声も張りがあって一目でそれとわかりました。

こういうホテルでタキシードを着て、
けしてボーイに見えないというのは若くても貫禄のある証拠なのですが、
なぜか両の手を行儀悪くタキシードの下のズボンに突っ込んでいます?!
実業家が談笑の中心にいて、グラスを持った人たちが周りを取り囲んでいます。
中には知った顔もちらほらと見えます。
自分もブランデーのグラスをもらってそちらに近づいていくと、
どうやらインドについての話をしているらしく、拝聴することにしました。

「・・・で、このインドのロープ魔術の実在には英女王からの
 賞金も出されたんだけど、ついに実態はつかめなかった。
 また、近代に入っても同じ条件で実演できた奇術師はだれもいない」
ははあ、と思いました。インドの伝説のロープ魔術の話のようです。
広場で老魔術師が笛を吹くと、
トグロを巻いていた麻のロープがひとりでにスルスルと宙に昇っていき、
ある長さまでに達すると魔術師の弟子の少年が
ロープをよじ登って姿が見えなくなります。

老魔術師が口に短剣をくわえて少年を追いかけていき、
上空で悲鳴があがると同時に少年の手足胴体が
バラバラになって地面に落ちてきます。
ロープをつたって降りてきた魔術師が、
少年の体の部品を拾い集めて箱に入れ気合一閃。
すると箱からは五体満足の少年が無事に出てくるという一幕で、
イギリスのインド統治時代の本で有名になりました。

この魔術はいろいろとタネが推察されていて、
行われるのは薄暮の時間帯に限られること、また高い木のある
場所でしか行われないことなどからある程度の想像はできます。
また落ちてくる少年の手足は作り物で、
双子のトリックも合わせて用いられていると指摘するむきもあります。
・・・講釈はこれくらいにして話の続きを聞きましょう。

「・・・で、何とか魔術の実態を知りたいと思っていろいろ調べた、
 インドに足を運ぶたびにね」聴衆の一人が、
自分が上に書いたような解釈を口にしました。
「いや、いや、いや、この世に不思議は本当にあるんだよ。
 ずいぶん金もかかったけどついに見つけた。もちろんほんものの魔術だよ。
 それどころか、実際に自分で魔術を体験させてもらったんだ。
 いやいや、僕に魔力はないから弟子の少年のほう、
 魔術師にバラバラにされる役回りさ」

実業家が反応を確かめるように周りを見回すと、
みな流暢な話しぶりにすっかり引き込まれています。
「いや痛かった。切れ味鋭い剣だけどやっぱり痛い。血もだいぶ出たさ。
それでね、一つ困ったことが起きたんだ。
どうやら魔術師が体をくっつけるときに間違えたみたいなんだよ。
僕の腕をね、右と左を取り違えたみたいなんだ、ほら」
そう言って実業家は芝居気たっぷりに両の手を、掌を上に向けてズボンから出します。
すると普通は外に向かってついているはずの親指が、
両方とも内側を向いているのです。うっ、と息を呑む音がして、
聴衆は静まりかえります。しばらくの間。

「・・・なあんてね。いや冗談ですよ。この世に不思議はありません。
 ただし術はあります。私もインドは長いので、
 先生についてヨーガを習ってたんですよ。
 それで体の関節を自在にできるようになったんです」
そう言うと実業家はちょっと顔をしかめ、
ゴキゴキと音を立てて腕を元に戻してみせたのでした。

*これも前に書いたものです。
インドのロープ魔術については古くから調べてる人がたくさんいて本も出てるんですが、
あるところで壁にあたってしまうんですね。


『Great indian rope trick』


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