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禁食の話

2018.09.18 (Tue)
最初にお断りしておきますけど、これ、証拠と言えるものが
ほとんどないんです。ですから、全部が、私の頭の中で作り上げられた
内容なのかもしれません。それでよければ、話を始めていきたいと思います。
もうずっと前のことになります。私が大学の3年生だったときです。
夏が終わり、9月の半ばに入って、だんだんに肌寒くなってきた頃ですね。
夜の7時過ぎ、私は自転車でバイト先のカラオケ店に向かってました。
当時、週4で、8時から12時までそこで働いてたんです。
その時間、人通りが多く、私は車道の端をゆるゆる走ってたんですが・・・
道の反対側で、ガツン、ガツンという音がして、
そっちを見ると、黒いヘルメットをかぶった人が、
自分の頭を何回も銀行の壁にぶつけてたんです。ガツン、ガツン、ガツン。

「あいつ、何やってるんだ?」って思いました。その人に見覚えあったっていうか、
当時つきあってた彼です。いつもバイクに乗ってて、
私は何度も後ろに乗ったことがありました。その彼のヘルメットだし、
全体のシルエットも間違いなく彼だと思ったんです。
それで、そっちに行こうと、車通りがきれたすきを見て、
自転車で通りを渡りました。「ねえ、何やってるの」
ヘルメットごしに聞こえるよう、かなりの大声で叫びました。
そしたら、私が来るのがわかったはずなのに、彼は、
こっちに顔を向けないまま、ビルの横の路地に走り込んでいってしまって。
「変なの? 何やってるんだ?!」ちょっとカチンときました。
そのせまい路地をのぞき込むと、ガランとして人は誰もいなかったんです。

「???」バイトの時間があるので、それより先には行かず、
さっきヘルメットを打ちつけてた銀行の塀のところに戻ると、
ちょうど人の頭の高さあたりの部分に、はり紙があったんです。
そうですね、A4より少し大きいくらいで、
全体が黄色で、黒い枠で囲まれた中に、やはり黒のゴシック体で「禁食」
と書かれてたんです。ええ、銀行でそんなはり紙をするとは思えないし、
彼がわざわざそこに貼ったのか?でも、そんなことをする意味もわからないし、
なんで逃げて行ったのかも。いつも、会えばすぐに肩を抱いたりするのに。
わけがわからないまま、頭の中を?でいっぱいにして、
仕事場のカラオケ店に着きました。いつものように制服に着替え、
働き始めました。私の役割は、注文された飲食物をカラオケの個室に

運んだり、お客さんが出た後の片づけをしたりで、
何も難しいことはないものでした。で、2時間くらいして、
同僚の子と2人で、部屋のかたずけに入ったんです。私がグラス類をトレイに
乗せてると、同僚の子が食べ物の皿を重ねてましたが、
急に「ほら、これ」って言ったんです。
「え、何?」そっちを向くと、フォークをお客さんが食べ残した
盛り合わせのウインナーの一つに突き刺し、私のほうに差し出してて。
ええ、私より年下の真面目な子で、そんなことをするなんて、
ふだんは考えられなかったんです。で・・・そのマスタードがついた
太いウインナーを見たとき、一瞬「食べたい」って思っちゃったんです。
でも、それまでそんなことしたことはないし、

「何言ってるのよ」って、肩で押し返しました。するとその子は、
怒ったように眉の間にたてじわが寄って、すごい怖い顔になったんですが、
「あ、そう。じゃあ」って言って、自分でそのかなり大きいウインナーを
一口で食べちゃったんです。「!?」さっきも言ったように、
そんな行儀の悪い子じゃなかったので、頭の中が違和感でいっぱいになりました。
・・・その場はそれで済んで、その後は何もなく、時間まで働きました。
で、閉店の時間になり、着替えをして「お疲れ様でした、お先します」
って店を出ようとしたとき、マネージャーに「あ、ちょっと」
って呼び止められたんです。「はい」マネージャーは、私より2・3歳若いくらいの
男性で、何度かプライベートで飲みに行こうとか誘われたことがありましたが、
そのたびに、あれこれ理由をつけて断ってたんですよ。

だから、そのときも、そういう話なのかとちょっと構えたんですけど、
マネージャーは紙箱を出して、「これね、○○のピザ、みんなの分注文したんで、
 食べていかない」こんなことを言いました。
それで、さっきの違和感がまた出てきて・・・そんなこと、初めてでしたから。
だから「いえ、今、ちょっと胃の具合が悪くて、申しわけありません。
 ありがとうございます」こんなことを言ったと思います。
そしたら、さっきの子と同じように、マネージャーの額に縦じわが寄り、
目が吊り上がってすごく怖い顔になって私を睨んでたんですが、
ふっと元の顔にもどり、「そうか、じゃあこれ、持って帰るといい」
そう言って、ピザの箱を押しつけてよこしたんです。
・・・その箱を持っていって自転車のかごに入れたんですが、

すごくお腹が空いてました。やっぱりちょっと食べちゃおうか。
そのとき、さっきビルの塀にあった「禁食」というはり紙が頭に浮かんできて・・・
それで、ピザは箱ごと植え込みの中に捨てたんです。
自転車で走りながら、それまでにあったことを思い返しました。
「おかしい、今日はおかしい、何もかも変だ」って。
で、アパートの自分の部屋に近づいてきたんです。
すると、防犯灯の下にヘルメットの人が立ってました。彼です。
私の部屋に来て、鍵がかかってて入れないので、
待ってたんだと思ったんですが、さっきのこともあったし、
今日バイトがあるのは彼も知ってたはずです。「ちょっとさっきから何なの?」
彼に向かって、思わず大きな声を出してしまいました。

すると彼は、ヘルメットの頭を大きくブンブンと振り、
おかしな踊るようなポーズをすると、後ろを向いて走り去っていったんです。
「あ、何、待ってよ」それにしても、いつも乗ってるバイクがないのも不思議でした。
「わけわかんない」そうつぶやいて、アパートの階段に近づいていくと、
やっぱりはり紙があって、はい、前と同じ「禁食」の。
頭にきてその紙をはがそうとしてみたんですが、何というか、
壁と一体化してるみたいで、はがしようがなかったんです。
部屋に入ると、1時近くになってました。彼の携帯にメールをしたんですが、
返信はなし。風呂に入り、そしたら お腹が空いてたまらなかったので、
冷蔵庫を開けました。自炊してるので、食材はいろいろ買ってました。
何かつくろう。お湯をわかしてパスタを茹で、鶏肉をトマトピューレで炒めて・・・

そのときに、またさっきの「禁食」のはりが紙が頭に浮かんできました。
「ああ、やっぱ食べちゃダメよね」それで、ナベをかけたコンロの火をとめました。
そのとき、ドーンというすごい音がして、四方の部屋の壁が崩れたんです。
「食べろよお、何か食べろよお。ここのものを食えよう」
誰ともわからない大きな声が聞こえ、それとともに壁と天井が崩れて、
私の上に降りかかってきたんです。そこで目が覚めました。
白い光が目の中ににじんで、私は起き上がろうとしたんですが、
体が動きませんでした。「あ、気がついた。動かないで」
女の人の声がしました。そこは病院の集中治療室で、声を出したのは
看護師の人だったんです。何がなんだかわかりませんでしたが、
頭の中がひっくり返るように痛かったんです。

すぐに注射が打たれ、私の意識は再び消えました。
次に目を覚ましたとき、ベッドの回りに実家にいるはずの両親や、
高校生の妹が立ってました。私の記憶は途切れ途切れで、
なぜ病院にいるのかわかりませんでした。頭は動かすことができず、
それ以外にも体のあちこちにケガをしているようでした。
私が質問すると、「それより、今は生きることを考えなさい」
そう、医師の一人が言いました。1ヶ月以上、ずっと寝たきりで家族に介護され、
そのときの話で、開頭手術を受けたんだってことがわかりました。
やっとベッドに起き上がれるようになり、医師の立ち会いのもと、
警察の事情聴取を受けました。私は彼のバイクの後ろに乗っていて、
銀行の壁に衝突し、彼が即死していたのがわかったのはそのときだったんです。





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コメント
 随分前にヨモツヘグイで何か書くと聞いた気がしますが、形になったのが今回のお話でしょうか。うっかり食べてしまいそうな舞台を整えてあったものの邪魔が入って間一髪という、分かりやすい構成でした。忌中札めいた警告の不気味さと、「食べ物を勧めてくる何か」が知人の姿を取っているあたりが恐怖ポイントですね。
 ところで、当時の語り手さんが一般的な大学生だった場合、マネージャーの年齢は違和感が・・・
| 2018.09.19 17:00 | 編集
コメントありがとうございます
そうですね、わりとありがちな話になってしまいました
あとマネージャーの年齢はちょっと書くときに勘違いしました
28歳くらいのつもりだったんですが
bigbossman | 2018.09.20 02:35 | 編集
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