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死人潜りの話

2018.09.28 (Fri)
※ 最初に投稿したものから、少し手直ししました。

えー、うちの実家に昔から伝わってる話をします。ジイさんから親父に、
で、僕がついこないだ親父から聞いたんです。代々そうやって伝わってるんです。
たぶん明治の始め頃だと思います。江戸時代から明治維新で時代が変わって、
まだいろいろな制度が整っていない時期に、地方の農村で起きたことです。
当時は廃仏毀釈と言って、神道を国家の柱とし、
仏教は外国から来たものとして排斥されたりしたんですが、
その地方では、檀家の結束も強く、あまり盛んではなかったようです。
うちの先祖は寺の小僧をやってたんですね。その頃は、
疫病などで両親が亡くなった子どもは、寺が引き取って育てたりしてたんです。
でね、その地方では独特の風習があって、村で亡くなった人が出ると、
葬式までの間、寺に運び込んで一室に寝かせておくんです。

それで、その傍らに親族が一人ずっとついてて、遺体を見守ってるんです。
これは、ちょっとでも目を離すと遺体が「死人潜り」に使われてしまうから。
死人潜りに使われた遺体は、もうどうやっても成仏できないんです。
あと、死人潜りがこないように、遺体の頭のほうには鏡を立て、
遺体の胸の上に小刀を乗せておくんです。これね、今でもやってるとこも
あるみたいですよ。え、死人潜りって何かって? それは、後のほうで話します。
あるとき、村の大百姓が死んだんです。小作人をたくさん使ってる大地主の。
60歳過ぎてたということで、当時なら寿命ですよね。
それで、遺体が寺に運び込まれてきて、そのわきには大百姓の次男がついた。
長男は葬式の準備で忙しかったんです。寺の住職が「朝まで仏様から目を
離してはいけません。線香の煙をたやさないように」こう次男に言いおいて、

自分は本堂で勤行してました。ときおり見に行ったけど、
その次男は生真面目に座ってたそうです。「これなら大丈夫だろう」
そう思って勤行を続けてると、夜半にドーンというすごい音が
その部屋のほうからして、住職が見に行くと、次男が驚いた顔であたりを
見回してて、住職の顔を見ると「ああ、申しわけありません。うたた寝してしまって」
こう言いました。住職が確かめると、線香の火は消え、遺体の胸に置かれてた
小刀がなくなってたんだそうです。「ああ、死人潜りか?」
住職はそう思いました。ただ、その頃には、死人潜りは村でも信じる人が少なくなり、
住職もただの昔からの言い伝えだと思ってたみたいです。住職が遺体の顔に
かけてあった布をめくると、閉じさせていたはずの遺体の目がカッと見開かれ、
握りこぶしが入るほど大きく口が開いてました。これ、その口から、

死人潜りが体内に入り込んだんです。「まさか」そう思った住職は、
遺体を裏返して下帯を解き、尻を見ました。そしたら遺体の肛門も、
口と同じくらいの大きさに開いてたんだそうです。はい、死人潜りというのは、
文字どおり、死んだ人の体を通り抜けるんです。すると力が増すんです。
「これは大変だ」と思った住職は、村の主だった人たちを集めました。
当時の村長や地主連中です。で、早朝に集まった人たちに事情を説明した。
でも、みな死人潜りに関しては半信半疑だったみたいです。
何十年も、そんな事件は起きてなかったですから。
ただ、亡くなった大百姓の長男はカンカンに怒って、居眠りをしていた次男を、
皆のいる前でさんざんに叩いたんだそうです。その当時は、財産は長男が
すべて相続して、次男以下は使用人みたいな扱いだったらしいです。

で、善後策を話し合ったんですが、なにしろみな初めてのことで、
どうすればいいかわからない。とりあえずは、大百姓の葬式を済ませてしまおう
ってことになりました。遺体は、亡くなってまだ1日なのに、
しなびたように縮んで、口と肛門はどうやっても閉じることはできなかったそうです。
で、なんとか葬式と土葬が終わって、すぐ最初の犠牲者が出ました。
寺男っていうんですか、寺の雑事をやってる老人がいたんですが、
その人が朝になって、墓所の通路で倒れてるのが見つかったんです。
その口と肛門は大百姓と同じように開いてたそうです。
はい、昔からの言い伝えでは、死人潜りはいったん外に出ると、
何度も何度も死体の中をくぐって、そのたびに力をつけていくんです。
住職は、これといった対処も思い浮かばず、ただ毎日、

本堂で経をあげるしかできなかったそうです。
それから1週間ほどして、2人目の犠牲者が出ました。
住職その人ですよ。勤行の最中だったんでしょう。本尊の祭壇にもたれかかる
ようにして倒れているのが見つかり、やはり口と肛門がぱっかり開いていた。
死人潜りは、最初の遺体を入れて、3人目を潜ったわけです。
村はもう大騒ぎですよ。だって死人潜りにはご本尊の力も効かないんですから。
また檀家たちが集まって、とにかくこの事態を、そこの寺の総本山に連絡しようって
ことになりました。はい、当時はまだ電話もなく電報で知らせたんです。
そうしてるうち、また死人が出たんです。
ただ、これは死人潜りのせいじゃなかったんです。ほら、最初の大百姓の次男。
これが山中で首を吊ったんです。はい、自分のしくじりを恥じてのことだと思います。

それから数日、何事もなかったんですが、村中が戦々恐々としてて、
雰囲気がすごく悪かったそうです。そうしてるうち、連絡していた宗派の総本山から、
僧侶の一団が村にやってきました。総勢10数人という規模だったということです。
僧たちは詳しい話を聞き終えると、大法会を行うから村の者をできるかぎり
集めるように言いました。そうして寝ついている年寄り以外、
数百人の村人が寺に集まりました。せまい本堂には入りきらず、
玄関をぶち抜いて、前庭まで人が座れるようにして大法会が始まったんです。
それはそれはすごいものだったそうです。十数人の僧侶が声を合わせて経を唱え、
護摩壇に香木を投げ込んでもうもうと煙が上がって・・・
それが10分ほど続いたときに「ギャーッ」って大きな声が上がったんです。見ると、
寺の10歳ばかりの小僧が庭にいたんですが、地べたに倒れてのたうってました。

「そこか」僧侶の一人が言い、すごい速さで僧たちが集まってきて、
小僧を取り囲み、声を張り上げて経を唱えました。「ギャーギャー」
小僧は悲鳴を上げ、転げながらうつ伏せになったときに、
薄い着物がびりびりと破けました。背中が盛り上がってたんです。
背中の皮の下に、何か生き物が入り込んでいるように
見えたそうです。それは小僧の背中の皮を破るほどにぐるんぐるん暴れました。
僧の中の4人が、経を唱えながら小僧の手足を押さえつけ、
囲んでいた僧たちの輪がせばまり、いつのまにか錫杖を抱えていた年長の僧が、
小僧の背中の盛り上がりに、どしっと錫杖の先を打ち下ろしました。
ゴーンと鐘をついたような音がしたそうです。何度も錫杖を打ち下ろすたび、
小僧の背中の盛り上がりは、のたうちながら小さくなり、

やがて平らな子どもの背中に戻ったんです。背中には丸く錫杖のアザがついてるだけ。
やがて、固く目をつぶっていた小僧は四つん這いに体を起こし、
ゲロゲロと紫色のものを、とめどなく吐き続けたそうです。
この後、小僧は一月ほど寝つきましたがどうにか回復しました。
総本山の僧侶が小僧から話を聞いたところ、最初の遺体が寺に運び込まれる少し前、
寺の境内を掃除していたときに、何者かに呼び止められた気がして植え込みの中を
のぞき込み、それから記憶がないということでした。
おそらく、そのときに死人潜りが体の中に入り込み、宿り木にしていたのだろう、
そういう話になりました。そのことを裏づけるように、
最初の遺体から消えてた小刀が、小僧の部屋の行李の中から見つかりました。
はい、死人潜りはもう出なくなりました。

寺には、総本山から新しい住職が派遣され、小僧はまだ体も本調子ではなく、
死人潜りの障りも残ってるだろうからと、総本山に連れていかれることになりました。
それから、小僧は総本山での厳しい修行に耐え、
一人前の僧侶になり、その後に結婚もしたんです。
当時は僧の妻帯はできるようになってました。
ただ、その人の子どもたちは誰も坊さんにはならず、都市部に出て暮らしました。
子どもたちの長男の息子が、うちのジイさんなんです。
でね、これ見てください。背中の真ん中に黒いアザがあるでしょ。
これ、親父にもジイさんにもあります。見たことはありませんが、
その前の先祖にもあったという話です。ええ、うちの家系の長男にあるんです。
さっき話した、小僧が錫杖で背中を打たれた跡なんですよ。





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