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「終末論」と大本教

2018.10.18 (Thu)
最後の審判 ミケランジェロ
mmmkiujhy (1)

今回はこういうお題でいきます。カテゴリはオカルト論ですね。
終末論は終末思想とも言いますが、Wikiで引いてみると、
「歴史には終わりがあり、それが歴史そのものの目的でもあるという考え方」
と出てきます。これを見ると、哲学的な概念なんですね。

ただ、終末論は宗教で用いられることが多いですよね。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの一神教には終末論がありますし、
北欧神話などの多神教でも終末論は言われます。あるいは、哲学に近い内容の
仏教にも終末論はありました。末法思想というやつです。

ですが、一口に終末論と言っても、その内容はさまざまです。
例えば、キリスト教では「最後の審判」において、すべての死者がよみがえり、
イエス・キリストが復活して裁きを与えます。これは世界の救済と考えられており、
この世が一度終わることによって、より高次の段階に引き上げられるということです。
ですから、世の終末は必ずしも悪いものではないんですね。

仏教の末法思想もこれに似ています。お釈迦様の入滅後、
世は正・像・末と三つの時期に分かれ、その最後を末法の世と言います。
これは、「正しい法が隠れ行われなくなる時代」という意味です。平安末期から
鎌倉初期にかけて、世の乱れとともに末法思想が流行しました。ただし、
末法の果ての未来に弥勒菩薩が現れて、すべての人を救うとされていたんです。

末法思想
mmmkiujhy (2)

さて、現代の新興宗教でも、終末論を唱えるものは多いですよね。
あのオウム真理教もそうでした。ですが、その終末論は本来の意味から変化して、
「この世はもうすぐ終わるが、わが宗教を信じる者だけは救われる」といった、
信者獲得のための手段に変質してしまってる場合が多いんです。
この手の論法を用いるのは、はっきり言って、底の浅いインチキ宗教です。

日本の近代の歴史で、最も大きく終末論を唱えたのは「大本教」でしょうか。
大本教は、教派神道「金光教」の熱心な信者であった出口なおに、1892年、
「艮の金神 うしとらのこんじん」という神が降臨し、なおは、「お筆先」と呼ばれる
自動筆記によって、大量の神の言葉をつむぎ出したんですね。

出口なお
mmmkiujhy (3)

艮の金神は、後に、日本神話における国常立大神とされました。それと、
なおはもともと文盲であったのに、自在に文章を書けるようになったことが、
真に神が降りた証拠と言われましたが、そのあたりの真偽はわかりません。
この出口なおに近づき、娘婿に入って2代目の教祖になったのが、近代日本最大の
霊的指導者とも言われる、出口王仁三郎(でぐち おにさぶろう)です。

出口王仁三郎
mmmkiujhy (2)

王仁三郎の思想について、ここでは詳しくふれませんが、
数々の予言をして驚異的な的中率を誇ったとされます。出口の予言は、
神道の「雛形思想」が基本になっていました。これは、大本教内で起こったことが
日本でも起こり、さらに世界でも起きるとする考え方で、「3段の型」と言います。

つまり、大本教が弾圧されたりすれば、日本にも悪いことが起きるわけですね。
それから終末思想ですが、大本教の根本は、出口なおが最初にお筆先で書いた内容、
「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。
神が表に現れて三千世界の立替え、立直しを致すぞよ」に集約されます。

ここから、明治55年に「世の中の立替え」が起きる、と喧伝されました。
明治55年は、大正10年(11年説もあり)にあたりますが、
世の中立て直しの神が登場し、地上世界が新たに立て替えられるというわけです。
大本教なりの終末思想と言ってもいいでしょう。王仁三郎は、
大阪の中堅新聞社だった「大正日日新聞」を買収して、言論活動を強めていきました。

さて、ここで少し余談。昔の新聞社って、どこもすごい いい加減だったんです。
「藤田小女姫 ふじたこととめ」という女性占い師をご存知でしょうか。
この人物が小学6年生の1950年、「奇跡の少女現る」と社会面のトップで
報じたのが「産業経済新聞」。現在 保守を自称して偉そうなことを
書いている「産経新聞」だったんです。

藤田小女姫
mmmkiujhy (4)

藤田小女姫は、産経新聞社内に一室を与えられて社長らに可愛がられ、
その予言を聞きに、小佐野賢治、岸信介、福田赳夫、田中角栄、
財界の大物らが次々と訪れたと言われます。藤田小女姫は、1994年、
北朝鮮の贋金づくりにからんでハワイで殺害されます。

当時、産経新聞のやってたことは、現在からすれば、とうてい考えられない
話ですよね。ただ、この手のいい加減さは、産経だけでなく、
朝日や毎日でも同じで、国家機密漏洩や虚偽報道、違法な取材などが
普通にまかり通っていました。朝日新聞は、慰安婦問題などを捏造しましたが、
もともと、大新聞とは名ばかりの低俗な体質のものだったんです。

さて、話をもとに戻して、まさに世の立替えが起きるとされた大正10年
(1921)に「第一次大本事件」、昭和10年(1935)に「第二次大本事件」
が起こり、最盛期には信者数300万人と言われた大本教は、
公安により徹底的に弾圧されて、ほぼ壊滅します。第二次大本事件では、
教団幹部61人が起訴され、特高警察の拷問によって16人が死亡しています。

大本教の弾圧
mmmkiujhy (1)

王仁三郎は、死を免れて1942年に保釈され、故郷の京都府に戻って家族と暮らし、
1948年に76歳で亡くなっています。大本教の言う「世の立替え」は
起きませんでしたが、第2次世界大戦の敗戦により、
日本が大きく変わったのは、ご存知のとおりです。

さてさて、ということで、大本教は終末思想を利用して信者を集めましたが、
オウム真理教のような凶悪な暴力事件は起こしませんでした。
現在でも、終末をうたう新興宗教はいくつもありますので、
注意されたほうがいいと思いますね。では、今回はこのへんで。




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