FC2ブログ

金魚と人形の話

2018.11.04 (Sun)
これ、ずいぶん古い話・・・もう50年ちかくも昔になりますけど、
かまいませんでしょうか。私が子どもの頃、ある小さな町に住んでいまして、
昭和30年代のことです。今の人に想像つくかどうかわかりませんが、
まだ集団就職がありましたし、出稼ぎも盛んでした。
高度成長期に入っていたので、その小さな町もどんどん大きくなっていって・・・
現在は逆に、過疎化していく一方なんですけども。
私はずっとそこで暮らしていますので、盛衰がよくわかります。
小学校3年生のときでしたね。近所に、美緒ちゃんという同じ学年の友だちが
いたんです。幼児のころから一緒に遊んでまして、
小学校に入って違うクラスになっても、待ち合わせて帰ることが多かったんです。
秋に入った9月のその日もそうでした。

いつもの通学路を2人で歩いていると、前のほうに、リヤカーを牽いてる人がいたんです。
そういえば、リヤカーなんてほんとうに見なくなりましたね。
雪が深い地方でしたので、当時は、冬になると馬ソリが走ったりしてたんですよ。
男の子たちはその後ろにつかまって、町の中をずっと滑っていったり。
ああ、すみません、話がそれてしまいました。
そのリヤカーが角を曲がって、私たちの前に出てきたんですが、
まず目を惹いたのが、赤と白の細かな色彩でした。「何だろう?」と思って、
駆けよっていったんです。そしたら、それ、何百体もの日本人形だったんです。
大きさはさほどでもありませんでした。大きいのでも大人の手のひらくらい。
それよりも小さいもののほうが多かったです。
そしてどれも赤と白の着物を着て、顔は全部違っているようでした。

当時は、今とは違って子どもの遊ぶおもちゃといっても、
かぎられたものしかありませんでした。ですから、私たちが目を輝かしたのも
無理のないことでしょう。日本人形たちは、どれも幼い顔つきの女の子で、
袋に入ってるわけでも、紐で束ねられてるわけでもなく、
ただ無造作にリヤカーの荷台に積み上がっていたんです。
「一つほしいな」と思いました。それは美緒ちゃんも同じだったと思います。
手を伸ばせばさわれそうだったんですが、取ろうなどとは思いませんでした。
そのとき、リヤカーがぴたりと止まり、近づいてた私たちはつんのめりそうになりました。
「おじょうちゃんたち、お人形ほしいかい」声が聞こえ、
視線を上げると、リヤカーを牽いていた人がこちらに向き直っていました。
そう言われて、私と美緒ちゃんは顔を見合わせましたが、

どちらからともなくうなずいて、「ほしいです」って言ったんです。
それで、リヤカーを牽いてた人なんですが、おじいさんでした。
真っ黒に日焼けしていて、もう肌寒くなってきているのに、
白いランニングシャツを着て、首に手ぬぐいをかけた。
「そうか、お人形ほしいか。あげてもいいけど、これはダメだな。もうお役目が済んだ 
 ものなんだ。だから、わしの池までくれば新しいのをあげよう」
しわだらけの顔をさらにくしゃくしゃにして、そう言ったんです。
「行きます」2人で 声を合わせるようにして、即座にそう答えてました。
・・・今の子どもは、不審者対策で、知らない人にはついていかない、
話しかけられても答えない、そういうことが徹底されているようですが、
昔は、それほどのこともなかったんです。

まして相手は、人のよさそうなおじいさんでしたから。
それから、リヤカーの後をついて、どのくらい歩いたでしょうか。
町中を外れ、田んぼ中の舗装されてない道を通り、リヤカーはがくがく揺れて、
積んでいた人形たちが跳ね上がりました。そうして、見たことのない神社の
横手の道を入っていくと、小さな小屋と、田んぼ半分くらいの池があったんです。
おじいさんは小屋の前にリヤカーを置き、中から長い柄のついた網を出してきました。
そして無造作に荷台につっ込むと、ごそっと人形たちをさらいあげ、
勢いよく池の中に放り込んだんです。私たちは息をのみました。
人形たちはゆらめきながら、緑の池の水に沈んでいき、
おじいさんは、さも楽しげな様子で同じ動作をくり返し、
荷台の上の人形は一つもなくなってしまったんです。

喪失感・・・というのか、なんとも言えない悲しい気持ちになって、
私と美緒ちゃんはため息をつきました。
するとおじいさんは、池の縁まで歩んでゆき、何かの言葉を唱えながら、
パンパンと2回、神社でするように手を叩いたんです。
そしたら・・・緑だった水面にふうっとさざ波が立ち、
小さな泡粒がいくつも浮かんできました。池の面はたちまち赤白の色であふれ、
最初は人形が浮かび上がってきたのかと思いましたが、そうではなく、
たくさんの金魚だったんです。ええ、それは間違いないです。はっきりと見ましたから。
金魚たちは重なるようにして水面に顔を出し、おじいさんが「よしよし」
と声をかけました。そして、私たちのほうに向き直り、
「おじょうちゃんたち、金魚はたくさんいるから選べないよ」

そう言うと、さっきの網より小さいのを持ち出して、近くの金魚を、
さっと2匹すくいあげ、「ほら、あげましょ」と私たちに向かって差し出して。
金魚をもらうつもりではなかったので、少し後ろに退がると、
網の中に入ってたのは、2体の日本人形だったんです。
「さあ」おじいさんが言い、まず美緒ちゃんがおそるおそる手を出して
一つをつかみ、残ったのを私が取りました。どちらも10cmもないもので、
顔も似てはいましたが、微妙に違ってました。赤白の着物なのは同じでしたが、
美緒ちゃんのはお姫様のような感じで、私のは、そのときはよくわかりませんでした。
今考えると、巫女さんの衣装に近かったんじゃなかと思います。どちらも水から
あげたばかりなのに、まったく濡れてはいませんでした。
そのとき私は「美緒ちゃんののほうがいいな」と、ちらっと思ったんです。

おじいさんは、「遅くなるから、もうお帰り」と言い、来た道を指差しました。
私と美緒ちゃんは、それぞれ人形を持って歩いていったんですが、
さっきは何度か曲がったような気がしたのに、ずっとまっすぐな、
両側にススキが生えた道だったんです。かなり長時間歩いた気がしました。
道々、お互いの人形を見せ合ったりしましたが、私は美緒ちゃんに、
「そっちのほうがかわいいね」みたいなことを言った記憶があります。
そうして歩いているうち、唐突に見知った町の中に出たんです。
私たちの家のあるすぐ近くでした。美緒ちゃんと別れ、遅くなって怒られると思って
家に駆け込んだんですが、時計を見るとまだ4時前でした。
これも不思議なことですよね。1時間以上はたってると感じたのに。
家族に怪しまれるといけない、なんとなくそう思ったので、

勉強机の引き出しに入れておきました。翌日、美緒ちゃんと学校で、
昨日の出来事を話しました。それだけじゃなく、もう一度行ってみようということになり、
帰り道に昨日の池を探したんですが、リヤカーを最初に見た場所から、
どうやっても道を見つけることができなかったんです。その後も美緒ちゃんと、
また私一人でも、あの不思議な池への道は見つかりませんでした。
ここから、話は少し飛びます。私と美緒ちゃんは中学まで同じでしたが、
その後、私は地元の高校に、美緒ちゃんは集団就職で東京に出ることになりました。
出発の前日に、美緒ちゃんが私の家に来て別れを惜しみました。そのとき、
美緒ちゃんは、「あのときの人形取り替えない。私はそれを○○ちゃんだと思うから、
 私の人形を美緒だと思って」そう言い、私もうなずいて、交換したんです。
その後、美緒ちゃんは成人式やお盆には帰ってきて、会うことができました。

ですが、私は高校を卒業して就職、結婚し、美緒ちゃんも向こうで結婚したようで、
だんだんと疎遠になっていったんです。お互い、子育てで忙しかったですし。
でも、年賀状のやりとりは続けていましたし、数年おきくらいには顔を合わせてもいたんです。
それからまた年月がたち、ついこの間です。美緒ちゃんの訃報がはがきで届き、
急な病気と書いてありました。私は動転し、箱にしまってあった美緒ちゃんの人形を
出してみました。中に人形はなく、そのかわりに、カラカラに乾いた金魚の死骸があったんです。
私はそれをちり紙につつんで外に出ました。どうしてかわかりませんが、
じっとしていられなくて。そして、気がついたら、あの小学生のときに行った池のほとりに
立ってたんです。私は、金魚の死骸をそっと池に落としました。そのままゆらゆらと沈んで、
金魚が生き返るわけでも、お人形に変わることもありませんでした。
その翌日、電車に乗って、美緒ちゃんのお葬式に行ったんですよ。





関連記事
スポンサーサイト

トラックバックURL
http://scoby.blog.fc2.com/tb.php/1650-0e8dc54c
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する