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猿に返す話

2018.11.06 (Tue)
だいぶ前に死んだ、うちのジイさんがまだ壮年の頃だから、
昭和10年代くらいの出来事だと思う。ジイさんは山師をやってたんだ。
ああ、これは詐欺を働くって意味じゃなく、山に入って金にする仕事なんだ。
例えば、依頼を受けてあっちこっちの山をめぐり、建材にするための巨木や
庭石にいいような岩を見つける。もちろん、他人様の山だから、
勝手に持ってくることはできない。依頼者と山主の間に入って仲介料を
取るんだ。それと、いい木や石が多い山の場合、
思い切って自己資金で買い取る。ただこれは一種の賭けでね。
外から見ていいと思った木でも、伐ってみると使い物にならなかったりするんだな。
そうそう、山師って言葉はそういうとこから来てるんだ。
そのほか、山にあるものは何でも金にする。

罠を仕掛けてキツネを獲ったり、でかいサルノコシカケを採取したりだな。
ああ、サルノコシカケは知ってるよな。キノコというより、
菌類の一種なんだが、古くなった木に寄生して成長する。
種類によっては、さしわたし50cm以上になる場合もあるんだ。
でな、それを採ってきて乾燥させると薬になる。ほんの少し小刀で削ったものが、
今の金で数万にもなることがあるんだよ。
でな、その日も朝から山に入ってたジイさんが、椎の老木の根元に、
ひと抱えもあるサルノコシカケを見つけた。見たことのない種類で、
赤黒い色合いをしている。「こらあ、めったにないお宝だ」と思ったそうだ。
で、つねに腰にさしてある山刀を抜いて、生えてる根っこのところから、
ガシガシ削り落とそうとした。そしたら、最初に刃を入れたときに、

山がザワッと鳴ったように思えたんだと。そういうことはたまにあるんだそうだ。
何かよくないことをしでかして山が怒ってるときに。だからジイさんは、
「これは採っちゃいけねえもんか」と考えたが、まあ、欲に目がくらんだんだな。
どうしても金がほしい事情があった。長男が病気で町の病院に入院してたんだ。
この長男というのは、俺の伯父にあたる人だよ。
だから、「これだけは見逃してくれろ」心の中でそう念じながら、
サルノコシカケをどんどん切っていったんだよ。そしたらどういうわけか、
切ったところから黒い汁がだらだらこぼれ、引っぱって木からはがしたときには、
ザワついてた山鳴りがピタリとおさまって、シーンと静まり返った。
ジイさんは、それがかえって不気味に感じたと言ってたな。
で、その大きなサルノコシカケを縄で結わえて背中にしょった。

かなりの重さがあったそうだ。それで一歩踏み出したとたんに、
木の根に足をとられてひっくり返った。いや、若い頃はそんな人じゃなかったんだよ。
1日中、山を上り下りしても平気の平左の体力があった。
足腰もしっかりしてて、木の根ごときで転ぶはずはねえ。
だからそのときまた「ああ、山が怒ってる」って思ったんだと。
山が怒ってるときには、なんとかして里に出さないように、
山がいろいろしかけてくるって言ってたな。転ばすのもそうだし、
山道を歩いてても、木の枝やつる草が妙にからみついてくるんだそうだ。
重いサルノコシカケを背負って、えっちらおっちら山を下ってると、
急に雨が降ってきた。季節は10月の終わりで、それほど激しくはないが、冷たい雨。
ずっとあたり続けてると、今でいう低体温症になるようなやつだ。

ジイさんは蓑をつけてはいたが、笠はなし。これはいけないと考えたときに、
しばらく先に炭焼き小屋があるのを思い出した。
もちろんジイさんが建てた小屋ではないが、緊急のときには誰でも使っていいことに
なってる。ともかく、そこに入ろうと思って先を急いだ。
小一時間ばかりで着いて、炭焼の季節ではないので中には誰もいない。
小屋自体は古いものだったが、中は整えられており、簡素な囲炉裏と、
火起こしの道具がそろってた。ジイさんはサルノコシカケを背中から下ろし、
囲炉裏に火を入れて一息ついたんだ。その間、雨はずっと降ってて空は暗く、
とうぶん止みそうにはなかった。「ああ、ここで夜明かしか」ジイさんはそう
覚悟を決めた。食いもんは少ししか持ってきてなかったが、それは慣れてる。
ジイさんはムシロを敷いた上にゴロリと横になり、そのまま寝入ってしまったんだと。

それからそのくらい時間がたったか。目が覚めると暗くなってた。
もちろん腕時計などは持ってないが、ジイさんの感覚では夜中の2時過ぎ頃。
これな、不思議なことに、ジイさんは山の中だと、時計がなくてもだいたいの時間が
勘でわかったんだそうだ。いや、太陽の高さを見るんじゃなく、
夜になっててもわかる。長い間の山暮らしで身につけたものなんだろうな。
耳をすますと、もう雨の音はしない。もう眠くはなかったんで、
夜明けを待って山を降りようと考えた。で、ほとんど消えかけてた囲炉裏の火を
少し起こして、板壁にもたれて座り、目を閉じていた。それから1時間ほどして、
上のほうでガサガサッと音がした。目を凝らして見たが、
梁の上に何か小さな生き物がいるようだった。「テンか何かかあ?」
テンなら金になるからつかまえてやろうか。そう思ってジイさんがじっとしていると、

上で動いてたものがトンと、土間に下り立った。それが、どうも、
まだ若い猿のようだったんだな。「ほほう」猿では金にはならんが、面白いと思った
ジイさんは黙って動かずにいた。子猿は、おどおどした様子でジイさんのほうをうかがい、
それから、離れたところに置いてあったサルノコシカケに近づいていったんだそうだ。
「こいつ、何をする気か」なおも薄目を開けて見ていると、
子猿は、サルノコシカケに爪を立て、カリカリと引っかくような動作をしていた。
ジイさんは一気に立ち上がって、その猿の片足をつかんで吊し上げたそうだ。
野生動物を素手でつかまえるんだから、すごい早業だよな。
猿は暴れてジイさんを引っ掻こうとしたが、ジイさんはブンと振って、
子猿の頭を壁板に叩きつけた。殺すような強さではなかったそうだ。
それで暴れるのをやめたので、サルノコシカケを囲炉裏のほうに引っぱって見ると、

コシカケの表面が削れて、何か字のようなものが書かれていた。
しかし読めない。たしかお寺で、こういうのを卒塔婆に書いてた気がする。
梵字というのによく似ていると思ったそうだ。「猿が梵字?」
そこでジイさんは少し気味が悪くなり、それ以上かまうことはせず、
小屋の戸を開け、勢いをつけて猿を放り捨てたそうだ。
翌朝、雨はあがっていたので、夜明けとともに山を下りていった。
しばらく歩いて、ジイさんは何だか視線を感じた。
誰も人がいるはずのない山の奥、それなのに見られてる気がする。
でも、周囲は半ば枯れかけた薮で見通しがきかない。ふっと上を見上げると、
木の梢に動くものがいた。猿だ。それも一匹ではなく、
あっちに数匹、こっちに数匹、昨夜のとは違う大人の猿が、

どれもジイさんに視線を合わせてたんだな。「うう」こいつらはサルノコシカケを
ねらってるんだ。ジイさんはそのとき、よっぽどそこにコシカケを置いて
こようかと思ったそうだが、長年山のものを金にしてきた自負があって、
そうするのはしゃくにさわる。ジイさんは山刀を抜き、薮に隠れるほど身をかがめ、
その姿勢のまま、小走りで山道を駆け下りていったそうだ。
そしてちらっと上を見上げると、木を伝って猿たちも移動している。
「ガガッ」 「ガガッ」と声が降ってくる。猿たちが吠えている声だと思った。
そうしてるうち、登山路の分かれ道に来て、ジイさんは、隣村へ降りるほうの
普段は使わない道を選んで下りていった。上で叫んでいる猿たちの声が、
「ガエゼ!」 「ガエゼ!」に変わった。サルノコシカケのことだろうと思い、
「返さねえぞ!」そう叫びかえしてどんどん道を下っていくと、やがて森林帯がとぎれ、

高い木がなくなった。そこまで来てジイさんがふり返って見ると、
猿たちは端の木の枝に鈴なりになって、ジイさんを見ていたそうだ。
「ふうう、やっとあきらめたか」そのあたりから傾斜がゆるくなって、
やがて栽培している林檎畑が見えてきた。隣村に入ったんだな。
ゆっくりと歩いていくと、道脇に小さなお堂があった。「地蔵さんのお堂か」
その前に垂れている幕に字が染めこまれていて、サルノコシカケに書かれた梵字と
同じに思えた。気になって、ジイさんは幕をめくって中を見た。そしたら、
地蔵様が数体並ぶ前のせまい空間に、一匹の小さい猿が平伏していた。すぐに、
昨夜、小屋にきた子猿だとわかったそうだ。猿は土下座の状態でぶるぶる震えている。
それを見て、ジイさんは何だか可哀そうになり、「ああ、わかったよ」と言って、
背中からサルノコシカケを下ろし、その地蔵堂に置いてきたんだと。





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