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封印の家の話

2018.11.12 (Mon)
今晩は。私はある法人系の金融機関に勤めてまして。団体名は勘弁してください。
転勤があって、今年の4月にその地方都市に単身で赴任したんです。
期間は1年の予定でした。引っ越した先は、社が契約している1DKのアパートですが、
1年だけですから、それで十分です。持ってった荷物も最小限にしましたから、
軽トラ1台ですんだんです。越したのは3月の終わりでしたけど、
引き継ぎやら何やらで、かなり忙しかったんです。
4月に入って支店のメンバーとの顔合わせ、歓迎会も終わり、
やっと一息ついた頃に、アパートの郵便受けに町内会の回覧板が入ってまして。
見ると、町内会でも、近所にある公民館で顔合わせの会をやるって内容で、
少し考えましたが、参加しようと思いました。1年しか住まないってわかれば、
何かの役員をやらされることはないだろうし、

ゴミ出しとかでも世話になるだろうと考えまして。時間は夜の6時半からってことだったので、
その日は仕事を早く切り上げ、チラシにあった地図を見ながら歩いて会場に向かいました。
それが、私のアパートからすぐ近くだったんです。公民館の建物も新しかったですね。
で、時間少し前に行ったんですが、着いたときにはかなりの人が集まってました。
テーブルにイス席だったので、空いてる端っこに座ろうとしたら、
「新しく越してこられたアパートの方ですよね」そう声をかけられました。
ほどなくして会が始まったんですが、前のほうの席に3人並んで座ってる右側が、
袈裟を着たお坊さんだったんです。年は50代に見えました。
「ははあ、町内にお寺があって、そこのご住職なんだろう」って思いました。
会は、前年度の事業報告、決算報告など、どこでもやるような内容でしたが、
議題のその他のところで、「前川家の件について」と、

真ん中に座ってる町内会長さんが言ったんです。「ん?」と思いました。
会長さんは「えー、前川家がこの町内にあるのはしかたない宿命みたいなものです。
 今年度も1年の間無事なように、みなさんもご協力下さい」
それに続けて、「前川家の前方は通行禁止です。小さい子どもさんがいるご家庭は、
 よく言い聞かせておいてください。絶対に門から中に入ったりすることないよう、
 これは大きなお子さんのいる家でもお願いします。人命に関わることですから、
 何とかよろしくお願いします」これ、変に思いますよね。
どういうことだろうといぶかしんでいると、次にお坊さんが立ち上がり、
「万善寺の住持を務めている山田です。今年の正月、前川家の中に入りまして、
 法要を行いました。今後も例年通り、6月、9月にも行う予定です。
 ご協力していただける町内会員のみささまには、よろしくお願いいたします」

こんなことを話したんです。わけがわかりませんでした。
「前川家? 法要?? そんなことがどうして町内会で話題になるのか?」
会のほうはそれで終わりまして、会費制の懇親会になったんです。
半分ほどの人は帰り、席をつめてテーブル上にビールとつまみ類が出されました。
私は知り合いも誰もいませんので、少しだけいて帰ろうと思ってたんですが、
乾杯が終わってすぐ、会長さんがビールを持って注ぎにこられたんです。
挨拶して、転任してきた事情なども話しました。そしたら、会長さんのほうから
前川家についての話が出たんです。「さきほどは奇妙に思われたでしょう。
 ○○アパートにお住まいでしたね。2階ですか?」
私が「そうです」というと、「アパートの建物の後ろ側に道路があって、
 その道は行き止まりになるんですが、その突きあたりの家が前川家です。

 空き家になって4年目です。おそらく、あなたの部屋の窓から、
 前川家の屋根の端が見えるんですが、そちらの窓、ブラインドが設置されてる
 はずですので、なるべく閉めたままのほうがよろしいですよ」 
たしかに、ブラインドがあって部屋の中が暗くなってました。
でも、どうしてそんなことがわかるんだろうと思っていると、
「あのブラインドね、町内会でアパートの大家さんに頼んでつけてもらったんです。
 お信じにならないかもしれませんが、前川家にかかわると、寿命が縮むんです」
「え!? どういうことですか」 「いや、文字どおりの意味です。
 命を落とす可能性があるので、入るのはもちろん、見たりするのもよくありません。
 最初の3年間で町内の方が12人亡くなられて、私たちもわかったんです。
 さきほどおられたご住職、じつはお寺はこの町内にはないんですけど、

 無理を言って法要をしていただいてるんです。
 それでどうにか現在は収まってるんですよ」 「収まるって、何が?」
「・・・祟りです」 ねえ、現代ではありえない話じゃないですか。
もちろん詳しい事情を尋ねました。ですが、それに関しては口を濁して、
はっきりは教えてもらえなかったんです。ただ、何度も、「前川家に入らない。
 前に行ってもいけない。ずっと見ていてもダメ」これらのことを念を押されただけ。
気になりますでしょう。で、私は仕事で貸出をやったこともありますので、
信用調査の方法も知っています。それで、前川家のこと、少し調べてやろうと思って。
懇親会を予定どおり途中で退席し、ほとんどお酒は飲んでませんでした。
部屋に戻って、ブラインドを上げ窓をあけて外をのぞき込んでみました。
前川家の屋根・・・それはわかりませんでした。そこの通りは奥のほうに街灯がなく、

真っ暗になっていたんです。翌日です。出社して、昼休みの時間にインターネットで
検索をしてみました。市の名前、町内名、前川・・・そしたらです。
7年前、前川千春という中学生の女の子が自殺したという記事が見つかりまして。
ただ、自殺した場所は家ではなく、学校の建物からの飛び降り。
即死ではなくて、長期間入院していたようです。自殺の原因はいじめで、
教育委員会が調査したという内容が書かれていたんです。
いじめの加害者も特定されたようですが、その後どうなったかはわかりませんでした。
あと、前川家の残された家族についても何も。・・・気になりますよねえ。
でね、その日、残業でかなり遅くなって、アパートまで来たのが10時過ぎ、
そのときにね、前川家を見てやろうと思ったんです。ええ、道一本後ろなだけですから、
行くのにわけはないです。実際、数分しかかかりませんでした。

そしたら、暗いんです。その道は細く、家5軒もいかないうちに行き止まりになり、
街灯が消えてました。電球が壊れてそのままになってたんですね。
こんなの、市に連絡すればすぐに直してくれるはずなのに・・・
あと、突きあたりの家の手前が空き地になってたんです。
建物を解体して引っ越していったんでしょうが、「売地」の看板もなく草ぼうぼう。
そして最奥が前川家。黒い、暗闇そのものの空間でしたけど、
私も目が慣れてきていて、かすかには見えたんです。まだ新しく思える門扉、
そこが板で☓の字に、厳重に打ちつけられてありました。
それと、目をこらしてみると、庭をはさんだ家の建物の窓にも板を打ちつけてあるような。
そのときです、ちらっと、前川家の2階の窓で赤い光が動いたように思えました。
それを見た瞬間、強い吐き気がこみ上げてきて、

私は近くの電信柱にもたれて吐いてしまったんです。ひとしきり吐くと、
ほうほうの体でアパートの部屋に逃げ戻り、そこで熱っぽいのに気がつきました。
すぐに薬を飲んで布団に入りましたが、夜中に熱は40°近くまで上がり、
翌日は仕事を休み、やっと平熱まで下がったのが3日後でした。
その日も年休をとって病院に行ったんですが、部屋に戻って一息ついていると、
ドアホーンが鳴りました。出てみると、町内会長さんだったんです。会長さんは、
あいさつもそこそこに、「もしかして前川家へ行きませんでしたか?」こう聞かれて、
私が答えられないでいると、「お願いですからやめてください。
 あなただけじゃなく、町内のもの、みなが困るんです」
・・・その口調の真剣さに恐縮しまして、あったことを話し、
もう2度と前川家には近づかないことを、あらためて約束させられたんです。

ええ、で、それをずっと守っていました。何だかわかりませんが、
とにかくその家は信じられないような力を持っている。
そのことを身をもって体験しましたので。
それから2ヶ月たった6月、町会の回覧板に前川家の法要があると書かれていました。
第3日曜日です。それと、できるだけ町内の多くの方に参加してほしいとも。
行ってみましたよ。いや、すごい人出で、たくさんの人が来ていて、
とうてい町内会だけの人数ではありませんでした。黒の喪服を着ている人が大勢いて、
部屋に戻ってスーツに着替えなくてはなりませんでしたよ。
出直していくと、せまい道にテントが張られてあり、葬式の受付のみたいでした。
それと駐車場がないせいか、近所の道路筋のあちこちに運転手つきの大きな車が停まってて。
私も受付をしましたが、前川家の庭には入ることできず、後方で遠巻きに見ていたんです。

そしたら、前に公民館にいた住職が、若い僧侶2人を連れてやってきて、
人が間を空けて前川家の玄関前まで進んでいきました。
どうやら護摩壇のようなものが設えられてあるようでした。やがて、屋外ですが、
朗々とした声の読経が始まり、3人の僧が声を合わせて、
1時間以上も続いたでしょうか。それが終わると、喪服の男性3人が祭壇の前に出ました。
ええ、板が打ちつけられた家の玄関のすぐ前です。3人はそこに土下座をし、
僧侶たちも、その後ろ側の人20人ほども合わせるように平伏しました。
私が周囲を見回すと、知っている町内会の人たちもみな、
ひざまづきこそしないものの頭を垂れていたので、私もそうしたんです。前の3人から、
「申しわけございませんでした。なにとぞお許しください」これが大声で3回くり返され、
みなで復唱したんですよ。それからまた読経。お香を上げるなどのことはありませんでした。

法要が終わると、前方にいた人たちが道に出てきたんですが、
その中の土下座をした一人が、新聞の写真で見たことがある、この市の市長だったんです。
庭にいた人たちがみな出ると、作業員が数名やってきて、
前川家の門扉の封印にかかり始めました。それが終わるころには、
だいぶ人が少なくなっていて、ぼんやり見ていた私は肩を叩かれたんです。
見ると、町内会長さんでした。「6月の法要も無事に終わってほっとしましたよ。
 私の任期もあと半年、その間、いや、その後もです、何も起こらないでくれればいいんですが」
私が言葉を返せないでいると、会長さんは「始めのうちは引っ越した家もずいぶんあったんです。
 でもね、ダメでした。まあ当然です」 「当然?」 「みなで前川家にひどいことをしたんです。
 この市、学校、ここの町内でもです。どれほど謝っても足りないようなことを」
こう言って、帰っていかれたんですよ。

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