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「アステカの祭壇」の話

2018.11.16 (Fri)
生贄の祭壇
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今回はこういうお題でいきます。まず、「アステカの祭壇」について
概要を説明すると、1997年から2001年にかけて、フジテレビのバラエティ番組、
「奇跡体験!アンビリバボー」での、視聴者から投稿された心霊写真を
様々な霊能者が鑑定するという特集コーナーにおいて、

霊能者の一人、立原美幸さんが、共通の特徴がある数枚の心霊写真を取り上げて、
撮影者も日時も場所もバラバラなのに、それぞれに幾何学的な形の赤い光が
写り込んでおり、写真の向きを変えると、そのどれもが同じ台または
杯のように見えるものがあることを指摘しました。番組内で立原さんは、
「何かの祭壇なのではないか、残酷な儀式に使った台だと思う」と述べています。

番組終了後、局に数多くの電話がかかってきて、その中には霊能者からの
ものがいくつも含まれていました。みなほとんど同じ内容で 、
「何というものを放送するんだ、祟りがある。2度と放送するな」
・・・典型的な「アステカの祭壇」の画像を下に載せます。

nhuyt (3)

さて、これ、みなさんはどう思われますでしょうか。
自分は「なぜアステカなんだろう?」と、まず考えますね。
数百年前にメキシコで行われていた儀式の祭壇が、なんで現代の日本の写真に
出てくるのか。ちなみに、番組内で立原さんは、「アステカ」という言葉は
出していないようです。この語が出てきたのは、「残酷な儀式」からの連想でしょう。

で、この一連の写真、たしかに撮影者、撮影日時、被写体もバラバラなんですが、
一つ、大きな共通点があります。レンズ付きフィルム(「写ルンです」など)
で撮影されたものがほとんどだということですね。
写真の専門家は、「レンズ付きフィルム特有の、フイルムを押さえる部品が
感光して写ったのではないか」と述べています。

まあ、自分もそうだろうと思います。この話自体が都市伝説に近いものです。
番組放映時は、レンズ付きフィルムがデジカメにとって替わられる最中でした。
もしこれが何かの霊的な現象だとしたら、どうしてフィルムカメラの終焉とともに
撮影されなくなってしまったんでしょう。当然こういう疑問は出てきますよね。

アステカの生贄の儀式
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さて、じつは、この話で自分が注目している点は少しべつで、
「写真を放映したら、多数の霊能者から番組に電話がかかってきた」という部分。
霊能者やスピリチュアルカウンセラーなどは、地上波テレビで取りあげられるか
どうかで、収入がまるで違うんです。ですから、
テレビ出演の機会をねらって、いろんなことを画策する霊能者がいます。

これも古い話になりますが、2000年、岐阜県富加町に新築された
4階建ての町営住宅で、ポルターガイスト騒ぎが起きたのをご記憶でしょうか。
「いくつかの部屋で、食器棚が勝手に開いて、お皿や茶碗が飛び出した。
シャワーや水道から水がひとりでに出たり、
勝手にテレビのチャンネルが変わった。」・・・まあ、こんな内容でした。

クリックで拡大できます
nhuyt (1)

ちなみにこの事件、「幽霊マンション事件」などとも呼ばれているんですが、
はっきりした幽霊の目撃はありませんし、建物はマンションでもないんですね。
今回はこの話はしませんが、騒ぎが話題になって、新聞・雑誌記者、
テレビ局のスタッフが現地に集まっている中に、複数の自称霊能者が
弟子を連れて自費でやってきて、祈祷などを行っているんです。

何のためかはおわかりだと思います。テレビ局のインタビューなどを受け、
画面に顔や名前が載りたいからです。「○○局の〇〇番組で紹介された〇〇先生」。
これだけで名前に箔がつきますし、うまくすれば「大霊障事件を解決した〇〇先生」
になるかもしれません。それだけ、当時の地上波テレビの影響は大きかったんです。

ですが、今は違いますよね。youtubeなどの動画投稿サイト、SNSなどが中心で
テレビはあんまり見ないという若い人が多くなってきています。
自分もテレビはスポーツ中継を見るくらいです。最初にご登場いただいた
立原美幸さんも、現在はテレビ出演はなく、
タロット占星術をされているようですね。おやおや、ご同業ですか。

太陽神ウィツィロポチトリ
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さて、アステカの生贄の儀式については前にも書きましたが、
基本的に彼らは太陽信仰で、神話に登場する太陽神ウィツィロポチトリと
夜の神テスカトリポカが、つねに上空で戦い続けており、
もし太陽神が負けてしまった場合、再び朝が訪れなくなると信じられていました。

太陽が消滅し、暗闇の中で作物が育たなくなってしまうことを恐れ、
太陽神に力を与えるため、生贄として多くの人間の心臓を捧げ続けていたんですね。
鉄器を持たなかったアステカの神官は、黒曜石製のナイフを使って
生きた生贄の胸部を切り裂き、心臓を手掴みで体内から取り出して天へと掲げました。

さてさて、最後に実話を書きます。自分は大学で考古学を専攻したため、
先輩や同期、後輩の中にはその関係の職業についている人が大勢います。
その先輩の一人が、一昨年、研究協力のためにペルーの遺跡を訪れました。
アステカではなく、15世紀に栄えていたプレ・インカ文明のチムー王国のものです。

ペルーの遺跡から発掘された550年前の子どもの人骨
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ここは、5~15歳の子どもの男女140人以上とリャマ200頭が、
同時に生贄にされた特異な遺跡で、世界的に注目されています。
発掘に参加して帰国した先輩から、自分はチョコレート(名産)のお土産を
もらったんですが、そのとき、先輩が発掘人骨の一部を
日本に持ち帰ったという話を聞いたんです。

研究のためですし、よくあることなんですが、自分は、なんとなく怖いな
という感じがそのときにあったんですね。それから1ヶ月後、先輩の4歳になる
娘さんが、交通事故で自宅前で亡くなられたんですよ。
まあ、不幸な偶然なんだと思いますけど・・・ では、今回はこのへんで。

関連記事 『ケツアルコアトル伝説』




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コメント
かわいそうな人
| 2019.09.05 20:56 | 編集
コメントありがとうございます
中米、南米の先住民の遺跡関係では
怖い話はまだいろいろあります
bigbossman | 2019.09.05 22:21 | 編集
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