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悪魔と自由意志

2018.11.20 (Tue)
映画『エクソシスト』 シリアの遺跡で悪魔パズズと対峙するメリン神父
cvr (4)

前回、天使について書きましたので、今回は悪魔をお題にします。
おそらく小難しい内容になると思います。さて、何から書いていきましょうかね。
まず、悪魔とは何かということですが、ここでは仏教でいう悪魔ではなく、
西洋におけるキリスト教の悪魔についての話になります。

Wikiを見ると、「悪を象徴する超越的存在をあらわす言葉」
とありますが、キリスト教の悪魔の概念にしぼると、
「神に敵対し、人間を堕落させようとする存在」こんなところでしょうか。
では、悪魔はどうやって生まれたんでしょう。
神は天地を創造しましたが、そのときに悪魔もいっしょに創ったんでしょうか。

これはさすがに、そうではないと考えられています。
悪魔のでき方は大きく2つあります。一つは、神の御使いである
天使が堕落して悪魔になるという形です。
キリスト教の代表的な悪魔であるルシファーは、「明けの明星、光り輝く者」
という意味で、もともと天使であったときの名前です。

悪魔バフォメット
cvr (2)

それが、神に反抗して天界から堕ち、サタンという名に変わりました。
サタン以外にも、悪魔と化した天使はいます。もう一つは、キリスト教以外の
異教の神が悪魔におとしめられるケースです。例えば、バフォメットという
悪魔がいますが、これは、イスラム教を興した預言者ムハンマドの
フランス語読み、「マホメット」をもじったものと考えられています。

ひどい話ですね。他の宗教の創始者が悪魔にされてしまってるんです。
あと、映画の『エクソシスト』で、少女のリーガンにとり憑くのは、
パズズという悪魔ですが、これはバビロニア神話における風の神です。
バアルという悪魔も、メソポタミアで信仰されていた天候の神です。

悪魔バアル
cvr (2)

さて、ここで話を変えます。「自由意志」という言葉がありますね。
古来、哲学における大きな主題の一つとなってきたものですが、
じつは神学とも深い関係があります。「人間が自己の判断に対する
コントロールを行うことができる」という仮説のことをいいます。

これと対義になる言葉は「決定論」です。決定論とは、「あらゆる出来事は
その出来事に先行する出来事のみによって決定している」とする立場のこと。
例えば、ビリヤードを考えてみてください。玉のある位置、玉を弾く力の度合い、
角度などが完全にわかっているなら、その後に玉がどう動くかすべてを
予測することができる、とするのが決定論です。
もっと簡単に言えば、あらゆることは、初めから結果がどうなるかわかっている。

「ラプラスの悪魔」という思考実験があります。
これは「世界に存在する全物質の位置と運動量を知ることができるような知性が
存在すると仮定すれば、その知性は未来をすべて見通すことができるだろう」
という仮説で、フランスの数学者、ピエール・シモン・ラプラス
によって提唱された、決定論的な立場のものです。

ピエール・シモン・ラプラス
cvr (3)

ラプラスは、そのような存在を、ただ「知性」と呼んでいましたが、
いつしか科学者の間で、「ラプラスの悪魔」と変化していきました。
ですが、すべてを知ることができる存在は「全知」ということですよね。
悪魔よりも神に近いものなんじゃないでしょうか。

さて、最初の話に戻って、なぜ神は悪魔の存在を許しているんでしょうか?
この疑問に対する答えの一つに、「神は自分の創造物に対して、
自由意志を持つことを許したから」とするものがあります。
天使も人間も、どちらも神の創造物です。

神が創った最初の人間、アダムとイヴは、蛇にそそのかされ、迷ったあげく
神が禁じた知恵の木の実を食べてしまいます。これは、彼らが自由意志を持って
いたからですね。そしてその罰として楽園を追放されてしまいました。
悪魔も同じです。神は天使に自由意志を与えたため、
自分の意志で神に反抗するものが現れて、悪魔となったんです。

楽園を追放されるアダムとイヴ
cvr (1)

よく、「神が全知全能だったら、なぜ地上の世界には、犯罪や貧困があるのか。
神の力ですべてをなくすことができるんじゃないか」
こういうふうに言われることがあります。これに対する答えもまた同じです。
「神が人間に自由意志を与えたから、
その中には犯罪や貪欲の罪を犯す者も出てくるのだ」

つまり、人間は神によって試される存在なんですね。
神への信仰を、自由意志で選び取って正しい生涯を送った者は天国に行ける。
逆に、自分の意志で、あるいは悪魔にそそのかされて悪行を行った者は、
地獄に堕ちて責め苦を受けることになるわけです。

ただし、これとは異なる説もあって、16世紀フランスの神学者、ジャン・カルヴァンが
唱えた「予定説」がそうです。これは、神の救済にあずかる者と滅びに至る者は、
あらかじめ神によって定められているとする、きわめて決定論に近い内容です。
でもこれ、生まれたときから、ある者は将来犯罪を犯して地獄に行くと
決まっているなんて考え方を、みなさんは納得できますでしょうか?

ジャン・カルヴァン
cvr (1)

さてさて、ここまで読まれて、どう考えられたでしょうか。
なんだかわけがわからない、という感想を持たれた方もいるだろうと思います。
それは、自分の書き方が悪いせいもあるでしょうが、
「自由意志」と「決定論」について論じ始めると、どちらの立場をとっても、
さまざまな矛盾点に突きあたって、それ以上進めなくなってしまうことが多いんです。

ということで、自由意志と悪魔の関係をみてきました。
われわれは自由な意思を持っているから、善と悪の間で揺れる場面があり、
そういうとき、悪魔がしのびよってきて、「やってしまえ」とささやきかけてくる
かもしれません。みなさんも十分お気をつけください。では、今回はこのへんで。



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