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拝み屋の家の解体の話

2018.11.21 (Wed)
これな、ずいぶん昔のことだよ。それでいいなら話すけどな。
昭和の30年代の初めな。当時、俺は土建作業員やってたんだよ。
といっても、お役所の入札に参加できるような大手じゃなくて、
便利屋に毛の生えたような仕事だった。あの頃は、戦争が終わって10年
たってたとはいえ、まだあちこちにバラック小屋が残ってた。
そういうのを取り壊したり、逆に大急ぎでこさえたりだな。
ああ、他人様の土地に勝手に家を建てて住みついたりするやつもいたんだ。
空襲で焼けた跡地もまだあちこちにあった。高度成長期ってのに入る
ちょっと前の話なんだ。今はほら、建物の解体ってすげえ厳しくなってる。
金属は金属、ガラスはガラス、断熱材、電線・・・
そういうのをすべて分別して処分しなくちゃなんない。

けどな、昔はそんなのなかった。まあ法律のことはわからんが、
守ってる業者はほとんどなかったよ。だからずいぶん罰当たりなこともあったんだ。
古いお社を解体した木材を、バラック建てるのに流用したり、
山に持ってって崖から捨てたりもしたんだよ。え、罰?
そんなの当たったことはなかったよ。神も仏もいねえと思ってたんだがな。
ああ、話を進める。その日、会社に顔を出すと、社長が・・・
俺らは大将って呼んでたけど、「今日は遠出になるぞ」って言ってな。
作業員が集まって話を聞くと、解体の現場は隣の県との境に近い集落で、
車で2時間以上かかる場所。なんでそんなところの仕事を受けたか聞いたら、
大将は、「よくわからんが、地元の業者はどこも引き受けてくれないって言ってた」
それから、詳しい話をみなにしてくれたんだよ。

施主は近くの市に住む若い男で、その田舎に住んでた婆さんの遺産を相続したんだ。
婆さんには夫はなく、子どもらは いたみたいだが、すべて死に絶え、
孫なんかもいない。その施主は、婆さんの妹の孫で、
親は空襲で亡くなってるから、たった一人の相続人なんだな。
とは言っても、その婆さんの家に行ったことはもちろん、会ったこともないらしい。
だから、突然遺産を相続するって役所から言われて、かなりとまどったようだ。
もちろん放棄することはできるんだが、どうやら婆さんは大金を持ってた
みたいなんだな。当時の金で数百万、今なら数千万の預金が入った通帳が見つかった。
で、遺産は相続し、婆さんの住んでた家はぶっ壊して更地にすることにした。
いや、あんな田舎の土地、売れやしねえよ。施主は地元の自治体に
寄付するって言ってたな。・・・そんな話をしてるとこへ当人が現れた。

うん、20代くらいの痩せたあんちゃんだったよ。俺らのバンに同乗して
現地に行くってことだった。いや、当時は、車なんて持ってるやつは少なかったんだよ。
バンの運転は大将、それと作業員が6人。その他に、木材なんかを運び出す
中型トラックが1台。それだけだよ。俺らの会社は重機なんて持ってなかったし、
たかが田舎家を片づけるのに、手作業で十分だと思った。
で、道が悪くて、2時間以上かかってその集落に入った。
いや、すげえ山の中で、田んぼはなかったから、おそらく養蚕をやってたんだろ。
施主の案内で、村の奥の、まばらな林の中に小さな家があった。
バンから下りてみて、「ああ、こりゃ簡単だ」って思った。
壁の木は腐りかけてたし、ガラス窓もなかった。何より大きいのが、
藁葺き屋根じゃなかったことだな。「こりゃ今日のうちに終わるな」みなそう思っただろ。

図面なんてないから、大将が先に入って中を確認した。
部屋は4つ。炊事をするカマドがある土間と、婆さんが寝る部屋、物置に使ってる納戸。
あと、一番広い部屋には、祭壇みたいなのが飾ってあって、他の場所は煮染めたような
色なのに、そこだけが色とりどりの垂れ幕みたいなのが上から垂れてたんだ。
大将が施主に「ここは何すか?」と尋ねると、どうやら婆さんはその村で
拝み屋みたいなことをしてたって話だった。白布がかかった祭壇の上には何もなかったが、
その手前に大きな四角い穴があった。あと、風呂はなし、便所は家の外に
くみ取りのがあったが、これは上を壊したら埋めるしかないと思った。
でな、みなで道具を持って、まず屋根を落とそうとしたときに、
停めてたバンの陰から、一人の婆さんが出てきて、俺に、
「あんたらなあ、オタキ様の家を壊すのかあ」こう聞いてきた。

「ああ、そうだ」と答えると、「見ててもいいかあ?」別に問題はないと思ったから、
「ジャマにならねえ、離れた場所にいるんならいい」そう言ったんだ。
作業はあっという間に進んでった。壁はカケヤで打つと簡単に崩れるし、
家具もほとんどない。数時間で壁と屋根がなくなって、あとは家の土台を残すのみ。
柱は石の上に立ててるだろうから、それを倒して終わりだ。
で、床をはがしてると、「んなあ~、んなあ~」みたいな声が聞こえてきた。
何だと思ってそっち見てびっくりしたよ。見物してた婆さんの数が増えてたんだ。
その婆さんらが、歯のない口で叫んでたんだよ。よく聞くと、
「んなあ~」という声は、「オタキ様あ~」と言ってるようだった。
死んだ婆さんの名前だよ。気味悪りいなあと思ってると、祭壇のある部屋に
かかってた作業員の一人が、「大将、ちょっと来て下さい」って叫んだ。

みなで見に行くと、祭壇は撤去されてたが、その前の穴が深かったんだ。
のぞき込むと真っ暗だが、かすかに白いものがある気もする。
で、床板を全部剥がしてみると、石を組んだ四角い井戸みたいなものが埋まってた。
中には水はなく、何だかわからない、雲みたいな形の白っぽいものが見えた。
「これは、埋めだな」大将がそう言ったが、作業員を一人呼んで、
その雲みたいな形のものを持ち上げようとした。けど重くて上がらない。
しょうがなく、縄をかけてみなで引っ張り上げたんだ。
そしたらだ、そのとき、外に集まってた婆さんたちの声が大きくなって、
「オタキ様あ~ ○☓○☓○☓」そんな叫び声を上げながら、
いつのまにか取り出した数珠みたいなのをまさぐって、こっちを拝んでたんだよ。
「うるせえぞ、婆あども、どっかへ行け!」たまりかねて大将が怒鳴った。

で、穴から何が出てきたと思う。仏像だよ。座った形の仏様・・・
俺にはなんていう仏様なのかわからねえが、高さが1m半くらいある、
黒く煤けた仏像、それが頭を下にした逆さまになって入ってたんだ。
大将が叩いてみると、材質は木で、彫りも稚拙。けっして金になるようなもの
には見えなかった。大将が、作業を見ていた施主に、
「これ、どうしますかあ、ちょっと売れるようなものじゃないようだが」
こんなことを言い、施主が「そっちで処分してかまわないです」って答えた。
あとな、仏像が出てきた穴を懐中電灯で照らしてみたが、
泥で黒くなった羽根、それから細い骨がたくさん散らばってた。
たぶん鶏のものじゃないかと思った。それと、10cmばかりの、
おがくずを練り固めたような人形が20ばかりあったな。

まあ、これで作業は終わり。便所もふくめて、家があった場所はできるかぎり
土をかけて埋めた。取り壊した木材とかは、大きいものはその場には捨て置かず、
持ってきたトラックに積んだ。大将の指示で、そのときいっしょに、
地下から出てきた仏像も荷台に載せたんだよ。帰りは、大将がトラックを運転し、
俺が助手席、作業員2人が荷台に乗って、まっすぐ会社に戻るバンとは別行動になった。
ああ、材木とかを山の中に捨てるんだよ。車を出そうとしてたとき、
見物してた婆さんたちが、いっせいに土で埋めた家のあった場所に
転がるように倒れて、「オタキ様あ、オタキ様あ」と叫んでたんだ。
それから、林道に入ってしばらく走り、適当な場所を見つけて、
トラックに積んでた腐った木やカマドなんかを斜面にほかしていった。
作業員2人が仏像に手をかけ、「大将、これもほかしますか」そう聞いたら、

大将は少し考えてから、「いや、トラックに残しとけ。いちおうダメもとで
 古物屋に持ってってみる。もし売れたら、お前らにも分け前をやるよ」
こう言ったんだ。それから、会社に戻ったらバンはとっくに着いてて、
施主がまだ残ってた。俺らは上がりで家に帰り、大将だけ残って施主と支払いの
相談をするようだった。それがな、生きてる大将を見た最後だったんだよ。
次の日、大将が会社に出てこないから一人見に行かせたら、一家全員、
大将と奥さん、子ども4人が全部死んでたんだ。急性の食中毒ってことだった。
あとな、あの家を壊したときの作業員の一人に、後からこう言われたんだよ。
「ほら、あの家で、婆さんたちが、オタキ様って叫びながら呪文みたいなのを
 唱えてましたよね。あれ、前に聞いて知ってるんですが、あるお経をさかさに
 読んだもんなんすよ」って。 仏像はどうなったかわからねえな。知りたくもねえ。






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