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六つ鍋

2013.11.22 (Fri)
ある地方都市に出張して一泊した。
ホテルをとっていたんだが、ホテル内では洋食しかなかったからふらっと町に出てみた。
JRの駅に近い場所だったんだが活気がない。
朝にきたときもシャッターを閉めた元商店が目立っていたが、
まだ午後7時なのに朝よりもさらに人通りのなさが際立った。
それでもチェーンの居酒屋の看板がいくつか見つかったが、
どうせ一人なのだし落ち着いて静かに飲みたいと思い、
地元の人しか来ない小料理屋のような店をさがして裏通りに入っていった。

するとやや坂を上ったところに板前割烹の看板が出ているのを見つけた。
前に行くと穏やかな橙色の灯りがもれていて、よさそうなところだったので入ってみた。
中はカウンターとイス席があり、男の客だけ5~6人いた。
みなスーツ姿で会社の帰りに立ち寄ったという感じだった。カウンターの端に座り、
もう肌寒い季節になっていたのでビールはやめて初めから熱燗にした。
50代くらいの人の好さそうな店主がすぐに先付けを出してくれたが、
イカと野蒜の和え物で美味かった。ここは港町なので食材が新鮮なのだろう。
手酌で熱燗をちびちびやりながら刺身などを注文し、3合ほど飲むと酔いが回ってきた。

そろそろ腹に溜まるものを食って帰ろうと壁にはった手書きの品書きを見ていたら、
「六つ鍋 時価」と最後に付け足すように別の紙に書いたものが目にとまった。
「あの六つ鍋って何、高いの?」と店主に聞くと、
その声を出した瞬間、店の中にいた客たちがが不意に黙った。
しかしそれは一瞬のことで、またすぐに談笑の声が戻ってきた。
店主が答えて「いやお高くはありません。この近辺でとれる海鮮の鍋なんですが、
 浜での地引網はめったにやらないんで、不定期にしか出せないんです」と言い、
「ご注文されますか?今日はできるんです。今朝方に久しぶりに仕入れをしましたんで」

 ただ、材料の中にこの地方特有の少しぬめりがある魚が入ってまして、
 よそから来られたお客さんの中にはあまり好まれない方もいますから、
 積極的にはおすすめしてないんですが」店主がこう続けたんで、
「いや、いやいいよ。今げんげ鍋なんてはやってるじゃない。そういう類のものだろ」
値段は千円を少し出るくらいだったので注文した。
しばらくしてネギとミョウガの刻んだのがたっぷり乗った、
鍋焼きのような金属鍋が出てきた。「熱いですから気をつけて。
 唐辛子を入れると美味いです」と店主が容器を渡してよこした。
薬味の下はどろっと粘り気があって、これがさっき言ってた魚のぬめりなんだろう。
黒く細長い魚のぶつ切りと、小さなカニや貝が沈んでいた。

「そのカニや貝は出汁とりですので、こちらに」と店主が深皿を出してきた。
しゃぶったら取り出して捨てろということなんだろう。
れんげで汁をすくって口に運ぼうとしたら、また背後が静かになった。
カウンター横の客をが、動きをとめてこちらを横目でチラ見してるような感じだ。
やはりよそ者が食うのは珍しいんだろうな。気にしないで、
ひとさじ口に入れると、ほっと背後のイス席の客がため息をつくのがわかった。
「食った食った」という小声も耳に入った。
鍋は美味かった。ぬめりそのものにもいい味がついていて、つるりと喉を通った。
小ガニを噛みしめると、なんとも言えない旨みが口の中に広がった。
細長い魚はアナゴ類だと思ったが身がプリプリして歯ごたえがよかった。

箸が止まらなくなり、あっという間に鍋を空にしてしまった。
体が内部からぽっぽっと熱くなってきたのは唐辛子だけではないようだ。
これならゆっくり眠れそうだ。
席を立って勘定を払い「ごちそうさん」と言って店を出た。
熱燗の酔いもあいまって少しふらつきながら坂を下りていくと、
店のほうから小走りに追いかけてきた人がいた。
振り返ると、さっき店にいたサラリーマン客の一人だ。
その客は俺のほうに手のひらを出して「あんた、これちぎって飲みなよ」言った。
手のひらにはなにやら小さな字が書かれた紙片がのっていた。

俺が「これ何です」というと、
その人は「六字だよ。といってもわかんねえか。・・・南無阿弥陀仏の六字」
俺がきょとんとした顔をしていたからだろう。
その人は続けて「あの鍋は美味いんだけどよ。ちょっと副作用があるんだ。
 ・・・たとえば夢の中に仏さんが出てきたりとかさ。これは、
 それを避けるためのおまじないだよ。うまく避けられるかどうかはわかんないけど」
「どういうことです?仏さん?何ですかそれ」こう聞き返すと、
その人は「あの鍋美味かっただろ。だからさ、あんな下魚が
 美味いのには理由があるんだ」にやにや笑いながらそう言った。



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